向ヶ丘遊園駅
出典: へっぽこ実験ウィキ『八百科事典(アンサイクロペディア)』
向ヶ丘遊園駅(むこうがおかゆうえんえき)は神奈川県川崎市多摩区にある小田急小田原線の駅で、川崎市内の駅では川崎駅に次ぐ利用者数第2位を誇る大きな駅である。
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[編集] 概要
小田急電鉄が小田原線を作ったときに、隣に登戸駅を作ったが何を血迷ったか156メートルしかない場所にも駅を作ってしまった。実は書類上のミスだったのだが、4年で全線開通させるという壮大なプロジェクトが進行中だったために誰も気付かず、気付いたときには手遅れだったのである。
こうして向ヶ丘遊園駅は、稲田登戸駅という名前で開業した。なお、「登戸駅」として開業するはずだった駅は隣の駅に「登戸」を取られたため、しかたなく稲田多摩川駅を名乗って開業することとなってしまった。
その後紆余曲折を経て、向ヶ丘遊園がよみうりランドを越えるほどの一大遊園地となったことにより、向ヶ丘遊園駅は川崎市内の駅で2位の利用者数を誇っている。
特急ロマンスカーが毎日停車する上、区間準急、準急、急行が止まり、当駅始発もあるというとても便利な駅である。川崎市内の駅で2位の利用者数を誇っているのも当然である。ただし、向ヶ丘遊園はすでに閉鎖されている。
[編集] 歴史
- 1927年(昭和2年)4月1日 - 稲田登戸駅(いなだのぼりとえき)として会社側の手違いにより開業。「各駅停車」と「直通」の停車駅となる。(尚、「直通」の停車駅は新宿、経堂、稲田登戸から小田原までの各駅で、現在とは状況が大きく異なることがわかる。)
- 1927年(昭和2年)6月14日 - 向ヶ丘遊園との間に豆汽車が開業。ちなみに豆汽車とは大豆を原料にして作ったバイオエタノールを燃料にして走っていたSLである。
- 1965年(昭和40年) - 向ヶ丘遊園との間の豆汽車が廃止。大豆の高騰が原因。
- 1966年(昭和41年)4月23日 - 向ヶ丘遊園モノレールの全線(向ヶ丘遊園駅 - 向ヶ丘遊園正門駅)が開業。このころから駅前の発達と共に利用者数が急増し始める。現在は川崎市内の駅で2位の利用者数を誇っている。
- 2000年(平成12年)2月13日 - 向ヶ丘遊園モノレールの全線が大人の事情により休止。
- 2001年(平成13年)2月1日 - 向ヶ丘遊園モノレールの全線が大人の事情により廃止。
[編集] 駅前の様子
[編集] 南口
川崎市内の駅で2位の利用者数を誇っている向ヶ丘遊園駅周辺で最も発達している場所。TSUTAYAやダイエー、ライフなどが存在し、非常に人通りが多い。飲食店も多く、夕方や夜には近くの専修大学あたりから学生がうじゃうじゃと集まり、非常に邪魔活気溢れる。
また、歩いて15分〜30分のところに生田緑地があり、岡本太郎美術館や川崎市立日本民家園といった自称観光地も存在する。また、大人の事情により閉鎖されてしまった向ヶ丘遊園の中にあったバラ苑は年二回の一定期間のみ公開されている。この時期だけはおばちゃんが集まり、少しは活気付く。
因みに、日能研もこちら。
[編集] 北口
多摩区総合庁舎(区役所)はこちら。商店街が広がっており、こちらも活気に満ちている。また、駅前に23階建ての高層マンションが建設中(というか、もう完成しているっぽい)もあり、より活気に満ちるであろう。
かつてはバス用のターンテーブルが存在したが、大人の事情で撤去されてしまった。バスマニア涙目だが、当然誰も気にしない。
[編集] その他
- 隣の登戸駅の方が利用者が多いと思っている人は多いかもしれないが、ほとんどが小田急線と南武線の乗換客で、実際にこの駅を利用している人はほとんどいない。当然、駅前もパチンコ屋くらいしかない。スーパーもちょっとしかないので、登戸駅を利用せずに川崎市内の駅で2位の利用者数を誇っている向ヶ丘遊園駅に流れる人は多い。
- 将来的には川崎市内の駅で2位の利用者数を誇っている向ヶ丘遊園駅から代々木上原駅まで複々線にされる予定であり、更なる利便性の向上が期待される。
- 日中は急行列車が20分に一本しか来ないという風の噂もあるが、急行列車など存在しなかった大昔のことを考えれば十分便利である。各駅停車は10分に一本来るし。ただしガチャピンに連れ去られる電車は朝しか来ない。
[編集] 関連項目
| この「向ヶ丘遊園駅」に停車中の列車は、現在発車待ちです。運転して下さる乗務員を求めています。 (Portal:スタブ) |


