地獄への道は善意で舗装されている

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「いかに悪い結果につながったとされる事例でも、それが始められた当時までさかのぼれば、善き意志から発していたのであった」
地獄への道は善意で舗装されている について、ユリウス・カエサル
「天国へ行くために最も有効な方法は、地獄への道を熟知することだ」
地獄への道は善意で舗装されている について、マキャヴェリ


地獄への道は善意で舗装されているとは、この世界のあらゆる事象を包括し、端的に表現した、格言の中の格言である。

由来[編集]

誰が最初にこの言葉を発したのかについては未だ判然としない。フランスの神学者ベルナルドゥスだとも、イギリスの文学者サミュエル・ジョンソンだとも、ドイツの経済学者カール・マルクスだとも言われている。マルクスについては、この格言の発祥でこそないものの、これを援用・敷衍させ「地獄への道は善意で、天国への道は階級闘争と俺の濃い髭で舗装されている」などと語ったと言われている。

しかしながら、この言葉の意味や含蓄を語るにおいて、誰が最初に発言したかなど、どうでもいい話である。

解釈[編集]

この言葉については様々な解釈がある。「口先だけで何を言っても行動が伴わなければ何ら意味がない」という厳然な考えを反映した言葉だとも、罪の軽重に善意、悪意は関係ないという法律的な解釈だとも言われている。しかしこれらの解釈は曲解である。この言葉は、字面通りに受け取れば良いのだ。その正しい根拠は、世界中に遍在している。

例えば要領が悪く、学校での成績が芳しくない子供がいたとする。我が子に社会で大成して欲しい、充実した生活を送って欲しいと願う両親は、善意から子供にスパルタ教育を施したり、塾や習い事に通わせたりして、苛烈なスケジュールを組み立てる。両親は善意からこのような行動を採っているのだが、子供にとっては地獄に他ならない。

本屋やコンビニエンスストアの店員達は、「お客様は神様、サービス精神を尊重せよ」という信条の元、客が入る度に「いらっしゃいませ」と大声を張り上げ、売買の際にも「レシートはお付けしますか」「お箸はお付けしますか」「袋はお付けしますか」などと、善意の元に伺ってくる。しかし、客にとってこうもいちいち尋ねてくる店員は煩わしい存在でしかなく、店で店員とやり取りすること自体が地獄となる。

イエス・キリストとその弟子達は、善意からキリスト教を発足させた。その結果、宗教戦争魔女狩りなどの惨劇が起こり、人々に夥しい地獄を体感させた。

イスラム教徒達はイスラムの教義を遵守し、アッラーの教えの元、世界を正しい方向に導きたいという善意からテロ活動を行い、多くの死者を生む地獄を作り上げた。

シーシェパードは、イルカや鯨を守りたいという善意から、捕鯨国の漁船にテロ攻撃を敢行し、海上に地獄をもたらした。

鳩山由紀夫は皆の意見を尊重したいという善意から、小沢一郎亀井静香福島瑞穂、果ては北の将軍様にまで気を使い、八方美人な態度を取り続けた挙句八方塞がりになり、マニフェストを何一つ達成出来ず日本地獄に陥れた。

作家や漫画家、脚本家達は、多くの人々が楽しめる分かりやすくて面白いストーリーを作り上げたいという善意から、単純化された陳腐なシナリオを仕上げて逆に視聴者を辟易させた。そして「最近の漫画、アニメ、ドラマ、小説はつまらん」という、視聴者による批判地獄を生み出した。

シャア・アズナブルは人類の革新を促したいという善意からアクシズ落としを敢行し、地球に核の冬という地獄を到来させようとした。

ウィキペディアアンサイクロペディアの管理者、なかんずくチェックユーザー権限保持者は、荒らしからサイトを保護したいという善意から、少しでも問題のあるユーザーを見つけると安易に荒らしと決め付けて無期限ブロックを課し、多くのユーザーの屍の山を積み上げて地獄を作り出す。

ウィキペディアやアンサイクロペディアに度々出没する問題ユーザーは、ウィキペディアやアンサイクロペディアを良くしたい、貢献したいという善意から、糞記事を撒き散らしたりコミュニティを疲弊させる行動を行い、他のユーザー達に地獄を味わわせる。

このように、善意が原因で地獄が出来上がってしまうという事象は、枚挙に暇が無い。歴史上行われた暗殺やクーデター、戦争、テロもその殆どは善意が動機である。

法律用語としての善意[編集]

つまりこういうことである。

また、善意という言葉は法律用語でいうと「知らないこと、認識していないこと」という意味も含有する。つまり、犯罪と知らずに窃盗を行ったり人を殺したりしても、その原因は善意になるのである。

法律用語としての善意も考慮に入れると、古来起こってきた惨劇や、人間同士の軋轢の全ては善意が引き金になっていると言っても過言ではない。しかし、ウィキペディアでもコミュニティの円滑化、利用者の齟齬防止の為に善意にとることが推奨されているように、人間同士の意思疎通や、社会の構築とその円滑な運営には善意が必要不可欠だということもまた事実である。

この二律背反に、多くの哲人達が煩悶してきたことは言うまでもない。哲学者であり、レスラーとしても著名な木吉カズヤが、地獄への道である善意をよすがとしなければ生きていけない人間や成り立たない社会を悲しみ、「救いはないね!救いはないんですか!?」と絶叫したことは、あまりにも有名である。

関連項目[編集]