坂井三郎
出典: へっぽこ実験ウィキ『八百科事典(アンサイクロペディア)』
坂井 三郎(さかい さぶろう、大正5年(1916年)8月26日 - 平成12年(2000年)9月22日)は、大日本帝国海軍の戦闘機搭乗員(パイロット)。佐賀県佐賀郡西与賀村(現在の佐賀市)出身。太平洋戦争終戦時は海軍少尉、最終階級は海軍中尉。太平洋戦争時における日本のエース・パイロットとして知られる。戦後に海軍時代の経験を綴った著書「大空のサムライ」は世界的ベストセラー。
通称帝国の白い奴
[編集] 撃墜王としての記録
日中戦争から、太平洋戦争にかけて、アメリカ軍機を64機撃墜している。
「何? たったそんだけ?」
~ 坂井三郎 について、エーリッヒ・ハルトマン
~ 坂井三郎 について、エーリッヒ・ハルトマン
「ショボ!」
~ 坂井三郎 について、ハンス・ヨアヒム・マルセイユ
~ 坂井三郎 について、ハンス・ヨアヒム・マルセイユ
「経験あるパイロットとは思えない。有給休暇を目一杯取っていたのではないかね?」
~ 坂井三郎 について、ハンス・ウルリッヒ・ルーデル
~ 坂井三郎 について、ハンス・ウルリッヒ・ルーデル
…などと言ってはいけない。実は「大空のサムライ」の名前通り、彼はその全てを、日本刀で撃墜しているのである。
「え? マジ?」
~ 坂井三郎 について、エーリッヒ・ハルトマン
~ 坂井三郎 について、エーリッヒ・ハルトマン
「有り得ねぇぇぇぇ!」
~ 坂井三郎 について、ハンス・ヨアヒム・マルセイユ
~ 坂井三郎 について、ハンス・ヨアヒム・マルセイユ
「我々も負けていられないな。休んでいる暇などない、行くぞガーデルマン、出撃だ!」
~ 坂井三郎 について、ハンス・ウルリッヒ・ルーデル
~ 坂井三郎 について、ハンス・ウルリッヒ・ルーデル
「待って下さい! ルーデル! 坂井三郎は一回も愛機を撃墜されていないんですよ! あなたも見習って下さい! 基地まで歩いて帰るのは、もうまっぴらです!」
~ 坂井三郎 について、ガーデルマン
もちろん、彼も好んで日本刀を振るった訳ではない。零式艦上戦闘機は他国に先駆けて20mm機銃を採用、1発でも当たればたちまち敵機は粉々に砕け散るという反則のような恐ろしい機銃なのであるが、零戦の華奢な機体も撃った時の衝撃を受け止められず、翼は歪み機体は震え、とんでもない事になってしまった。坂井三郎はたった1回実戦を経験しただけで、20mm機銃の衝撃に参ってしまった。元々船酔いが酷くて水兵として使い物にならず、やむを得ず操縦士になった経験をもつ坂井は、この振動にすっかり酔ってしまい、大量のゲロを吐いてしまった。以降はすっかり機銃がトラウマになってしまい、7.7mm機銃を撃っても振動に酔ってしまい、盛大にゲロを吐くようになってしまった。それでも坂井三郎には、戦闘機乗りとして生きるしかなかった。戦闘機に乗れなくなると、また元の水兵に逆戻り。戦艦の艦上で船酔いに苦しむ羽目になる。そんな切羽詰まった状況でやむを得ず編み出したのが、日本刀を持って敵機に接近して、切り刻むという戦法である。ところがこの戦法を実行してみると、意外にも坂井には合っていた戦法だったようで、以来、面白いように敵機を撃墜できるようになったという。
~ 坂井三郎 について、ガーデルマン
惜しむらくは、この坂井三郎の戦法に着目した軍部が、他の戦闘機乗り、いや爆撃機・攻撃機乗りにすら、同じ戦法を要求した事である。このような狂った戦法が坂井以外に使える訳が無く、結局他のパイロットたちは敵を日本刀で切り刻むどころか、敵と正面衝突してしまって、ほとんどが相打ちになってしまった。戦後これは最初から体当たりを意図した戦法であるとされたが、これは全くの誤解である。
[編集] エピソード
- 大型輸送機を峰打ち
- 1942年初頭、オランダ領東インド(今のインドネシア共和国)・ジャワ島の敵基地への侵攻途中で発見した敵偵察機を攻撃するために味方編隊から離れた坂井は、偵察機撃墜後に侵攻する日本軍から逃れる軍人・民間人を満載したオランダ軍の大型輸送機(坂井はダグラスDC-4と回想しているが実際にはDC-3と思われる)に遭遇した。この時、坂井は輸送機の窓に震え慄く母娘と思われる乗客たちが見えることに気づいた。これを見て「逃がそう」と思った坂井は日本刀の持ち方を変え、峰打ちにする事にした。ところが峰打ちにもかかわらず、坂井の日本刀はDC-3をまっぷたつに切ってしまい、たちまち墜落してしまった。
- 峰打ちにするつもりだったのに撃墜してしまったことを恥じた坂井は、戦後の著作にもこのことを記述しなかったが、年を重ねるに従って考え方が変わり、終戦から50年近く経った頃の講演会で初めてこのことを明かした。
- なお、これと同じ頃、当時機内から坂井機を見ていたオランダ人の元従軍看護婦が、奇跡的にパラシュートで脱出した。「あのパイロットに会いたい」と赤十字等の団体を通じて照会したところ、当該パイロットが有名な坂井三郎であることを知り、非常に驚いたようである。2人は再会し、看護婦は積年の恨みを込めて坂井をズタボロに殴り倒した。
[編集] 関連項目
- アメリカ軍機を202機倒すことのできる刀


