ジョージ・マッケンジー

出典: へっぽこ実験ウィキ『八百科事典(アンサイクロペディア)』

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ジョージ・マッケンジーGeorge McKenzie城島健司(じょうじま けんじ)、1976年6月8日 - )とは、佐世保出身で現在アメリカに在住する釣り人。副業はベースボールの選手。ポジションは捕手。

もの凄い強肩と強打で知られる。まゆ毛が太い。

現在はシアトル周辺で日々釣りを楽しみつつ、適度に屈強な男たちが固い肌色の棒を手で握りしめ力強く速く振り、白いものを柵より遠くに飛ばして点を入れるスポーツで汗を流す悠々自適な生活を送っている。成功したNEETはこんなもんだろう。

目次

[編集] 能力

[編集] アングラーとして

プロ級である。チヌ釣りが特に好き。地元・佐世保では野球選手として認識されておらず、釣りの上手い青の兄ちゃんと呼ばれている。ライバルは赤の兄ちゃん金ピカ兄ちゃん

[編集] 野球選手として

プロである。毎年3割30本を打ち、一流選手である。(ただし、イチロー小坂誠ほどの技はなく、初芝清のような神通力も持たないので、普通の超一流レベルである)また、ラミレス級の早打ちなので三振も四球も少ない。その割には死球が多く、Mっ気があるのは想像に難くない。捕手としては、強肩であるがかつては非常にヘタレな捕手であった。が、現在は肝も据わっていい感じになった。


タイトルに手が届きそうなシーズンも何度かあったが、全てチームメイトの某ハゲ彦にタイトルを奪われる不運に遭っている。

2005年を以て福岡ソフトバンクホークスを退団している。2006年オフにボスのハゲがジョージの穴埋めに多村仁を獲得したが、スペランカーに埋められる穴ではなかった。

また、よく小坂ゾーンに引っかかりチャンスを潰していた。

本人は全力でプレーできるうちの福岡ソフトバンクホークスへの復帰を匂わせているが、現在のメジャー契約は基本年俸1650万ドル(19億6400万円)で出来高払いを含めると総額で最大1900万ドル(約22億6000万円)。置物と化している某ハゲ彦(7年契約の年俸5億)をクビにしたどころで到底補填できる額では無い。

イチローのレーザービームを受け止めることができずに困っている100球喰らって1球受け止められたらいいほう。失敗例としては、1.彼ごとレーザビームでバックネットまでとばされる。2.彼のグローブに鏡っぽい何かついていてレーザービームが反射してしまう。3.レーザービームが彼を貫通する。4.レーザービームが屈折して予想GUYな所に飛んでいく。5.受け止めたと思ったらレーザービームが爆発して地球が滅亡する。etc...などがある。これはマリナーズが弱小チームである一因でもある。

イチローを「壱さん」と敬意をこめた愛称で呼んでいるが、天才イチローは相手にしてくれない。イチロー曰く「盆栽カスは皆死ね。」

スタメンに選ばれなかった日はもっぱらベンチでラノベを読んでいる

[編集] エピソード

  • とある評論家がジョージを酷評した。その評論家が当時ジョージが所属していた福岡ダイエーホークスのキャンプを視察に訪れた。
  • さてジョージはその評論家を見つけるや即ブチ切れ。「俺のことをボロクソに書くなこのヤロー!!!」とジャパニーズマフィアも裸足で逃げ出す恫喝を浴びせた。その評論家は恐怖の余りインポテンツとなった。
  • しかし一方でジョージは、その評論家が酷評した新聞記事を家の天井に貼り付けていつまでもニヤニヤしていた。典型的なツンデレの行動である。
  • ちなみに、その評論家とは豊田泰光である。
  • 2003年、34本のホームランを打ったがその内34本は右投手から打ったものである(左投手相手には1本も打てなかった)。案の定その年発売されたパワプロ10超決定版及び11で「対左投手1」になっている。
  • 2004年のとある試合で杉内俊哉がベンチを一番硬い部分を殴打し、両腕の骨折という重傷を負った。その際、当時同僚だったジョージは「利き手はやめろブルガリア ブルガリア! 」と声をかけた。[1]
  • ドラフトのとき弱小広島東洋カープに指名されそうになったので、スカウトしてくれた大学に進学しようとした。そこでカープと大学が怒りをあらわにして、いがみ合っていたところを福岡ソフトバンク(当時はダイエー)が漁夫の利のようにかっさらっていったので、ドラフト史上初の2チームと1大学の城島をめぐる喧嘩がおきた。。

[編集] 関連項目


Image:ExSport.png この項目「城島健司」は、エキサイト不足のようだね。
さあ、君もこの記事に胸が高まるような文付け足してみよう。レッツトライ! (Portal:スタブ)