大いなる助走
出典: へっぽこ実験ウィキ『八百科事典(アンサイクロペディア)』
『大いなる助走』(おおいなるじょそう)は、筒井康隆の長編小説作品である。
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[編集] 作品概要
本作品は、1人の男が、あるインターネット上のコミュニティに足を踏み入れるところから始まる。男は、自らの拙い文章力にもめけずに一生懸命に記事を作成するが、それがもとで現実世界での勤務先を辞めさせられてしまった。彼は仕方なく、そのコミュニティを足がかりに収入を得ようとするが、しかし……。
近年台頭しているSNSやウィキサイト等に代表される“インターネット上の人間集団(コミュニティ)”の、ほんの数年後の未来の姿を描いた作品である。筒井の他の作品と同じく“ドタバタ”の要素が大きいものの、コミュニティそのものや、あるいは人間そのものを鋭い視点で描写し、インターネット上であっても現実世界であっても、そしてまた何年先の未来になっても、個人の性質や人間集団の性質は本質的に変わらないことを示している。
作品は5つの章からなっており、各章は更にいくつかの節に分かれている。章と節は、さながら演劇の台本のように「ACT 1/SCENE 1」という形で示されている(例えば、通常ならば「第5章第33節」となるべき所は、本作品では「ACT 5/SCENE 33」と表されている)。主人公が辿る転落の道のりは、まさに典型的な人生そのものであり、それを演劇の台本――即ち“運命”のように予め定められたものであるように読者には感ぜられる。
本記事でも、作中での表記に従い、章題は上記のように示す。なお、以下の記述において、実在する人物や企業、ウェブサイト等に酷似した名称がいくつか登場するが、これらは全て実在のものとは一切無関係な架空の存在である(と、本書の奥付には記されている)。
[編集] あらすじ
[編集] ACT 1
2012年、インターネット上を楽しい文章で一杯にすることを目的としたウィキサイト「アンサイクロペディア日本語版」は、今やすっかり日本国民に浸透し、2ちゃんねると同様に日本人なら知らない人のいないサイトとなっていた。勿論、これは一重に無数の利用者――アンサイクロペディアン――の弛(たゆ)まぬ努力の賜物であるが、しかしそのためだけではない。2010年にライセンスが改正され、ウィキアに一定割合の印税を支払うことによりコンテンツの商用利用ができるようになり、これにより多数の書籍が宝島社などから発行され、それらが爆発的に流行したためである。
印税はその殆どがアンサイクロペディアの運営費用に回されていたが、一部は当該記事の執筆者などに報奨として支払われたり、あるいは「執筆コンテスト」の賞金などに充てられたりしていた。
主人公の市谷京二(いちたに きょうじ)は、大徳産業という企業に勤める24歳のサラリーマンである。彼は、22歳で旧帝大を卒業し、新卒で地元の有力企業に就職するという、概ね順調な人生を送ってきていたが、一方で、暫く前からアンサイクロペディアに記事を投稿するようになっていた。高い教育を受けているだけあって、正しい日本語と正しいWiki文法で記事を書くことそのものは容易(たやす)かったが、しかし彼には残念ながらユーモアの種があまり無く、投稿する記事は全て架空国家モノやエクストリームスポーツモノであり、その全てが速やかに{{NRV}}や{{ICU}}を貼られ、いくら市谷が加筆をしてもきっちり7日後に削除されるという、数多くの泡沫利用者と同じルートを辿っていた。
あるとき、有力利用者のひとりから、彼の会話ページに書き込みがあった。
それよりも、あなたが焼畑市に加筆された箇所は、大変面白く読ませて頂きました。これは、恐らくはあなたが焼畑市にお住まいだからこそ書けた記述であるように見受けられますが、ひとつ、あなたにとって身近な題材を、そのまま書いてみては如何でしょうか?
この有力利用者がエクストリーム・初心利用者育成に参加中であり、数多くの会話ページに同様の書き込みをしていたことなど露知らぬ市谷は、有力利用者が自分のことを気にかけてくれただけで嬉しくなり、身近な題材での記事作成を考え始めた。
彼がアンサイクロペディアに記事を投稿し出したそもそもの理由というのは、このまま大組織の中に埋もれてしまいたくない、何とか個性的な方法で世に出たい、といった外因的な衝動がきっかけであった。ところが、“身近な題材”ということで考え始め、自分が勤めている大徳産業についての記事を書こうかと着想した瞬間、その大組織というものを描写してみたい、その描写がいったい自分の力でどこまでできるものなのか試してみたいという内発的な衝動が沸々と湧き上がってきたのだ。
彼は、それから毎日、会社から帰るなりパソコンに向かい、大徳産業についての記事を書き続けた。彼の会社生活には、中小企業にはない大企業特有の嫌なこと、不条理なことが山ほどあったし、それらを日常と看做して淡々と仕事を続けてゆく同僚や上司たちは、彼からみればまた滑稽でもあったのだ。それを、淡々と、かつ緻密に、説得力をもつ日本語で描写した記事は、必ずや抱腹絶倒間違いなしの良記事になる筈であった。勿論、これによって自分が特定され、何らかの累が及ぶ可能性を考えないではなかったが、今や執筆の虜(とりこ)になっていた彼には、記事を書き上げないうちに自分がパソコンのキーを叩くのを止めることはできなかったのだ。
かくて、4日間を費やして、市谷は5万バイトに及ぶ大作記事「大徳産業」を書き上げ、これをアンサイクロペディアに投稿した。
[編集] ACT 2
「大徳産業」の記事は、翌日にはTemplate:新着記事に掲載された。この頃、この新着記事への掲載はウィキペディア同様の投票制となっており、ここに載ること自体が、一人前の執筆者として認められるための一つの目安となっていた。
更にその翌日、市谷は、彼にきっかけを与えてくれた有力利用者から、1通のウィキメールを受け取った。それは、「運営委員会」と称するチャットへの招待であった。チャットでは、原則として全員が、アンサイクロペディアでの利用者名と同じハンドルネームを名乗り、様々な問題について話し合ったり、あるいは雑談をしたりしているのだという。市谷は早速、そのチャットにログインしてみた。
- (※かつて2008年頃、「アンサイクロペディア運営委員会」といえば、外部の匿名掲示板に設けられた専用のスレッドのことを指していたが、上記の記名式チャットの影響力が大きくなるにつれ、いつの間にかそちらが運営委員会と呼ばれるようになってしまった。2012年現在も匿名掲示板のスレッドそのものは存続しているが、こちらは「監査委員会」と呼ばれている。)
チャットでは、市谷が書いた「大徳産業」の記事について、数十人のベテラン利用者から様々な批評が浴びせられた。それは例えば、次のようなものである。
勿論チャットであるから、実際にはもっと短い文章を一単位とするやりとりだったのだが、ある1人の意見を要約するとこのようになる(作中では、チャットのシーンは実際のチャットログと同じように描写されている)。市谷は、最初はいちいちこのような侮蔑的な発言にも相槌を打っていた。しかし、この人物の投稿履歴を探ると、実は自身こそがそのような自己中心的な意識に満ちた記事を数多く投稿し、しかも何故か(おそらくは古参であるという理由により)大半の記事にはNRVもICUも貼られずに済んでいるではないか。パソコンの前の市谷は笑いを堪(こら)えることができなかった。
別のベテラン利用者は、やはり市谷が新人であることから厳しい表現ではあるものの、次のような概ね肯定的な評価を下した。
秀逸な記事になったとしても、ちっともおかしくない作品ですよ。
[編集] ACT 3
ところで、Template:新着記事には一度に5作品が掲載されているが、この頃は、1日(24時間)あたり1記事のみが追加される慣例になっていた(投票制をとっているため、一度に複数の記事を入れ替えることが難しくなっていたのである)。追加の際にしか古い記事の除去は行われないため、一旦Template:新着記事に載った「大徳産業」の記事は、そのまま5日間メインページに飾られ続けることになった。
アンサイクロペディアのメインページは、グーグルなどに代表される多数のロボット型検索エンジンによって、ほぼ毎日クロールされている(以下、それらの有象無象の検索エンジンを総称して単に「グーグル」とする。これは作中の表記と同じである)。従って、Template:新着記事に載ることによってメインページに飾られている記事は、概ね1~2日程度でグーグルにキャッシュされ、検索結果として出力されるようになる。果たして、「大徳産業」の記事もその例に漏れずキャッシュされ、Template:新着記事に掲載された翌々日には、「大徳産業」でググると上位10件以内にその記事が表れるようになった。
更に数日後の、ある午後のこと。仕事で外回りを終えて帰社した市谷は、自分が販売課の室内に入った瞬間、その空気が凍りついたのを感じた。明らかに、他の同僚たちや上司などが、その直前まで自分の話をしていたのだ。
読んだな、と市谷は直感した。誰かがアンサイクロペディアの「大徳産業」の記事を見つけ、その初版投稿者が市谷であることを突き止めたのだ。何となれば、市谷はペンネームやハンドルネームといったものが嫌いであり、利用者:市谷京二として自分の名前をそのまま名乗っていたからである。また、内容的にも、大徳産業の販売課に所属していなければ知り得ない類の事実が数多く記されており、「市谷京二」という利用者名が騙りや偶然の一致などではなく本人であることは、読む人が読めば明らかなことであった。
市谷は、その日のうちに、上役である部長に呼ばれた。部長は、たとえアンサイクロペディアが嘘八百科事典であるといっても、業務上知りえた秘密を利用して大徳産業を貶める記事を投稿したことは、会社に重大な損害を与える行為であり、従って会社では市谷に損害賠償を請求すべく告訴の手続きを進めているという。告訴されたくなければ、自らページの白紙化を行い即時削除を依頼するか、さもなくば辞表を提出せよ、との二者択一を迫られた市谷は、後者を選ばざるを得なかった。もし前者を選んでも、大徳産業の性質からいって結果的には懲戒免職や告訴などの処分が待っているように思われたためである。
かくて、市谷はNEETとなった。しかし、現代においては、インターネット上で著した文章が認められ、アフィリエイトブログなどである程度の収入を得たり、そのブログの書籍化や、その他の文筆活動などで生活することが可能であることを市谷は知っていた。いま自分には貯金が300万円あるから、これを使い果たさないうちにそういった地位にまでなれば良い。――市谷は、現状をそのように楽観的に捉えていた。
ところが、そういったことを運営委員会チャットで相談すると、そんな虫のいい話など実際には滅多に無いと、多くのベテラン利用者が口を揃えて言う。確かに、何らかの収入を得ること自体は不可能ではないが、それは精々小遣い程度の副収入であり、それだけで生活できているのは極く一部の著名人だけだというのだ。まして、市谷はアンサイクロペディアにおいてさえ、まともな新規記事は「大徳産業」1本のみしか書いておらず、それ以外のブログ等も未経験である。また、多くの利用者は、市谷が「大徳産業」の記事を仕上げられたのは自身がその企業に勤務しているからであり、そこを辞めさせられた今、彼には新たな新規記事は書けないであろうと考えていた。市谷が文章で収入を得るのは、今のままでは到底無理な話であるらしい。
しかし、ある利用者が、このような発言をした。
もしも「大徳産業」の記事が「秀逸な記事」に指定されるか、あるいは「執筆コンテスト」で優勝すれば、宝島社などから出されているアンサイクロペディアの“まとめ本”や、あるいは『現代用語の墓礎知識』などの書籍に転載される場合があり、そうなれば一定の転載料がアンサイクロペディアを経由して主要執筆者に支払われるのだという。
勿論、{{秀逸}}タグは現在でも誰もが自由に貼ることができたが、しかし、ベテラン利用者たちによってエクストリーム・秀逸剥がしが流行しているため、貼った次の瞬間にはもう剥がされる、というのが常態化していた。編集合戦を繰り返せば、ブロックされるのは自分である。しかし、何としても「大徳産業」の記事を秀逸な記事に指定しなくてはならない。いや、秀逸な記事でなくても良い、何らかの出版物に転載されれば――
[編集] ACT 4
ちょうどその頃、アンサイクロペディアでは「第38回執筆コンテスト」が行われており、参加者・出展記事の募集期間となっていた。
この「執筆コンテスト」は、2008年頃は参加者も多いときで数十名程度であり、1名あるいは少数の有力利用者によって主催されていたが、2010年以降はアンサイクロペディア自体の利用者が爆発的に増加し、執筆コンテストもまた到底1名では管理できないほどの規模に達したため、運営委員会によって体系化・組織化され、かつ定期的に行われるようになっていた。コンテストで上位に入れば、賞金だけでなく、出版物への転載などによっても僅かながら現金収入が期待できるほか、優勝者には、記事「日記」への投稿を行う権利が与えられることもまた魅力となっていた。
この頃、記事「日記」は“限りなく全保護に近い半保護”扱いとなっており、古参の有力利用者以外は投稿ができない状態になっていた。また、この「日記」は、インターネット上においてJ-CASTニュースを上回る影響力をもっており、更に、投稿者の殆どがアフィリエイトブログなどによって何らかの収入を得ていた。従って、「日記」に投稿できるようになることは、アンサイクロペディア内に留まらず、広くインターネット上で有力な論客として活躍するための道が開けることを意味していたのである。
市谷にとって都合の良いことに、そのときのテーマは「企業」であった。市谷はこのイベントの存在自体には気付いていたものの、最初は、自分の書いた「大徳産業」の記事と関連付けては考えていなかったのだ。しかし、この執筆コンテストに参加し、みごと優勝すれば、自分は一躍有力利用者の仲間入りであり、また転載料などへの道も開けることになる。
市谷は「大徳産業」の記事を執筆コンテストにエントリーした。すると、かつて市谷をチャットに誘った有力利用者から、ウィキメールが舞い込んできた。彼によれば、執筆コンテストで優勝するには、審査員への根回しが不可欠であるという。それも、単に投票を頼んだり、あるいは好印象を植えつけておくだけでは足らず、審査員に実際に会って現金を渡したり、あるいは何らかの奉仕をしたりする必要があるという。勿論、そういった買収に応じない審査員も僅かにいるほか、派閥などの絡みでどう頑張ってもこちら側に取り込むことのできない審査員もいるが、それでも、残りの審査員をすべて買収すべきであるというのだ。
市谷は、まず実際にこの有力利用者に会って詳細な話を聞き、次いで、買収が可能な審査員数名にウィキメールを送り、そのなかの何人かと実際に会う約束を漕ぎつけた。そして、金銭や、女性、自分の肛門、禁則事項です、検閲により削除など様々なものを提供し、自分に高い得点をつけるよう依頼した。当然ながら審査員は全国各地に散らばって住んでいるため、移動に要した交通費と賄賂分だけで市谷の貯金は殆ど底をついてしまった。
さて、数週間が経過し、いよいよ採点期間である。市谷は、採点会場のページを、毎日固唾を飲んで見守った。根回しの甲斐あってか、実際に会った何人かの審査員は皆「大徳産業」に高い得点をつけている。また、その他の審査員も比較的高い得点をつける者が多く、これならば今回の優勝は「大徳産業」なのではないか、と、市谷だけでなく誰もが思った。
しかし、結果発表寸前、コンテストのノートページに、それまでの情勢を引っ繰り返す書き込みが、まるで投稿履歴の無い1人のIPユーザによってなされた。
市谷のような一発屋や、あるいはビギナーズラックによる入賞を防ぐために、このような規定が設けられていたのだが、市谷をはじめとして誰ひとりこれに気付かなかったのである。たちまち、主催者によって市谷の投稿履歴の確認が行われ、市谷が過去に新規作成した「大徳産業」以外の全ての記事が既に削除されており、彼がこの要件を満たしていないことが確認された。
「大徳産業」の記事は出展取り下げとなり、コンテストに優勝したのは別の記事であった。
[編集] ACT 5
市谷は暫く失望から立ち直ることはできなかったが、しかし、やがて新たな記事の作成に取り掛かった。しかし、彼にはもはや何のユーモアの種も無く、書こうとしても何も思いつかなかった。身近なことを、と思い、自分が過去に通っていた高校や中学校などの記事(大学の記事は既にあり、加筆の余地が無いほど充実していた)を投稿したりもしてみたが、やはりすぐにNRVなどが貼られてしまい、結局削除されてしまうのだった。趣味も無く、学業と仕事以外には大した知識も持ち合わせていない市谷には、もはや何の記事も書けなかったのだ。
そのうちに、うっかり以前削除されたのと同じ記事を再度投稿してしまい、市谷は1週間の投稿ブロックとなった。
1週間、することがなくなってしまった市谷は、考えた。そして、ここまでの流れを振り返った。どうも何かがおかしい、と市谷は感じていた。
- 身近なことで記事を書くよう勧められる。
- (自分が希望したわけではないのに)Template:新着記事に掲載される。
- その記事が会社に知られ、辞めさせられる。
- 執筆コンテストへの応募を勧められる。(※実際には誰も勧めていない)
- 審査員への根回しを勧められる。
- 結果発表寸前に何者かによって舞台から引き摺り下ろされる。
明らかに、何らかの意思が働いていると、市谷には思えた。これは、1人の人間をいかに苦しめ、いかに立場を悪化させるかを競う、一種のエクストリームスポーツなのではないだろうか? そして、自分はその競技対象になっているのではないだろうか?
許せない。
そのような、1人の人間の人生を弄ぶようなエクストリームスポーツのプレイヤーには、死の裁きを下さなければ。
本作品は、ほぼ全て市谷の視点から描かれているため、実際にそのようなエクストリームスポーツが存在するのか、あるいはそのような意図によって市谷が動かされていたのかどうかなどについては、作中では言及されていない。いずれにせよ、市谷は、わかる限りのプレイヤーを殺害することを決意した。即ちそれは、根回しの際に実際に会った数名の審査員である。彼らは自分に出展資格が無いことを知りながら、それを自分に教えずに、自分から様々なものを奪っていった。殺すべきだ。殺すべきだ。
ここで、何ともストーリー展開上都合の良いことに、市谷と同居している彼の兄がスキート(クレー射撃の一種)の名手であることと、そのため散弾銃と多数の弾丸が自宅にあることが明らかにされる(このあたりのご都合主義的展開を、読者が気付かぬうちにさらっとやってのけるのも、筒井作品の面白さのひとつであろう)。市谷は、兄の銃と弾丸、そして多額の現金やクレジットカード等を財布ごと持ち出すと、レンタカーを借り、最も近い審査員を殺害しに向かった。
ここからは、筒井お得意のドタバタ色がいよいよ強くなり、ひとりひとりの審査員を市谷が殺害してゆく様や、殺害される際に審査員が命乞いをする様などが、実にコミカルに描かれるが、ここでは詳細は省略する。
注目すべきは、何人殺しても、各地域の警察がこれを“連続殺人”であると認識せず、それぞれ別個の殺人事件として捜査したために、物語が終わるまで遂に市谷が犯人であることを突き止められなかったことであろう。被害者の大半は、自分がアンサイクロペディアンであることを家族や友人などに話していなかった。一方、アンサイクロペディア上においても、最近急に有力利用者が何人か来なくなったなと感じる者はいても、その減った利用者たち全てが殺害されているとは、誰も夢にも思わなかった。従って、殺人の動機を捜査する上で、アンサイクロペディアというサイトの存在は全く考慮されなかったのだ。
順調に殺人を重ねた市谷だが、10人目の標的を殺害しようとした際に弾丸が尽き、その隙に相手が持っていたナイフで胸を刺され、あえなく絶命してしまった。その後、この利用者の証言がきっかけとなって、市谷が9人の利用者を殺して回ったことが、明らかとなったのである。
主人公の市谷が死亡したため、最後の一節では、視点がアンサイクロペディアの別の利用者に移る。そして、2人の利用者の、以下のような2つのモノローグで、物語は閉じられる。
何らの対価も得ず、殆どボランティアに近い状態で記事を書いて、それでアンサイクロペディアが充実したり、あるいはそれが本になったとしても、それを読んでるのは結局一部の好事家だけじゃないか。
とても日本を楽しくするために何らかの形で貢献してるとは思えないんだよ。
むしろ、精神の荒廃した無頼漢を出したり、生活無能力者を出したり、果ては殺人者を出したり、反社会的な傾向の強い人間ばかり育てている。いくら嘘八百科事典だといったところで、それじゃ結局世の中は楽しくなってないんじゃないか?
跳躍台なきわれらが永遠の助走。呼び出されることのなきこの大いなる待機が、はたして何の役に立っているのか。それともそれは役に立たぬほどの値打ちなのか。誰かの命と引きかえにできるほどの価値がどこかにあるのだろうか。
[編集] 書誌情報
2008年11月に、文藝春秋より「文春文庫」として刊行されている(ISBN 4-16-718114-2)。
[編集] 関連項目
| 本項は第6回執筆コンテストに出品されました。
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