大文字焼き

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大文字焼き(だいもんじやき)は、粉もの料理の一種である。
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概要[編集]

大文字焼きの作り方を説明するのは易しい。小麦粉を多めの水に溶いたものを鉄板の上に垂らして「」の字を形づくり、しっかり焼けば完成である。書けばそれだけのことだが、美しい書体で大の字を書きあげ、さらに固まった直後に鉄板から一画も欠かすことなく剥がす必要があり、それなりに高い技術が要求される。

歴史[編集]

大文字焼きの起源は安土桃山時代にさかのぼる。考案者はかの有名な千利休である。利休はいまでこそ茶聖などと呼ばれもてはやされているが、生まれは大阪で、かつ本業は商人であり、当然どケチだった。花瓶を買うのが嫌でその辺の竹を切って代用したり、古道具屋の棚の奥に埃にまみれてタダ同然で転がっていた欠け茶碗を名器と偽って、風流人を気取る大名連中に高値で売りつけたりしていたところを、変なものが大好きな織田信長に見出されて茶の師匠として重用されたが、あるとき突然状況が変わった。信長が本能寺でバーベキューにされてしまったのである。彼に代わり天下を取った豊臣秀吉は最貧層の家に生まれたことの反動か金遣いが荒く、悪趣味で粗野で顔も山猿そっくりであり、そのくせ信長への対抗心か憧れか知らないが茶道にたいへん熱心であったため利休は毎日のように秀吉の相手をせざるをえなかった。いかに費用をおさえて秀吉をもてなすか。これが利休の後半生における課題だった。利休は節約に努めた。どんなに適当にふるまっても秀吉が気付かないので、その工夫はだんだんと雑になっていった。そうやって生まれたのが大文字焼きである。

秀吉の側近となってしばらくのうちはまともな茶菓子を出していた利休だが、茶会があまり頻繁に行われるのでやがて面倒になり、しまいには水で溶いた小麦粉に味噌をほんのちょっとつけて焼いたものを「これこそ侘びの精神の極致です」と言って出すようになった。秀吉もわかったふりをして言われるままに食べていたが、根がいやしいのである日ついに「いいけどもうちょっと大きいのが欲しいな」と口にしてしまった。秀吉を完全に馬鹿にしきっていた利休は彼の目の前で鍋の底に小麦粉で「大」の字を書いて焼いて出した。大文字焼きの誕生である。秀吉はそれを黙って食べ、その日のうちに利休に切腹を命じたという。

ケチな人間はいつでもいるもので、大文字焼きはすたれることなく後の時代に伝わっていった。いつのまにか庶民が屋台で食べるものになっていたようで、江戸時代葛飾北斎が遺したスケッチには、鉄板の上に小麦粉で色々な字を書いて売る「文字焼き売り」の様子が描かれている。何を書いても味は同じなんだし別にいいだろ、という利休よりさらに適当な考えが伝わってくるようである。そのうちこの「文字焼き売り」たちは悪のりして小麦粉ではなく酔っ払いのゲロを焼いて売るようになり、やがて呼び方まで適当になって「もんじゃ焼き」として今日まで残っているが、こういうことをやり始めたことで、利休の時にかろうじてあった侘びの精神という建前は完全に失われ、明治に入ると「大文字焼き」としての歴史はついに終わりを迎えたかに見えた。

しかし、大文字焼きは突如復活する。

昭和40年代、日本中はかつてない高度経済成長に浮かれ、ただでさえ人が多くて蒸し暑い東京にアジア初のオリンピックを誘致するなど完全にどうかしていた。街ゆく人はみな熱に浮かされたようなことを喋っていた。そんなある日、一人の発狂した音楽家が気球に乗り、富士山をバックに意味不明な事を喚き散らすという事件が起こった。しかしそれによって人々が恐怖することはなく、むしろ彼を歓迎して一斉に右手を上げ、彼と同じフレーズを連呼したのである。

「大きいことはいいことだ!50円とはいいことだ!」

ナチスの記録映画『オリンピア』さながらの光景であった。この事件によって再び「大」の字がフィーチャーされ、大文字焼きを50円で売るヤクザな商売が復活した。とはいえ庶民も昔と違って余裕があるので普段はみんな小麦粉がたっぷりの、野菜も肉も入ってしっかりソース味のついたお好み焼きを食べ、大文字焼きはたまに夜祭りで屋台が出たときに見るくらいのいわば「ハレ」の食べ物となった。

現在[編集]

大文字焼きの屋台は全国各地の夏祭りで出され、みんなが目にする風物詩となっている。特別な機会にしか見られないので大文字焼きがあるとだいたいどこの土地でも珍しがって人が集まり、喜ばれる。ただし例外があって、京都人は性格がひねくれているため、大文字焼きという言葉を耳にするだけでも嫌な顔をする人が多い。そういうときに「大」の字の右斜め上に小麦粉で点を打つと、京都人でもニンマリして買ってくれる場合がある。たいてい京大生である。

関連項目[編集]