天叢雲剣
出典: へっぽこ実験ウィキ『八百科事典(アンサイクロペディア)』
天叢雲剣(あめのむらくものつるぎ)とは三種の神器の一つで、草薙剣(くさなぎのつるぎ)でもある。フィクション作品では正宗などと同様、そこそこ強い武器としてよく登場する。ただし、天皇が所持してこその三種の神器であるので、その他の有象無象が装備したって意味はない。
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[編集] 概要
スサノオが出雲に天下りし、ヤマタノオロチを惨殺したところ、その尾から出てきた不思議な太刀である、と神話は説く。要するに、野蛮な土着民と河川の氾濫のメタモルフォーゼを蹴散らすことで出雲地方を大和朝廷の支配下に置き、当時としては先進的であった製鉄技術と技術者、あるいは出雲の豊富な鉄資源を強奪したわけである。剣はスサノオからアマテラスの手に渡り、ニニギが天孫降臨するにあたってかっぱらっていった。
以降、皇居内に祀られたり皇居の外に追い出されたり、ヤマトヒメによって伊勢神宮まで厄介払いされたりしたが、ついには東征へ向かう日本武尊に渡され、近畿地方からも締め出された。日本武尊はミヤズヒメに剣を預け、無謀にも伊吹山の神に挑戦したあげくに帰らぬ人となってしまう(それで仕方なく白鳥になって帰った)。いらない子を押し付けられた格好のミヤズヒメは処理に困り、さらに剣を人手に渡す。こうして熱田神宮が建てられたのである。
[編集] 変遷
三種の神器かつ熱田神宮のご神体だけあって、天叢雲剣(草薙剣)は数奇な運命を辿っている。
[編集] 草薙剣盗難事件
668年、新羅僧・道行が草薙剣を盗み出し、新羅に向かって逃げたが嵐により失敗、すごすご帰ってきた事件である。日本書紀と熱田神宮の社伝の両方にこの情けない事件の記録がある。
後始末として剣は宮中で預かることになり、犯人である道行は釈放され、しかも法海寺を開く許可を得たといわれている。どう見ても剣を取り返したい天智天皇の策略です。本当に以下略。
天武天皇が草薙剣の祟りで崩御したことがきっかけとなり、686年、実に18年ぶりに剣は熱田神宮に返還された。よっぽど熱田の人間の恨みを買っていたらしいことが窺える。
[編集] 壇ノ浦に水没
1185年の壇ノ浦の戦いにおいて、負け犬平家の二位の尼(平時子)が、腰に草薙剣を差し、八尺瓊勾玉が納められた箱を奉じ、さらに安徳天皇を抱えるという女傑っぷりを発揮して入水自殺した。この時、勾玉は引き上げられたが、草薙剣は失われた。鉄製の剣ともなれば確実にその場に沈んでいるはずなのだが、なぜか発見できなかったらしい。
ちなみに、安徳の八歳での崩御は歴代天皇の中でも最年少であり、同時にエクストリーム・自殺の最年少記録でもある。以下は平家物語からの引用。
安徳天皇「尼ぜ、われをばいづちを具してゆかんとするぞ」 二位の尼「浪の下にも都のさぶらふぞ」
かわいそうすぎる……(´;ω;`) ブワッ
他にも、偽造されたり焼失したりと波乱万丈である。本物が現存している可能性はゼロに近いが、偽物であろうとも天皇家が持っていればそれが神器なのだから別にどうでもいいじゃん、とも言える。
[編集] 天叢雲剣が登場するフィクション作品
- 草薙剣の名前で出てきたような記憶がある。
- 出てきた……よね?
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[編集] 関連項目
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