東北本線

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東北本線(ひがしきたもとせん)とは、東京駅からひたすら北上し青森駅まで続く、東北地方の虚無感の象徴である。東京〜宇都宮間は宇都宮線と俗称される。

概要[編集]

最大の特徴は特徴がないことであり、その車窓は東北新幹線の橋脚と奥羽山脈のみで構成されている。かつて東京から青森を結んでいた当路線は東北新幹線の開業などによって系統分断され、現在は専ら黒磯〜盛岡間の呼称として用いられる。

東北地方衰退の代名詞としても認知され、特に首都圏では罪悪感からその名を口にすることがはばかれている。今後「福島仙台ライン」「盛岡一ノ関ライン」などの開業が予定されており、これらの開業後は黒磯〜新白河間のみに短縮される予定である。並行する東北新幹線では輸送人員の減少による減収が問題となっており、東北本線では一切の特急列車の運行が禁止されている。

盛岡から北の赤字たんまりな路線岩手県に、青森県の路線青森県に押し付けた。盛岡よ。北へ行く好奇心旺盛な人はあまりいないため、岩手県・青森県が経営を改善していくのは当然だとのことが世論の一致であった。ところがどっこい、煽られた岩手県庁はブチギレて値上げだの駅増設だの無謀な事をした結果、なんと黒字路線にしてしまった。小沢王国おそるべし。

歴史[編集]

1923年、当時の日系二世米大統領であるヤシマ・セブンティーンとブラジル大統領フリーレッド・ケチャッパーが日本での開拓を誰よりも先に夢見て、二人の仲介者である日本人・三船開門が二人の遺志を継ぎ、東北地方での鉄道路線開拓の土台を構築した。

長らく東北での鉱物と肥料の運搬に利用されてきたが、1945年の終戦以降は旅客運送が主となっている。当時では珍しいディーゼル機関車の設計をしたのも私だと三船氏本人は言っているが、信憑性は低い。

沿線風景[編集]

東京〜宇都宮は宇都宮線。上野〜大宮の通過駅は京浜東北線を参照。

東京〜上野
東北本線の起点だが、この区間を走るUTLの列車にとっては途中駅なので、既に車内は満員である。
東京を出た列車は一気に坂を駆け上がり、新幹線の上を走る。そこからまた坂を駆け下り、秋葉原の辺りで元の高さに戻る。
上野~大宮
かつては全列車が上野発着だった。しかしSSLUTLの開業後は電車があちこちに飛び散っており、この駅発着の列車は少なくなった。
上野を出ると日暮里を通過し、永年のライバルである常磐線と分かれる。この両者が再び出会うのは岩沼駅だが、ものすごく遠い場所にあり、ここまで通しで乗る客はまずいないので誰も気にしない18キッパーぐらいであろう。
そのまま進むと、最初の停車駅であるオグに停車する。あるのかないのかよく分からない駅を経由する京浜東北線とは経路を分けることで混雑を分散させている。しかし哲学的に考えて乗客が増える原因となる「駅」の設置に当時の哲道省は消極的であり、百年以上経った現在でもオグには普通列車が嫌々停車するのみで、快速列車は轟音をたてながら通過していく。
オグを過ぎると赤羽に到着する。ここでSSLと合流し、浦和さいたま新都心大宮といったかつてはライバル関係にあった都市の駅を経由していく。通過駅をご利用のお客様は京浜東北線にお乗り換えください。
かつて、新幹線も停車する交通の要衝である大宮に対する激しい敵意が浦和・さいたま新都心の両駅から向けられていた。その後の抗議活動や必死のアピールにより、浦和はなんとか東北本線とSSLを停めることに成功するが、大宮から代表の座を奪おうと慎重に計画してきたさいたま新都心は、快速列車とSSLを通過にさせられてしまった。
ちなみにここまでの区間にはJUという、由来のよくわからないナンバリングが付いている。宇都宮線が東海道線と比較して中古車センターである事を暗喩していると言われている
大宮~小山
京浜東北線は大宮まで。大宮では非常に邪魔くさい高崎線が分岐するが、そんな非電化田舎路線に乗り換える人は皆無である。東北新幹線上越新幹線北陸新幹線の分岐点でもあり、ここで乗り換える客も多い。
大宮より北は需要に対して輸送力が低いので常に満員であり、沿線の発展を見せつけている。沿線住民からは大宮~久喜間の複々線化(京浜東北線の久喜延伸)の要望があがっている。
大宮〜土呂の間は、朝ラッシュ時に上り列車の混雑率が殺人的になる区間である。日中でも多くの乗客は立たされ修行をさせられる。
東武伊勢崎線の乗り換え駅。鷲宮神社への巡礼客で賑わう。
古河で一瞬だけ茨城県に入るが、すぐ栃木県に戻ってしまうので、茨城県を経由したという事は一部のマニア以外誰も気にしない
おやまぁに近づくにつれ、車内に飛び交う会話の内容が非常に濃いものになる。これは、ヲタクの巣窟である高専が小山にあるためである。小山では両毛線水戸線、東北新幹線に乗り換えられる。これらの路線からは上り列車への乗り換え客が圧倒的に多いため、下り列車の客は更に少なくなり、15両編成はすっかりガラガラとなる。
小山~宇都宮

小山でガラガラになったのもつかの間、ほとんどの列車は次の小金井で終点となる。小金井止まりでない場合列車は少し混雑するが、餃子の街までの辛抱である。

自治医大は小奇麗なニュータウンの雰囲気であるが、そこから先は主に家と工場、荒れ地、時々貨物ターミナルといった殺風景で退屈な風景が続く。そのため乗客もほとんど本を読んでいるか手元で何かをいじっている。特にニート落とし神多発地帯でGKが多いため、PSP率がやたら高い。
石橋、雀宮は典型的な住宅街である。駅前に集合団地や商店街がある程度で、あとは見渡す限り民家だらけ。ここで車窓の風景を見渡すと目がおかしくなるので注意。
マンション群が見えてくると宇都宮に到着する。この駅から日光線に乗り換えられるが、アクセス権は完全に東武特急が掌握している。しかし、日光線の日光駅は歴史的にも観光地的にも価値があるので、一度は行っておくべき駅である。
宇都宮で今度こそ多くの列車は終点になる。餃子がうまいので、余裕があれば街中の餃子店に行くと幸せになれる。
宇都宮~黒磯
餃子を満喫してお腹いっぱいになったら黒磯方面に行こう。冬なら運が良ければ雪景色も楽しめる。
大部分はオールロングシートの205系の4両編成という誠に残念な有様であるが、4往復だけグリーン車付きの快適な電車が走っており、これに乗れれば引き続き素晴らしい旅を続けられる。
宇都宮を出た列車は岡本、宝積寺と停車して行く。宝積寺では烏山線に乗り換えられる。
氏家より先、一日平均利用者数3桁の閑散とした蒲須坂、片岡のあたりは本格的に田舎色も強くなる。しかしその先の矢板では、少しまた都市風情が出てくる。
次の野崎を過ぎれば西那須野に着き、那須の風情に様変わりする。その次の駅は那須塩原で、東北新幹線に乗り換えられる。
次の黒磯ではすべての列車の系統が分断される。青春18きっぷ期間を中心に黒磯ダッシュと呼ばれる競技が開催されている。最近は新白河でもダッシュが開催されている。詳細はこちらを参照のこと。
黒磯~郡山
黒磯ではすべての列車の系統が分断されている。
以前は駅構内で電源を切り替えるという荒業を行っており、鉄道ヲタクの聖地の一つとして数えられていた。さらに黒磯から郡山方面へ向かう列車が何かによっておみくじの代わりとなっていた。
  • 455系は急行用車両から格下げされたもので、快適度は急行時代と同じなので大吉。
  • 719系はクロスシートであるが、快適度では455系に劣るため中吉。
  • E721系は都会的だがクロスシート主体で座席からの眺めもいいため、701系よりはマシということで吉。
  • 701系はロングシートでかつ揺れがひどく、加えて寒い空気が中に入ってくるので凶。
しかし途中で455系が老朽化による破損で、719系が食パンの呪いでそれぞれ粛清されましたため、E721系が最上位に立つこととなった。
そんな中、E721系に直流を流すと言う実験が行われたが、交流電車なので当然の如く床下は北海道でもないのに「HEAT」お察しくださいとなり、車両は粛清されました決して、貨物列車のホームと間違えた訳じゃないのだからね!!
この事態を重く受け止めた束目木は、2017年に隣駅の高久との間にデッドセクションを移設した。これにより黒磯構内に交直流が入り交じる事態は解消された。それに伴い交直両用電車のE531系が走るようになったが、閑散区間に金はかけられないので、キハ110系が一部の運用にぶち込まれた。どちらが吉・凶かは、鉄道教の教派によって異なる。
黒磯はまだ栃木県であるが、車内ではだっぺが聞こえ始め、風景も本格的に東北の風情が強くなる。編成も短くなり本数も1時間に1本程度となるため、701系に当たらない限り旅行気分とローカル線気分を味わえる。ワンマン列車が運行されるのも黒磯以北である。
黒磯を出ると最初の駅は高久。ここから先は高久も含め無人駅が増えるため、大幹線と言えども田舎な区間となる。
黒田原は那須町の中心地となる。通学時間帯では運がよければこの駅で空くこともまれにあるが、元々混雑しにくいので誰も気にしない
那須高原を横目に列車は走り続け、次の豊原に到着する。風景撮影者のためだけの駅と言っても過言ではなく、周囲に民家はほとんどない。
次の白坂から福島県に突入する。豊原~白坂間はこの区間のハイライトで、上りと下りで経路が違う場所があり、単線に見えることがある。これは土地を売り渡さない頑固者がいたため、遠回りせざるをえなかったという説が一般的である。このような経路が違う箇所はこの先もちょくちょく出てくる。こうした行為は公共的に見てあまりに迷惑であるので、鉄道のため土地の提供を要請されたら必ず売ることにしよう。
新白河では東北新幹線に乗り換えられるが、本数が少ない。でもきちんと接続が考えられているので安心してもらいたい。最近は速達「やまびこ」も止まってくれるようになったとか。なお新幹線の接続が最優先であるため、在来線の接続はあまり良くない。
白河では車掌の笛の代わりにチャイムを聞くことができ、地方の中都市的な町並みをかんがみることができる。
久田野、泉崎、矢吹、鏡石と東北の風情を感じ、須賀川からは郡山の都市風情へと変わり列車はつかの間の混雑を見せる。
次の安積永盛では水郡線と合流する。安積永盛を過ぎて列車の先頭部分に乗っていれば、カーブの途中で郡山の都市を一望することができる。郡山の都市を一望したら郡山駅は間近である。
この区間の注意点として、黒磯~矢吹間ではSuicaは利用できない。スイカを山ほど持ち込んでも、多分相手にしてもらえない。
矢吹以北ではまたSuicaが利用可能になる。しかし黒磯以南から乗り越しすることはできず、現金精算が必要になる。また郡山~福島、福島~仙台などを往復すると大幅に割引になる「W(ダブル)きっぷ」なる物が密かに販売されているので、Suicaを持っているからと都会気取りでピッピとやっていると逆に損をする
そもそと18キッパーは、ICカードが使えるかどうかなんて誰も気にしない

郡山~福島[編集]

郡山駅は様々な意味で交通の要所である。磐越西線から会津新潟方面へ、磐越東線岩城へ、水郡線安積永盛駅が終点であるが、全列車が郡山乗り入れ)で棚倉水戸方面へと進むことが可能である。

黒磯から郡山行きの列車に乗った場合ここで十数分~三十分の時間があり、福島行きでも停車時間がそれ相応にある(運転士がトイレに引きこもっているから)ので、食料(うすかわまんぢゅうやらままどーるやら)や水の調達は忘れずにしておこう。よほどのことがない限りこの区間で座席が取れないことはない。多くは新幹線の客となっているからだ。また、701系の遭遇確率が下がるのはありがたいことだ。ここで701系に遭遇したらかなり運が悪いと言える。

郡山は南部が発達しているらしく、日和田駅、五百川駅は無人駅である、列車は閑散としている場合があるが、油断はならない。なぜなら、福島駅に近づけば近づくほど混雑するからである。

なお五百川駅は京都から北に数えて五百番目の川付近だからだそうだが、なぜに京都を基準に地名を決めたのかは謎である。この区間は周囲の民家等も少ないため、黒磯~郡山間と同様に田舎の旅情を感じることができる。車両が701系である確率も下がるため、田舎気分も多いであろう。

本宮駅、杉田駅、二本松駅、安達駅、と過ぎると、かの松川事件で有名な松川駅に到着する。そもそもこの事件は、レールが取り外されて列車が脱線し大惨事となった事件である。この事件は共産主義者によるテロとされているが、アリバイが証明され無罪となった。真相は現在も謎であり、別の共産主義者によるテロもしくは高知能者による事件ともされている。

松川~金谷川間でその事件は発生した。この辺はカーブが多いのだが、運転士は制限速度を10キロオーバーで無視する傾向が強い。しかし、列車の乗り心地はあまり落ちていないところを見る限り、ダイヤ等が制限速度無視を前提とされているか、実際に10キロオーバーが現在の制限速度であり、標識の取り外しが面倒くさいだけとする説もある。

金谷川駅からは列車が急激に混雑する、福島駅までの利用者が多いからだ。

南福島駅で列車はますます混雑し、学校が近くにあるためか、車内は高校生大学生で埋め尽くされる。しかしその辛抱が必要な時間も短く、すぐに福島駅へと到着する。

福島~仙台[編集]

福島駅からは奥羽本線が発射している。しかし、米沢までは普通列車が極端に少なく米沢から先も非常に少ないため、新幹線の車両に乗ることのほうが多い。現在は盛岡~青森間が魔王に制圧されてモンスターが出現するため、安全に青森までイキたい人は奥羽本線に迂回する必要がある。場合によっては仙山線北上線に迂回したほうが得なときもあり、攻略書とよく相談するのが良い。ここでも10分~20分程度の待ち時間が与えられる場合もあるが、そうでない場合もあるので攻略書をよく確認しておこう。宇都宮には到底敵わないが、ここも餃子が名物なので、もし時間が取れるのなら堪能されるが良い。但し、ニンニク臭には要注意である。

なお、福島以北は雪景色に遭遇する確率が激減する。郡山~福島でも雪景色はどんどんと減るが、岩沼以北は太平洋側になるため、雪景色に出会える確率は山の部分以外冬季でも非常に低い。雪景色を満喫したい場合は、すぐに奥羽本線に迂回しよう。

福島から北は快速の「先代の都市うさぎ」に遭遇する可能性がある。遭遇した場合列車が何号か注目してほしい。一桁の場合は、東福島駅、伊達駅、桑折駅、藤田駅、白石駅、大河原駅、船岡駅、槻木駅、岩沼駅、名取駅、仙台駅に停車する。二桁の場合は途中停車駅は白石駅、大河原駅、岩沼駅、仙台駅である。そして、三桁の列車は仙台駅までノンストップであり、四桁の列車は奇数が天国へ、偶数は地獄へと向かっていくので乗車する際には気をつけた方が身のためである…が、長生きしたい人は乗らない方がいいだろう。常磐線とはここらへんで再会する。

この区間は701系に遭遇する確率もますます減り、E721系719系が増えるため(白石からは別であるが)、福島から仙台行きの列車に乗れればクロスシートに座れる確率も高い。ここまで701系だけだった人にはありがたいかもしれない(←でも、2桁の仙台シティラビットのは40パーセントの確率で701系である。しかも2両という有様)。

ところが、世の中そんなに甘くない。この区間での最大の敵は701系に代わり、「風」である。強風に見舞われることが多く、列車が運休となって代行バスに乗せられたり運が悪いと途中から列車の運転を見合わせになり立ち往生となったり、徐行運転で何時間も遅延したりと散々な目に遭遇することがある。てか、代行バスなんて出たためしがない。

この区間で風が多いのは自然的なものとされているが、実際には先の松川事件での怨霊の祟りと言われている。しかし、なぜこの区間で猛威を振るうのかはいまだに謎である。現在では利用客が減少傾向にある。高速バスも存在し、なおかつ電車が高確率で遅れるので嫌気がさしてきたのかもしれない。時間帯によっては藤田駅止まりの場合もあるが、白石行き、仙台行きの場合もある。藤田駅とまりは完全に地元民向けのものであり、その先の接続はないが、白石行きなら必ず仙台行きと接続があるので安心しよう。

東福島駅までの間で、運がよければ珍しい私鉄との競争を見ることができる、しかし、阿武隈急行はカーブがあるため、あっという間に勝負がついてしまう。尚、風で遅れている場合は、槻木駅まで阿武隈急行で迂回することができるので緊急時に利用してみるのも手かもしれない。

次の伊達駅、桑折駅、藤田駅までは福島の支配圏という色が強いが、その次の貝田駅からは再び南東北の田舎色が強くなる。貝田駅~越河駅付近は魔の区間でここから槻木駅あたりまでで強風に見舞われる場合がほとんどである。

次の白石駅でもまだ油断はできない。もし強風で遅れそうなら、ここから東北新幹線の白石蔵王駅までのバスが存在するので臨機応変に対応しよう。先に述べた通り、矢吹駅からはSuicaの使用が可能になるが、もちろん仙台人向けに作られている。関東人や新潟人には駅のショップなどで使うくらいしか機会がないであろう。

東白石駅、北白川駅を過ぎれば、強風で遅れる確率も少し下がる。大河原駅からは本格的に仙台の都市圏内に入るため民家に遭遇する頻度も高まる。

次の船岡駅~槻木駅でもやはり自然災害による遅れや運休が発生するため、心を緩めるにはまだ早い。しかし、次の岩沼駅からは自然災害による遅れは激減するので、ここまで遅れなければ胸をなでおろしてもよい。

仙台駅~福島駅での通しての利用は少ないが、岩沼駅からは仙台駅への利用者が多いが、運転本数も激増するため予想よりは混雑しないかもしれない。また、日暮里駅で別れた常磐線ともようやくここで再会する。

次の館腰駅を過ぎ名取駅からはますます仙台支配圏の風情が強まり、それとともに列車も混雑する。また、名取駅からは仙台空港鉄道が出ている。仙台空港を使いたい人はここで乗り換えることになる。最も仙台駅から利用する場合はすべて仙台駅に直通しているためその心配は無用である。

余談であるが、名取から仙台までの区間は701系よりもE721系の方が多く、逆に701系に乗った時はある意味運がいいかもしれない。それでも仙山線よりは701系だらけであることに変わりは無い。

南仙台駅の次の太子堂駅は開業して間もなくもない駅である。訪問して見るのもよいのかもしれない。

長町駅を過ぎれば、ついに東北一の都会・仙台へと到着する。仙台駅では、牛タン弁当がおいしいので少したむろしてもよいであろう。

仙台~一ノ関[編集]

仙台は日本でも有数の大都市であるため、食事や宿泊等には困らない。しかし、ここから先の本数は毎時2~3本(日中)と、全線単線の仙山線以下のレベルにまで落ち込むので注意が必要だ。なお、仙台~塩釜間は普通列車のほかに快速列車・特別快速も運行されているが、確実にクロスシートに乗りたいなら快速列車・特別快速を選ぶことをお勧めする。但し、仙石新幹線であるから新下馬もとい塩釜で降り忘れないように。

仙台駅の次は市内有数のDQN地帯である新苦竹こと東仙台駅に到着して、その後岩切駅に到着する。ここから利府支線と呼ばれる短い支線(新利府駅、利府駅のみ)が存在するが、仙台都市圏で利用者も多いため、東海道本線の支線のような悲惨さは存在しない。何より新線切替時にきずぐすりにされなくてよかったよかった。

陸前山王駅(新中野栄)、国府多賀城駅(新多賀城)を過ぎれば、その次は塩釜駅であるが、塩竈市が正しい表現である。難しい文字にはとりあえず簡単な文字を当てておけばよいとJR東日本は考えたのであろう。なお快速列車・特別快速はここから石巻方面に向かうので、小牛田方面へ乗り換える場合はうっかり寝過ごさないよう注意が必要だ。そもそも塩釜での接続すらないので気動車には乗らないのが無難である。線路だけ仙石新幹線に貸したと思えばよい。

次の松島駅は日本三景松島の裏玄関である仙石線高城町駅の兄弟駅である。塩釜駅~松島駅までは10kmぴったりあり、東北本線では唯一1000000cm以上駅間のある区間でもある。

次の愛宕駅は発展途上中の無人駅で、昔は小学校以外何も存在しなかったと言う駅であったのにもかかわらず、列車が増えてからマンションなどが建てられている、しかし仙台から出る列車は塩釜駅から分かれて石巻に向かう場合も少なくないため、あまり交通の便はあがってないのかもしれない。東武野田線はお乗り換えです。

次の駅は品井沼駅であるが、沼などどこにも見当たらない。昔はあったのだが。だったら誤解を避けるためにもとっとと駅名を変えろと言いたいが、小田急線向ヶ丘遊園駅東横線学芸大学駅都立大学駅と同様の状況である。

鹿島台駅、松山町駅に停車後、交通の要所である小牛田駅に到着する。この駅は、町そのものは小さいが、鉄道的には非常に重要である。長いホームに短い列車が停まっているのを見て歴史の風情を感じることが可能である。多くの列車は小牛田までであり、一ノ関行きの列車はここで切り離すことになる。しかし、シーズンによっては大混雑に陥る場合もあり、しかも小牛田以北に乗り入れる奴はどういう訳か701系が多い為地獄ともなる。

小牛田駅からは温泉鉄道陸羽東線石巻線に乗り換えることが可能である。小牛田駅より北は乗客が少ないのにゴミばかりである、もう死にたいよ、ああ、嫌だ嫌だ。ここより北の区間でE721系に遭遇したあなたは強運の持ち主だ。

田尻駅、瀬峰駅、梅ヶ沢駅、新田駅を過ぎれば、かつてくりはら田園鉄道があった石越駅に到着する。しかし、この鉄道は現在ないため、現在ではくりはら田園鉄道への乗り換え客もない。この駅より北、油島駅からは宮城県を越えて岩手県に突入する。

花泉駅、清水沢駅を過ぎて、次の有壁駅で一旦宮城県へと戻る。しかし、次の一ノ関駅からは宮城県とは完全にお別れである。

一ノ関~盛岡[編集]

一ノ関駅で運転系統は完全に分断されていますが、ここで皆様に残念なお知らせをしなければなりません。ここから先、花巻まで定期列車は全て701系です。これまではいくらカスの比率が高くなろうが、少なくともうんこ以外の車両に遭遇する可能性が残されていました(701地獄の小牛田以北や郡山以南ですらそうでした)。しかし、もうその望みはありません。いくら頑張っても全自動腰痛め機以外の車両に乗れる機会はありません。その証拠に列車の色は緑色(クズ以外もあるよ!!)から紫色(クズ以外はないよ!!)に変わります。北東北であるがゆえ、寒気がますます入り込んでくる。さらにロングシートで揺れる。ロングシートが嫌いな人には便利で快適な東北新幹線をご利用くださいとどこかで聞いたことのあるような悪魔の囁きが聞こえるかもしれない。救いとしては前面展望が良好なこととトイレが比較的清潔なだけであろう。

JR東日本は乗客が多い南東北にクロス主体の719系やE721系ばかり導入して、閑散エリアの北東北には701系しか導入しない。昼間でも客が乗ってる南東北と違い、北東北は通勤通学時のみに大量の客が乗り込み、他の時間帯は閑散となる。そのため短い編成かつ詰め込みが可能な車両を用いた方が効率的なのである。しかしながら701系の投入以来、中距離移動を行う乗客の高速バスへの移行が進んでおり、JRとしては目先の効率化のために、客を若干逃している。

ただし、小牛田ー一ノ関間よりは平均して乗車率は高いため、最後の楽園感は感じられる。

一ノ関駅を出発し、次の山ノ目駅の次は平泉駅に到着する。ここは源義経最期の地である。もし余裕があれば訪ねてみるとよいのであろう。

次の前沢駅、陸中折居駅を過ぎれば水沢駅に到着する、実はここから早朝快速「蝦夷」盛岡行き存在するが、車両はまたもや701系である。

次の金ヶ崎駅の次の六原駅では貨物線が存在する。この辺は、東北の旅情を感ずることが可能で、田畑中心の風景が広がる。しかし、いつものやつでロングシートなので、前面展望以外では風景を楽しむことは苦労を要する。

そしてその次は北上駅である。北上駅からは、北上線が乗り換え可能である。ここから迂回して青森まで行く場合もあるのは前述の通りである。一ノ関はもちろん盛岡にもない地下道でホームが結ばれ、市民は密かに冒険気分を募らせている。次の中都市花巻までは近いが、途中に一応村崎野駅がある。 ここからは盛岡駅行きの本数が増え、田舎でありながら朝のラッシュには5分間隔で運行されることも。ラッシュ時に関して言えばロングシートで人を詰め込める701系は歓迎されている。

花巻駅も一定の都市感があり、釜石線への乗換えが可能である。この路線はいろいろな意味で伝説なので、乗ってみて損はないはずである。花巻駅からは釜石線から来る快速もあるが東北本線から乗ってきた人には無縁である。

次の花巻空港駅では、空路に乗り換えることが可能であるというのは嘘である。その先は石鳥谷駅、日詰駅と続くが特にこれといった特徴が無い。

さらに進むと近隣住民のしつこい要望によって渋々つくられた紫波中央駅がある。近年都市開発を続けていて駅前は矢巾駅と同じくらい発展している。わざわざ盛岡から紫波中央にくるツワモノも大勢いて利用者もかなり多いのだが、渋々つくられた駅のため無人駅にされ快速列車にも通過されるという嫌がらせを受けている。最近、その嫌がらせが飛び火して次の古舘駅までもが無人駅になる予定である。また、ラッシュ時には人が大量に乗り込んでくるためこのあたりから毎朝エクストリームスポーツが開催されている。

紫波中央駅からだんだん盛岡に近くなるほど都市色が強まる。矢幅駅からは完全に盛岡都市圏となる。矢幅駅前は町の割には発展していて快速列車が停車する。

岩手飯岡駅と仙北町駅では、東北新幹線との距離も更に近くなる。

そしてついにわれらが盛岡駅に到着する。

その先[編集]

中学校の教科書にも載っている通り、一般的には盛岡から先は消滅したとされているが、実際は存在する。

ただし、盛岡より北へ逝くには、強力な番人を倒さなければならない。つまり、番人であるを倒した際にラスボスの居る青森への道が開かれることになっている、という一種のRPGである。 番人の登場当初は、それに対する恐怖からか挑戦者ほとんどおらず、IGRいわて銀河団は悩んでいたが、青山液巣子液といった新液の開発・戦闘での使用許可により番人を倒すことが容易となり、番人への挑戦者は増加し、それを見た銀河団の方々はホッと胸をなでおろした。 なお、目時駅からは青い森鉄道団という団体がラスボスへの挑戦者を待ちうける。新液を利用して青い森701を倒したら、ゴールの青森駅は目の前だ。 最近では八戸から青森まで18きっぷでRPGに挑戦できるようになった。

運行中の列車[編集]

快速「ラビット」[編集]

停車駅
小山までの間、蓮田・久喜・古河駅にのみ停車する快速「ラビット」である、通勤快速の場合、蓮田駅も通過してしまうので注意が必要。快速列車はそれ相応に飛ばすが、普通列車と車両は同じである。

通勤快速[編集]

快速「仙台シティラビット」[編集]

特急「きぬがわ」「にっこう」[編集]

なお、ここで挙げたのは一例であり、いつの時点のものかわからない。また、運航中の列車は刻一刻と変化するので、注意が必要である。

関連項目[編集]