島津義弘

出典: へっぽこ実験ウィキ『八百科事典(アンサイクロペディア)』

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「…うむ、こやつを擁せば義昭のクソ野郎を火縄銃で葬ることが出来ようぞ!!」
~ 島津義弘 について、織田信長

島津 義弘(しまづ よしひろ、シーマンヅー・ジ・オーガ)は戦国時代のサムライ格闘家である。通称、鬼島津。 その戦闘力はひよこ陛下直属の近衛軍でも手も足も出ない程で、超サイヤ人に匹敵するとも言われ、ジャンプのスーパーインフレにも余裕でついていける恐るべき男、いやである。何せ秀吉が行った検閲により削除において検閲により削除の戦いで20万もの検閲により削除を一人で粉砕し、かつ検閲により削除検閲により削除して検閲により削除したほどである。


鬼島津が通った後にはペンペン草一つ生えてこない。


しかしそんな彼でも目の前でたまねぎを微塵切りにされると泣いてしまう。鬼の目にも涙とはこのことである。

[編集] 人物

某戦国絵巻より。ガチムチの兄貴だが女好き。
某戦国絵巻より。ガチムチの兄貴だが女好き。
  • 島津家の家訓として、勝つ為には鋏み討ち、騙し討ち、脇の下コチョコチョ、カンチョーなどなんでもありである。しかし彼らは個人個人の戦闘力もスカウターが0,5秒でブッ壊れるほど高かった。もはや53万なんてレベルじゃない。その中でも義弘の戦闘力は…鬼としかいいようがない
  • 検閲により削除によりハングル圏ではその名前はタブーとされている。おそらく秀吉が行った検閲により削除において大検閲により削除して検閲により削除までしてしまったせいであろう。
  • おかげで大河ドラマの主人公になれない、というかむしろそれ以前に存在自体がNHK的には検閲により削除級の絶対的タブー。しかしが大河ドラマの主人公などになってはあまりに怖すぎてプロ市民やお子さんたちが泣いてしまうだろう。
  • 後にエインフェリアとして天界に召喚されたと言う。
  • 様々な武器の使い手で、確認されている限りでは斬鉄剣斬魔剣に加えて打ち出の小槌を使っていたという。
  • もし大友家に立花宗茂と嫁の誾ちゃんという戦闘サイボーグどもがいなければ九州合衆国を制覇できたと言われている。
  • 息子である島津忠恒(悪い家久)の育成に激しく失敗し「DQN四天王、南の家久」「薩摩のDQN王」「DQNな方の家久」などと言われる大変なネタ武将に成長させてしまった。

[編集] 関連項目