島流し

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「日本人は島流しごときで再起を諦めるのか。情けない。脱出を試みよ」
島流し について、ワーテルローの戦いの前のナポレオン・ボナパルト
「日本の島流しは甘すぎる。私はまさに絶海の孤島に流されたのだぞ」
島流し について、ワーテルローの戦いの後のナポレオン・ボナパルト
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島流し(しまながし)とは刑罰の一種で、罪人に移送させること。流罪、流刑とも言われるが、とくに島嶼への流刑であることを強調するために島流しと呼称する場合が多い。

対象者[編集]

徳川吉宗が定めた公事方御定書によれば、傷害や横領を働いた者が島流しになると規定されている。ただしこれはあくまで町人に対してであり、武士が同じ罪を犯しても改易されるだけであった。

さて江戸時代は、遊ぶ金が欲しければ横領ではなく賽の目で決めようという発想であるし、喧嘩は日常茶飯事であるから多少怪我をしても唾をつけて終りであって裁判沙汰になることは稀であった。つまり普通に生活しているかぎりは島流しの対象にならないのである。どういう者が対象になるかと言えば、最貧層や最弱者に限られる。今日喰う飯を確保するのがやっとなのに病気のおっかさんが死にそうでどうしても値の張る薬が必要だったから横領したとか、身寄りもなく仕事もないためヤクザに足を踏み入れてしまいそこで大喧嘩をしてしまったとかいったものである。

島流し生活[編集]

現在では島流しは行われていないが、江戸時代までは盛んに行われていた。罪人は江戸京都から遠く離れた島に移送され、原則的にそこで死ぬまで暮らすことになる。今の我々の視点で考えれば屈辱的なことである。しかし対象者を考えて欲しい。生きるのもやっとの者、身寄りのまったくない者ばかりである。江戸や京都に未練などあるはずもなく、そこでへこたれる者はいない。

また森鴎外の「高瀬舟」を読むと、島流しされる者は鳥目(銭)が渡されることになっている。それまで銭縒(ぜにさし)など持ったこともなかった者にとっては、僅かばかりの銭でも希望の持てる財産である。現に高瀬舟では流される喜助が晴れやかな顔をしている。

島の生活も過酷なものではなかった。田畑を与えられ、年貢こそ納めなければならないが、それはどこの農民も同じ事である。むしろそれまでの生活よりも待遇がよい場合が多く、下級役人だった西郷隆盛徳之島に流されたときには付き人までいたという。あるいは江戸時代に青ヶ島が噴火して八丈島に逃れた住民達は流人以下の扱いを受けたと言われているが、逆に言えば流人は難民よりも十分高い地位であったことを示している。

ところで西郷は三たび島流しに遭い、最後は沖永良部島で雨ざらしの牢屋に入れられてすっかり痩せこけたと言われている。だから島流しは過酷なんだと断じるのは早とちりである。西郷は沖永良部島にいたから痩せこけたのではなく、雨ざらしの牢屋に入れられていたから痩せこけただけであり、仮に京都市中であっても同じように雨ざらしの牢屋に入っていれば同じように痩せ細っていたであろうことは間違いない。

刑罰の本質[編集]

さてそうすると、島流しは人生を豊かにする可能性さえあり、果たして刑罰として成立しているのかという問題が生じてくる。しかし江戸時代以前の航海技術を考えて欲しい。沖永良部島や八丈島に行く船のうち、3艘に1艘は難破する。つまり島流しを言い渡された者のうち3人に1人は死ぬことになる。奉行所もそれを承知で島流しを言い渡しているわけで、つまり「お前は1/3の確率で死刑となる」と言っているようなものである。刑罰の重さは死刑の1/3程度と言うこともできよう。もっとも、受刑者を送る役人も難破に巻き込まれて死ぬ確率は1/3なので、一番不幸なのは送る役人の方かもしれない。

島流しは罪の軽重に応じて近流、中流、遠流に分けられていたが、それは近流なら船が難破する確率が低く遠流なら高いということで刑罰の軽重を調整していたのである。

赦免の意味[編集]

島流しを言い渡されたものは原則として一生をその島で過ごすことになる。ただし赦免を受けたものは本島への帰還を許される。とくに上級武士が何らかの事情で島流しされていた場合に、時期が経って赦免されることが多かった。

今の我々の感覚からすればそれは恩赦のようなものであって受刑者から見れば喜ばしいことのように聞こえる。ただし島での安定した生活を中断させられ再び殺伐とした世界に戻されることに加え、帰りの船も1/3の確率で難破するのである。つまり赦免とは実質的には刑罰の追徴であり、施政者側にとっては死罪を言い渡すことなく罪人を死なせる手段として利用されていた。3度も島流しと赦免を経験した前述の西郷は、まさに死罪の一歩手前であったと言える。

現代における島流し[編集]

現在では比喩的に島流しと言う言葉を使うことがある。ドラマHEROの最終回で主人公の久利生公平が石垣島への転勤を命じられたが、このような島嶼への転勤命令を島流しと言う場合がある。石垣島の島民にとって失礼極まりないことは言うまでもない。

ただし島流しの本質を知る者の中には、島流しとは「無益な派閥争いや利権争いを繰り返す本社とは無縁の、過ごしやすい支店・支社で働く」という意味を込めて、肯定的に島流しと呼ぶ者もいる。

関連項目[編集]