帝王閣ホテル

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ウィキペディア専門家気取りたちも「帝王閣ホテル」については執筆を躊躇しています。そのような快挙を手際よくやりおおせたことは、我らの誇りです。
株式会社帝王閣ホテルコーポレーション
Emperor's Tower Hotel Co, Ltd.
種類 株式会社
本社所在地 日本
東京都千代田区
設立 1896年
業種 サービス業
事業内容 ホテル事業、不動産賃貸事業、他
決算期 毎年3月
外部リンク http://Emperor'sTowerHotel.co.jp

帝王閣ホテル(ていおうかく-)は帝王閣ホテルコーポレーション(Emperor's Tower Corporation)が日本国内に展開しているホテルチェーン。「ホテル界の帝王」の名に相応しく帝国ホテルオリエンタルホテルに並ぶ古い歴史を持つナショナルホテルとして政財界や芸能界、海外からのVIPに愛され続けているホテルである[要出典]。英称:Emperor's Tower Hotel。

沿革[編集]

初代経営者の小林賢太郎と片桐仁。留学先のパリ・コンコルド広場にて

帝王閣ホテルは初代共同経営者である小林賢太郎と片桐仁によって1896年明治29年)に設立された。小林は神奈川県川崎市に本陣を構える宿場の次男として、片桐は埼玉県春日部市の旅籠の三男として生まれた。当時としては比較的裕福な家庭に生まれ、また跡取り息子ではなかったため、家業を継ぐ必要も無かった二人は芸術家を志し帝国美術学校多摩分校に入学し、そこで出会った二人は旅館業の関係者ということもあり、意気投合する。優秀な成績を収めた二人は明治政府の国費留学生として欧米への芸術分野での研究のために派遣されることになった。当時の留学は森鴎外がそうであったように医学などの分野ではドイツに留学することが多かった中で、芸術分野担当の二人が派遣されたフランスイギリスアメリカでは各地の芸術家と交流を行う中で、宿泊していた現地の高級ホテルに対して驚愕することになる。数百年の歴史を持つ壮麗な石造りの建物に数々の空間を演出する芸術品や調度品、料理そのものが芸術であると言えるほどのレストランに過ごす時間が享楽とすら感じられる客室とサービスに感銘を受けた二人は急ぎ帰国し政府に対し、海外と同レベルのホテルを作ることが大日本帝国富国強兵に必要である事を強く訴えた。当時はまだ開業前であったが政府は帝国ホテルの開業予定などを把握しており、二人の提案に難色を示したが、二人のあまりに熱心な説得と数々の建白書および岩崎弥太郎など財界からの熱烈な支持を受けて開業に至ったものである。このような経済からのコールの影響のため、帝王閣ホテルの社風として他のクラシックなホテルに比べ経済界からのニーズに対して敏感に反応するという社風につながったといわれる。開業当初から帝国ホテルと二分する人気を得た帝王閣ホテルは経済界や政界のみならず、設立者の二人が元々芸術分野であったことから生まれた縁から芸術家や文豪達にも愛されており、明治・大正から昭和期にかけての日本文学の名作なども多くがこのホテルでの缶詰で執筆されたと言われている。

関東大震災東京大空襲により幾度も客室棟が崩壊するという憂き目に遭うが、その度に支援を集め不死鳥のように蘇り続けた帝王閣ホテルは日本の復興のシンボルとも言われた。またシティホテルをラブホ代わりに使う贅沢が横行したバブル期にはクリスマスに恋人と泊まりたいシティホテルで品川プリンスホテルホテルニューオータニなどの並み居る競合他社をブチ抜いたという伝説が残っている。バブル崩壊後の不況の時代においても堅実かつ独特な経営によって海外の有名ホテルがめったやたらに乱立する現代においても健闘しているナショナルホテルのひとつである。

特徴[編集]

帝王閣ホテル東京

帝王閣ホテルには他の高級シティホテルから見ても特徴的な、ある意味異様な経営方針およびサービスをウリにしている。

外国人オーナーシェフ採用のレストラン
開業当初の明治時代から外国人オーナーシェフが料理を作る事をウリにしている事は帝王閣ホテルレストランにとって重要な特徴のひとつである。現代では外国人オーナーシェフという肩書きは決して珍しいものではないが、当時は「異人さんが作る仏蘭西料理」など非常に持てはやされていた。またこのため、当ホテルが持つ海外のシェフとの人脈は並ではなく、各国の三ツ星ホテルレストランから宮廷料理人までその幅はきわめて広い。一方、日本語コミュニケーションの点において他のシェフやホテルマンと齟齬をきたしているとの問題も抱えている[要出典]
「ホテルでの食事は空間を演出するという形で提供される」というレストランの方針のため、食器には特に厳選したものが用いられている。以前は北大路魯山人海原雄山の作品が用いられていたが、現在はノリタケテーブルウェアの非売品食器が選ばれている。また日本のホテルにしてはワインの取り揃えが異常に充実しており「年代もののワインで帝王閣ホテルに在庫が無ければワイン業者に依頼しても手に入らない」といわれるほどである。帝王閣ホテルのソムリエにはTVチャンピオンソムリエ選手権において優勝者を輩出しているほど知識の幅が広い。
エレベーターの不設置
現在のホテルではたいていエレベーターが設置されているが、初代経営者の小林と片桐の方針である「エレベーターこそが人間性の喪失の第一歩であり、堕落への道の一歩であり許しがたい」という理念を受けて現在でもエレベーターは設置されていない。建築基準法では31m以上もしくは地上11階以上の建築物には非常用エレベーター設置が義務付けられているため、高層ホテルが主流となりつつある現在においてもごく低層の建物しか利用されていない。
特徴的なオリジナルの備品
現代のホテルにおいて備品がオリジナルであるというのは珍しいことではないが、帝王閣ホテルでは備品は明治時代からオリジナル製品を厳選して取り揃えており、客室においても宿泊客を楽しませる役に一役買っている。これは灰皿・スリッパ・シャンプー・髭剃り・歯ブラシ・バスローブといったものはもちろんのことながら、懐中電灯までオリジナルで取り揃えることは現代のホテルでも珍しく、リピーター宿泊客からも「持って帰りたい」と希望が出るほどである[1]
世襲制の従業員採用制度
帝王閣ホテルの従業員は世襲制と言われており、縁故採用での採用が実に80%近くを占める。これは実家が旅館業であった小林と片桐の座右の銘であった「家業ほど習得しやすい仕事は無い」「から受け継いだもてなしのいろは、から受け継いだ気遣いのいろはほどホテルマンとして役に立ったものは無い」という信念から来るものである。また社内結婚は内々で奨励されており、その場合は生まれた子供に対して「DNAから言葉使いを刻まれた生まれながらのホテルマン」として奨学金を出してまで社員確保を行うことがある。
修学旅行生の歓迎
修学旅行のホテルはたいていがあまり高い宿舎を利用しないものであるが、超高級ホテルにもかかわらず帝王閣ホテルは修学旅行での利用が多い。その理由として団体割引の適応があるが、帝王閣ホテルの修学旅行生への団体割引は通常の団体割引より遥かに安い値段で宿泊できるという点もある。これも小林と片桐の「我々は留学によって海外の本物を知ってこのホテルを作ることができた。日本の将来を担う子供たちには早い時期から本物を見て育ってほしい」という信念から来る料金体系である。
またビール・タバコの自動販売機有料放送の装置などの個別停止など、健全な青少年の育成のための理解も人気の理由のひとつである。
ビジネスマンのニーズに応じたサービス
帝王閣ホテルは有名ホテルの例に漏れず、大企業の宴会やパーティに利用されている。充実している宴会場もその理由であるが、ホテルが独自のルートで行っているコンパニオン派遣サービスも人気の理由のひとつである[2]。詳しくは客室のパンフレットに記載しているが、修学旅行生やカップル・家族での利用者、女性客の部屋からは除去してあるという配慮も当然実施してある。
極端なまでの安全対策
大正~昭和初期や二・二六事件、戦後の混乱など極端な時代の東京を潜り抜けたホテルだけあり、防犯対策には抜かりが無い。安全や防災への力の入れようは他のホテルとは比較にならない。ホテル内の監視カメラ設置などをいち早く取り入れており、またホテルでは珍しいドイツ原産の軍用犬にもなる大型ドーベルマンによる警備を行っている。この厳重な安全対策はVIPから特に好評であり、ニャンニャン写真を求めて追いかけてきた憎っくきパパラッチことフライデー記者をぼろぼろになるまで噛み付いてやるなどスキャンダルの多い芸能人にも受けがいい。海外からの客からは「平和ボケした日本とは思えないほどの警備に安心した」「刑務所か軍の重要施設並みの警備だ」とおおむね好評である[3]
またベッドでの喫煙などはすべてのホテルで厳重に禁止されていることではあるが、安全に重きをおく帝王閣ホテルではホテルマンが直接厳しく指導することがある[4]。また防災訓練には職員が率先して積極的に行うことから宿泊客からも好感をもたれている[5]

外部リンク[編集]

「ていおーかーくほーてーるー、ていおーかーく、ていおー♪」のメロディでおなじみのコマーシャル。(東京ローカル、NACK5東京FMなどで放映中)

補足[編集]

  1. ^ 持って帰ったら即通報
  2. ^ ここでは言えないサービスも料金次第で可能である。
  3. ^ ただし一部の外国人からは「祖国で軍事政権の秘密警察に受けた迫害を思い出した」と不評である。
  4. ^ ベッドの上でのお煙草消火器で鎮火
  5. ^ はしゃぎ過ぎという意見もある。

関連事項[編集]