平沼騏一郎
畏クモ天皇陛下ハ御自ラ全臣民ノ爲ニ
本項ノ全内容ヲ天覽遊ハサレタリ |
本項ノ全文章及全内容ハ完全ニ正シキ事實トシテ大本營ニ依リ認可セラレタリ
全臣民ノ爲ニ畏クモ現人神タル天皇陛下ハ御自ラ本項ニ御目ヲ通サレ給ヘリ 此ノ項目ノ内容ヲ疑フハ現人神タル天皇陛下ヲ疑フト同義ニシテ 誤リタル思想ヲ持ツトセラルヽ場合ハ政治犯思想犯トシテ内亂罪ノ對象トス |
平沼騏一郎(ひらぬまきいちろう、1867年10月25日―1952年8月22日)とは第35代内閣総理大臣を務めた、複雑怪奇な人物で、養子に親戚のたちあがれ爺さんがいることも複雑怪奇。大戦中、アメリカに架空の戦艦の名前として使われた。
来歴[編集]
出生[編集]
岡山県津山市に生まれる。学歴は複雑怪奇・・・と言いたいが、普通に帝国大学、今の東京大学法学部を首席で卒業している。
首相就任まで[編集]
大学卒業後は検事として働き、指紋を使った捜査を始めたのは当人である。また、警察・検察がついた史上最大の嘘事件の検事も当人が務め、被告らに「お前らの言いたいことは、複雑怪奇だから、死刑ッ!」とまで言った。このために当人の評価は低い。さらに1913年(大正2年)当時の司法大臣(今でいう法務大臣)と手を組んで「お前ら人数多いし、複雑怪奇だから、退職じゃぁ!」と229人の検事に向かって言い、さらに実行した。これも評価が低い原因の一つ。
総理大臣になれなかったのは元老の一人である西園寺怪奇さんが当人を嫌っていたからと言われる。その理由には、複雑怪奇な事情があるのでここでは語らない。是が非でも西園寺を失脚させるためにと帝人事件とかいう事件を起こして、彼の立憲西友会の幹部らを逮捕した。しかし部下の検事たちがいい加減な捜査をしたので全員、無実となってしまった。しかし、誰も気にしない。
首相就任[編集]
結局、西エンジさんが老いぼれた為に首相にはなれたが、内閣は細川のじっちゃん内閣の二番煎じである。さらに写真撮影の際には前首相の近衛文麿と喧嘩を始める始末である。以下、その内容
近衛「よぉ、俺が辞職したのをいいことにそそくさと総理就任か。平沼さんよぉ」
平沼「貴様が辞めるのが悪いんだろ、大体、複雑怪奇な事をして、大臣にしてやったのに何だよ」
近衛「貴様、やるかコラ」
平沼「あぁ、やるさ」
その後、平沼は大けがをして暫く総理代行を置いた。その総理代行とは言うまでもなく近衛。総理に就任してからは「国民みんなでや ら な い か」と言ってみたりお米を政府が配るようにしたりと国民をどんどん、複雑怪奇な状況追い込んでしまう。
首相としての最後はヒトラー帝国とスターリン粛清主義独裁国連邦が不可侵条約を結んだのを見て、「あ~、まさに欧州情勢は無茶苦茶に複雑怪奇なり。じゃ我、辞めるなり。」と言ってあっけなく辞任した。なお、この次の首相はやらないかの人である。今までの総理就任への意欲は何だったのかと言われる始末であり、何度も言うがこの事が評価が低い原因となる。これも複雑怪奇である。
A級戦犯な日々[編集]
こうして本人は知らず知らずのうちに戦争へGO!な体制を整えていたためにアホ級戦犯となる。しかしアメリカとそれなりに和解しようとした為、絞首刑ではなくその身果てるまで刑務所となった。最期は病気の為、仮釈放となり死んだ。なお墓は靖国神社にある。そのために赳夫が検閲により削除するわけである。その前に複雑怪奇な事を色々しているので、記述しようと思ふ。
ケチハゲジジイが総理をやっているときは歴代首相のエクストリーム・かくれんぼ達人、初代Mr.リリーフ、喧嘩相手と手を組んでケチハゲジジイこと、東条を辞めさせようとした。そして戦争を辞めようかと皆が言い出した時に「まだまだやるぞぉ!日本は何度でもよみがえるさ」と言い、天皇相手に「どっちにしても複雑怪奇」とアヤフヤな事を言って、嫌われた。(これは事実であり昭和天皇自身が本で「アヤフヤな奴だった。嫌い。」と語っている)これも複雑怪奇である。
家族[編集]
養子である平沼赳夫は有名。しかし彼とは兄の曾孫という関係でしかも赳夫は2歳、騏一郎は75歳とかなり年齢が離れている。えっ、一家丸ごと養子入り?そんなの誰も気にしない。なお、血のつながりはまったくもってないが徳川家の親戚でもある。(純日本人主義者の赳夫が徳川の嫁と結婚)これも複雑怪奇である。
総合的な歴史評価[編集]
結局は複雑怪奇である。
関連項目[編集]
| 帝国時代 | 1 伊藤博文 | 2 黒田清隆 | 3 山縣有朋 | 4 松方正義 | 5 伊藤博文 | 6 松方正義 | 7 伊藤博文 | 8 大隈重信 | 9 山縣有朋 | 10 伊藤博文 | 11 桂太郎 | 12 西園寺公望 | 13 桂太郎 | 14 西園寺公望 | 15 桂太郎 | 16 山本権兵衛 | 17 大隈重信 | 18 寺内正毅 | 19 原敬 | 20 高橋是清 | 21 加藤友三郎 | 22 山本権兵衛 | 23 清浦奎吾 | 24 加藤高明 | 25 若槻禮次郎 | 26 田中義一 | 27 濱口雄幸 | 28 若槻禮次郎 | 29 犬養毅 | 30 齋藤實 | 31 岡田啓介 | 32 廣田弘毅 | 33 林銑十郎 | 34 近衛文麿 | 35 平沼騏一郎 | 36 阿部信行 | 37 米内光政 | 38-39 近衛文麿 | 40 東條英機 | 41 小磯國昭 | 42 鈴木貫太郎 |
|---|---|
| GHQ統治下時代 | 43 東久邇宮稔彦王 | 44 幣原喜重郎 | 45 吉田茂 | 46 片山哲 | 47 芦田均 | 48-51 吉田茂 |
| 日米安保時代 | 52-54 鳩山一郎 | 55 石橋湛山 | 56-57 岸信介 | 58-60 池田勇人 | 61-63 佐藤榮作 | 64-65 田中角栄 | 66 三木武夫 | 67 福田赳夫 | 68-69 大平正芳 | 70 鈴木善幸 | 71-73 中曽根康弘 | 74 竹下登 | 75 宇野宗佑 | 76-77 海部俊樹 | 78 宮澤喜一 | 79 細川護熙 | 80 羽田孜 | 81 村山富市 | 82-83 橋本龍太郎 | 84 小渕恵三 | 85-86 森喜朗 | 87-89 小泉純一郎 | 90 安倍晋三 | 91 福田康夫 | 92 麻生太郎 | 93 鳩山由紀夫 | 94 菅直人 | 95 野田佳彦 | 現在 安倍晋三 |
| 臨時代理 | 三条実美 | 内田康哉 | 後藤文夫 | 伊東正義 | 青木幹雄 |
