広島東洋カープ

出典: へっぽこ実験ウィキ『八百科事典(アンサイクロペディア)』

広島カープ から転送)

広島東洋カープ(ひろしまとうようかーぷ)はやたらと大きな人マナーの悪いトラなどの下部に位置する、巨大な地下選手育成組織である。

「くやしいのうwww」
~ 最近のカープ について、中岡元近藤隆太
カープのメンバー。美化500%アップ(当社比)
カープのメンバー。美化500%アップ(当社比)

すげ-つえ-

目次

[編集] 歴史

結成時は非常に貧乏で、樽募金で資金を集めたとか、移動の寝台車も一番低いクラスしかとれなかったとか、バットの代わりに検閲により削除を使ったとか、ユニフォームは後ろ半分裸だったとか、窮乏ぶりを表す逸話が残っている。

70年代後半から90年代前半にかけて豊富な投手陣を黄金期を迎える。外木場、池谷、北別府、川口、大野、津田、その他多数の豊富な投手陣に恵まれ、投手王国と呼ばれていた。

しかし、その後は10年連続Bクラスの暗黒の時代を迎える… 特に第二期検閲により削除政権では広島王国国営放送のRCCにすらボロクソに貶される始末

ただし、これについて書くと長くなるので、詳しくはウィキペディアを見て下さい。

[編集] 広島市民球場

万年5位を運命付けられた広島カープの本拠地。市内中枢部、世界遺産原爆ドーム、最大の大手デパートにはさまれながら、常に金欠。多様な虫類が生息するため、昆虫採集に適し、夏休みの自由観察が行える。広島での通り名はファーブル昆虫球場。

現在、新球場を建設すべく、親切なカープファンから樽募金が行われているが、地元銘酒、賀茂鶴の樽を使わなかったために、あっという間に底が抜けてしまい、またもや金欠に悩む。市民からの募金はなぜか5円が多かった。同球場を訪れるときは、日夜ホームベース投げに奮闘するブラウン監督の危険球に当たらないように、防空頭巾が必要。近隣の岩国米軍基地のエースパイロットも彼のホームベースを回避すべく、広島上空を迂回するほどである。

[編集] 主要選手

[編集] 野手

前田様
前田様
前田智徳(前田様)
前田様。チームの看板選手であり頼りになる存在。
今までは寡黙で、奇妙奇天烈な発言と行動が目だってきたが、最近ではそのような発言も無くなり、今までのは何だったんだ?と思えるぐらいお喋りになってきている。
というか、今までのあの発言は注目を集めるために計算してわざとしていたものだったらしい。
彼の風貌及び性格からは想像がつかないが、超がつくほどの甘党。今の奥さんと結婚する前までは、甘いものばかり食べてるせいで40代の血液だった。95年にアキレス腱切ったのもその不摂生が祟ったからかもしれない。
前田智徳単独の項目があるので、そちらも参照のこと。
緒方孝市
ゲッツーベストオブザイヤー受賞。今年はことごとく併殺でチャンスを潰す。ランナーがいればまさしくゲッツーになってたであろうセカンドゴロも量産。まさに芸術的併殺センス。途中1軍で見かけないと思ったら2軍のわずかな打席でも貫禄のゲッツーを打つなど若手(の足)を引っ張っていた。数だけなら新井の方が上回っていそうだが、新井と同じ打数なら2倍は打っている計算。1億円プレーヤー。若い頃は盗塁王。現在は盗銭王。しかし下手に人気や貢献もあるので表立って叩きにくい選手でもある。しかし2008年の紅白戦でも見事にゲッツーを打っていた。
尾形佳紀という同じ名字の選手が入団したため肩身が狭くなった。(ちなみに尾形は「ヨシノリ」と呼ばれている)
公約通りレギュラー取り返せなかったのでもう引退するわ、っていう気になっていたが、引退試合で稼げそうなので球団も引き止め残留。
しかし2008年は代打で結果を残している。
栗原健太
栗原
栗原
ケガさえなければ結果を残す。07年はカープで唯一の三割打者だった。
右の画像ほどではないが、最近は筋肉がついてきた。成績の割りに明らかな低賃金に笑顔で契約更改する男。二児の父で片方は女子。長男は認知するとかしないとかの騒ぎ。まさにカープのエロガッパ伝説を継ぐ男。しかし彼自身母子家庭で育った上に、ゲンダイの記事の時点ですでに信憑性はない。
08年は4番を任されるも春先は不振、しかし最近ようやく4番らしくなったが、満塁の場面での打率が壊滅的なまでに低い。
東出輝裕
魔の三遊間のひとり。守備練習が忙しく、盗塁練習をしている暇がない。
阪神のお笑い担当・今岡誠の弟ともっぱらの噂。なるほど、守備のヤバさは血のなせる技か。最近めっきり剃り込みに切れが出てきた。
セカンド転向で急に守備が上手くなる。FAを翌年に控え、通信教育で早大に入学したり、打撃フォームを見直し首位打者争いをするなど人生に俄然やる気を出してきた。最初からやれ。
嶋重宣
07年の成績は最悪だった。04年の首位打者だった頃の面影はもう見られない。今年は痩せていたのだが相変わらず一部にはピザと呼ばれている。
08年は代打、クリンナップなどで印象深い活躍を見せる。
梵英心
打撃も守備もそこそこ出来る存在。なので、何ていうかコメントがしづらい(下記)。現在はなぜか落合打法を手本として日々スラッガーへの道を歩んでいる。彼が本塁打王を取る日もそう遠くない…はず。
2007年は18本のホームランを打ったものの、これで自分がスラッガー(梵ズ)だと錯覚したらしく、赤松同様、ポップフライ量産機となってしまった。さらに3年目の2008年は極度の不振に陥りファンからはク梵などと散々な言われようであった。そして終盤には梵を象徴する下記のフォームもちょっと変わっていた。そしたらほんの少しだけ打てた模様。
 | ○
  ̄| 
  <
森笠繁(ときめきめもりかさ)
守備だけが取り柄の外野手だったが、最近は打撃も安定。スイッチヒッターなので右でも左でも打てるが、右の時、通称右笠の時はほとんど打てない。だけどなぜかこだわり続ける。たぶん左投手には右でも左でも打てないから。2008年、ようやく右笠ではだめだと気づいたらしく、スイッチヒッターを辞めている。同年シーズン後半で、ようやくエンタイトルツーベースで打点を上げる。ちなみにバットは伝説の樹で作られている。
松山竜平
2007の大学生社会人ドラフトで4巡目指名されたルーキー。嬉しいのか悲しいのかカープに指名された時に号泣していた。そのふっくらもちもちした顔から愛称はアンパンマン。ベイスターズの佐伯にも似ている。アマ時代には九州を代表するスラッガーで、大学の全国大会ではハンカチプリンスのボールを遠慮なく剛打。全国の女子の黄色い悲鳴を物ともしなかったアンパン王子。プロ入り後も”松山今日はノーヒット”と特に活躍をしてない日に記事にされるのも期待の現われか。活躍後は登録名を”竜平”にしたいというダチョウ倶楽部に喜ばれそうな夢を持つ。早いうちに誰か引き止めてあげて欲しい。
赤松真人
新球場に向けた機動力野球の申し子として抜擢されたカープのニュージェネレーション。金に眼が眩んだ、もとい、兄貴金本の愛に走ったFA新井の”人的トレード”(赤松ブログにて本人談)でやってきた韋駄天。ネコ科のようなストライドの広い走りを武器に、ここ数年ウェスタン盗塁王を争った天谷と共にその広い守備範囲で外野守備に革命を起こした。元々素質は合ったが、古巣阪神ではいろいろ抜けた所が岡田監督に受け入れられず、何をやっても”アフォ松”と蔑まれていたが、ブラウン監督に乞われて広島にやってきた事で、誰かから必要とされる喜びを知り才能を開花、ついに遠かった1軍の壁を破った。グライシンガー三浦ダルビッシュ藤川などからもヒットを打つなど大物喰いも目立つ。たまに見せる天才的なインコース打ちと、あっさり見逃し三振の狭間でファンをやきもきさせる。
2試合連続初回先頭打者本塁打を放ち、自分がホームランバッターだと錯覚しているらしい。そのおかげでポップフライ量産機と揶揄されることも。松山同様、誰か引き止めてください。
ちなみに、赤松は学生時代に陽水が腐ったと同じ野球部員であった。キーストコンビ(セカンド・ショート)を組んでいた。下のバットがどうかしたかはお察し下さい。
天谷宗一郎
新球場に向けた機動力野球の申し子として抜擢されたカープのニュージェネレーション。高校時代は北陸のイチローとも呼ばれた韋駄天。相方の赤松と違って肩と守備はお世辞にもいいとはいえないが、同様にその爆発的な走力を生かした守備範囲は圧倒的。酒は飲めないのに、ヒーローインタビューでは美味しい酒を飲んでくださいというコメントを気に入って使っている。堤真一に似ている。
木村昇吾
横浜から岸本と一緒に小山田とのトレードでやってきた。貧乏球団行きへのトレードを宣告された岸本が複雑そうな面持ちだったのに対して、なぜか満面の笑顔で喜ぶ男。好評のブロガーの傍ら、野球もちょっと嗜んでいる気のいい近所の兄ちゃん。2軍でもホームランなど大して打ってないのだが、なぜか野村謙二郎のように30本塁打を打つべく日夜努力している。
小窪哲也
上から読んでも下から読んでも「ぼくこくぼ」。ルーキーながら不振にあえぐ意外性の男梵英心を尻目に年間通じて活躍した。プロ初打席できっちり送りバントを決め、次の打席では見事安打を放った。しかし安心してはいけない。カープには一昨年新人王を受賞しながら今年は極度の不振に陥ってる選手もいるから。
井生崇光
(=゚ω゚)ノぃぉぅ
アレックス・オチョア
併殺打が異常なまでに多い、だが勝負強さと強肩は今だ健在。シーズン前半は調子が悪いとコネックスとかオリックスとか言われてた、シーズン後半は調子が良いと超順応とかオリックスとか言われてた。なおソフトバンクのCMの外国人とは多分別人

[編集] 投手

永川勝浩(NG川)
カープの抑えの切り札…のはずだったが、07年は調子が悪く、何度も救援失敗してきた。←先発の勝ち消します、結論。
なので、あだ名もNG川に。一年にしてコバマサ超えを成し遂げた。
とはいえ、カープのここ数年の抑え投手達(※1年限りで消耗した小山田、シュールストロム(論外)、ベイルなど)と比べたら、複数年に渡って抑えに君臨しているNG川は重要な存在なのは事実。
2008年は必殺技「トェェェェェイ」を会得したことにより驚異的な安定を見せる。
しかし倉とバッテリーを組むと唐突に炎上する現象、通称KURAが発動する。
黒田博樹
カープの大黒柱。06年にはセリーグで十数年振りに防御率1点台の偉業を達成。
投手層が非常に薄いカープでは重要な存在。気がついたら、ここ2・3週間の勝ち星が黒田だけなんてことも…
Aクラス入りすらしたことがないチームと自分の経歴に嫌気が差し、特別興味もないメジャー移籍に踏み切った。
しかし海の向こうでも援護が無い可哀想な人。
優勝争いがしたかったが為に移籍してしまったが、もう一年待ってくれれば・・・
新井?シラネ
大竹寛(大ケケ)
大竹
大竹
5回まで持たないことも多い。乱調なことも多い。でも好投することも多い。
年に数回野球の神が降りてくる恵まれた投手。そのときはダルビッシュ有クラスの投球をし、ファンの間では「神竹」と崇められる。
長谷川や小山田と違って、毎年先発で規定投球回入りしてるのは偉い。
まことではない。
08年には初の開幕投手に選ばれるも2323にHRを打たれたり、何だかよくわからない名前の投手に勝ち星を消されたり、散々だった。
黒田の後を継ぎ広島のエースとなるも、無援護まで引き継がされた。しっかり1失点完投負けを達成している。
高橋建
妙に若々しい39歳のベテラン。前半戦では苦しむ先発陣の中で勝ち頭となり、防御率リーグ1位だった時期もあった。が歳のせいか終盤は疲弊してしまった。
08年のオールスターでファン投票1位となり初戦で先発。思わぬ1位に本人含めみんな変な空気になってしまったが、不安をよそにまずまず好投した。実は選手間投票1位だったものの辞退したルイスの代役として大竹も出場し、2イニング無失点で勝ち投手の権利を得た。しかし後続のクボンゴがサヨナラ負けを許し未遂に終わった。
青木高広(ペローン)
極度に勝ち星に恵まれない。好投して勝ち投手の権利を得ると、かなり高確率で中継ぎやNG川に勝ち星を消される。
来年(08年)も活躍できるかどうか…なんとなく消耗されていそうで恐い選手でもあるよね。そしたら案の定、08年は主にローテーションの谷間となってしまい勝ち星は1つも付かなかった。トコトン運の無い男である。
野球少年が真似したら確実に指導者に叱られるであろう変な投げ方(=ペローン投法)で投げる。
同年入団の宮崎とよく間違えられる。
一部のファンからは「不幸な蛙面」と呼ばれている。
( ^Д^)
横山竜士
ルーズショルダーなので、たまにしか登板できない。ちなみに10年前は先発で活躍してた。
やらかし系が多い中継ぎ投手の中では随一の安定感がある。ちなみに、お●ぱい星人である。
梅津智弘
モデル並の体格を持つ。実際、大学在学中に「雑誌のモデルをや ら な い か」とスカウトされたこともあったらしい。
06年は中継ぎで防御率1点台。だけどそれが2年と続かない。
08年は23試合連続無失点の球団記録を作った。制球がいいのでやたらピンチで出されるが、前の投手が残したランナーを掃除することもしばしば。
前田健太
あややのモノマネをする人とよく間違われる。
プロ初勝利の時は7回までノーヒットノーランだったが、未遂に終わった。
初回のマウンドに上がったらPL教のお祈りをする(これを忘れるとフルボッコされる)
高卒2年目で北別府を越える勝ち星を挙げた。バッティングセンスもあり桑田2世の呼び声も高い。広島市民球場最終戦でホームランを打つなど大物の風格を漂わせた。
河内貴哉
ドラ1左腕。オールスターに出たことあるくらいの投手です、ちゃんと覚えておいてあげよう。
04年には8勝を挙げたが、その後フォームを崩してしまった。
コルビー・ルイス
黒田がメジャーに行ってしまわれたので、カープの新しい大黒柱へと期待されて入団。
初登板では1試合3ボークなど、とても黒田の代わりになれそうもなかったが、虚塵戦で来日初完封したり、月間MVPを獲得するなど、黒田以上の活躍をみせている。
初回と7回に失点する確率が高いので、そのときだけツンデレだといわれているが、そこを抑えると本当にゼロのルイスになる。本人曰く「ちょっと失敗しただけよ」。
2323担当。
前半戦カープ名物「酷使」によって、後半戦はぜんぜん投げられない。今シーズン中の復活が絶望的になりつつある・・・とか思ったらあっさり復活。今の広島、チート並みに強い。
ビクトル・マルテ
どう見ても顔がおばちゃんにしか見えない。帽子を斜めにかぶりたがる。ストレートの威力・質は歴代のドミニカアカデミー出身生でも最高傑作。しかし、ソリアーノやラミーレス同様、実際に使い物になるのはメジャーに行った後になるような気がしなくも無い。意外にも日本語が堪能である。
フェルナンデス
ナックルボーラー。110km/hと中学生でも投げられるスピードのストレートと、90km/hのナックルが売り。どんなに大炎上しても次の登板も普通にあると思っている図抜けたポジティブハートには向上心やストイックさの欠片も見えない。明日も見えない。でも本人はきっと日本でも大活躍する自分が見えているのだろう。でも解雇である。
シュールストロム(ベイル)
あれ・・・いない・・・・
シュールストロムは影で広島に有望な外国人を誘い込む、スーパースカウトにクラスチェンジしていたことは有名。皮肉にもその才能が、後にカープを苦しめることになっているが・・・。
ベン・コズロースキー
たまに登板しては先発の勝ち星を消していく消しゴム的存在。カープファンでも存在をよく知らない。ゴスロースキーではない。ゴスロリースキーといってはいけない。
長い間由宇暮らしが続いていたが、ハセガーやどげんしようとない宮崎の不振により先発陣が不足したチーム事情により先発転向を試み昇格。初先発の阪急戦では消す勝ち星がそもそもないためか好投し初勝利をあげた。新たなローテーション候補とファンはヌカ悦びしたが、またいつの間にかいなくなってしまった。どうやら手術のため帰国したようではあるが。

[編集] 捕手

石原慶幸
石原。(スクイズをしようとして)飛んでる場面。
石原。(スクイズをしようとして)飛んでる場面。
"飛ぶキャッチャー"として知られるカープの2番手捕手。倉と併用。スクイズのサインがでれば、今日も魔法のバットでどこまでも飛んで行く。今年の5月29日には「とにかくセーフになりたかった」と内野ゴロを打った際一塁ベースに飛んでいった。
倉義和
石原と倉の捕手争いはどっちもどっちなことから、しばしば"低レベルな争い"と形容される。いまでも2ちゃんねるでは石原ヲタと倉ブス(互いをこう貶し合う)という住民同士の泥沼の論戦が繰り広げられている。が、そんな住民をよそに当の本人たちはいつもバスで隣に座るほど仲良しである。
エース黒田の恋女房。肉体関係はない。若くも無いのに急に打撃に目覚め始めた。テツandトモばりのなんでだろうの一つであろう。

[編集] スタッフ

マーティー・レオ・ブラウン
ブラウン監督
ブラウン監督
92年から3年間カープに選手として在籍していた。前田智徳と同棲していたと聞いてアッー!な妄想をした腐女子も多いことだろう。
マイナーリーグとはいえ、弱小軍団の3Aバファローを優勝に導いた手腕の持ち主。にもかかわらず、優勝はおろかBクラスからも抜け出させないカープ。やはり津田の呪いの効果によるものだろうか…。
野球の道具の中でも、ボールでもバットでもなく、ベースに強い愛着があることで知られている。手でベースについた砂を払ったりする一方、愛着が過ぎて投げたりすることもある。また、たまにボールでもベースでもなく、暴言を投げることでも知られている。次に投げるのはきっとチームであろう。TDNの恩師でもあり、日本球界復帰の話が浮上した時に、日本ハムではなく広島が指名するのではないかという噂もあった。
ジェフ・リブシー
ブラウンが一暴れした後の代行監督。働かない小早川とは訳が違う。「ブラウンが退場したら勝つ」と言われているが、「リブシーが監督になれば勝てる」と言う事だろうか。上層部は未だその事実に気づいていない。2008年8月、ブラウン監督が身内の不幸で帰国した際、采配をふるったが、ちぐはぐな采配で阪神戦に3タテを食らってしまい、リブジー監督(代行)は「勝つ」という神話はもろくも崩れてしまう。たまに「ジブリー」と言われることもある。そう呼ばれ時にはスタジオジブリから報酬をいただいているという噂がある。
澤崎俊和
エース黒田と同期の逆指名組で現在は投手コーチ。若い頃は黒田がライバル心を剥き出しにするなど、熱い関係だったが、ルーキーイヤーからまだ体も出来てないのに酷使されたため、怪我などの理由で早く引退してしまった。
生粋のガンオタ(ガンダムオタク)で、プロ野球ニュースで女子アナ3人に囲まれながらガンダムを語っていた。
土曜日は選手の指導とかどうでもいいから6時前にはぜひ家に帰してあげて欲しい。
浅井樹
二軍打撃コーチ。打つときの右足の上げ方で人気を得た。2006年にマーティの眼中になかったので引退。引退試合では代打でヒットを打つ。しかし、が、長年一緒だった彼のためにこの試合勝とう、と奮起しすぎて皮肉にもかえって自分が目立つという事態に。その後の引退セレモニーで両者泣いて抱き合い、アッー!
鈴 衛 佑 規
永 遠 の 残 留 王 。 
2 0 0 6 年 に 球 団 か ら 戦 力 外 通 告 を 受 け る も 、ブ ル ペ ン キ ャ ッ チ ャ ー と し て 残 留 。
別 名 、 由 宇 の 妖 精 。
ち な み に 、 一 軍 の 打 席 に 立 っ た こ と が 一 度 も な い 。

[編集] 脇役

長谷川昌幸(ハセガー)
居るのか居ないのかよくわからない投手。たまに体調が良い時は一軍に上がって来ては150km/h近い速球を披露してくれるが、すぐに怪我をして二軍に戻って行ってしまう。序盤で大量失点することを得意としている。しかし若年女子層の集客率の50%は彼が握っていると言っても過言ではない。お洒落に理解できないカープOB解説者から汚い髭と長髪を切れと言われるのは毎年の恒例。
小山田保裕
別称「コウタくん
02年(抑えの切り札として年間を通して活躍)、06年の序盤と、やたら活躍してくれる時期がたまにあるが、それ以外はさっぱり。ケガのためか、一軍に居ることは滅多にない。というか気づいたらカープにはおらず、横浜にトレードされてしまう。
青木勇人
西武とのトレードでやって来た。トレード自体、もってけ!ソールイおうかと思われたがいつの間にやら勝利の方程式にまで成長。
同じ青木姓(ペローン)がいるため、名前から「勇者」と呼ばれる。強打者を討ち取ることで経験値を得て、レベルアップを企む。07年では疲弊する中継ぎ陣の中で大車輪の活躍を見せ、あまりの安定感に一時はうんのよさ:255と、カンストしていた。
齊藤悠葵
ハンカチ王子とは下の名前の漢字表記は違うが同姓同名。ルーキーイヤーの06年シーズンの終わりに、一軍初登板の巨人相手に6回1失点と大活躍。ただ、山内、沢崎、小林幹英の二の舞いにならないように、07年はファームで体作りをみっちりさせられた。私たちは過去の過ちを繰り返しません。
尾形佳紀
通称:若い方のオガタ。05年前半の働きを見てもわかる通り、能力は非常に高い。ただし、いかんせん怪我が…。なんつーかカープには怪我に弱い選手が多過ぎる。それが今の10年連続Bクラスの原因だったりもする。
篠田純平
ルーキーながら3勝4敗とまずまずの成果を出したのに、あややのモノマネをする人に名前が似てる人赤ハンカチ王子の影に隠れてしまったタモリさん。
喜田剛
2007年5月に阪急から山田とトレードでやってきた選手。勝負強いバッティングを見せるが、守備では魔の三遊間を思い出させるザルっぷりを披露してくれる。
※ちなみに阪急は新井を戴いた見返りとして、赤松真人を広島へ送り出した。
廣瀬純
「使えないモミアゲ」。
ただでさえ少ないチャンスを尽く掴めない。ファンクラブなどの”検閲”を通していないらしい彼のブログのコメント欄は罵詈雑言で凄まじい様相を呈している。
「現役選手中過小評価されている選手の筆頭」なんだそうです。チャンスが回ってこないんです、ファンの方は少しだけ分かってあげてください。
山崎浩司
「隠し球」で全国区の知名度になった。(隠し球でググると山崎が上位で表示される)
守備は超一流。バントも上手い。バッティングはお察し下さい。
古巣オリックスとトレードされ、惜しまれながらも広島を去る。
スコット・シーボル
2008年からカープに加入した新戦力。「ポスト新井」と騒がれているが、新井というかシーツみたいな選手らしい。外国人枠が4人なので、他の投手の潰し合いを遠目で眺められるちょっとお得な選手。
・・・と開幕時は思われていたものの、打たないわ大事なところでエラーするわで2軍落ちも経験。誰もがクソ害人認定しようとしていた矢先のシーズン中盤再び昇格すると、サヨナラグランドスラムを放つなど予想外の健闘。再び2軍行き・昇格した9月は本当に中軸並みに打っていた。まさにもう分からない
彼がホームランを打つとその意外性にどうしてもファンは笑ってしまう。実況も解説も笑う。
守備でやらかしたら高確率でタイムリーを放つ貴重な存在。梵は見習うべきである。
マイク・シュルツ
ウィルキア海軍から来た投手。外国人枠が一杯でなかなか一軍に入らせてくれない。やっと一軍に上がれても、初登板でもう分からないの残したランナーの後始末をさせられてしまうなど役割は散々。
身長が極端に高く(201cm)、ベンチに戻ったときに他の選手の中で一際目立つ存在。中学生から見たら、まさしく大巨人である。
重い球質で勝利の方程式に定着したかに思えたが、7月に4敗を記録し、NG川のDNAを感じさせる炎上っぷりを見せ付けた。
ジム・ブラウワー
横山の離脱などにより困窮する中継ぎ陣を見兼ねてか、めずらしくフロントが獲得に乗り出してくれた助っ人。1シーズンで89試合登板した記録を持つこの男の「毎日でも投げられる」という言葉は嘘ではなかったはず。
デビュー当初は期待通りのピッチングを見せるも、徐々に打たれ始めしまいには対左打者の被打率が3割を超える始末。しかし9月14日の阪急戦で、自分で無死満塁という大ピンチを作るも見事切り抜けるという本人主演監督演出のブラウワー劇場でなんだかファンを魅了してしまった。
カープの劇場王永川も顔負けの6凡であった。
それほどアメリカのことを知らない日本人が思い描く、陽気なアメリカ人ってきっとこんな人。
上野弘文
薩摩の国からやってきた西郷どん。心なしかフォームが大竹似。
主に敗戦処理やかなりリードしてる時の勝戦処理として年間を通じて活躍。とはいえ次期セットアッパー候補としての期待度は高い内容であった。08年も横山離脱後はファンから台頭を熱望されていた。お願いだから怪我に強い選手をください。

宮崎充登
得意技は序盤の大量失点。この能力は長谷川昌幸(ハセガー)より遙かに高い。ファンから出る言葉は「宮崎をどげんかせんといかん」
登板後のコメントでは
「気持ちに余裕が持てたら…」
「野手の皆さんに申し訳ない」
「この反省を次回につなげたい」
「四球は点に絡むので抑えないと」
と言いつつ、同じ失敗を繰り返す能力は大竹寛(大ケケ)より遙かに高い。
芸能人崩れ宮崎県に明日はあるが、広島の宮崎に明日はない。どげんしょうもなかとです。
岸本秀樹(氏ね様)
通称「きっしゃん」。木村昇吾とともに小山田とのトレードで広島に入団。
150km台の速球派投手。某所のコメント欄によると「制球力や変化球が課題だが、150キロに迫る速球は威力十分」らしい。でもそれってストレート以外に能が無いってことなんじゃないだろうか。
移籍1年目の2008年は登板数を大幅に増やし、勝利の方程式とまではいかないがまずまずの活躍。7月9日の中日戦では3イニングを5三振含めてパーフェクトに抑えるなど素質は十分なようである。
広池浩司
大学卒業時にドラフト指名にかからず一度は全日空に入社、しかし野球への想いを断ち切れずあてもないまま退職しプロテストに挑んだ男。高校・大学時代は外野手だったにもかかわらず何を血迷ったのか投手として応募。そして見事合格。
投手でありながらプロ初打席がホームランというそのへんの野手でも成し得ない記録を持っている。そのためかKOされた大ケケの代打に送られたことがある。もう野手転向しちゃえよを彷彿とさせる投手である。
「困った時の広池」の名に相応しく、負け試合でも嫌な顔一つせずそれなりのピッチングをしてくれる。
表向きは木村昇吾が広島の人気ブロガーであるが、真の人気ブロガーは広池である。彼の丁寧な表現と野球への情熱が詰まった文章は面白おかしくイジりようがない。「清原にケチつけた」などという愚か者どもにめげずに頑張って欲しいものである。
林昌樹
「チートスライダー男」。もうファミスタか魔送球かなにかとしか思えない凄まじい変化を見せるスライダーが武器。やはり肩への負担も大きいらしく、「全部スライダー投げたらいいのに」と言うのはトーシロである。2007年は頼れる存在だったのに、2008年はいまひとつ。林がいたら、きっとヨコリューも・・・
大島崇行
もうわからない

[編集] OBの皆さん

長谷川良平(故人)
創設期のカープを支えてきた、小さな巨人年間50勝しか出来ないシーズンに30勝したこともある。つまり、チームの勝ち星の6割が長谷川の勝ち星である。背は低いのにすごい人である。背が低いと言っても、土井八郎よりは高い。カープの初代男の中の男である。
ジョー・ルーツ
75年のカープ初優勝の年の、最初の三か月の間の監督。この人の声により、カープのチームカラーが黒から赤に変わったことは言うまでもない。(80歳を超えてるが)まだ生きてるらしい。
外木場義郎(そとこば よしろう)
完全試合を3度達成した豪腕。しかし当時阪神の田淵幸一の頭部に死球を当ててしまい田淵の選手生命を縮める結果になったのと打者のヘルメット着用が義務化された要因を作った男。死球を当てた後、田淵の病室に菓子折りを持って田淵の父親に謝りに行ったエピソードは有名。
大下剛
カープの権力者の一人。達川が監督のときにヘッドコーチをして、選手をしごいて潰したのは有名。
ちなみに、達川の高校の10年先輩であり、達川が頭が上がらない人物の一人。
古葉竹識
カープ6度の優勝のうち、4回はこの人の時。偉大な方。ただ、監督引退後は選挙活動に精を出しており、広島市長選のたびに応援のハガキが(※東京都民の筆者の元にも)来るのは正直とてもウザいのだが。一時期なぜか名古屋共和国のメ~テレの解説者をやってた
山本浩二(ミスター赤ヘル、ピーコ
選手としては最高だった。でも監督としての彼の場合、第一期こそ選手時代同様すばらしいが第二期は禁則事項です
衣笠祥雄(鉄人衣笠)
正直、現役時代は活躍の割りにはあまり注目されてなかった。国民栄誉賞をもらってからやっと注目された感は否めない。そうでなければただの猿いやゴリラか。
北別府学
20世紀最後の200勝投手。投球練習で普通の選手なら確実に体を壊すほどの量をこなすことによって"針の穴を通すコントロール"を磨いた。
正直、並みの体の投手が北別府を見習った練習をしたところ、体を壊して使い物にならなくなってしまった。沢崎も小林も山内も。というわけでコーチとしては禁則事項です
江夏豊
暴力団顔負けのコワモテ。大野を殴り、大野の母に謝りに行ったエピソードは有名である。
大野豊
非常に特殊な投球フォームのサウスポー。とにかくすごい投手だった。引退しても体格がほとんど変わってなくて140km/h前後の球を投げられるらしい。今はNHKの解説者とかでよく頑張ってるけど、そんなことしてないで今すぐ現役に復帰してください。ちなみにルーキーイヤーの成績は防御率135.00
達川光男
デッドボールパフォーマンスは同じ捕手の市川和正(元大洋、現日本生命営業マン)と並び称される。監督は黒歴史である。ついでに監督時に名乗った芸名「晃豊(みつお)」もなかったことになっている
佐々岡真司
馬面が自慢のにらめっこのプロ。彼とにらめっこをして勝った者はいないという・・・。07年に惜しまれながらも引退。
野村謙二郎
いわゆるノムケンである。
川口和久
Gキラーなのに、Gに行って低迷。ファンからは裏切り者とやじられたこともある。
新井貴浩(粗いさん)
カープの4番。打撃は頼りになるが、守備は粗い。新井と東出の三遊間コンビ(通称:魔の三遊間)は敵チームではなく、自チームに脅威な存在。
打撃の際に凄く傾くのが特徴。実弟が中日にいるが、彼もいい具合に傾いている。
他の選手と違いケガに強いのが良いところ。
ファン向けの奇麗事を並べ終わったと判断され、マナーの悪いトラに譲渡された。相方を鳥谷に代えて魔の三遊間を継続する模様。
赤松真人とのいいトレードだったという見方もある。
正田耕三
カープの飼育していた猿。
高橋慶彦
女好きが講じてロッテに放出された、カープには珍しい選手。優勝にも貢献したのにコーチに招聘されない。
近藤芳久
二桁勝利もあげたのに今じゃあ誰も覚えちゃいない。あっ、思い出した?
渡辺弘基
広島が初優勝したような気がするあの頃のリリーフエース。って言うよりは、フレッシュモーニングの「ナベさんのカープはおまかせ」の記憶のほうが強いでしょうね。
チェコ
ガッツポーズのドミニカ成功例。しかし安給料に耐えられず、そそくさと海を渡る。それ以来ドミニカカープアカデミー出身の選手って・・・
ロードン
銀行員がなぜカープに!?
アルフォンゾ・ソリアーノ
今やバリバリのメジャーリーガー
鳩食うな!


この節を書こうとした人は途中で寝てしまいました。
あとは適当に頑張ってください。(Portal:スタブ)

[編集] 主なカープファン

[編集] 関連項目


Image:ExSport.png この項目「広島東洋カープ」は、エキサイト不足のようだね。
さあ、君もこの記事に胸が高まるような文付け足してみよう。レッツトライ! (Portal:スタブ)