成人式

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未来を担う有能な新成人を歓迎しよう

成人式(せいじんしき)とは、使い道がなくて困った税金を消化するため、全国各地で行われている行事。新しい大人の仲間入りをした輩の内、市民会館で酔っ払いとヤクザ大暴れするという日本固有の伝統を保ち続けている。

昔と今[編集]

少し前までは、年齢が20才となり、社会的にも成人となった青年達を周りの大人達が暖かく祝福するという誠にアットホームな会であった。歴史的にも古くから成人になった若者を祝福する行事や風習はあり、その流れを踏襲したものであった。

しかし、現在では「こんな人間を成人として扱わなければならないのか……」と1日中嘆く日となっている。ただし、嘆くのは常識人のみであり、政府関係者は、その方が支配しやすいため、むしろ喜んでいる。

概要[編集]

参加者[編集]

毎年しめやかに行われている。

参加者は20才になった人間が参加できる。「成人」とついているが、別に精神的に子供でも問題ない。というよりも、精神的に小学生並の人しかいない。

ちなみに、タイムマシンを使わない限り一人1回しか参加できない。参加を辞退しても翌年以降参加できない。

事前準備[編集]

まず、を用意して車で成人式会場に乗り込む。日本酒が推奨されているが、ビールやウイスキー、焼酎などでも代用可能。毎年賑やかにニュースで伝えられる沖縄県の場合は泡盛が県により推薦されているようだ。酒は多ければ多いほど良い。そして会場に入ったら、景気づけに酒を飲み、席に着く。ここで酒をすべて飲んではいけない。

衣装は紋付き袴・着物、または洋装の礼服が基本だが、軍服大日本帝国陸海軍またはナチスドイツが好ましい)・特攻服コスプレ等、普通厳格な儀式では着るべきではない衣装のほうがいいとも言われている。

式本番[編集]

恒例行事

表向きは市長や議員等の偉い人からのお祝いの言葉を聞くというのが式であるが、実際は違う。舞台に市長や議員が登場したら舞台に上がって以下の事をするのが成人式である。学級崩壊で鍛え上げた破壊力を見せ付けるのだ。

  • 「ウィー!!」とか「アウアウア~!」と絶叫する。
  • 「wwwww」と叫び花火を打ち上げる。
  • 全員で「帰れ!!」と何度もコールする。
  • 放送システムを壊す。
  • 市長に危険物質であるDHMOをかける。
  • 議員のカツラを剥ぎ取る。
  • 地元出身の大臣にキックを食らわせる。
  • 知事の顔面にパイを投げつける。
  • 大音量でステカセを鳴らし、大声で布団を叩く。
  • (侍の格好で)「もはやこれまで」と言って、建物に火を放つ。

しかし彼らは学校の校長の朝のスピーチと同じように、誰も聞かずに寝ていても延々と話し続けるだろう。事前にいろいろ作戦を練っておかないと、何も出来ぬままに式はおわるだろう。作戦を実行してそして成人式を乗っ取るのである。

式終了後[編集]

式が終わったら、車に乗って街へ繰り出す。そして以下の事を行う。

  • 奇声を発する。
  • 絶叫する。
  • 器物損壊を行う
  • 交通規則を無視して、あちこちの道路をパニックに陥れる
  • お祝いと称して来た昔の先生を禁則事項です

今日の成人の実態を見せ付けてやるのだ。この日ばかりは街は成人の天下である。

なんで成人式が廃止されないのか[編集]

成人式がなんで廃止されないのかということは、長年謎とされてきた。近年の学者の説によると、政治家若者のバカさ加減を政治利用するために実施しているということがわかってきた。

右側の思惑[編集]

「こういう根性なしが多くなったのは、現在の教育が悪いからだ!厳格な日本人を育て、この美しい国を守るために、大胆な教育改革が必要だ!」と主張し、徴兵制の復活、体罰の推奨、靖国神社への参拝義務、憲法改悪など、まったく関係ないことまでをごり押ししようとしている。

左側の思惑[編集]

「こんな礼儀を知らない人が増えたのは、米国主義・軍国主義・金銭主義の今の日本の教育がいけない!こんな国には革命が必要だ!」と主張し、平和主義を偽った無能化教育、中国信仰の推奨、全財産の政府への上納など、これまた教育と関係ないことを力づくで推し進めようとしている。

役人(特に文部科学省)の思惑[編集]

「現状は深刻な状態であり、若者の教育のための施策がたくさん必要だ」と主張し、予算をぶんどることの建前としている。もちろん、そのためにお金が使われることがなく、社会保険庁と同じく禁則事項です

まとめ[編集]

結局、いろいろな主張をしても、本音は見え見えであるため、誰も彼らの意見を聞くつもりはまったくない。とはいっても、こんなくだらない式の存続議論をやる気もなく、結局なし崩し的に式は続くのである。

エクストリームスポーツ化への動き[編集]

最近では、どれだけ他人に迷惑をかけたかを競う馬鹿みたいなスポーツとして体系化しようとする動きがあるが、1人1回しか参加できないため、実現性は低いと言われている。

関連項目[編集]