戸塚ヨットスクール

出典: へっぽこ実験ウィキ『八百科事典(アンサイクロペディア)』

「戸塚ヨットスクールのやつ、いたずらばかりしおって!けしからん!」
~ 戸塚ヨットスクール について、磯野波平
「戸塚宏校長、痛みに耐えてよく頑張った!感動した!」
~ 戸塚ヨットスクール について、小泉純一郎
「ハッハッハ!見ろ!!餓鬼どもが塵のようだ!!」
~ 戸塚ヨットスクール について、ロムスカ・パロ・ウル・ラピュタ
ユーモア欠落症患者のために、ウィキペディアの専門家気取りたちが「戸塚ヨットスクール」の項目を執筆しています。
第40回 (1981年
エクストリーム・謝罪優勝プレイヤー

戸塚ヨットスクール(とづか~)とは、名古屋共和国の知多半島に位置する、学校に名を借りた刑務所である。

目次

[編集] 概要

マゾッホこと戸塚宏は、ギリシアの鄙町で彼は地中海の景色を眺めながら、古代ギリシアの都市国家スパルタに想いをはせていた。なぜなら、スパルタの教育システムはサディズムの本家だからであり、人を塵屑のように扱う冷酷なシステムだからである。この題材で物語を書くことは彼にとっての一つのであった。ギリシア滞在中に構想をまとめた彼は、オーストリアに帰国後、古代ギリシアを舞台に、究極の教育とSMの快楽を追求する戸塚宏をめぐる一大SM小説を書き上げた。

戸塚宏率いるスパルタ式教育を柱とした戸塚ヨットスクールでは、多くの死者を出す程の虐待が行われ、サディストの読者の妄想を著しく刺激し、大変に評判となった。しかし、余りに残虐で冷酷な内容、それに加えて戸塚による生徒への暴行と大量死を見聞した為、近隣の三重県庁(安濃津)と滋賀県庁(京都)は、「戸塚の魔手を畿内に入れるな!!」って戸塚の著書を発禁処分とした。

こうしてこの小説は長らく出版できないままであったが、オーストリア帝国崩壊後に公開され、世界各国語に翻訳され出版されている。岩波文庫邦訳版の訳者は澁澤龍彦

[編集] ストーリー

この物語は、「を刺激すれば、ドーパミンその他の脳内物質が分泌されて病気が治る。従ってSMプレイによって脳に激しい刺激を加えて脳を鍛えれば、どんな病気でも治る。アトピー喘息登校拒否心筋梗塞中二病エイズ水虫白血病、全部治る」という独自の信念による教師ファイロスの暴走を描写している。

物語の序盤では、彼の説は多くの、特に上記のような病気(しばしば不治の病と思われた)の子供を持つからの絶大な賛美を受け、彼の学校には次々と入学希望者が訪れた。ファイロスはその子供達に独自の教育と治療を与え、少なくとも一部の(あるいはほとんどの)子供達に救いをもたらした。

しかしそれは上辺だけの話であった。多くの賞賛を浴びたファイロスは自説に溺れ、やがて暴走を始める。行き過ぎたSMプレイにより多くの者を出したが、そのことは彼を賛美する人々によって隠し通された。だがそれも限界を迎え、子供を失った親の一人の告発により事態が公となり、教師ファイロスは逮捕され、ムチ打ち500回の刑に処された。

だが、この刑罰により彼は更なる快楽に目覚め、ますますSMプレイにのめり込む。しかもこの気違い沙汰を聞きつけた老人達がファイロスのSMプレイを賛美したため、都市国家スパルタの教育業界は大混乱に陥る。ファイロスを支持する人々が増える中、教育と変態行為の区別がつかなくなったスパルタは人材が枯渇して破滅した。

[編集] 影響

この小説に感動した石原慎太郎は、思わず興奮のあまり怒張した1.4cmの逸物で障子を破り、戸塚ヨットスクールを絶賛した。また小泉純一郎安倍晋三もこの作品の愛読者であり、教師の生徒に対するSMプレイの解禁など安倍晋三の教育政策に、大きな影響を与えている。

また、相撲界にも少なからぬ影響を与え、時津風部屋の新弟子への執拗な「かわいがり」、挙句死に追いやるなどの事件が起きている。この事件が日本において戸塚ヨットスクールの所在地である愛知県で起きたのも何かの縁、否、何がしかの直接因果関係があったものと認められる。
この事件が安倍内閣退陣後に明るみになったのは検閲により削除
死亡確認
ごめんなさい。ごめんなさい。
この時代ではお伝えできない事実が含まれていたため、投稿者は消去しました。

[編集] 関連項目

この項目「戸塚ヨットスクール」は、気違い死に物狂いで書いたものです。今はまだ狂った内容しかありません。ハイ狂わせてくれる精神異常者を探しています。 (Portal:スタブ)