日産・セドリック

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ユーモア欠落症患者のために、ウィキペディア専門家気取りたちが「日産・セドリック」の項目を執筆しています。

セドリック(Cedric)とは日産自動車が開発しているセダン型のビジネスカーである。かつては高級車だった。

因みにセドリックという名前は童話「小公子」の主人公のパクリであり、アニメの小公子がセドリックではないのはすべてコイツのせいである。

概要[編集]

かつてはトヨタ・クラウン最大のライバルとしてタクシー、金持ち、暴走族その他さまざまなユーザー層にあった車として熾烈な販売合戦を繰り広げていた。カスタムカーのベースとしてVIPカーオープンカー、最近では痛車仕様に改造されることも多い。

西部警察でおなじみの3代目230型からのセドリックはグロリアと姉妹車の関係にあり、まぎらわしいとして分別するのを面倒くさがる人によって2つを併せて「セド・グロ・ナンセンス」と表記されるようになった。


セダンが有名だが、それにバンおよびワゴンが年式によりラインナップされるたいへん気まぐれな車である。 かつて真ん中の柱が取っ払われたハードトップなる中途半端な開放感のある車型がメインであったが、某犬HKが側面衝突されたら危険な車型であると報道すると即廃止、黒歴史化した。

歴史[編集]

初代(30型、1960年-1965年)[編集]

  • 1960年4月 待望の発売。縦型ライト等、アメ車をパクったスタイルが特徴。発売当初の価格は101.5万円(30型 1500DX)であり、今ではマーチも買えないが当時としては高かった。
  • ボディバリエーションはセダンのみでスタートしたが、「こんな車で仕事したい」というワガママビジネスマンが続出したためワゴンとバンが1962年4月に追加された。日産初の超絶モノコック車体を採用した。
  • グレード構成は当初スタンダードとデラックスだけだったが、後にセドリックカスタムとセドリックスペシャルが不必要に追加された。
  • 1961年9月 マイナーチェンジでフェンダー・フロントグリルの形状が変更されるがふーん程度である。キャッチコピーは「走る豪華な応接間」という大変くどいものだった。
  • 1962年4月 ワガママビジネスマンのためだけにエステートワゴン(98万円)、バンが追加された。又、ワゴンは荷室に超絶ジャンプシートが設けられており、無理に乗れば8人乗りであった。尚、このジャンプシートはろくに改良せずY30型まで引き継がれている。
  • 1962年10月 マイナーチェンジにより縦4灯から横4灯に変更され、3代目クラウンにパクられる。
  • 当初の縦型デュアルライトは東武鉄道特急電車DRCにパクられている。
  • 1968年12月 府中で白バイ警察官のコスプレをしていた男が2億9430万7500円を積んだ後期型の31系セドリックを移動させようとしてそのままどこかに行っちゃった。セドリックは「これいらね」と放置されていた。ダサくていやになったらしい。
  • 無謀にもこれでストックカーレースに出てる人がいたけど、勝てるわけねー。一応エンジンは3リッターに積み替えたりしてたけどね。
  • 1970年代の刑事もののドラマとかで、それまで230に乗っていたのにいきなりこれに乗り換えていたら、ほぼ100%確実に崖から落ちて爆死していた。ドラマ好きの少年達はそれを「死神セドリック」と呼んでいたわけねーじゃん。
  • ちなみにやたら滅多に刑事が殉職するTVドラマにおいて、これのパトカーにマカロニ刑事が無断でドライブしていた。

2代目(130型、1965年-1971年)[編集]

  • 1965年10月発売。本来このセドリックとなるはずだった日本人デザインのものをガン無視してピニンファリーナにブルーバードと一緒にデザインを任せた結果、前代のアメリカンスタイルから打って変わってヨーロピアンスタイルに居直った。社長は「かっこいいじゃん!」と思ったのかもしれないが、案の定日本ではクラウンに惨敗。ついでにブルーバードもコロナに惨敗。当時の日本人は田舎者でした(笑)。 え、本来のボディ?ああ、無理矢理拡大してプレジデント150型に流用しちまった。
  • 歴代セドリックでは唯一3ナンバー普通車の設定が全く無い(プレジデント150型に変わったという説もある)が、無くていいと思う。発売時の価格は115万円(スペシャル6)で今ではギリでマーチが買えないがそれでも当時としてはクソ高かった。プレジデント用の直6・3Lエンヂンを積む「Patrol」なんてグレードもあったが、あいにくそっちは桜田門組専用。「馬力が無ければ排気量を上げればいいじゃない」とか言ったところを見ると、見た目がヨーロピアンでも中身はやっぱりアメリカンである。
  • ボディバリエーションは4ドアセダンとワゴン・バンだけである。そんだけでいいじゃん。
  • 1966年10月 マイナーチェンジでテールランプが変更され、赤一色テールに逆戻りされる。でも大きくなったよ!
  • 1967年10月 マイナーチェンジでまたテールランプが変更された(もちろん赤一色)。理由は飽きられたから。
  • 1968年9月 マイナーチェンジでフロントとリヤのスタイルが大きく変更され、230型と遠目に見分けがつかなくなりそうなアメリカンスタイルに戻って、ヨーロッパの某デザイナーが涙目。
  • 今ではどんな車でも標準装備である運転席のシートベルトが標準装備となったがクレイジーなものだった。
トヨタが「白いクラウン」と個人ユーザーに宣伝したことをそのままパクり、なんと白いセドリックを登場させ「高級車を気楽に速度違反と信号無視を繰り返しながら乗り回すのが新しいやり方・ON THE CEDRIC」と宣伝した。それはまあ酷かった。
  • 1969年10月 マイナーチェンジでフロントグリル等が変更され、ますます230型に似てくる。
  • 日本のストッカーレースシリーズでは2.5リッターエンジンを積んで出て結構いい成績を残していたりするんだけど、なぜか日本のレース史的には無視されている。クラウンより速かったのにね。
  • 特捜最前線』の前番組である『特別機動捜査隊』では、立石班がこれの前期型を使用していた。
当時三共からノーマル車のバリエーションとして特別機動捜査隊仕様の1/24スケールのプラモデルが発売された。これは史上初の刑事ドラマの劇中車のプラモデル化である。
因みにノーマル車との違いは赤灯と点灯用の麦球がセットされただけである。
  • 大都会PARTⅡ』では、そこまでやらなくてもいいじゃんてぐらい潰されまくっている。しかもタクシー上がりではなく、最上級車が餌食になっていたりするので、今見ると貴重な部品取り車がグレードが・・・、と思うこと多数。しかし放映当時はタダのゴミ車だったりして。っていうか、制服警官が覆面パトに乗るぐらいレギュラー車が足りないのにスタント用ばっか作っては壊すとは何事か。

3代目(230型、1971年-1975年)[編集]

  • 1971年2月 発売。基本構造をなかば無理矢理グロリアと同一にしたので、見えるところ以外はすべて共用する姉妹車となった。したがって見分けるのが面倒になり、これ以降セドリックとグロリアをあわせて「セド・グロ」と呼ばれることに。ボディスタイルは流行のコワシテモカナシクナラナーイ(壊しても悲しくならない)ライン(笑)を採り入れた。グロリアと合わせた販売台数がクラウンを上回った、輝かしいモデルである。もっとも、クラウンが大失敗作となったことに助けられた面が大きいがな。
  • ボディバリエーションは4ドアセダン、バン、ワゴンに加えて、見栄張ってクラウンの2ドアハードトップに対抗するため、エーダイや山田模型のプラモデルでお馴染みの2ドアハードトップの設定なんてふざけたことをしでかす。しかも記録に残すためだけに日本車としては初の4ドアハードトップまで追加された結果、使いやすくかっこいいからと暴走族まがいの家族が今のセレナ並に買い、ファミリーセドリックの大半が4ドアハードトップとなった。
  • キャッチコピーはなぜか「ゆとりのセドリック」で、1972年に4ドアハードトップ発売されてからは「私のセドリックでどうぞ嫌だと?ふざけんなこのヤローなら何がいいんだよ?クジラクラウンだと?ぶっ殺すぞキサマ」であった。
  • テレビドラマ「特別機動捜査隊」では余りぶっ壊れなかったが、「大都会PARTIII」「西部警察」では、日本車では単一車型で最も多くの車が破壊されるという快挙を成し遂げた。画面に出た瞬間死亡フラグが立つ車なんて、後にも先にもコイツぐらいのものである。さすがは「記憶の日産」だ。
  • 一応トミカ化されたものの、セダン(33-1)はコストダウンのために香港で製造したのが災いして、バリエーションがないばかりか、工場が火災にあって短命なモデルになってしまった。
代わりにワゴン(47-1)はかなり有名なモデルでバリエーションも、パトカー(77-1)、消防指令車(78-1)、道路公団パトカー(76-1)、JAL空港連絡車(102-1)と凄いことになっていた。
  • 外国へ持ってく仕様の中では日中国交正常化のときに中国へ最初にもってった車だった。たけーからなかなか売れねーし。
  • 懲りずにストッカーレースに出たりしていた。アメ車っぽくてカッコよかったし速かったしピートロット東名からプラモデル(中身は山田模型のOEM)も発売されたけど、110サニークーペより金かかるしストッカーレースそのものの人気が高まらなくてあまり知られてない。やっぱり日本のレース史的には無視状態。

4代目(330~332型、1975年-1979年)[編集]

  • 1975年6月 モデルチェンジ。デザインはアメリカンスタイルをさらに昇華させたドギツいものに。やっぱりセドリックはアメリカンです。
  • ボディはアオシマ1/24やLS→アリイ1/20のプラモデルでおなじみの4ドアハードトップ、2ドアハードトップ、4ドアセダン、バン。ワゴンはなかったことにされた。
  • 街で見かけなくなった230型の代わりに西部警察に登場。後期になるとコイツが死亡フラグを掲げることになった。仏になったのは基本的にカスタムデラックスやスタンダードなどタクシーからの改造車である。一応パトロールはあったけど、相変わらず桜田門組御用達のため壊させてくれなかった。
ただ、「大都会PARTIII」第25話で、230型セドリック(前期型)を破壊するはずが、うっかり、後期型の230型セドリック共々、巻き込まれて小破壊されてしまった経験もある(その後、修理して何とか復帰した模様)。
「特別機動捜査隊」ではケンメリと共に最終回まで活躍し後番組の特捜最前線にそのまま引き継がれた。
因みに日産はパトロールという名前の車も作っていた。
  • キャッチコピーは「美しいセドリック」であったがどう見ても美しくなんか無い。むしろ「イカれたセドリック」の方が合っている
  • トミカは先代の反省からか、日本で製造したためノーマル車(13-3)の他にバリエーションとしてタクシー(28-3)と空港タクシー(47-3)が発売された…ってタクシーばっかかよ!
  • 暴走族まがいのデザインが功を奏し、DQNどもの改造車として大人気。最期はシャコタン仕様というのも多かった。一応高級車ってことになっているのにもかかわらず案外似合うんだけどね。改造の際には横長のライトを無理矢理立てて、つり目にする改造が横行。これらの改造は今でもプラモデル、特に鉄道模型のアクセサリーで横行している。
  • 1977年6月 とりあえずマイナーチェンジ。ヘッドライト周りまでメッキパーツにしたからフロントマスクがギンギラギンに。しかもグロリアはともかく、セドリックは上級グレードとタク用グレードの違いが分からない。「スタンダード以外はグリルのド真ん中に太い線が一本走ってんだろうが!」と日産は主張するも、ド素人の庶民には分かってもらえなかった。で、結局揃いも揃って西部警察でブッ飛ばされました(笑)
  • 1977年10月 生産累計100万台達成。暴走族の車の台数とあまり変わらなかった。
  • 1978年 排ガス規制に適合・・・とは名ばかり、ただでさえ遅いクルマが余計に遅くなっただけ。

5代目(430型、1979年-1983年)[編集]

430セドリックの成りの果てと思われるもの
  • 1979年6月 モデルチェンジ。暴走を助長するだけの2ドアハードトップを廃止し、4ドアハードトップ、4ドアセダン、ワゴン/バンの3系統のボディバリエーションとなるが、どうでもいいのがまだあるね。前代よりはデザインが一般的になっているがまだ暴走族に買われていた。
  • 1979年12月 日本初のターボエンジン搭載車を追加。
  • 運輸省は「DQNが使いまくるからやめろ」といってなかなか許可を出さなかったが、日産に「ターボほど燃費を向上させる素晴らしいものなんて他にないだろJK」と真っ向から反抗され、「セドリック/グロリアで暴走するヤツは馬鹿だけだから気にすんな。あとスカイラインにもつけるからな、補助金出せや」とトドメを刺された。有名な話である。
  • 1981年6月 マイナーチェンジ。「最先端ウレタンバンパーを装着」なんて言ってたけど、実際にはバンパーのメッキの割合が減っただけの、ただのケチな変更である。
  • 1983年2月 4ドアハードトップに「ターボエクセレンス」、「200Eエクセレンス」という横文字つけただけのモデルが登場。
  • キャッチコピーは前期は「快適・ローデジベル空間」、後期は「先進の美学」、「華麗なるエレガンス」。非常にくどかった。
  • オープンカーに改造された430は主に暴走族に愛されたが警察も羨ましくなりまねるようになる。
  • 西部警察にも出ていた。でも影が薄かった。福岡でドリフトまでしたのに。
  • その為なのか、トミカの通常バリエーションは、ノーマル車(13-4)の他は、タクシー(28-4)のみでパトカーは特注品でしか発売していない、
しかし110クラウン同様、前ウインカーとテールライト部はクリアパーツが奢られるなどトミカ史上最も豪華なトミカである。
  • ついでに1/24スケールのプラモの話になるが、ニチモとアオシマとフジミから出ていたハードトップはアレな出来だがオオタキからはなんとセダンが発売されていた。

cタクシー上がりっぽい丸目4灯の黄色い4ドアセダンがストッカーレースに出てシボレー・カマロを追い掛け回していたりするのだが、やっぱり日本レース史的には無視されている。

  • そしてまさかまさかの「完全新金型」でアオシマから430セダンのキットが発売予定、一部のマニアが狂喜する騒ぎとなる。

6代目(Y30型、セダン・ハードトップ1983年-1987年/バン・ワゴン1983年-1999年)[編集]

  • 1983年6月 モデルチェンジ。5代目のキープコンセプトとなる。ハードトップとセダン、ワゴン・バンがあったがなぜか今でもワゴンはたくさんいる。
  • いつごろからか、最上級グレードの名称がブロアムBIPになる。これこそが勘違い名称BIPカーの語源となり、現在まで受け継がれることとなる。
  • トミカ(13-5)はなんと初の4ドアハードトップの上に念願のパトカー(58-3)が発売された…但しタクシーと教習車はセット品のみである。
  • 1985年6月 気が向いたのでマイナーチェンジ。スタンダードとバン以外ヘッドランプとテールランプが変更されて年寄りくさいデザインになったが、なぜか珍走団向けの上級に見せかけた廉価グレード「4ドアハードトップV20ターボ アーバン」が追加された。のちに近鉄が名前をパクる。
  • なんだかんだで1995年11月 ワゴン/バンのマイナーチェンジ。飽きられる。
  • 1999年8月 ワゴン/バンはついに飽きられステージアに。でも未だに若者には人気があり、マークⅡバン/マークⅡワゴン並に腐るほど見かける。
  • 特捜最前線に最後まで出ていたのは有名だが、
実は西部警察にも出ていた。でもリアリティのないカオス仕様だった割に、知ってる人が少ない
  • キャッチコピーは発売初期は「V6、高級車の証」、後に「素晴らしき人生、そしてセドリック嫁より先にセドリック」、後期型からは「素晴らしき人生、素晴らしきセドリッククラウンはクソだ。買うな」とやはりくどかった。
  • 海外仕様はこれまでのDATSUN220~280C(Cはセドリックを意味していた)から正式に「日産・セドリック」となり、速度メーターがドイツのアウトバーン対応の240km/h仕様と日産バッジ以外は日本と変わらない。つーかダットサンだなんてトラックと思ったよ。セダンの他にハードトップもある。ハァ?おまい、クラウンに負けてたのかよ。セダンだけで満足だろ?しかも、日本未販売のブロアムハードトップマニュアルだなんて。中東でどんだけはしってんだよ。
  • 余談だが、「ひぐらしのなく頃に」では、1983年が舞台であるにも関わらず、1985年式が登場する。たとえ初期の1983年式としても数ヶ月早い。

7代目(Y31型、ハードトップ1987年-1991年/セダン1987年-)[編集]

  • 1987年6月 国鉄の民営化を記念しモデルチェンジ。現行型である。デザインはさらに磨きがかかっておりとても素晴らしいものだったが古臭い。無駄にスポーツ性を向上させた「グランツーリスモ(GranTurismo)」が登場し、ゲームの名前にパクられたが、元々、昭和48年に2代目マツダ・ルーチェに設定されていたグレードのパクリである。腹を立てたマツダは復讐すべく、平成2年に5代目(HC系)ルーチェで、ユーロチューンサスペンションとLSDで走りを鍛えた「リミテッド・グランツーリスモ」として復活させるも、外見はグリルとアルミ程度の違いしか無くDQNには受け入れられず、なおかつY31のパクリとみなされ失笑を買うのみに終わった。さらにマツダは、センティアで対抗するも敗れる。
  • キャッチコピーは「新しいセドリックを、見た。」「新しいセドリックは、いいね。新しいクラウンはクソだけどな」そして伝説となった「きっと、新しいビッグ・カーの時代が来る。」である。
  • 1987年の東京モーターショーに「セドリック・ロイヤルリムジン」が出品され、1300万円以上もする車だったので「セドリックじゃねぇよ!!!」と散々言われた。
  • 1988年6月 ハードトップのみの設定で良かったのに「グランツーリスモ」のセダンが出てくる。
  • 1989年6月 マイナーチェンジ。新5速ATクルージングを装備。「自信のある人はセドリックに乗っている 自信のない人はクラウンに乗っている」のキャッチコピーで売っていた。
  • 1989年9月 後部ドアを15センチ大型化したモデルが出てくる。その名は「ブロアムL」。これはマーチで言う「コレットL」である。といってもあのゲームにはブロアムってキャラは居ないがな。
  • あぶない刑事シリーズにてカッコイイ活躍をしていたがすぐにあの世へと飛ばされた。
  • ただ、セダンモデルでなぜか鉄っちんタイヤを履かせている奴や白と黒のツートンカラーのモデルは現在でもたまに見かけられる。
  • タクシーでも現役。しかし運転手からの評判は、更に安作りだが設計が新しいコンフォートよりはるかに劣る。デザインはコンフォートよりまだマシ[要出典]だから許してやれ。

8代目(Y32型、1991年-1995年)[編集]

  • 1991年6月 自家用であるハードトップがモデルチェンジ。ジャガーを全面的にパクっており、特にフロントグリルとかリアのデザインが似すぎ。グランツーリスモの丸型ヘッドライトを付けようものなら、ジャガーから訴えられたら負けるレベルである。
  • 運転が楽なAT車のみとなったのは単に女性にも運転してもらいたいだけである。
  • キャッチコピーは「MIND SHIFT(マインド・シフト)私はセドリックにするクラウンにはしないからね」、「日産の責任と誇り 新しいセドリック誕生」。
  • グレードは、ブロアムVIP、ブロアム、クラシックSV、クラシック(後期型より、謎の廉価グレードのクラシックSV、グランツーリスモアルティマ、グランツーリスモSV、グランツーリスモとよく分からないが展開していた。
  • 忘れ去られたセダンはY31型が素人には分からないビッグマイナーチェンジにて懲りずに販売された。
  • 1993年6月 マイナーチェンジ。ブロアム系のスポーティー化のためだけにグランツーリスモと共通化。
  • 1994年9月 「V20Eグランツーリスモ」追加。したってあのゲームにはシカトされていた。
  • 同期のS140系クラウンがイカれたデザインだったので、一時期は姉妹車でもあるグロリアと合わせて再び販売台数でクラウンを上回ることができた。これが有終の美と言えた。
  • バブル期の車なので無駄に豪華な装備が過剰装着されている。トータルコーディネート室内照明やパワーシート、欧風調のアナログ時計などがその例で、ABSやエアバック、アルミホイールが装着されていない下級グレードにもそれらが装着される。人命よりムードである。そして、そうした過剰装備はやたらぶっ壊れまくり、直すと修理代がやたら高くつくので結局ほったらかしになる。何の意味もな~い。
  • 香港・シンガポールでも実は日本と同じ内容のCMが流れていたのも大日本帝国ではデッドストックになっちゃったので、香港・シンガポールならわかんねとごまかして武路亜無とかグランツーで売ってた。香港・シンガポールで絶賛販売していた。

9代目(Y33型、1995年-1999年)[編集]

  • 1995年6月 オウム真理教の衰退をよそにモデルチェンジ。ジャガーのパクりをやめず、さらにはクレスタをパクってリアを斜めにしている。
  • キャッチコピーは「暴走で高級車を楽しもう」、「Cedric the Driving」とまあまあくどかった。
  • 前席ツインベット並みのダブルエアバッグを全車標準装備としたが、高級車なので当然である。
  • エンジンと安全装備に開発予算のほとんどを割かれたので見た目ものすごく安物くさくなった。でも暴走するとなかなかイケる。
  • トランスミッションは、日産の財政悪化によるコスト削減策で安っぽいATとなっていた。でも暴走するとけっこうイケる。
  • 1998年 忘れ去られていたと思われていたY31セダンが、フロントグリルデザインをカッコ良くした。

先代と比べて少し怖くなったがこれはスカイラインでも同様のことをしていたので別に気にされなかった。でも、キモいことだけは確かである。

  • 1/24のプラモデルではアオシマとフジミから発売された。

10代目(Y34型、1999年-2004年)[編集]

  • 1999年6月 モデルチェンジ。ジャガーのパクりはやめたけど、なんか他の外車みたいなデザインで(エンブレムはすでに外車みたいだったが)キモくなった。
  • 先代までの直線的であるのを無理矢理角付けをつけたようなデザインはやめて革命を起こしたのは良かったがそれにしてもキモい。年寄りにも「こんな変なセドリックならクラウンに乗る」と言われ、事実売れなかった。
  • 1999年12月、こんなのをベースとするなんちゃってクラシックセダン光岡・ガリューIIが登場する。
  • 2001年12月 マイナーチェンジ。不毛な内外装の一部変更があったがどうでもよかった。変に高級志向だった車名ロゴがNE-01の「CEDRIC」に変更され、安っぽくなった。
  • 2004年4月 グレード体系見直し。もう遅い。
  • 2004年10月 あの寒い駄洒落のキャッチフレーズでおなじみの「フーガ」が登場したため、一般仕様は生産終了。意外と長かった44年間の歴史に幕を閉じた。

この型のセドリックはそれなりに高く見えるので東京の個人タクシーにはよく使われた。たまにヤフオクにも出ている事からその人気が伺える。ただし、法人のタクシー会社が好きなのでY31型セダンだけは2014年まで生産された。

セドリックが登場するかもしれない作品[編集]

  • シャコタン☆ブギ - 悲惨な姿になった430型が登場。クレスタとともにナンパ勝負にかり出される。
  • 族車キングシリーズ - やはり悲惨な姿になった430型が登場。
  • あぶない刑事 - 日産自動車の車両提供でで330型・430型、Y30型、Y31型が登場、昇天する。
  • 西部警察 - 日産自動車のゲリラ的な車両協力で、230型・330型・430型4ドアセダン、Y30型4ドアハードトップが数多く登場しぶっ壊される。
  • 特捜最前線 - 主演の当八郎がCMキャラクターを務めていたこともあり、日産自動車の車両提供で330型・430型、Y30型などが登場。他にもグロリアとかが出ていた。変身しないためバイクに乗れない元仮面ライダーらが愛用していた。
  • そのほかたくさんのドラマにエキストラ出演している。

セドリックが登場してもおかしくないのに登場しなかった作品[編集]

関連項目[編集]

4370 large.jpg この「日産・セドリック」は、マイナーチェンジの案が出ています。マイナーチェンジして下さる協力者を求めています。 (Portal:スタブ)