時間

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時間とは、哀れな一般市民に規則正しく毎日同じことを繰り返させ、せっかくの一生を無駄に消費させるために、哲学者が勝手に決めた理不尽な物差しである。

一部の正しい時間消費者たちは、の存在を認めはするが、時間などという下らない理念に縛られることはない。

目次

[編集] 歴史

サルが二足歩行で生活しはじめて間もない頃、太陽を見たサルがあることに気づいた。

「あれ、うごいてる」
じーっと見ていても動かないはずの太陽が、いつのまにか移動していたのである。

太陽が山の裏へ隠れてしまったとき、なぜかサルは眠気におそわれた。次に気がついたときには、辺りが明るくなっていた。
ふと太陽が気になって空を見上げると、西の山に隠れたはずなのに、東の山のてっぺんにあったのである。
そして、こうしたことが何回も起こったのである。

ある日、西の山に沈みかけた太陽を見てサルは思った。

「もうそろそろ寝なきゃ」

これが「時間」の誕生である。

[編集] 哲学による汚染

人間が文明を築いたころ、時間は哲学者によって汚染されてしまった。

太陽が東から西に、西から東に移動する。これは万有引力の法則でも分かる明らかな物理学の分野であるが、可愛らしい「てつがくしゃ」の男の子は「そんな法則があるのは、『時間』なる概念が影響しているからではないか?」という個性的で素敵な思いつきを披露してみせた。ところが、これが思いのほか多くの人々に受け入れられてしまう。

この思いつきを真に受けた愚かな人間どもは、時間を細かく分けることにした。まず、カップヌードルにお湯を注いでから食べ始めるまでの時間を3等分し、それを1分(いっぷん)と決めた。さらに、それを60で割ったものを1秒とし、逆に60倍にしたものを1時間とした。そして1時間の24倍を1日(いちにち)と決め、1日の7倍は1週間と決めた。

ここまでは良かったが、もっと長いものを決めようとしたとき、1日が偶然にも地球が1回転する時間と同じだったため、これにあやかって地球が太陽を一周する時間を1年と決め、小粋に洒落込んでみた。これは酷い失敗であった。他の時間単位はどれも「Aのx倍」「Bのx分の1」と計算できるものだったが、1年はそうはいかなかったのである。1年は365日と5時間48分46秒前後であり、1日単位で割ることができないのだ。仕方なく、1年は365日ということにして、4年に一度366日にし、100年に一度それをせず、400年に一度、それをしないのをしない、という苦肉の策をとった。このややこしいグレゴリオ暦とやらは現在広く使われているものである。しかし、1年と1週間の差が広すぎるので、中間にさらにもう一つ単位をつける事にした。それが1月(ひとつき)で、1年を無理に1日単位で12分割したもの。当然これも日数は一定せず、30日の月や31日の月がある他、2月は年によって28日だったり29日だったりする。

このように時間の単位は無駄に細分化され、人間の行動はガチガチに縛り付けられることとなった。ややこしいグレゴリオ暦とやらにいたっては、年の終わりに「年越し」という奇妙な儀式を執り行わなければならないし、生まれてから365日経過したことをなぜか祝う「誕生日」という記念日もある。しばしば「10年前の今日」などのように言われることがあるが、10年前は10年前であるし、今日は今日でしかなく、両者には何の関係もないので注意が必要である。

[編集] NEETによる解放運動

だがそんな凶悪な「時間」にも終末の刻が近付いている。21世紀初頭、救世主が現れたのだ。彼らは賞賛と畏敬の念を込めて「NEET」と呼ばれ、時を悪に染めかねない「時間」を完全に忘れ去り、それによってこの世から消し去ることを勧める英雄たちである。

彼らの活躍によって悪しき負の遺産である「時間」が一刻も早く滅亡することが期待されるものである。

[編集] 関連項目

Uncyclomedia Commons.png
アンコモンズに、時間に関するガラクタがあります。

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