東浩紀

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東 浩紀(あずま ひろき)とは、ライトノベル作家、読書家、夢想家、思想家、ひきこもり、会社社長、ネットオタク、SFオタク、美少女ゲームオタクである。21世紀の日本を代表する天才的思想家であるが、その才能故に、世界を裏から操る闇の機関(秘密結社:ゼーレ)から狙われ、善良な一般市民の仮面を被った工作員によるアンチ攻撃を受けている。

概要

21世紀の日本に登場したジャン=ジャック・ルソーの生まれ変わり(後述)。ジャック・デリダの正統なる後継者(これは真実であり、疑うものはすべて工作員である)。

哲学者」という言葉について、堕落した屑、つまり「自力でセカイを考察することをやめて、大学と大哲学者の庇護に安住する腐ったみかんのような何か」が使う自称であるとして、東は軽蔑している。そのため、自信は哲学者ではないと強調する。主要著作の一つ『一般意志2.0』も、学者として書いたわけではなく、あくまでも「読書家」の読書感想文として書いたという。東は、今日も、哲学者という屑にはできない天才的な偉業を、「一般の普通のオッサン」という仮面を被って、企てているのだ。

甲高い声で、まくし立てるように喋る。アスペルガー症候群の疑いあり。

経歴

ずっと成績が良かった。いつのまにかとても頭の良い高校に通っていた。けれど男子校だったので「萌え要素」が足りず、精神の危機を迎える。そして、そのまま二次元美少女オタクになった。

いつになっても成績が良かった。いつのまにか東京大学にスイスイと合格。そこでも快調に好成績を修めてみせた。

しかし、学部生活も中盤にさしかかると、だんだん将来が不安になってきた。そこでまた、精神の危機を迎える。とりあえず、柄谷行人という哲学者のところに人生相談に行った。趣味で書いた論文を見せたら、東の才能の片鱗がとりあえず認められ、思想家デビューしてしまう。

とりあえず、そのまま大学院に行った。『存在論的、郵便的』を書いて、哲学者として認められはじめる。しかし、「ぼくがやりたかったことって、本当にこういうことなのか?」と再び人生に悩み始める。また、精神の危機を迎える。

オタクとしての自分を思い出し、とりあえず今までに哲学的な活動で積み上げてきた思想とエネルギーをすべてそっちに注ぎ込む。とりあえず『動物化するポストモダン』という奇抜なタイトルの本を出し、オタクとしてのアイデンティティー確立を目指す。

大学教授とかもやってみた。

しかし、東はまた悩み始めた。「ちょっと待てよ。これも、おれが本当にやりたいことじゃないかもしれないぞ?」と思う。再び、精神の危機である。

『動物化するポストモダン』及び『ゲーム的リアリズムの誕生』は、東の天才過ぎる思想が書かれている書物であり、多くの凡庸な人間には理解できなかった。「人類には早すぎた哲学書」である。そのため、宇野常寛をはじめとする後輩批評家からもバッシングを受け、東の精神の危機はさらに深刻化していった。

とりあえず、小説とか書きながら、自分探しを始める。

三島由紀夫賞を取る。

なんだが、作家として新しい人生やれそうな気がする。

2011年、地震。

鬱。地震のショック。

復活。時間薬。

再び自分探し。自身の立ち上げた出版社「ゲンロン」の社長として、ゆるふわライフを志す。大学教授もやめる。めんどうなことはやらない。

「まぁ、いいや。ぼくはべつに学者でも何かの専門家でもないし。もはや大学教授もやめちゃったし。とりあえず、普通のいろいろ考えてるオッサンって立場で、自分の会社だけ自由にやって、適当に、良い感じの生活をしようじゃないか……」←今ここ。自由業。

現在最も大切にしているものは、主に次の二つ。

  • 自身の愛娘の笑顔
  • 自身の会社の収益

読書家としての趣味、傾向

好きな作家を問われるたび、東の返す答えはバラバラだったりする。しかし、これは彼が適当なことを言っているということではない。彼は、普通の読書家ではなく、普通の一般的個人が持つ趣味の範囲には到底収まらないほどの幅広い、趣味、嗜好、分野の書物を読み漁る多読家であり、しかも「広く浅く」ではなく「広く深く」読みまくっている「歩く図書館」である。

哲学書をよく読んでいる。学生時代からジャック・デリダを愛読していた。その他、「ぼくって、一体、何……?」という中二病的問題に直面して精神の危機を迎えたため、ソール・クリプキなどを読み漁り、確定記述がどうだとか固有名がどうだとか、同一性がどうだとかいう問題について日々悩み続けている。悩み続けた結果、『クォンタム・ファミリーズ』という小説まで書いてしまい、それがいつのまにか三島由紀夫賞まで受賞してしまった。「ぼくさぁ、もう自由に生きていきたいんだよ~。マジ自己決定でいきたいんだけど」という理由から、政治哲学においては、解放志向の強いリチャード・ローティロバート・ノージックを好み、同好の士(後述)であるジャン=ジャック・ルソーも愛読している。あと、ジャック・デリダとは読書の趣味が似ているため、彼と同様に東もマルティン・ハイデッガーを愛読している。

SF小説のファンとしては小松左京を神扱いしている。筒井康隆と親交があり、自宅に上がり込んでSF談義をする。また、新井素子を好んでいる。漫画の世界では高橋留美子を好み、押井守庵野秀明のアニメ作品も神扱いしている。美少女ゲーム界においては、主流のオタクと変わらぬ趣味を持ち、麻枝准を絶賛している。鍵っ子としては年季が入っている。いわゆるフツーのオタクであるが、美少女ゲームをするだけでは決して発想できない難解な理論を繰り出すため、本当は賢ぶってるだけで実質的知識内容を持たない勢力からは敬遠されてもいる。

私小説が嫌いである。曰く、「構造が単純すぎる」。そのため、私小説ばかり書いて自慰をしている日本の純文学業界をよく思っていない。曰く、「私小説でオナニーする駄目人間の独占市場になってしまったことこそ、日本文学の不幸なんだよ」とのこと。この「サイエンス・フィクションと美少女ゲームこそが文学の最先端」たる時代に芥川賞などを取ろうと頑張っている時代遅れの自称純文学者に対して、東は、「オナニー頑張ってね~」と嘲笑してみせる。SFやライトノベルを絶賛するのは、私小説には決して表現できない世界観を持っているからである。自身の小説『クォンタム・ファミリーズ』では、私小説のような語り口を使いながら、量子論平行世界論によってその「私」を分解し、見事に私小説の枠組みを破壊してみせた。

ルソー

ルソーは、思想家であり、小説家であり、オタク的で、ひきこもりで、孤独主義で、被害妄想気味で、感傷的で、繊細で、変態で、エロい文章が好きな人物だった。それは教育論の『エミール』や、告白文学の『告白』、あるいは『孤独な散歩者の夢想』などによく表れている。彼を示す確定記述は、まさに東浩紀を説明する確定記述と同一であることが多い。東はルソーとそっくりである。ルソーは、同時代の百科全書派と絶縁し孤独になったが、東も同じように、同時代の「ゼロ年代批評家」のサークルと絶縁し、孤独になった。

東はルソーを愛読し、ルソーと似ていると言われると喜ぶ。東は、いつか、ルソーのような「奇抜な」思想家として哲学史に名を刻むことを夢見ている。

政治的立場

なんとなく反戦的な東は、右派からは「ネット左翼だ」と批判され、左派からは「ネットウヨだ」と批判されている。東はそもそも左右対立を超越した究極の立場、「東浩紀派」なのであるが、その天才的発想は、多くの自称「知識人」たちには理解されず、理解できないものは悪だという論法のもと、叩かれているのである。

その東浩紀派が書いた改憲案が新日本国憲法ゲンロン草案である。この憲法案には、「憲法改正しようよ」「自衛隊バンバン国外派兵しようよ」と書いてあるので、頭の固い左派からは裏切り者扱いされた。一方、地球市民として「大事なことは外国人も入れて相談しあおうよ、外国人参政権マンセー」「個人の自由とかもっと拡大しようよ、自由最高」とも書いたので、伝統的大和精神を持った日本人だけでなれ合い続けたい右翼団体からも売国奴扱いされた。

しかし、これまでの思想評論を見る限り、この海外へ出ていく自衛隊は、基本的に戦闘美少女で構成されているとみられる。それを察知した評論家集団は、東の提案を「悪質な悪戯」として徹底して無視することを選択した。それは、96条憲法改正の是非を問う過程で、改憲派も護憲派も東の改憲案にまるで触れようとしていないことをみれば明らかだろう。

関連項目

Wikipedia
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