柔道

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敵の心を読むジュード―精神
プーチン青年隊ナーシ認可
本項の全文章および全内容は、諸国との友好に貢献できる礼儀の教材として、
露西亜青年の良識を体現する我らナーシの若き志士たちが執筆しました。
本項の内容を批判することは米帝に心を売る反露行為であり、
やわらかきジュード―の心を理解せぬ体固き者と判定された後、
ウケミを取る暇を与えぬオオソトガリが飛んできます。

柔道(じゅうどう、Judo)とは、相手を固い床に叩きつけて行動不能にさせる殺人術の一つ。フランスが発祥とされる。

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概要[編集]

柔道はコンクリートや石畳等、なるべく固い床の上で行う。柔道の基本的な流れとして相手を掴み、引き寄せる勢いを使い技を掛けるのが一般的である。

技の種類には主に後頭部から床に叩きつける足技、頭頂部から床に叩きつける投げ技、一撃必殺が失敗した時に止めを差す寝技がある。練習では安全のため、柔らかいマットレス(敷布団)の上で行われるが、稀にお馬鹿さんが布団の上にもかかわらず、死亡させる程の技である。

フランス、ロシア、日本で主に行われており、発祥地であるフランスと理由は不明だが日本で主に行われている。競技人口はフランスに次いで日本となっている。現在の世界的最高権威はロシアのウラジーミル・プーチン大統領であり、大統領は多くの記者や政敵に柔道の必殺技を使用し、連勝を続けている。

「柔道は日本のこころ」という者もいるが、競技者人口をみればフランスから日本へ伝わったことは明白である。このような誤解が広まった理由としては、相撲と技の共通点が多い事が挙げられるが、これはレスリングと相撲にも言える事から、ただの偶然である。むしろ後述する通り、柔道がレスリングを起源としているというのが正解である。また柔道技のひとつである寝技については、当然の事ながらレスリングには存在するが、相撲には存在しない。柔道の練習の際に敷くマットレスとして、日本の畳が最適であるとして普及した事も、誤解に拍車をかける事となった。

歴史[編集]

柔道は18世紀フランス革命の際に、まともに武器を持っていない平民が、実用目的の殺人術として編み出された。石畳である上に、オサレな帽子一枚の相手にとっては効果は絶大であった。

古代ギリシアを理想化する風潮のあったフランス革命期において、古代オリンピックの競技種目であったレスリングを、市民兵における軍隊格闘技として大々的に取り入れ、洗練を加えたのが柔道であるという異説もある。

柔道は、ナポレオン・ボナパルトの覇権に、少なからず貢献した。当時の軍隊は兵士達に十分な量の火薬と弾丸を供与できず、銃弾を撃ちつくした後は白兵戦に移行するのが定石であり、その際に柔道の技を身につけたフランス兵は、圧倒的に優位だったのだ。ただし例外が、エジプト遠征、ロシア遠征、そして海上戦である。エジプトの砂漠の砂地、ロシアの平原の夏のぬかるみと冬の雪、そして海上では、柔道は有効性を発揮できなかった。しかしながら当時の海戦は、最終的には接舷しての白兵戦で決着をつけたため、その場合に柔道も有効性を発揮した。トラファルガーの海戦でフランス海軍は柔道技でイギリス海軍を苦しめたのは事実であり、他ならぬイギリスのホレーショ・ネルソン提督が、フランスのピエール・ヴィルヌーヴ提督の巴投げで海の中に突き落とされ、溺死したのは有名な話である[1]

フランス軍を敗退せしめたロシア軍であるが、柔道が有効性を発揮しなかったのは特殊事情によると理解し、柔道それ自体は恐るべき軍隊格闘術、殺人術であるとして、高く評価した[2]。こうしてロシア軍においても柔道が取り入れられるようになった。

柔道が日本に伝わったのは19世紀である。江戸幕府の軍事顧問として来日したフランス軍大尉ジュール・ブリュネにより、幕府伝習隊に柔道が伝授された。しかし戊辰戦争において江戸幕府が敗れる事により、日本における柔道は一時期途絶する。明治維新において、新政府の陸軍は一時期はフランス軍を範としたが、すぐドイツに鞍替えしてしまったからである。戊辰戦争直後の普仏戦争においてフランスが敗れ、ブリュネが捕虜になった事も,柔道に対しての悪印象を強める事になった。その柔道を復興させたのは、講道館柔道の創始者の嘉納治五郎であり、以後の日本では殺人術という本義が忘れられ、単なるスポーツという形で柔道が普及する[3]

柔道の技[編集]

投げ技と足技が主な技であり、殆どの技が一撃必殺 とされている。

投げ技[編集]

  • 背負い投げ

文字通り相手を背負い頭から突き落とす技である。 脳天から叩き落とされた相手は脳を損傷し、死に至る。習得するのに時間とセンスが必要であり、力は殆ど必要無い。寧ろ足の運び方で八割方決まる。 下手な者が上半身だけを使って投げようとし、腰を痛めて辞める者も多い。 上位技にしゃがみ背負いなるものがある。技を掛けられると床に吸い寄せられる。

  • 体落とし

相手が何かしらの理由で背負えない場合に使う。 途中までは背負い投げと似ているが、相手を体の側面に持っていき、太もものバネを利用して相手の脛をはねあげる。技が決まった時 「おっと、背負い投げじゃあ無かったな」 と言う決まり文句があるが相手は聞いていない。

  • 一本背負い

熟練すれば背負い投げより威力は上になる。相手の腕を引き脇を挟み固定して投げるので背負い投げより力を加える事ができ、落下速度は背負い投げを越える。 相手が腋臭である場合思わぬカウンターを食らう事がある。 柔道で投げている 絵 と言えば 一本背負い が多いのでビジュアル的にも格好いいらしい。 同じく上位技にしゃがみ一本背負いなるものがある。まともにくらって助かる者はいない。

  • 払い腰

払い技であるが、上の技と同じく殺人術である。 相手を腰の上にのせ、足を使って一回転させ頭から落とす技である。上達するほど回転数を上げる事ができ、急激な回転によるGによって頭を叩きつけられる前に意識を失う。

  • 肩車

一般人がイメージするものとは大分違う。 相手の腕を引き相手の足をもう片方の腕で挟む。 持ち上げられた方は無防備となり、そのまま回転して目を回すのもよし、投げるがめんどくさければ池に落とすのも良しな迷惑な技である。 無論そのまま前頭部から投げる事もでき、投げられた側は水の張ってないプールに飛び込みをするような形で投げられる。

  • 巴投げ

数少ない捨て身の技である。 相手側から見ると相手(技を掛ける側)が一瞬にして視界から姿が消え、股間を強く蹴られたと同時に頭から突き落とされるという畜生な技である。

払い技[編集]

一般的に払い技で殺傷力を伴う技は多くはないが 続けて繰り出される投げ技をクリティカルヒットにする効果があるが、そもそも必殺技なので自己満足である。

  • 大外刈

殺傷力を持つ技であり、割と簡単に習得でき初心者が死ぬ一番の原因である。 相手の足の外側を相手の向きと逆の足を使い払い姿勢を崩す。殺傷力を持たせるには相手の肩を床に打ち付けるようにする。力が強ければそのまま払い腰になったりと良く分からない技である。 大内刈という技もあるが殺傷力においては効果的ではない

  • 小内刈

相手の足を内側から前方に払う技であり、バナナ踏んで滑る動きを人為的に作り出せる技である。 掛けられた側は運が悪ければ脳震盪を起こす。 小外刈という技もあるがよくわかっていない。

寝技[編集]

万一一撃必殺技が決まらずに相手が悶え苦しんでいた場合、情を掛けて楽にさせる技である。 色々な技があるが確実なのは太ももで相手の首を締める技である。 むちむちの女の子にされると悔い無く幸せに逝ける。

受身[編集]

唯一柔道の技から身を守る防衛手段である。 床に落ちるまでは、極僅かな時間しか無いので走馬灯を見ている時間を削らなくてはならない。 投げられた後、空中で姿勢を変え背中から落ちるようにする。全運動エネルギーを腕に集め、腕を床に叩きつけ他の体にかかる衝撃をゼロにする。

人が使える回数は2回までであり、同時にこれは腕の数である。 戦いの最中に片腕を受身で使用するとその後戦闘で不利になるために、普通は両腕で二回耐える。

脚注[編集]

  1. ^ この時イギリス軍は事実を隠蔽するため、別人の遺体をネルソンだと偽り、あえて腐敗させ、「腐敗防止にラム酒に漬けておいたが、いじ汚い兵士が盗み飲みした」と言い訳したが、嘘はバレバレだった。
  2. ^ 一般にナポレオンはロシアの冬将軍に敗れたとされるが、実際には当時のロシアの冬は例年に比べれば生温いものであり、本当の冬将軍であれば、石のごとく凍り付いたロシアの平原では、柔道は恐るべき脅威となったであろうというのは、定説となっている[要出典]
  3. ^ 柔道をスポーツ化したとされる嘉納治五郎であるが、彼は柔道の定義として「無手或は短き武器をもって、無手 或は武器を持って居る敵を攻撃し、または防御するの術」と述べており、殺人術、軍隊格闘術としての本義を忘れてはいなかった。

関連項目[編集]