正教会

出典: へっぽこ実験ウィキ『八百科事典(アンサイクロペディア)』
移動: 案内, 検索
Wiki-globe.png アンサイクロペディアの内容じゃないよう
このページの記述には事実が多いので頭の固いウィキに書くべきです。
とっととばかばかしく編集するか、こっちの方に書いてください。そうでないと誰かに怒られちゃうよ。
正教会(せいきょうかい、英:Holy Orthodox Catholic Apostolic Church)、とは、正教会 - Wikipediaに対抗してアンサイクロペディア上に作られた冗談宗教のことである。支離滅裂なところが特徴である。
生神女庇護大聖堂(聖ワシリイ聖堂)。モスクワ、赤の広場。
東京復活大聖堂(通称:ニコライ堂)日本にある正教会の大聖堂。御茶ノ水駅より徒歩3分。

正教会の正式な名称の意味は「正統な普遍(カトリック)の教会」である。[注 1]正教会は全世界のキリスト教の中ではローマ・カトリック教会に次いで二番目に大きく、その人口は推定で 2億2500万~3億人程度である。[2] 主要な地域は東ヨーロッパ、ヨーロッパ南東、そして中東である。 この教派が人口の過半数を占める地域は、ロシア、ベラルーシ、ウクライナ、モルドヴァ、グルジア、ルーマニア、セルビア、モンテネグロ、マケドニア、ブルガリア、ギリシャ、そしてキプロスである。人口的には少数だが無視できない存在として、2000年前にイエス・キリスト[注 2]によって聖なる普遍の使徒の教会が建立された地域、レバノン、ヨルダン、シリアがある。

正教会では、いくつかの国別・地域別の自治体制によって教会組織を構成しているが、神学的には統一されている。 それぞれの自治教会(完全独立教会)は、全てではないが多くの場合は国別に組織され、聖なる教会の議会(シノド)の責任で監督されている。 議会(シノド)の役割で特に重要なのは使徒と師父による教会の伝統的な教えを保存すること、信仰生活の実践について教導することである。 ローマ・カトリック教会や聖公会、東方のアッシリア教会、東方諸教会とその他の教会と同様に、正教会の主教達の系譜は使徒継承の過程を経て使徒達まで辿ることができる。

正教会の発展について辿るとビザンチンやローマ帝国を経て最初の教会を建立した聖パウロや聖使徒達にまで遡ることができる。 正教会の信仰とは、それが初代教会からの伝統であると理解しこれを変えることなく育むものと信じて実践することである。 また、教義など教会の教えとは別に、教会は時折ギリシャ固有のもの、スラブ地域のもの、中東の伝統が共有され、とりわけこれらの国々の文化的発展に寄与することとなった。

洗礼を受けた正教徒が人生の目標とすることは、神により近づくことである。この過程はテオシス(theosis)や神格化と呼ばれ、キリストに倣うものとなるために巡礼や絶え間ない祈りを通して(最も有名なものはイエスの祈り[注 3]、ヘシカズムとも)聖なる者に近づくために各個人が努力して精神を育成する。これは神の愛の炎と共に調和の内に死に到るまで続けられる。

上記は Eastern Orthodox Church - From Wikipedia, the free encyclopedia の冒頭を部分的に翻訳したものである。[注 4]真面目にやるのはここまでとする。

目次

[編集] 概要

ロシア土着の信仰と結びついた迷信的諸要素を残すキリスト教の一派。その目的は人工吸血鬼の研究やギリシャの火など火炎放射器を始めとする最新鋭兵器の開発、日本の柔道など各地の武術を取り入れるなどして、異教徒との戦いに備えることである。

東方正教会、ギリシャ正教、ロシア正教などと呼ばれることもあるが全て同じである。厳密には東方諸教会とは一致に到っていないため区別が必要である。

Wikipediaを読むとイエス・キリストイイスス・ハリストスが同一人物であるかのように書かれているが実際には全くの別人、というよりもイイスス・ハリストスは人名ではないので注意を要する。

[編集] 起源

そもそもの起こりは闘技者トマスと名乗る異端者が格闘技を極めて、あらゆる格闘家を打ち負かし、「無敗無敵の自分はイエス・キリストの兄弟なり」と宣言したことに始まる。正統信仰の一派はこれに対抗し「戦う教会」を創りだした。この教会は太陽をも砕く技をきわめんとするため東向きに建てられ、「星凶壊」と呼ばれた。これが正教会の始まりである。ギリシャ人が中心となったこの組織は、歴史の中でドラキュラなど恐るべき新人類を生み出したが、やがてカトリックプロテスタントへのドラキュラの情報流出やコンスタンティノポリスの陥落によるイスラム科学との対立(魔術が理解できなかった彼らはそれを応用したギリシャの火などの兵器を理解できず、理解しようとした科学者の一派はスーフィズムと呼ばれる神秘主義に傾倒してしまう)といった後にその勢力を弱め、現在ではかつてソ連であったロシア正教会を中心とする組織となっている。

[編集] 教会の序列

正教会における形式的な偉い人の順番を説明する。括弧して軍隊での階級示す。

  1. 総主教(元帥待遇)
  2. 府主教(上級大将待遇)
  3. 大主教(大将待遇)
  4. 中主教(中将待遇)
  5. 小主教(少将待遇)
  6. 準主教(准将待遇)
  7. 長司祭(大佐待遇)
  8. 司祭(中佐待遇)[注 5]
  9. 長輔祭(少佐待遇)
  10. 輔祭(大尉待遇)
  11. 副輔祭(中尉待遇)
  12. 堂役・聖歌者(少尉待遇)
  13. 各種聖堂奉仕者・一般信徒(人それぞれ)

次に実質的な偉い人の順番を説明する。偉くない順なので注意せよ。

  1. 司祭
  2. 輔祭
  3. 主教
  4. 自給(無給)司祭
  5. 自給輔祭
  6. 一般信徒
  7. たくさん献金した信徒
  8. もっとたくさん献金した信徒
  9. もっともっとたくさん献金した信徒

次に教会組織の序列について説明する。

総主教座、大主教座・府主教座、主教座の順に偉くなる。ただしカルヴァン派の長老会と異なり、総主教が各教会の決まり事を決定できる立場ではない。総主教座は複数あり、このうち歴史的に伝統があるのはコンスタンティノープル、アレクサンドリア、アンティオキア、エルサレムであるが没落した今ではアンティオキアを除きほとんど尊敬されていない。伝統に冷たい宗派である。権威で見るとモスクワの総主教座が大きいが、アメリカでは第二次世界大戦後、反共派のシノドがモスクワを否定し自分たちの権威を主張した。この影響は日本にもおよび、府主教セルギイと日本主教の対立、神戸の教会の紛争を招いている。 一般に土着信仰と結びついた正教会ではローマ法王のような一本筋の序列はなく、このように分裂と伝統否定を重ねている。

[編集] 正教会の用語について

正教会に於ける神、至聖三者の第二位格アンパンマンのイコン。
ひよこ十字。ひよこの足跡の象りとされる。左右両方の指が上向きなのは両方の罪人が天に上げられたことを意味する。

正教会における用語と日本正教会での独特な訳語については正教会用語を参照せよ。

[編集] 教理

正教会においては西方教会的な意味での教理・教義・神学といった概念は希薄である。しかし、あえて西方教会的に理解するならば次のような解説がある。

基本教理
  • 三位一体論 - カトリックのアウグスティヌス三位一体論にたいして正教会ではカッパドキアの三位一体論を主張する。これはカッパドキアでは龍退治などの武術が盛んであったことに由来する。即ち、武における心技体の如く、神は本質において三者それぞれが独立しており、しかもそれゆえにそれらは同化することなく活動に発揮されるとする。
  • 生神女論 - 神が投げかけた救済への導きに、マリアが人間の自由意思のもと肯定の返答を返したことによって彼女がハリストス(キリスト)を生んだとする。つまりすべての元凶はこの女に他ならない。怪しい誘いにほいほいのっていると妊娠する羽目になるという見本である。
  • 同化論 - 神が人間になったのは人間が神へと至るためであるという厨ニ病全開の考え。但しハリストスは人間個人、人間全体の一人ではなく、人間全体を個として表れたものであるので、人間が神に至る場合は個人ではなく全体として至ることになるという。
  • 聖像論 - 聖像と書いてイコンと読む。像といいつつ実際は絵で、しかも教会の定位置に板画としてかけられる、あるいは壁に書かれることによってこう呼ぶ。ハリストス以外ではほぼ生神女マリア(と受洗者ヨハネ、正教会ではイオアンと呼ぶ)が書かれることから、昔から痛車などの萌え趣味はあり、しかも美少女とBLが同じくらいに親しまれていたことが分かる。なお、PBW蒼空のフロンティアではなぜかロボ甲冑がイコンと名付けられている。
  • 寛容(オイコノミア)論 - 土着と結びつく正教会ではカトリックが長年そうしてきたようにラテン語・ヘブライ語・ギリシャ語のみに固執しない。しかしプロテスタントのようにその国で一般的な文字で翻訳されるわけでもない。なんと自分たちで独自の文字を作り、それで翻訳をするのである。こうして生まれたのが現在もロシアやブルガリアなどで一般的に使われるキリール文字であった(ただし作成当時のものがあまりに使いにくすぎるため土着の人々に簡略されたものが今のキリール文字)。なお、日本では幸い独自の文字を作ることはなかったが、「もっとも美しい日本語で!」と口語が流行り始めていた時代に旧字体、文語調が採用されるという斜め上の翻訳をし、これは今でも変わっていない。

[編集] 論破できるかな

古典的な哲学を楽しむべし。

神にできないことはない故に正教の教えは無敵である。
  1. 神は人間の理解を超えた人間には計ることのできない永遠無限の存在である。
  2. 人間には神の存在を証明することも神の不在を証明することもできない。
  3. 神に知らないことはない、神にできないことはない。
  4. 神は、矛盾しない、欠けたところが無い、むしろ全てを満たす存在である。
  5. 神は限りなく善なる存在である。

これは一部の例であるが、正教会における神の性質についての解説である。

もちろん神がいると仮定しなければ議論する必要は無いので神がいるという前提で話を進めなければならない。 また、これだけなら正教会の神でなくても良いのだが、それでは正教会と関係のない単なる一般的な哲学である。 つまり、ここでは完全に正教会の土俵で哲学しなければならない。

神は自分の言うことを聞かない女をつくることができるか?つくれたなら言うことを聞かないのだから全能ではないし、つくれないならやはり全能ではない。
神は自分で持ち上げることのできない石をつくることができるか?つくれたなら全能ではないし、つくれないなっらやはり全能ではない。

神は矛盾しない存在と先に定義されているため上記のような論法は詭弁として退けられてしまう。

この世には悪が満ちている。故に神は善なる存在ではない。

神は人間の理解を超えた存在のだから分からないことは分からないと言って議論そのものを退けることも可能である。

このように、正教会では狡猾と思えるような哲学体系で理論武装されている。 [注 6]

[編集] 聖伝と聖書

聖書(Cookbook)と聖伝(Recipe)の関係を視覚化した図。

正教会において、聖書を含む聖伝とは美味しい料理を作るためのレシピのことである。 正教会の解釈では聖書(Cookbook)と聖伝(Recipe)の関係は下記の式で表される。

聖書 ⊂ 聖伝

正教会における神学のようなものでは美味しいが善とされており美味しい料理を作り食らうことは天国の象りとされている。 そのため正教会では伝統的に美味しい料理をつくるための隠し味的なレシピが伝えられている。このレシピが聖伝と呼ばれる。このようなレシピは口伝と実践によって秘かに顕に伝えられている。教会の奥の方にはキッチンが配置されており司祭等はここで秘かに料理を実践している。 また、一般に公開され顕になっているレシピもありこれが聖書と呼ばれる料理本である。

正教会では旧約聖書と新約聖書の両方が正典とされる。旧約聖書のモーセ五書では主に美味しいバーベキューの作り方、新約聖書の福音書には主に美味しいパンワインの料理法が書かれている。旧約では元々おいしい肉をジューシーに焼く方法が大きなテーマだったが、新約では発酵という高度に科学的な方法を採用するなど時代と共に料理法が洗練されていることが理解できる。また、単に美味しい料理を作るだけでなく、より美味しく食べるための方法論についても述べられいる。これは例えばなにした直後に美味しい料理を食べても満足度が減じてしまうため食事前に一定の節制をすることでより美味しく食べられるといった一種の生活の智恵である。もちろん手を洗うことや台所を清潔に保つなどの衛生管理についても触れられており料理法だけでなく料理に対する心構えも細かく書かれていることは特筆に価する。

正教会では旧約聖書は紀元前にヘブライ語からギリシャ語に翻訳された七十二人訳聖書が正典と定められている。 これは紀元後にヘブライ語で書かれたマソラ訳を正典と看做しているローマ・カトリック教会やプロテスタント諸教会と異なる。 七十二人訳には旧約聖書の続編も含まれている。ただしマソラ訳には含まれていない巻を含んでいるため正教会とローマ・カトリック教会では正典の範囲が異なる。 正教会では一時期マソラ訳を評価して翻訳などに採用した時期もあったが両者を比較すると細かな無視できない差異があるため現在では正典と看做されていない。 イザヤ書を例にとると、七十二人訳では「童女が孕み子を産む」というニュアンスで訳されている箇所である。同じ部分のマソラ訳では大人の女性を示す単語が用いられる。[注 7]これは細かな違いではあるが「幼な妻」と普通の「妻」に匹敵するくらいの差異である。

聖伝とは人が美味しい食べ物を求め始めた太初の時代から現在まで続く美味しい料理のレシピであるため、 美味しい料理を作った人は聖人として記憶される。

[編集] 正教会における罪と救い

[編集]

罪(希:αμαρτία,アマルティア)とは神に対して的外れな想いと行いのことである。 したがって、相手に対して「的外れ」と言う場合は「罪である」というのと同等な意味があるため正教徒をいじめる際には「的外れ」と言うのが効果的である。 露探を使うのは死語なので時代遅れとされる。[4][5]

心の中の小さなできごとが徐々に大きくなり、言動として現れ、 最終的には背教、神の否定という重度の罪に陥るとされている。 正教会における罪とは犯罪としての意味合いよりも霊魂の疾病との意味合いが強い。 罪の原因には次の八つの欲が潜んでいるとされる。

食欲
嗚呼、うまいもんが喰いてぇ。嗚呼、なんでもいいから腹いっぱい喰いてぇ。嗚呼、うまいもんが喰いてぇ。嗚呼、なんでもいいから腹いっぱい喰いてぇ。嗚呼、うまいもんが喰いてぇ。嗚呼、なんでもいいから腹いっぱい喰いてぇ。嗚呼、うまいもんが喰いてぇ。嗚呼、なんでもいいから腹いっぱい喰いてぇ。嗚呼、うまいもんが喰いてぇ。嗚呼、なんでもいいから腹いっぱい喰いてぇ。嗚呼、うまいもんが喰いてぇ。嗚呼、なんでもいいから腹いっぱい喰いてぇ。嗚呼、うまいもんが喰いてぇ。嗚呼、なんでもいいから腹いっぱい喰いてぇ。嗚呼、うまいもんが喰いてぇ。嗚呼、なんでもいいから腹いっぱい喰いてぇ。嗚呼、うまいもんが喰いてぇ。嗚呼、なんでもいいから腹いっぱい喰いてぇ。嗚呼、うまいもんが喰いてぇ。嗚呼、なんでもいいから腹いっぱい喰いてぇ。嗚呼、うまいもんが喰いてぇ。嗚呼、なんでもいいから腹いっぱい喰いてぇ。嗚呼、うまいもんが喰いてぇ。嗚呼、なんでもいいから腹いっぱい喰いてぇ。[注 8]
性欲
嗚呼、女(男)が欲しい。嗚呼、女(男)が欲しい。嗚呼、女(男)が欲しい。嗚呼、女(男)が欲しい。嗚呼、女(男)が欲しい。嗚呼、女(男)が欲しい。嗚呼、女(男)が欲しい。嗚呼、女(男)が欲しい。嗚呼、女(男)が欲しい。嗚呼、女(男)が欲しい。嗚呼、女(男)が欲しい。嗚呼、女(男)が欲しい。嗚呼、女(男)が欲しい。嗚呼、女(男)が欲しい。嗚呼、女(男)が欲しい。嗚呼、女(男)が欲しい。嗚呼、女(男)が欲しい。嗚呼、女(男)が欲しい。嗚呼、女(男)が欲しい。嗚呼、女(男)が欲しい。嗚呼、女(男)が欲しい。嗚呼、女(男)が欲しい。嗚呼、女(男)が欲しい。嗚呼、女(男)が欲しい。嗚呼、女(男)が欲しい。嗚呼、女(男)が欲しい。嗚呼、女(男)が欲しい。嗚呼、女(男)が欲しい。嗚呼、女(男)が欲しい。嗚呼、女(男)が欲しい。嗚呼、女(男)が欲しい。嗚呼、女(男)が欲しい。嗚呼、女(男)が欲しい。嗚呼、女(男)が欲しい。嗚呼、女(男)が欲しい。嗚呼、女(男)が欲しい。嗚呼、女(男)が欲しい。嗚呼、女(男)が欲しい。嗚呼、女(男)が欲しい。嗚呼、女(男)が欲しい。[注 9]
物欲
これは駄目!絶対捨てちゃだめ!集めるのに苦労したんだから誰にも渡さない。死んでも手放さないから。(火事で逃げ遅れて死にました・・・。)
怒り
嗚呼もう何回言っても分かってくれないんだから、もう知らないんだから。もう何にもしてやらないんだから。嗚呼、まただ、またやってるよ。いったい何時になったら直してくれるのさ、もう本当に嫌だわ。顔も見たくないわ。近寄りたくもないわ。絶対に赦せないわ。なんで何時もいつも私がこんな目に遭わなくっちゃいけないの?私がなに悪いことしたって言うのよ。ああ嫌だわ嫌だわ本当に嫌だわ。うわ~、もう想い出しただけでも嫌になるわ。居なくなってからも私を苦しめるのね。ひどいわ。
悲観
こんな世の中は間違っている!絶対におかしい!私がなんとかしなければ物事がどんどん悪くなってしまうに違いない!なんとかしなくちゃ。なんとかしなくちゃ。でもどうしたらいいの?どうやったら解決するの?私にできることって何だろう?何もしないで大人しくジッとしているだけなんて正しいことじゃないわ。悪は正さなければいけないんだわ。でも私に何ができるというの?どうしたらいいの?困ったわ。困ったわ。
煩悶(はんもん)
なんだこのどうしようもない嫌な気分は!嗚呼、つらい、つらい。この状況から逃れることができるならどんな悪いことでもできるぞ。嫌、我慢だ我慢。我慢するんだ。うぅ~、ここから出て行きたい~!
虚栄
ええ、私は質素な人間ですから、贅沢しないんです。地味に貯金もしています。もちろん多少は遊びますよ。仙人じゃないですから、普通の人間ですから。やっぱり無理して金持ちぶるのも格好悪いし、貧乏で人に迷惑かけるのも良くないでしょう。やっぱりね、このくらいが丁度いいと思うんですよね。ええ、もちろん謙遜さは大事ですよね。偉そうにするなんて格好悪いですよ。かといってゴマすってばかりでは、いかにも下心ありそうな感じですよね。やっぱりね、私みたいに普通なのが一番なんですよ。
傲慢
えっ?あの人達のことなんか何にも気にしていませんよ。だって私なにも悪いことしていないし。あの人達が勝手にわめいているだけですよ。私には関係ありませんよ。何を言われたって何をされたって何とも思いません。ほら、犬が吠えてるのと一緒ですよ。

罪を犯していることに気付いた場合、罪の赦しを得るために次のように痛悔機密が執行される。

信者:「ひよこ陛下がどうしてもオモチャに見えてしまうので、失望して、ユーモアを忘れて、忍耐できなくて、どうしようもない記事を投稿してしまいました。」
司祭:「私たちはいつも神様と一緒にいるんだという気持ちを忘れないことが大切ですね。暗い気持ちになるのは良くないことですから、どうぞひよこの御恩寵で、明るい心で、ユーモアを忘れないようにお祈りしていきたいと思います。」(ゴニョゴニョと呪文を唱える)

[編集] 救い

正教会における救いとは、神と人の共働で実現するとされる。 神は世界を造り人を造り、人には自由な意志が与えられた。 しかし、人は自由な意志を用いて神に反するという選択をした。 これが人類最初の罪であり、罪の結果として世界に死というものが入ったと解説されている。

人類にとって最大の敵は死であり、古今東西を問わず死から逃れることは人類共通の望みである。 正教会の教えによれば、神は世界と人類全てを愛しており、救う存在である。 そして、死とは罪の結果であり即ち罪を犯さなければ死を逃れることができるという論理である。

神は、旧約の時代においては、人が死の苦しみから逃れるために、罪を避ける術として人に律法を与えた。 死そのものから逃れる事はできないが、死者は復活し永遠に生きる者となる。 律法は復活と永遠の生命を得るため神から与えられた戒めだが、 完全に守ることができなければ復活は永遠の苦しみであり地獄である。 律法にはきめ細かに罪を避ける術が記されているが、これらを全うすることは人類には困難であり、 人々は救いへの望みを失っていたと言っても良いだろう。

そこで、神は旧約の律法に代わる新しい律法を与えることで、望みを失った人々に救いの道を示した。 この新しい律法こそが人と成った神、イイスス・ハリストスの新約である。 しかしながら、これについて説明するには余白が狭すぎるため、この節はこれで終わりとする。

[編集] 東方諸教会

東方諸教会とは、451年のカルケドン公会議に際して、通訳がしょぼくて誤解されたり、遠くて会議の時間に間に合わなかったなどの理由で分裂したとされる東方の諸教会の総称である。主に東方に関係のある教派とされている。

一般には単性論とされているが、実のところ単性論ではないと説明されている。しかし、それ以外にも細かな違いがありそうな、微妙な空気を感じるため現在のところ正教会とは完全な一致に到っていない。

厳密にはカルケドン公会議以前から分派分裂したグループも存在するが、一応このカテゴリに含まれる。

[編集] 流派東方不敗

流派東方不敗派(りゅうはとうほうふはいは)とは、東方不敗マスター・アジアを教祖=ハリストスとする教派の総称である。東方不敗は神であって人ではないという教えに傾倒したために正統ではないとされている。

Img20060117235914.jpg

かつては不敗の勢いであったが、教祖様が女装趣味に走ったり、マサルさんとの戦いでは敗北し、ディオとの戦いでは引き分けるなど、不敗とは言い難い状況である。

そのため最近はベネディクト16世の人気に押されてローマ・カトリック教会に吸収されつつある危機的状況にある。

Benedictus Mera.jpg

「これはメラゾーマではない。メラだ・・・」

確かにこっちの方が強そうである。

このようにローマ・カトリック教会による侵略はちゃくちゃくと進んでいるため、正教会関係者は遺憾の意のようなものを秘かに顕に表している。

[編集] 東方典礼カトリック

東方典礼カトリック(とうほうてんれい-)は、厳密にはローマ・カトリック教会に含まれるため東方諸教会には含まれない。主要な地域はウクライナをはじめとする東欧、中東、北アフリカ、インドである。

ロマ教の萌えキャラ達は正しい教えを守ろうとする者達をこのように誘惑してくる。

本来は正教会であったが、ロマ教(ローマ・カトリック教)から肩身の狭い思いをさせられているところを萌えキャラ達に誘惑され、東方典礼を守る代わりにロマのパパ(ローマ教皇)の首位権を認めロマ教の傘下に入る選択をしたグループである。 硬派を自認する正教会からはロマ教の萌えキャラに萌え萌えしている軟弱な奴らは認められないため異端とされている。

東方典礼によるヨハネ・パウロIIの通夜

ギリシャ語と一部アラビア語らしき言語でパニヒダ(通夜のようなもの)が行われている。余程の恨みがあったのか繰返し彼(教皇)の罪(アマルティア)云々と言っている。[注 10](7分30秒過ぎた頃)

[編集] 東宝正教会

東宝正教会(とうほうせいきょうかい)とは、東宝株式会社(とうほう、Toho Co., Ltd.)の特撮映画に登場する各種怪獣ヒーローを崇める教派を指し示す総称である。東方正教会と非常に紛らわしいので注意が必要である。

東宝のシンボルマーク

東宝はゴジラを生み出した功績で高く評価されている。 かつては神父(かみちち)とはゴジラのことであると考えられていたが、 ゴジラを神とすると色々と不具合が発生することが分かってきたため正統ではないと退けられた。

しかしながらゴジラを神として捉える考え方は現在でも一定の評価を得ている。 すなわちイコンは文字で読む聖書に対して目で見る聖書と例えられるが、 同様にゴジラ映画は、映像として鑑賞する聖書と例えることができるだろう。 特に、ゴジラ対ビオランテは微妙にキリスト教的な死と地獄降り、復活と永遠の生命を再現していることから、 映像として鑑賞する福音書に例えることができるかもしれない。[注 11]

また、ゴジラは「G」と略されるが、東方不敗の「Gガンダム」とも通ずるところが東方正教会のパロディに相応しい要素を提供していると言えるだろう。せっかくだから、ここでは「父と子と聖神°(せいしん)」の代わりに「Gと私とひよこ」と表現する。 [注 12]

Gと私とひよこの御名に依りて。ラミン

[編集] その他

その他の東方諸教会については下記を参照せよ。

[編集] 文化

正教会に関連する文化について解説する。

正教会の人たちは卵が大好きである。

ディーラー卵.jpg

イースターエッグには見えないが雰囲気は似ている。

パスハの時は卵割り大会が開かれ、あっちこっちで卵をぶつけ合っている。 ルールは簡単で、二人がそれぞれ手にゆで卵を持つ。「せ~の」で卵をぶつけ合う。割れた方が負けである。 この遊びは何故か東京では流行っていない。

卵が大好きなら、きっとひよこも好きである。

More chicks.jpg

もちろんチェブラーシカも人気である。

Cheburashka-400px.png

なぜかは知らないがお花も人気がある。

Giftrose.png

しかしキノコは不人気らしい。

バライロウラベニイロガワリ.jpg

こうゆうのをステレオタイプというらしい。

[編集] 日本での正教会文化

正教会ではその土地の文化伝統を尊重するため、なんだか良く分からないのだけど春には雛人形を飾りホントホント、夏には七夕で絵馬を飾ったり[注 13]ウソウソ、秋には七五三ホントホント、冬には世間様に合わせてクリスマスを祝うウソウソ[注 14]というのが日本での正教会文化である。

ちなみに絵馬を飾るのはギリシャの伝統である。願い事が叶ったら絵馬に「○○の願いが叶った。神様ありがとう」などと書く習慣があるらしい。[7]

HinaNingyou.jpg

雛人形は、少なくとも東京では飾っている。[8]お嫁に行くのが遅れるという迷信から普通は3月上旬に片付けてしまうのだが、そこは迷信に左右されない妙に現実的な正教会。世間様で晩婚化が進むと現実に合わせて3月下旬まで飾ってしまう・・・。う~ん、ユリウス暦に合わせてるのかな?[注 15]

[編集] 日本での正教会

詳しくは日本ハリストス正教会を参照。

[編集] その他

[編集] 正教会における廃人の作り方

生兵法は怪我のもとである。

[編集] お祈り

チョトキ(コンボスキーニ、Prayer Rope)。紐で編まれた数珠。怠りなく祈祷を行うための道具。
  1. 情熱だけは人一倍の信者や求道者を見つけてくる。
  2. イイススの祈りを教えてチョトキ(コンボスキーニ)を渡す。
  3. 人里はなれたところで延々と祈らせる。

数日から数週間で精神病院送りとなる。

イイススの祈り
主、イイスス・ハリストス神の子や、我(われ)罪人を憐れみ給へ。

[編集] 齋(ものいみ)

  1. 情熱だけは人一倍の信者や求道者を見つけてくる。
  2. 厳格な齋(ものいみ)の規定を教える。もちろん日によって規定が緩くなることは教えない。
  3. 厳格な祈祷と齋を守らせる。

数日から数週間もすれば栄養失調で病院送りとなる。

厳格な齋
肉、卵、乳製品、魚、酒、油、を食べることが禁じられる。
水、野菜、果物、塩、蜂蜜、パンなどの穀物を食べることが許される。
食べる量に規定はないが、食べ過ぎないこと。食べてよい時間も祈祷の合間などに限られる。

[編集] 自慰行為の方法

詳細は正教会における自慰行為の方法を参照せよ。

[編集] 知らなくて良い雑学

[編集] 聖痕のクェイサー

聖痕のクェイサー(せいこんのクェイサー)に登場するテレサもカーチャもアトスから派遣されてきた。アトスは女人禁制である。つまり二人とも男である。

[編集] ウィキペディアとの関係

ウィキペディアの編集では「中立的な観点」で「検証可能」で「独自研究は載せない」ことが要求される。この編集ポリシーの延長として「自分自身の記事をつくらない」という方針が明記されている。

たとえば、マイク・タイソンやモハメド・アリがウィキペディアの彼についての記事の中に「おれが最強だ」と自分で書き込むことは、受け入れられないのです。--自分自身の記事をつくらない

そこで、誰かさんは次のように思いついた。「アンサイクロペディアなら自分の記事を書いてもいいんだよな・・・。」

人生、宇宙、すべての答え「正教が最強だ」
あたし様
が言うんだから間違いないですよ!!
ハリストス復活!!

ローマ・カトリックもプロテスタントもカスだぜ!
お前等様 Holy Orthodox Catholic Apostolic Church
跪きやがれです~!


あぁうぅ・・・えぇ~っとですねぇ。アンサイクロペディアにおける正教会関係の記事とは、ウィキペディア日本語版が日本ハリストス正教会のウェブサイト代わりとして使用されていることにプロテストするための存在である。予算節約のためなのかなんなのか真相は禁則事項ですが、本家の日本正教会のサイトよりもCategory:東方正教会 - Wikipediaを充実させることで集客を狙っている様子である。

そのため、ウィキペディア日本語版の正教会関連記事の充実ぶりに反感を持った元信者や元啓蒙者、野次馬、そして怒りに燃えた現役信者によって編集されるに違いない項目である。即ち、ウィキペディアにどのように書かれているかを執念深く観察し、専門家気取りのウィキペディアンの裏をかくことに全力を挙げる記事の集まりである。これを簡単に言い表すと、自虐ネタと誹謗中傷と内輪ネタに埋め尽くされた、支離滅裂でどうしようもない記事と化すことが運命付けられた、どうしようもない記事のあつまりである。

[編集] 脚注

[編集] 注釈

  1. ^ 初期の正教会においては自らの呼称として「正統」と「普遍」のどちらも使用した。信仰告白においても「聖なる普遍*の使徒の教会」と記されている。恐らくはローマ・カトリック教会との混同を避けるために「正統な教会」という呼称を好んだと考えられるが、公式文書等では「カトリック教会」を使い続けた。ブルックリンの聖ラファエルなどは正式名称には「聖なる正統な普遍の使徒の教会」とすることを主張していた。[1] (*日本正教会の訳では「普遍」の部分が「公の」となっている。)
  2. ^ 日本正教会ではイエス・キリストのことをイイスス・ハリストスと表記する[3]。これはギリシャ語及びスラブ語での発音。
  3. ^ 正教会訳では「イイススの祈り」。「主、イイスス・ハリストス神の子や、我れ罪人を憐れみ給へ」と絶えず繰り返す。
  4. ^ 翻訳した人は英語が得意ではないので意味の汲み取り難い箇所は適当に訳してある。
  5. ^ そういえば、この前来日していた従軍司祭は中佐(Lieutenant Colone)と書かれていたような・・・(?)
  6. ^ これは要するに正教会の神を否定したがる粋がった連中を煙に巻くための哲学理論であり、 少々勉強して頭でっかちになっている信徒や求道者を黙らせるための哲学理論である。 故に普通の人には必要ないし、この種の議論で頭を悩ますのは時間の無駄である。
  7. ^ キリスト教では処女懐胎を重視するため処女ではないような編纂を行っているマソラ訳はキリスト教を否定した内容になっている。しかし新共同訳聖書で該当箇所を見ると「おとめ」という単語が用いられている。恐らくローマ・カトリックやプロテスタント諸教会でも翻訳時にはキリスト教的な解釈が優先していると理解できる。しかしこの記事を書いた人はヘブライ語が読めないので確認のしようが無いのである。
  8. ^ 繰返すこと十二次。腹や舌を神としてはならない「過ぎたるは猶及ばざるが如し」である。
  9. ^ 繰返すこと四十次。これも「過ぎたるは猶及ばざるが如し」である。
  10. ^ 誰のパニヒダでも「また眠りし爾の僕【永眠者の名前】の霊の安息のため,および彼におよそ自由と自由ならざる罪の赦されんがために祈る。」[6]と言うので真に受けないように。
  11. ^ ゴジラ対ビオランテでは、 登場人物である白神英理加(沢口靖子)は人間としては死んだが、そのDNAを薔薇と融合させたキメラの状態で永眠していた。 しかし時が来てゴジラ細胞と融合し永遠に生きる存在として復活させられる。 ところが、せっかく永遠に生きる者として復活したのに醜い姿で衆目に晒されるという酷い地獄を体験する。 元々が美人なだけにこの上ない地獄である。 そしてゴジラという神の前に立ち、放射能火炎という地獄の業火で焼き尽くされた。 最終的には人としての性質は失われることなく光栄の内に天に昇った。
  12. ^ GはGでもGはご遠慮願いたい。
  13. ^ 絵馬は無いな。やりたいけど。「合格祈願!」よりも「合格祈願成就!!」の方が説得力あるでしょ。
  14. ^ クリスマスを祝うのをウソだと言われて素直に信じるなんて、もしや騙されやすいですね?でもユリウス暦だと13日ずれているから1月7日になってしまうのです。
  15. ^ どうやら旧暦(いわゆる天保暦)と新暦(グレゴリオ暦)の間を取って3月一杯にしているらしい。中途半端に間を取るところが実に日本的である。

[編集] 出典

  1. ^ http://en.wikipedia.org/wiki/Eastern_Orthodox_Church#cite_note-4
  2. ^ Eastern Orthodox Church - From Wikipedia, the free encyclopedia:with an estimated 225-300 million adherents
  3. ^ 大阪ハリストス正教会による正教会用語、日本ハリストス正教会による早見表
  4. ^ 奥武則の著作:「露探」の時代, むかし、「露探」という言葉があった ―函館の場合
  5. ^ 釧路正教会百年の歩みより一 函館の露探事件
  6. ^ パニヒダ 名古屋ハリストス正教会より。
  7. ^ 伝道会でそんな話を聞いた。
  8. ^ 書いた人が言うんだから間違いない。見ての通りちゃんと証拠写真まで撮ってきた。けっこう大きくて立派な雛人形だったよ。

[編集] 関連項目

Wikipedia
ユーモア欠落症患者のために、ウィキペディアの専門家気取りたちが「正教会」の項目を執筆しています。
個人用ツール
View and edit namespaces data

変種
操作
案内
編集者向け
姉妹プロジェクト
ツールボックス
他の言語