出典: へっぽこ実験ウィキ『八百科事典(アンサイクロペディア)』

母親 から転送)
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「どこの母ちゃんも大体同じ」
~ 母 について、銀魂サブタイトル

(はは、まざあ)は、ト、アンナ事ヤ、コンナ事ヲシテ貴方ヲ造ッタ人。基本的に家の全権を握っている民族。戦前はが握っていたが、現在では母に統一されている。

目次

[編集] 母について

  • 古より、慕われる者の代表であった雰囲気がある。「母さん」「おふくろさん」などといった歌謡曲が沢山あることがその象徴である。ただし、勝手に歌詞を変えたり付け加えたりすると作詞者から「もう歌ってくれるな」と言われてしまったりもする。
  • ただその権力が膨大になりすぎ、それなしでは行動できなくなる、いわゆる依存症になってしまう者が後を絶たない。
  • エロ本隠し答案隠しといったエクストリーム・スポーツにおいても最強のプレーヤーの1人である。
  • 非常に強引で人の話を全く聞かない上、議論中に運よく追い詰めても「飯抜き」や「ゲーム禁止」等の奥義を使われ逆転負けする。母との口喧嘩は絶対に勝てないイベントバトルだと割り切って挑もう。

[編集] 母による児童虐待

[編集] 母による児童虐待の例

小学生の頃、母は機嫌が悪い時はきまって、私の晩飯を抜きにしていたことを思い出す。

勤め先の会社で何かとても嫌なことがあったりしたら私にぶつけていたが、あれはその一環だったのだろう。

母が晩飯を食べる横でなぜか床に正座させられる私。文句が喉を込み上げて来るが、口答えさすれは叩かれるから言えない。

このあと、母の機嫌が収まってくれれば私にも何か食べさせてくれるのだが、たいていの場合は良くならないから、夜、私は空腹のまま寝ることになる。

最初のうちは空腹で辛くて全く眠れなかったが、そのうち慣れて眠れるようになった。

「なぜ我が家は貧乏でもないのに、僕は空腹のまま寝なくてはいけないのだろう。」

よく、そのように考えたものだった…

[編集] 例:その2

幼稚園の年長だった時、私はガラスを数枚割った。割れるのが楽しかったから石をぶつけて割っていたのだ。

そして、ひとしきり割ってからどうしようか考え始めた。そして、山へ逃亡した。

日が暮れるまで山にこもっていたが寂しさに耐えられなくなり家に戻った。

そこには無表情の母が居た。無表情からわき上がる怒り、私は恐怖した。

母は無言のまま私を川の橋の上につれてきた。そして、足をつかまれ橋から逆さにつり下げた。

「お前みたいな子供を産んだ覚えは無いからおっ返してやる。」

”おっ返す”とは生んだ子供をまたあの世へ追い返す事、つまり間引きのことである。

泣き叫んでも母は許してくれない、そのままが涙が涸れるまで泣き声も出なくなった。

そして、そのまま橋の上に私を放置した。

夜中にその橋をわたるのは恐怖だった。何しろ落下防止の措置なんて全くされていない木造の橋だったのだ。

恐れおののきながら這いつくばってその橋をわたって、家へ帰って、奥の部屋にこもった。

あのときみたドラえもんのセル画は忘れられない。それだけがそのときの救いのような気がしたからだ。

結論 まぁ、なんだ。・・・イキロ。そしてがんばれ。

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