洛陽

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洛陽(らくよう)は偉大なる中華帝国の新首都。寂れた地方都市に成り下がっていたが、偉大なる始皇帝陛下が咸陽に代わってこの街を復興して新首都に指定した。

[編集] 概要

人口は約600万人。四方に全182㎞にわたる巨大な城壁がめぐらされ、その郊外にも市街地が広がる。

東側地区は官庁街で西側地区は風俗街となっている。北側は全て宮城となっており、偉大なる始皇帝陛下が在住していらっしゃる。

近年はIT関連企業の進出もあり、かなりモダンな雰囲気で包まれている。

[編集] 歴史

洛陽はもともと洛邑と称していた。邑の字は地方村落を表し、要するに田舎であった。その後盛衰を繰り返したが、宋代以降は首都になることはなく寂れてしまい、市中にも草が生い茂る有様であった。そのため廃れる様子を、洛陽の「洛」の字にくさかんむりをつけて、「落陽」と言うようになった。周囲には龍門石窟があるが、日本の小学生には雲崗石窟(通称:うんこ洞窟)のほうが人気があるらしく、やはり廃れてしまった。

しかし偉大なる始皇帝陛下が再び首都に定めたため、一気に近代化が推し進められた。そのため伝統ある建造物が相次いで取り壊されており、洛陽は世界遺産(危機遺産)に指定されている。

[編集] 逸話

  • 一説によればよりもなお遠い場所にあるらしい。孔子先生もこの説を唱えた人物を賞賛していることから、たぶん間違いない。これは始皇帝の版図の広さを示す逸話でもある。
  • またしばしばトイレットペーパーパニックに見舞われていたようで、「洛陽の紙価を高む」という慣用表現がある。
  • 洛陽の様子を描いた洛中洛外図屏風が有名である。
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