海道
出典: へっぽこ実験ウィキ『八百科事典(アンサイクロペディア)』
海道(かいどう)とは、海上や海沿いを通るその道の人にしか見えない道である。
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[編集] 概要
「海道」という言葉が指す意味は広いため使用には注意が必要である。意味が広がってしまったのは国が無闇矢鱈とこの言葉を使って道を整備したからである。海道を整備したのは日本だけなので海道は日本以外には存在しない。
[編集] 歴史
この言葉が使われ始めたのは奈良時代、都(みやこ)が五畿七道を整備したときである。このときは東海道、南海道、西海道が生まれた。つまり、最初の海道は交通路としての道(みち)ではなく行政区分としての道(どう)だったのである。ここでの「その道の人」は国の役人である。
その後も五畿七道は使われ続けたが、江戸時代に入り国によって海上の交通が整備された。東廻り航路、西廻り航路や江戸と大阪を結ぶ菱垣廻船や樽廻船である。これらが始めての航路としての海道である。ここでの「その道の人」は船乗りたちである。また、このとき東海道は道(みち)としても整備された。
明治時代に入ると蝦夷地が日本領となり国によって北海道と改められた。これによって東西南北の海道が勢揃いした。このときも整備された道は行政区分としての道(どう)だが、ここでは「その道の人」は存在せず、一般に定着してしまっている。
戦時中は日本国が東南アジアやオセアニアを「大東南海道」として支配しようとしたが、失敗に終わった。
戦争が終わって数十年がたち、新たに3つの海道が造られた。(いずれも交通路としての道)明治期に新たにできた北海道と本州とを結ぶ青函トンネル(青函海道)、東京と見せかけた川崎市と千葉県の木更津市を結ぶ東京湾アクアライン(東京湾海道)、そして広島県尾道市と愛媛県今治市を結ぶしまなみ海道である。これらを造ったのもやはり日本国有鉄道や国土交通省といった国の組織であった。
[編集] まとめ
海道はほぼ全てが国の整備したものであり、海道の示す範囲を広げたのも国、手抜き工事を黙殺したのもhydeの身長が156cmでないと主張したのも国なのである。困ったものである。なので海道は多くの問題を抱えているがそれについては各項目を参照してほしい。

