湾岸戦争
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湾岸戦争(わんがんせんそう)とは1991年にイラク-クウェート地域で開催された炎の祭典である。
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[編集] 緒端
1990年8月2日、イラクが火祭りに用いる石油を求めてクウェートへ侵攻した。これに腹を立てたアメリカが報復のため、連合国を編成し、1991年1月17日からイラクを空爆した。
[編集] 結果
当初の目的であった火祭りが実施不可と見たイラクのサダム・フセイン大統領は、その代わりとしてクウェート湾岸の油田を手当たり次第に放火した。また、イスラエルに向けてロケット花火を打ち上げた。結果的にはイラク軍がクウェートから駆逐されたため連合国が勝利したように見えるが、勝負的には辺り一面を火の海にし、世界各国からスタンディングオベーションで迎えられたイラクの勝利である。パパブッシュはこれに激怒し、これが2003年のイラク戦争への伏線となった。
[編集] 余話
- この戦争以前でアメリカ軍が最後にした戦争がベトナムだったが、当時の電子機器はファミリーコンピューター以下のオモチャ同然であり、湾岸戦争はアメリカにとって初めての近代的電子戦になった。軍需産業各社は大喜びで自社製品のテストを繰り返したが、アメリカ軍が比類無き馬鹿であるという(当然の)事実を確認しただけであった。
- コーヒーを飲むアメリカ兵と紅茶を飲むイギリス兵の間に対立感情が生まれるという意味不明なエピソードが残っている。「泥水飲んでる人間にはマトモなのはいないね(イギリス兵談)」「腐った葉っぱのエキスで腹壊されちゃかなわねぇ(アメリカ兵談)」