澤井啓夫

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澤井 啓夫(さわい よしお、1977年3月14日 - )は、愛知県豊橋市出身のイケメン漫画家。顔だけでなく、性格も有り得ないくらいのイケメンとして知られている。爽やかな外見からは想像も付かないほど雄渾な画風と下ネタを臆面もなく言ってのける大胆な台詞回しで人気を博しており、本人はイケメンなのに描いている漫画はキチガイそのものだという、ただしイケメンに限るという名言の裏からくる自信の表れなのか?、とくもかくにも謎の人物である。著名な研究に『ボボボーボ・ボーボボ』がある(しかし『真説』はなかったことにしてください)。

しまぶーこと島袋光年氏を自身を漫画の道に引きずり込んだ師として崇拝し、私淑している。しまぶーがあんなことになってしまった後も、敬意は途絶えることなく、師と仰ぎ続けたらしい。一説によると、しまぶーがジャンプに復帰できたのは澤井の仲介があったからだと言われている。没落した師匠に弟子が救いの手を差し伸べると言う、今時の陳腐化したストーリー展開よりも熱い王道をリアルで見せてくれた澤井先生は、漫画家としてのみでなく、一人間として礼賛されるべき素晴らしい御人である。顔もイケメンだし言う事ない。

人物[編集]

大学教授で日本文学家の父を持つ、いわゆる「いいとこのボンボン」である。しかしひねくれたところなく、清く正しく美しく育っていった。

デザイン系の大学を卒業後に漫画家を志し投稿を始めたところ2000年に、ウンコを主役に据えたギャグ漫画でデビューすることとなる。イケメンなのに。同じ頃犬人間から教えを授けられた時期もあったが、悪癖が似なかったのは不幸中の幸いである。

その後2001年から、6年間にも及ぶ壮大な『ボボボーボ・ボーボボ計画』に巻き込まれてゆくこととなる。イケメンなのに。長期間にわたり彼は狂気の沙汰としか思えない作品を発表し続けたが、イケメン精神は一切壊れることがなかったらしい。末恐ろしい。

2008年には、更なるキチガイを求めて内水融とともに『チャゲアス計画』を始動。イケメンなのに。しかしチャゲの方は前代未聞の8週打ち切りを記録し関係者を騒がせる。イケメンなのに。

2009年7月、突如として澤井は、絵本界への進出を表明。流石文学評論家を父に持つ彼らしく、「わくわくキッズブック」レーベルから『キラリンチョのおばけフェスタ』を発表。イケメンなのに。

2011年12月、『最強ジャンプ』創刊号から華麗に復活を果たし『ふわり!どんぱっち』を連載開始。なんか画力アップしてビュティがケロロ軍曹夏美殿っぽくなった。多分吉崎観音にでも改造されたのだろう。イケメンなのに。そしてさらによつばと!風にフリーザやセルばりの二段変身を見せ、あずまきよひこのゴースト説すら出るほど。

2014年10月、web雑誌の『少年ジャンプ+』に移籍し、『ほんのり!どんぱっち』に改題。完全に「どんぱっちと!」である。

略歴[編集]

  • 2000年 - 前述の通りウンコが主役の漫画でデビュー。クリスマスイヴではイケメンなのに彼女がいずジャンプ団のはがきを書いて過ごしてた。
  • 2001年 - 週刊少年ジャンプの『ボボボーボ・ボーボボ計画』に巻き込まれる。
  • 2003年 - ボーボボ計画がテレビ電波に乗ってお茶の間へ届く事態へ発展する。この頃より、PTAの弾圧を受けるように。
  • 2004年 - ギャグ(ユーモア)が思い浮かばないのでヒヨコになった。ちなみに日本語版アンサイクロペディアの君主もヒヨコであらせられる。
  • 2005年 - それまで育てていた舎弟の田楽マンが成人し、一人前の目玉になる。年表05年的中。
  • 2006年 - 自身のゲシュタルト崩壊の危機を顧みず、より危険な実験『真説ボボボーボ・ボーボボ計画』に着手する。
  • 2007年 - 「わが人生に一片の悔いなし」として『真説ボボボーボ・ボーボボ計画』を終了させる。年表07年的中。
  • 2008年 - 自身の新たな方向性を模索する為の実験作『黒梟』を発表。少年誌でありながらジジィが主役のギャグ漫画という異例なジャンルは、土方茂の『CYBORGじいちゃんG』以来である。そしてその半年後『チャゲアス計画』の「チャゲ」を担当し、とんでもない記録を打ち立てる。
  • 2009年 - これはバイバイジャンプと言えるのかどうかは不明だが、「わくわくキッズブック」から『キラリンチョのおばけフェスタ』を発売。
  • 2011年 - 正式にバイバイジャンプし、「最強ジャンプ」にて『ふわり!どんぱっち』連載開始。画風の大幅な変化にファンならずとも驚かせる行為に出る。

イケメン伝説[編集]

以下の伝説は、アンサイクロペディアアイデンティティである嘘八百ではなく、紛れもない事実である。「澤井伝説」として今でも様々な人間に語り継がれている。

他の漫画家(特にオサレ師匠キチガイ舎弟脱サラ漫画家)にも見習って欲しいものだ。

  • 尊敬する人物としてしまぶーを挙げていて、彼がぴー逮捕された際も、復帰に最大限協力した。
  • とにかく腰が低いので、先輩後輩関係無く漫画家の友達が多い。お陰でボーボボ計画のときに大御所漫画家の作品のパロディや、他の漫画のキャラをレンタルしてきても全く怒られなかったらしい。
  • 実は小畑健が水疱瘡で原稿を落としかけた週に、『DEATH NOTE』の作画担当をしたことがある。大場つぐみは、しまぶーの次くらいに尊敬している人物だという噂もある。
  • PTAの弾圧を受けていた頃、進研ゼミにインタビューが掲載された。
  • 週刊連載の合間を縫って、ボーボボファンである難病を抱えた子供のお見舞いに行っている。
  • ボーボボ計画終了直後、6年間で溜まってしまったファンレター全部に対して返事を書いた。
  • とにかく腰が低いので、どんなに小さな仕事でも喜んで引き受ける。お陰で「スカウトキャラバン」のマスコット制作を3回も担当した。
  • 突然『チャゲチャ』連載依頼が来たが、準備期間が足りないにも関わらず引き受けて、集英社監禁され在住しながら執筆をしていた。
  • どれだけ「マジイケメン」なのかは、グーグル画像検索するなりして、自分で確認されたし。

ボ組[編集]

澤井を頂点とする謎の組織。結束力は有ったり無かったり。その実態は余り明らかにされていないが、何故かちょっとイタい人物ばかり集まるのが悩みの種である。澤井本人は至ってイケメンなのに。

関連項目[編集]

Wikipedia
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ドーピングコンソメ.jpg フゥ~この「澤井啓夫」わぁ~、我が帝国に関する記事だぁ~。おまえ達にこの記事をより愉快に出来るかな。加筆しろーいいから加筆しろー!俺の料理は至高にして究極だー! (Portal:スタブ)