火葬場

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火葬場(かそうば)とは、合理的に人を焼き殺すことができる施設として人間の鬱憤を晴らすために作られた施設である。

概要[編集]

700年に日本で導入された制度で、今までは人間を土に埋めて人間の鬱憤を晴らしていたが、あっという間に皮膚が無くなり骨だけになるその手軽さと残虐性で大ヒットを記録し、瞬く間に日本中に広まった、というのが火葬である。土葬水葬と言った従来の方法に比べ、骨だけにするのは楽であるが、一昼夜かけ薪を集めてようやく点火してという労働力が非常にかかり、また、いちいち火を起こさなければならないなどの問題点があり、引き続き昔ながらの方法で鬱憤を晴らす者が多くいた。明治時代になり、明治政府は、100年後の世界を見てきたかの如く「環境破壊になるから火葬、ダメ。絶対」と言い出した。しかし、土葬の手法を取る際には土地を買わなければならないなど問題点が続出し、殺人に走り出す者までいたためにわずか2年で明治政府は方針転換し火葬は再び認められた。結局この火葬できない期間が火葬の有難味を思い知らせ、日本において火葬が九分九厘の勢力を得るほどとなる。そして、そういった背景より火葬の需要が高まって日本全国にできたのがこの火葬場である。

使用用途[編集]

死体処理のための装置と、処刑のための装置の二面性をもった火葬場であるが、人間を殺すときに火葬場を使われることはほとんどなく、エクストリーム・死体遺棄という戦場での遺体の山を見た兵士の考案した新たな方法も登場し、火葬場を使うのは殆ど死人だけという「結局作った意味あったの?」と火葬場の作られた理由を知る専門家から指摘されたこともあった。1925年には治安維持法が成立し、思想犯罪者をこの方法で処刑することも検討されたが、燃やしてしまっては吐かせてやれないという理由で、通常の拷問が行われることとなったが、その拷問の証拠を消すために、火葬場が活用された。

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火を使うために当然燃料を使うわけだがそのせいもあり、太平洋戦争時には勢力を失った。というよりも戦争中ということで火葬なんぞ頭から抜け落ちていたということかもしれない。終戦後は亡骸の処理に使われることとなった。明治以降、ほとんど本来の目的で使われなかったことと、「火を起こすまでに長い時間をかけてまで殺そうとは思わない」「そんなより土葬のほうが楽だ」などの風潮から、それまでの火葬場の役割を、学校などにある焼却炉が担ったことが理由であり、昭和40年以降、火葬場で生きた人間を死なせた例としては、エクストリーム・自殺として同スポーツにはエントリーなどの正式な手順を踏んでの参加はしていないものの、老老介護につかれたじいさんがばあさんと共に心中した福井県火葬場心中事件以外に例がなく、他は死人を燃やすのに使用している。

なお、戦国時代の少し前を除き、天皇皇后は「火葬で憂さ晴らしなんてお行儀悪い」ということで火葬や火葬場を使用していなかったが、平成の今上天皇の代から火葬が使用されていて、国のトップが使用するなら、ということで再度鬱憤を晴らすために使用される日もそう遠くないのかもしれない。

火葬中[編集]

稀に直通でくるが、基本的には死んでから通夜でおいしい飯を食って腹を満足させ、翌日にわざとあくびでもしてから涙を流すように見せかけた葬儀告別式をしてから火葬場にやってくるというのが一般的である。

いきなり炉の前に運ばれ、関連が濃かろうが薄かろうが皆がシクシクと泣きながら最後の別れを惜しみ故人の亡骸は炉に入り、ドアが閉じられ、喪主がボタンを押して火葬される。縁が薄いものにとってこれほど苦痛なことはない。1時間も待てば骨になり、なぜか二人で箸を持って骨壺に骨を入れる「骨上げ」をやると一連の火葬は終わる。その後墓に納骨するか家に保管するかの二択となり葬儀の儀式は終わる。なお、葬式はこの後皆で夜飯を食して終わる。


焼却炉[編集]

それまでの火葬場の役割を担っていた焼却炉で、2013年に久々に愉快な事件が発生した。真実を知ってしまった除染作業員が、何者かによって焼き殺されたのだ。これは、特定秘密保護法及び、日本版NSCの運用に向けてのデモンストレーションであり、10年後には、焼却炉が足りなくなり、火葬場も使った思想犯罪者の粛清が進むこととなるが、検閲により削除されるため、誰も気にしない。

関連項目[編集]