田村隆平
出典: へっぽこ実験ウィキ『八百科事典(アンサイクロペディア)』
田村 隆平(たむら りゅうへい、1980年4月19日 - )はびわ湖大津区域出身の、新人漫画家である。
また、電波女を彼女に持つリアル勇者としても広く知られている。
目次 |
[編集] 経歴
- 第5回ストリーキングにて、『赤の兄弟』でネーム部門最終候補。
- 第79回(2003年2月期)うんこ一漫画賞(審査員:武井宏之)にて、『イツカノミヤコ』で審査員特別賞受賞。
- 第3回(2003年6月期)十二尻新人漫画賞(審査員:冨樫義博)にて、『URA BEAT』で佳作受賞。
- 週刊少年ジャンプ2003年45号に掲載された『URA BEAT』でデビュー。
- 赤マルジャンプ2004SUMMERに『ニライカナイより』を掲載。
- 週刊少年ジャンプ2005年23号に『大宮ジェット』を掲載。
- 週刊少年ジャンプ2008年37,38合併号に、第4回ジャンプ禁未来杯参加作として『べるぜバブ』を掲載。この時いろいろと騒動が起こったが(後述)、同情票にて優勝してしまう。
- 週刊少年ジャンプ2009年13号より『べるぜバブ』を連載開始。早くもネット界の波乱を呼んでいる。
[編集] 「電波的な彼女」事件
週刊少年少年ジャンプ内にて、良くも悪くもw毎年注目を集める新人読切サバイバルレース・『ジャンプ禁未来杯』。その第4回(2008年)に田村は、合併号での掲載という高待遇で出場することになった。しかしこのとき彼は、その後起こる大波乱を知る由もなかった・・・。
『べるぜバブ』はジャンプ読者に概ね好評で、好調な滑り出しを見せたかに見えた。・・・しかしここで、某国にて不穏な影が見え隠れするようになる。
明らかに不自然な「ベタ誉めレス」が連続して投稿される・・・という事件が起こったのだった。
時同じくしてmixi共和国にて、善良なジャンプ読者が日記検索にて「田村隆平の彼女」と公言する女性の存在と、誰でも閲覧出来る設定になっている日記を発見する。そこには、恐るべき文章が書かれていた・・・。余りに恐ろし過ぎて、ここで文章に起こすのは禁則事項ですになってしまう程の。右サムネイルは、そのほんの一端である(拡大推奨)。
そのふたつが合致したとき・・・「不自然なレスを連発した人物」が即座に特定され、某国のなかでも特にゲリラの渦巻くVIP自治区へと騒ぎは飛び火する。また非常に運の悪いことに田村の彼女が、自分の運転免許証や履歴書など、ネット上にUPすると非常に危険なブツを平気でmixi共和国内に上げるほどの禁則事項ですだった為、即座に本名・住所等の個人情報が特定され大騒動へと発展する。そして遂に事態は、Yahoo!ニュースのトップページを飾るまでに発展してしまった・・・。
・・・このとき、善良なジャンプ読者は誰もが思ったであろう。
「田村の漫画家人生オワタ\(^o^)/」
しかし、他の金未来杯出場作品が糞漫画凡庸だったせいか、はたまた全ては彼女の仕業であり田村本人には何の非もないという同情票が集まったせいか、こともあろうに『べるぜバブ』は優勝してしまった。彼女があれだけ、編集部や編集長すら禁則事項ですしていたというのに。
その後不本意にも『べるぜバブ』の管轄は「期待漫画」から「糞漫画愛好家御用達漫画」へと移り、事態は静かに見守られた。このまま『べるぜバブ』は連載に昇格出来るのか?田村本人の、彼女への監督不行き届きの責任は取らされないのか!?
・・・しかし『べるぜバブ』は見事帰って来た。しかも「ジャンプ全漫画ファンを敵に回す」という地獄から。
アンサイクロペディアは、田村隆平先生を全力で応援しています。・・・本当に1年でサンデーに移ったら話は別だが。
・・・余談ではあるが、上記の事件が起きたのは移籍するつもりだった雑誌がライクにザケルガを食らいゴタゴタしていた頃。すでに評判ガタ落ちで新人離れが明確に暴露されていたにも拘らず、考え直さずに移籍したがっていたコイツもどうかと思う。
[編集] 関連事項
- 岩代俊明 - 彼女によって散々に叩かれてしまった、田村の師匠
- ジャンプ金未来杯
- 超展開(人生が)
- mixi - 命知らずの彼女がいろんなものを公開していた共和国
- 2ちゃんねる - 最初に怪現象のみられた大連邦
- VIP板 - 2ちゃんねる連邦内でもゲリラ活動が日常茶飯事に起こる、事件の主戦場
[編集] 外部リンク
| 「 田村隆平 は、漫画関連の書きかけ項目です 」 「 書きかけとかつまらないとかはどうでもいい、田村隆平 に加筆するんだ! 」 (Portal:スタブ) |