出典: へっぽこ実験ウィキ『八百科事典(アンサイクロペディア)』
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(しろ)とは、こういう色。

ヒトが全ての可視光を同時に見たとき、その色は白に見える。これは太陽光の色である。あらゆる色の光を内包しており、プリズムで分解するとあらゆる可視光のグラデーションが現れる。なお、蛍光灯の光の色は厳密には白ではない(やや青みないし黄みの強い色である)。白熱灯の光の色はどう見ても白ではない。でも語彙が貧弱なので皆「電球の白い光」と呼んでいる。  と被っているような気もするが気にしない。

なお、白い紙は白紙と呼ばれる。本記事ではこの白紙についても詳述する。

[編集] 「しろ」という日本語

言語学では、大昔の日本人の「色」の表現上、もっとも基本的な分類はあか(赤)くろ(黒)あお(青)しろ(白)の四色である、とされている。それぞれ、あか=明(あかるい色)、くろ=涅=暗(くらい色)、あお=漠(あいまいな色)、しろ=顕(はっきりした色)である。そして少し時代が下って黄・茶が、さらに時代が下ると紫や緑、橙、桃色などが加わる、とされている。

これは、「○色をしている」と書き表す時に見られる以下の法則にも現れている──即ち、「○」と極限まで短縮した表現ができるのは「赤い・黒い・青い・白い」の四色だけであり、「黄色い・茶色い」は「色」までは省略できず、紫や緑などに至っては「紫(色)の」「緑(色)の」としか表現できない。これは、日本語の「単語の省略」の様式・法則が「語の成り立ち」と大いに関係しているのと関連がある。

なお、稀に「黄色をしている」を「黄い(きいい)」、「緑色をしている」を「緑い(みどりい)」、「桃色をしている」を「ピンクい(ぴんくい)」という人がいるが、一般の日本人には通じないか、方言と見なされるので注意しよう。

[編集] 白紙

白紙とは、何も書いていない紙、転じて、何も書かれていない・何も無い・何も見えない状態のことを指す。 白くない紙(赤や緑の画用紙など)でも、その色一色であれば白紙という。白とは静香ちゃんのふわふわパンツの色のこと。

[編集] 用途

白紙は目的が与えられる前のものなので、何を書いてもよい。

好きにすりゃいいじゃん。

[編集] 歴史

白紙の歴史は長く、紙というものが登場した瞬間から存在したとされる。その概念自体は、人類がものを「書く」という能力を得た時点から存在し、まさに人類の「記録」を残す媒体といえよう。ちなみに、白紙は使われる運命にあり、使われた時点でそれは「白紙」ではなくなるため、歴史的にもっとも長く(黒人以上に!)存在を否定され続けていると言えよう。

[編集] 現代における白紙の利用方法

また多くのブログやホームページに「白紙」こそ本音が隠されており、その意図を解読するにはニュータイプになるか、左クリックしたままずずぃっとカーソルをページの下まで走らせるかの二択である(ソースを覗いてもよいが、ごちゃごちゃして読みづらいこと請け合いである)。したがってそれらを白紙に戻すことは元から出来ないのであるが、最初から白紙であって何も書いていない、という矛盾が生じる。何が言いたいのかというと、白紙こそ現代社会のストレスの溜り場、ということである。そしてあなたは今その片鱗を垣間見ている、といっても過言ではない。ちなみに、Hydeの身長は156cmであるし、木村拓哉の身長もそれほど高くない。


ちなみに本当に何も書いてないものもある。

[編集] 関連項目

漆黒みたいな闇
白い悪魔

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