皇位簒奪

出典: へっぽこ実験ウィキ『八百科事典(アンサイクロペディア)』

皇位簒奪(こういさんだつ)とは日本人なら誰もが夢見る事。日本の歴史上誰も成功していないので、達成すれば快挙である。日本の左翼は天皇制廃止を表向き唱えているが、実際は天皇になりたくってしょうがないのだ。

[編集] やり方

軍隊を率いて皇居に攻め上り、三種の神器を奪えばいいだけである。簡単なことなのだが玉無しぞろいの日本の権力者は誰一人としてこれが出来なかった。

[編集] 過去の失敗例

  • 狭穂彦(サホヒコ) - 皇后である妹狭穂姫に「私と夫(垂仁天皇)のどちらを愛している? 私の方を愛しているというのなら夫を殺せ」と迫ったシスコン。けっきょく佐保姫は垂仁天皇を殺せず、最期は兄妹一緒に心中した。
  • 道鏡 - 彼はぴーが非常にぴーであることで知られ、孝謙天皇の下半身を検閲により削除した。しかし、ぴーが腹上ぴーしてしまい失敗。
  • 平将門 - 上野を首都とし新皇を名乗ったが、お家騒動の果てに戦死。死後も加藤保憲などと死闘を繰り広げ、東京を二度ほど更地にしている。
  • 足利義満 -非常にわがままな性格で、皇位を奪おうとした。そのあまりの暴挙に驚いた寺社奉行・蜷川新右ヱ門は、次第を一休さんに報告して泣きついた。結局一休さんのとんちによって阻止された。
  • 熊沢寛道 - 南朝の末裔であり南斗鳳凰拳第118代伝承者であった。本物に22年ほど先駆けて膵癌で死亡。
  • 黒沢明 - 親友と信じていた三船敏郎角川春樹によって阻止される。ただし三船敏郎は後年になって、「クロサワ天皇というカタカナの名前はどうかなと思う」とネーミングに反対していただけであり、黒沢明の即位そのものには反対しておらず、全くの誤解によるものであった事が、死後になって判明した。角川春樹は戦国自衛隊を率いて黒沢明の即位を阻止するも、その後コカイン疑惑により逮捕・投獄される。

[編集] 関連項目

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