石銭転がし

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ウィキペディア専門家気取りたちも「石銭転がし」については執筆を躊躇しています。そのような快挙を手際よくやりおおせたことは、我らの誇りです。

石銭転がし(いしぜにころ-がし,zh- 転石銭)とは、巨大な石銭をいかに速く転がすかを競う、中国四年の歴史が育んできたスポーツである。発祥の地である北京において市民競技として認定されている。

概要[編集]

「石銭」という円盤状で中心に穴の開いた岩石を転がし、最も早くゴールにしたものが勝ちとなる。競技用石銭サイズ・距離で細かく区分けされており、小型石銭の分野では女性アスリートの活躍も顕著である。

中国発祥の競技としてはゴルフに次いで世界的に広まった競技であり、中国国内では約8200万人、世界全体では約1億1500万人の競技人口を擁している。国外ではメジャースポーツとしてはあまり捕らえられていないが、中国国内ではエクストリーム愛国無罪に次ぐ人気を誇り、特に北京市においては専用競技場も設けられるなどの人気を持っている。

しかし相当な大きさの競技場を用意する必要と、競技中の事故率の高さもあってか、未だオリンピック競技としては採用されておらず、2008年開催の北京オリンピック大会においても見送られている。

歴史[編集]

石銭転がしの起源は古く、「史記」によれば約40000年前、かつて北京原人が北京の人口の95%を占めていた頃とされている。古文書(大栄博物館所蔵)によれば数人で数々の石銭を転がし地元に巣くう恐竜をなぎ倒したという。

想起時には転がしてる途中に石銭に巻き込まれたりするなどのトラブルが絶えなかったが、数万年の歳月を経て現在の競技へと体系化された。金王朝の時代に最盛期を迎え、殺傷力を応用して国防にも用いられるまでに至っているが、この頃から「競技としての石銭」と「兵器としての石銭」が分化されるようになったという。

日本には、鎌倉時代元寇の折に伝わったと言われている。この時、元軍の敗因として石銭の重量によって安定を保っていた船が、石銭を使い切ったことによってそれを保てなくなり、結果台風で転覆したとされている。

競技としての石銭が発展を遂げる一方、兵器としての石銭は莫大な軍費を消耗するため、歴代王朝の軍費削減の折に目をつけられ、次第に廃れていくこととなる。

派生[編集]

石銭は様々な発展形の競技を生み出している。本来は石銭の一流派として始まったものだが、石銭体系の形成の過程で異端とされて、その後独自の発展を遂げたものもある。

銭投[編集]

その名の通り、石銭を投げてその飛距離を競うものである。こちらは石銭転がしに比べてある程度の安全性が確認されているため、今ではオリンピック競技として採用されている。日本では「円盤投げ」「ぜになげ」と呼ぶ。

起源は中国の春秋戦国時代とされており、その後三国時代劉曄による霹靂車(発石銭車)の開発によって大きな発展を遂げる。日本に伝わったのは戦国時代頃だとされており、その頃からサムライの武芸のひとつとして取り入れられるようになったとされている。

江戸時代には武家諸法度において、「ぜになげが出来なければサムライとして認められない」と制定され、日本独特の銭投が発展しており、銭形平次らの尽力によって武士以外にも広く浸透した。

ことわざとしても「盗人に追い銭」というものがあるが、これは銭盗人には石銭を投げつけて殺せという、「目には目を」「餅は餅屋」に通じる意味の言葉とされている。