神道

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神道(しんとう、かんながらのみち)とは宗教にいい加減な日本人が作り出した宗教らしきものの総称。日常と宗教、現実と非現実の区別が付かない現代社会においてにわかに息を吹き返した。

目次

[編集] 神道とは

最高神は天照大神(あまテラスおほみかみ)というヤンデレ系統の女神である。その他にも無数の神々が存在するがここで一々述べるのは面倒くさいので控えておく。因みに、日本人もはじめは神に敬意を払って一柱毎名前をちゃんと考えていたが、神様が無限に増えてゆく為に一々名前を付けるのが面倒になったので、日本人は無数に存在する中ボスレベルの神々を八百萬神と総称する事にし、これで納得した。因みにこの数は大阪府の人口とほぼ同数である。すなわち、八百萬神とは大阪民国人と大体同じように多種多様にしてカオスなものだと思っておけば分かりやすい。

このように無限に神様が増えるのは、全てのものに神々が宿っているという神道の考え方からである。つまり昨日蹴飛ばした石ころ、鼻をかんだティッシュ、排泄をした便器等全てに神が宿っている事になる。実は便所の神様は、皆やりたくない仕事をやっているのでとても偉い神様であったりするので、便座に腰を下ろす前に二礼二拍一礼は当然である。大阪府が西成区の日雇い労働者によって底辺で支えられているから成り立っているのと同じである。感謝しながら放尿すべし。

神道は他宗教に対して寛容である。西方より伝来した仏やキリストも今では日本の神々の一部として考えても良い。クリスマスは神道の新手の年中行事と考えれば納得が行く。お祭りが一日増えて楽しそうだから、という理由で受け入れられたのである。

イスラム教は厳しい戒律の為、いまだ神道および日本に受け入れられていないが、ラマダーンがダイエット戦士の間で話題となれば、近く、アッラーも来日するかもしれない。ただし日本に来れば神様が沢山居るのでアッラーであろうがヤハウェであろうが唯一神ではなくなる。いくら地方で一番の人気者であっても吉本興業に入れば単なる数多くの芸人の一人に過ぎなくなるのと同じである。そもそも唯一ネ申を名乗っても良いのは又吉イエスをおいて他にない。

[編集] 信仰の仕方

ポイントは以下の三つである。

  • 神社に行ったら二礼二拍一礼。
  • とりあえず拝んで賽銭を入れとけ。信じるものは救われる。
  • 賽銭を奉納しないと効果がない。(賽銭をケチって毎回一円玉ばかりだと神様に嫌われるので注意)

これだけでOKなのである。

先程天照大神をヤンデレであるとしたが、信仰するにおいてこの点について充分に注意しておく必要が有る。それは間違っても、天照大神が祭られている神社(伊勢神宮や全国の神明神社など)でデート(何それおいしいの?)はしないことである。天照は嫉妬深く独占欲が非常に強い女神なので、カップルが参拝に来たりすると、天照は「あたしに隠れて浮気ってどういうこと? 信じられない!!!」といってそのカップルを別れさせたり、その果てはその男性の女縁を消失させてしまったりもするのである。怒りを鎮めてもらうには大量の賽銭を奉納するほかに手立ては無い。金銭の誘惑には弱い。イメージとしては東方の主人公のあれと一緒である。

[編集] 神道の多様性

万物に神々が宿るというのは、上記の通りである。つまり信仰したいものを自由に信仰してもよいのである。現存の人物であろうが二次元キャラであろうがどうでも良いのである。具体例に、生きながらにして神になった人物としては田代まさし又吉イエス等が挙げられる。二次元キャラとしては長門大明神などが挙げられる。二次元キャラに関しては他にも多様な意見が挙げられるかもしれないが、これも一々挙げるのが面倒くさいので控えておく。あとは有志諸君に任せる。これも国民性だと思って勘弁して欲しい。

特に二次元キャラへの信仰の激しさはインド人もビックリである。 聖地、秋葉原への巡礼者は後を絶たない。コミケ等は単なるイベントと言うより宗教的行事かもしれない。 また神道の影響を少なからず受けているであろう、東方project関連のイベントとして有名な博麗神社例大祭の如きは文字通り祭事と捉えて然るべきである。

[編集] 偶像崇拝(フィギュア)

また、二次元キャラを偶像崇拝(フィギュアを有難がること)するという宗教的行為も珍しい事ではなく、日常的によく見られるものである。悠遠の歴史において今日まで変わることのない事である。 フィギュアの歴史は古い。仏教伝来とともに日本においても仏教を受け入れてゆくのだが、やはりこのいい加減な国民性により仏教は受け容れられてもちゃんと理解されずに勝手に歪曲されてゆく。 貴族の間では教義そっちのけで金色に輝くブッダフィギュアを集めるヲタクが増えるようになる。あほらしい、と思うかも知れないが、君も思い出してほしい。初めてフィギュアを買ったあの日のことを。あの抑えきれない興奮、別の世界に足を踏み入れてしまったという背徳的高揚感を。当時の人々もそうだったのだ。 しかし、いい加減おもちゃに飽きてきた貴族たちの中には、沢山作られた仏像をそこら辺に建立した寺院に祀ってあとは放置する者もいた。しかし、これが国内で爆発的ヒットを記録する。 ただし民は仏教の教義など知らぬ訳で、仏教はやがて神道と同化してゆく。こうしてどんどんといい加減さを増した結果、神社でナムナムし、お寺で柏手を鳴らす現状が出来上がっていったのである。神様は民衆にナムナムされすぎて、「俺って一体何なんだろう・・・」と悩み明けくれるようになる。仏様は仏様で同様に自分を見失うようになる。そして悩みを共有し分かり合った神様と仏様は「俺たち一緒だな」と意気投合してゆくのである。

[編集] 禁則事項

これだけ守ればOK。不邪淫・不飲酒を命じる仏道よりも緩やか!ね、簡単でしょ?

万一破っても御祓いすりゃいいよね。

[編集] 関連項目

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