秋田県

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秋田県(あきたけん、飽きた県)は、東北地方の県のひとつで、日本海に面している。県庁所在地は秋田市

秋田県旗。「飽きた」の「飽」が象られている

2009年(平成21年)に行われた知事選挙で秋田藩主の末裔である「佐竹敬久」氏が当選し秋田県を秋田藩に変更したいとの要望書を国に提出、国は暫定的措置として「秋田県」、「秋田藩」の両名称の併用を認めている。

概要[編集]

秋田県の地図。ところで、横手市ってそんなに大きいの?

日本で二番目の広さを誇った湖を干拓して田んぼにしてしまうなど、中央からの指示でかなり無茶なことをさせられてきた。そもそも日本が出来たときは日本に含まれていなかったが、日本海の交易を牛耳っていたので狙われた。したがって日本に組み入れられることにかなり抵抗したが、中央が持ってきた武器の前に屈する事となる。

日本海での交易を牛耳っていた関係でユーラシア大陸とも交流があったようで、西欧人が主に感染しているウィルスの罹患者が多い。また、この県の人間は、何かというとすぐに「人生に飽きた!」といって自殺しようとするので注意が必要である。

江戸時代は、県域の多くが佐竹家の領地であったが、江戸屋敷の絢爛豪華さの一方で治世は苛烈を極め、多くの飢饉や一揆が発生した。戊辰戦争になると、奥羽越列藩同盟を裏切って新政府側に裏切り、庄内藩にチンチンにされ、雄勝峠から秋田市郊外まで攻め込まれる弱兵振りを発揮した。阿仁のマタギまで徴用してようやく勝利を収め、南部藩から鹿角を獲得したが、秋田市から行きづらいことこの上ないので、うれしいどころか、「これって何の罰ゲーム?」と思ったとか。当の鹿角の人たちは秋田県民ということを認めない人が現在も多く、「俺たちは南部(岩手)の人間だ」と主張する。また、今でも大館市とも毛色が違うので鹿角だけのために出先機関を置かなければならないし、過疎ばっか進んでいるので、使い道がなくてもてあましまくりである。

太平洋戦争のときには、終戦の玉音放送があった日の未明に空襲に遭い、土崎市街地が焼け野原と化してしまった。あと一日待ってくれればいいのにアメリカ軍もイケズである。もちろん、日本で最後に空襲にあった都市である。

そういった経緯もあり、男鹿半島の付け根にある寒風山には、地対xミサイル発射基地陸上自衛隊航空自衛隊合弁組織により、設置。 朝鮮半島及び支那からの侵略行為があった時のために、発射準備を日ごろから行っている。 なお、統括基地は最寄の加茂レーダーサイトであり、配属隊員はいつも発射スイッチに手を置いて、来るべき時をワクワクしながら待っている。

自然[編集]

秋田県は多くの自然に囲まれ、多くの観光地に恵まれている。ざっと挙げたところで、十和田湖(ただし「乙女の像」があるのは青森県)、白神山地(ただし観光の拠点は青森県)、八幡平(ただし、山頂があるのは岩手県)、栗駒山(ただし、表玄関は宮城県)、鳥海山(ただし、山頂があるのは庄内県)と、その多くは、他の東北各県との戦いが繰り広げられている。それはまるでどこかの半島のようである[1]。他県との抗争下にない数少ない観光地として、男鹿半島や田沢湖、森吉山などが挙げられる。なかでも田沢湖は、かの大日本帝國の国策の下に絶滅せしめられた(つい先日まで絶滅したと言われていた)「クニマス」が、時空を越えて山梨県の「西湖」で、不死鳥ならぬ不死魚として発見された[2]ことで一躍脚光を浴びたことは、記憶に新しい。

白神山地にほど近い能代市では、市町村合併のどさくさに紛れて「白神市」への改称論議がわき起こっていたが、青森県や宇宙科学研究所といった内外の圧力により、頓挫している。

文化[編集]

竿灯とか言うのが有名。駅前の大通りを封鎖して何日も開催するので、周辺住民は実は迷惑している。また、観光客にも迷惑している。スポーツにおいては、県民みんなで春はタケノコ採り(毎年死者が出る)、夏はバスケ、秋は狩猟とキノコ採り(こちらも毎年死者が出る)、冬はスキーを楽しんでいる。というのは間違いであるが、タケノコ採りとキノコ採りで死者が出るのは本当。 また、県南地区の大仙市大曲地区において8月の第4週土曜日に全国花火競技大会という花火の職人競技会が行われ、実質3万人程度の大曲地区に一晩で 自称20倍以上の人が集まるため喧嘩スリ強盗など犯罪件数が少ない秋田においては、犯罪率が伸びる要素の一つでもある。 実際に集まる人出は100周年大会で約50万人だったらしい。(運営側の発表はホラを入れて80万人)

当然帰宅難民も発生するので、このイベントに参加する人は、ちょっとやそっとのことでへこたれないという心の持ち主じゃないと、最悪死ぬことになる。

しかし、花火自体はマンネリ化しているが綺麗なためリピーターは少なくない。

秋田美人[編集]

秋田での交通事故の半数は美人が原因によるものと思われる

中央からの圧制に怯えながら暮らしていたため、秋田県の女性は色白になってしまった。秋田の人はこの事実を隠すため、美容業界と結託し「色白=美人」という、いわゆる美白の概念を全国に普及させ、色白な秋田の女性は美人であるとの欺瞞情報を流した。この策は見事にハマり、秋田美人なる事実無根の存在をでっち上げることに成功している。

このデマを補強するために小野小町の出身地を秋田県内に設定した情報を流布し、「小野小町=秋田美人」の構図を国民に植え付けている。小野小町は絶世の美女とされているため、秋田美人のステータスをかなり高めている。

さらに、世界三大美女は

の三人とするのが普通だが、秋田県の陰謀によりヘレネの代わりに小野小町を加えた

  • クレオパトラ、小野小町、楊貴妃

という、秋田美人伝説補強用に改造された「世界三大美女」が日本国内には出回っている。

また、小野小町からとった「こまち」と言う単語を県内の名産品に多用しており、秋田美人伝説の啓蒙活動には余念がない。 しかし近年、「秋田県にはくねくねという白い妖怪がいる」という目撃情報がネット発で語られ始めている。この怪現象は、長年に亘る「白い事こそ美徳」という概念流布の歪みが、UFO目撃に対するユング心理学的な解釈と同様、目撃情報という形を通じ現実化し始めた現れではないかと秋田県庁は秘密裡にくねくね対策室を作るなど、危惧を強めているが多分誰も気にしない

 しかし、筆者の見た限りでは美人率は高く、スタイルもいい。これは秋田の女性の平均身長が全国トップであることに関係していると思われる。(ちなみに女子の座高がもっとも高いのは山形)顔がアレでもスタイルがいいためか、秋田駅前で見かける女性は偏差値50を超えていることが多い。  だが、基本的に田舎であるためにファッションに偏りが見られ、街中で「これどこかで見た覚えがある」といったデジャヴや「あれ…さっきすれ違ったよね?」といった状況に陥ることが多い。そのため、県によってガンダムMSような量産体制が敷かれているのではと考える者も多い。

ちなみに秋田県の中文は巫女さんの写真が乗っている。カワエエ実にけしからん。

三大美人都市と佐竹氏[編集]

秋田は三大美人都市に指定されている。三大美人都市というのは「博多〈福岡市)」「京都市」「秋田」、逆に三大ブス都市というのは「名古屋市」「水戸市」「仙台市」である。これには関ヶ原の戦いの勝敗がからんでいるといわれる。

勝者の徳川家康は、無類の女好きで、まだ元服していないときから女をはらませていた。ほかに好きな「亀姫」がいたのに「鶴姫」と××して、結局デキチャッタ婚をしたのは有名な話である。婚姻後もあまり好きではない正室には目もくれず側室をたくさんかかえこむことになる。

話はさかのぼるが、豊臣秀吉も無類の女好きで有名で、主君信長の姪にあたる淀殿は秀吉好みの美人だったという。ただし、家康と違うところは、子供が全くできないということだけだった。家康のかかえる女に目がくらむのも当然である。徳川の本拠地三河の娘がほしくてほしくてたまらなかったため、三河遠江から関東への国替えをさせ、跡地に腹心の家臣を配置しまんまと三河の娘を手に入れた…はずだった。しかし、転んでもただでは起きない策略化の家康は家臣たちに三河・尾張のより抜きの娘たちを関東へ連れて行ったのだった。

一方、秋田の佐竹氏も無類の女好きだった。佐竹氏は以前水戸に領地を持ち、関ヶ原の戦いでは敗者〈西軍)についていた。いっぱいかわいい娘をかかえる佐竹氏に、無類の女好きの家康が目をつけないわけはない。関ヶ原の戦いで大勝利をした家康が、「かわいい側室をいっぱい貢げば許してやる」と言ったのは当然のことである。しかし、領地の安堵よりも女をとった佐竹氏は、水戸を追い出されるはめになった。

佐竹氏を追い出したあと、家康は水戸の領地を徳川家のものにしてしまった。これで水戸のかわいい女たちはすべて徳川家のものになると踏んだはずである。しかし、佐竹氏も馬鹿ではなかった。家康が過去にとった策略を真似し、水戸に住むかわいい色白の娘を一緒に秋田に連れて行ってしまう。道中、仙台に宿を取ったときに家臣に秘密裏に仙台のかわいい娘を拐(かどわ)かしてくるように命令し、見事作戦は成功するのである。さらに、江戸時代に御法度だった築城を大館城(現・大館市桂城公園)などに理由をつけて行い、とりあえず連れてきた女を住まわせる場所を確保する。期せずして、秋田県は佐竹氏の思惑通り、水戸と仙台の選り抜きのかわいい娘たちで溢れかえることになる。

つまり、三大美人都市と三大ブス都市は女好きの武将たちの影の歴史なのである。

その後、女のことしか頭になかった佐竹氏は、あまりにも数多くの娘を連れてきてしまったため、財政面で苦労することになる。同じ女好きでも徳川家と佐竹家とはここが違うのであろう。

テレビ局[編集]

日本で珍しい民放3局地域である[3]。それも、TBS系列局がない県である。TBSがないといえば、佐賀県徳島県福井県もあるが、上記3県はほぼ全県で隣県の漏れ電波が入るので、マジでTBSが映らない日本で唯一の県である。そんなTBSとなぜか仲が良いのはABSで、比較的多くのTBS系番組を遅れて放送しているが、キー局のNTVとは仲が悪いらしい。またABSはラジオも持っているが、こちらもTBSの番組を多くネットしている。唯一まともなのはAKTくらいか。しかしABSもAKTも、秋田県内での発行部数が最も多い魁新聞が株主になっていて、微妙な関係である。

秋田県のマスコミは、NHKを除いて、なぜか魁もAABもFM秋田も山王周辺に集中している[4]。ぶっちゃけ、外部から秋田県を攻撃する時は、山王・八橋界隈に数発ミサイルを撃ち込めば、県警本部や県庁・市役所もやられて無条件降伏するしかないであろう。

また、修学旅行中の学校があれば、生徒の安否情報がテレビ(民放)で報道される。これは日本広しと言えども秋田県だけである[5]。一説によれば、修学旅行先にまでナマハゲが出張してさぞ恐い思いをしているのでは?という親心に対し、地元テレビ局が答えているとも言われている

ババヘラ[編集]

上のほうで述べられている「秋田美人」、本県内をドライブすれば、チョットの勇気と数枚のコイン(売価200円前後)があれば、意外なことにいとも簡単に出会うことができる。 道の駅や、割と大きめのスーパーやホームセンターの駐車場や、道路沿いの駐車帯などに点在するパラソル。その下に彼女たちはいる!なんと、俗に言う「ババヘラ」[6]を売っているのである。もしかするとコンビニや自販機よりも頻度が高いので、ドライブ中の休憩にはとても重宝する(何十分走っても自販機すらない区間もある本県ならでは)。代金と引き換えに供される「ババヘラ」自体もさることながら、「ババ」のスベスベした肌にも是非注目していただきたい。運が良ければ、アイスを薔薇の形に盛ってくれる「バラヘラ」に出会えることもある。

しかし、県外のドライバーが「ババ」に秋田弁丸出しで話しかけられて、果たしてどこまで通じているのか、相当の不安を禁じ得ない。また、県境から1歩でも外へ出ると、彼女たちに出会える確率が限りなくゼロに近くなることに注意が必要である。でも最近では、通信販売を手掛ける業者も存在するらしい。

領土問題[編集]

県北東部の隅にある十和田湖は廃藩置県以降、137年間青森県との間で帰属が決まっていなかった。青森県は湖を1:1に割って半分を秋田県に明け渡すとしたが秋田県はこれを一蹴した。そこで青森県は3:7に割って7割を秋田県に明け渡すとしたが、それもまた秋田県に一蹴された。よって十和田湖の分の地方交付税交付金は宙に浮いたままとなっていた。この事件により、秋田県は日本でも浮いた県とされ、地方民からも蔑まれていた。しかし、実はこれらが「明日の秋田をダメにする」にすることを目論んだだじゃく組合の陰謀であったことが超神ネイガーによって暴露され、ようやく2008年に県境が決定した。ただ、ネイガーはあくまで「秋田の平和」しか守らないため、青森県はネイガーに対して謝礼を払うつもりはないらしい。

その因果か否かはお察し下さいであるが、確定後の面積配分は、青森県6:秋田県4となった。

十和田湖での領土抗争に敗れた秋田県は、その後もにかほ市-遊佐町(庄内県)や、横手市-西和賀町(岩手県)など各地で領土拡張のための綱引き合戦を繰り広げている。


また、県北西部に位置し白神山地を有する深浦町鯵ヶ沢町西目屋村秋田県でありながらも長年青森県に実効支配されており、再三返還を求めてきたが、その度一蹴されていた。この状況を打破しようと青森県に対し宣戦布告をし、実力奪還を敢行した。その後徐々に成果を上げ、今では青森県に実効支配されていた土地の4割を奪還した。(2012年9月現在)

関連項目[編集]

脚注[編集]

  1. ^ その半島からは平成の世になってミサイルが飛んできて、まさに四面楚歌である。
  2. ^ 「さかなクン」がそのきっかけを作った。
  3. ^ 1992年にテレビ朝日系列局が開局するまでは、なんと2局しか無かった!
  4. ^ NHK秋田放送局は、2008年に山王から駅東口に移転した。
  5. ^ 「○○中学校(小学校や高校の場合もあり)修学旅行団は、△日目の日程を終え、全員元気に宿舎に入りました」というような内容。もし1人でも病人やケガ人が出れば文面を変える必要があると思うが、そのような内容は一度も聞いたことがない。
  6. ^ 売り子さんの見た目年齢が如何にも若そうな場合は、一応気を使って「アネヘラ」と呼ばれる。