空手

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「空手家の奴め、夜も惜しまんで修行ばかりしおって! けしからん!!」
空手 について、磯野波平

空手(からて)とは、日本を代表する伝統的な武道であり、基本的に素手で殴ったり蹴ったりする格闘技である。

漫画ゲームの影響により、一般には「空手=強い」というイメージが浸透しているが、興行格闘技では、打撃ルールでキックボクサーに遠く及ばなかったり、総合ルールでレスラーに関節技で負けたりと知名度のわりに散々な結果を出している。もっとも、実戦での強さは未知数と言わざるを得ない(後述)。

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表情が歪むほどの力を必要とする
試合終了後一息つく空手家

目次

[編集] 発祥

14世紀頃の琉球列島には、既に空手の原型である「手」(てぃ)という徒手空拳格闘技が存在していた。この「手」と中国福建地方からの拳法(白鶴拳か?)が15世紀から18世紀にかけて融合したものが空手(唐手)である。したがって、沖縄県=琉球王朝=当時は外国、ということを踏まえると、空手は日本武道ではないということになる。まあ、そこまで気にすることはないだろう。

ともかく空手には、その発祥と伝承が正確に細かく記してある文献がなく、確実だと判明していることは

  1. 貿易などでやってきた中国人から影響を受けた琉球人の拳法であること。
  2. 故に江戸時代は薩摩藩に支配されていた琉球王朝が本場であること。
  3. 琉球の空手家たちは修行はしたが口伝のみで文献で詳細を残さなかったこと。

くらいなのである。

[編集] 空手の本土上陸と発展

大正時代、空手家の船越義珍が本土にこの拳法を紹介した。元々空手は中国の「手」という意味がある「唐手(からて)」と書いていたのだが、このおっさんが「唐」と「空」が発音が同じであることに着目し、「空は禅的でかっこいいイメージの字」という理由で字を変え、結局これが定着した。(これが現代空手の迷走の原因の1つ)

船越の流派は彼の弟子たちから松涛館流と命名され、あまり流派という概念がなかった沖縄武道の空手世界に流派という意識を生んでしまった。この松涛館流を初め、糸東(しとう)流、剛柔流、和道流が伝統的な名門四大流派、すなわち伝統派空手である。その他にもやや地味ではあるが名門として上地流や小林流なども古くからある。

その後、空手が大きな発展を遂げていった大きなきっかけが、柔道の創始者の嘉納治五郎が空手を見て「こんなに素晴らしい武道は皆に広めるべきだ」といって空手を大日本武徳会の柔道部門に組み入れてしまったことである。もっとも、その為に空手は戦後、剣道、柔道のように戦前からインチキに睨みを効かせる統一的巨大組織がないカオスな状態となってしまう。

伝統派空手はパンチやキックが一撃必殺という理念で存在しており[1]一発当たれば死亡という妄想的な理念の中、防具をつけて直接打撃を当てるか、いつも拳や蹴りを当てない寸止めで行うかでまず意見が分かれる。が、防具付き空手の方ではケガが多かった上、当時の防具はめちゃくちゃ高価だったので、寸止め空手が主流となった[2]

[編集] じゃあ当てればいいじゃん。

戦後、在日朝鮮人大山倍達が、筋肉にものを云わせた荒っぽい形式の稽古を確立させ、伝統派空手に対抗して極真会館を設立。極真会館空手を作り上げた。

初期の極真会館空手のルールは「頭部以外ならどこでも手で殴っていい」というものであった。が、流石にやり過ぎて大会や稽古で怪我人が続出した為、手刀・肘・頭突き・貫手(指で突き刺す)は大会では禁止というふうに変更された。これが現在の極真会館ルール(フルコンタクト空手 略してフルコン)の原型である。

このルールによって、現在でも、鍛え上げた筋肉質の大男が延々とお互いの胸とお腹を殴りあうという「独特の光景」が見られる。が、子供だろうがヤクザだろうが喧嘩は顔を殴るのが当たり前なわけで、しばしば実戦性について疑問視される[3]

またこのルール下では、キックボクサーの方が有利であり、しばしば空手は白帯だがキックボクシング暦192年の比較的長寿の人が優勝という寒い光景が見られた。[4]

大山は自分を主人公にした「空手馬鹿一代」などの漫画や映画を積極的に自流の広告として使用し、彼と門弟の強靭な筋肉に裏打ちされた他流試合の強さもあって1970年代には極真会館空手(通称・極真空手)は海外支部道場も多く誕生し隆盛を極めた。

極真会館空手以外の伝統的流派たちからは「どーせ俺らは極真じゃないし…」と、ちょっとした僻みも手伝って「あいつ等は空手で空手ではない」「空手着を来たキックボクシング」などという非難が相次いだ。

そこまで云うなら試合をしてケリをつければいいのに、と思うのは、部外者で正常な人間である。

流派CM成功の反面、大山総裁と劇画原作者の梶原一騎などがやりすぎてしまったので 牛と戦う[5]武道が空手、手刀でビール瓶を割るのが空手、野球の木製バットを蹴りで折るのが空手、(残念だが大相撲の稽古とは関係ない)という、昔から空手をやっている人からすれば奇妙なイメージが誕生してしまう。[6]

また極真会館は巨大な収入のある営利団体となってしまい、1995年に大山倍達他界後は門弟たちが次々と分裂して「俺が本家」「私が元祖」「ウチが本物」という状態となった。

(これらの分裂騒動は江戸時代の剣術流派でもよくあった)

[編集] 空手の現在

現在の空手は、統一された流派・団体が存在せず[7]、無数の流派がある。当然、本当に強い良質な流派もあればインチキ流派もある。基本的に、九段や十段を名乗る師範にはインチキが多い

(剣道、柔道では九段、十段は凍結段位である)。

なかには先代が存命中は三段だったのだが、宗家他界後は流派が分裂したのをいいことに十段を名乗ったりする師範も存在する。

極真空手については、「立場や年が上の者には絶対服従」という悪しき伝統がさらに行き過ぎ、大山倍達を批判することを許さないという、さながら独裁国家のような体制を強いている[8]

[編集] その術理

空手は素手での攻防が基本であり、その多くは殴る蹴るで構築されているが、本来はリング上での見せる試合でなく、街中の喧嘩騒ぎへの対処を想定している。その為、古来・古流のものにはリングの上では反則と云われている技術や、当時の日用品であるなどの農機具を武器として使用する術理が存在する。

特に琉球古武術[9]にその傾向が強く、現代空手で禁止されている目突き、金的(股間への打撃)や、、投げ技関節技も存在する。つまり空手は総合武道だったのだ[10]

しかし、前述した船越義珍など本土上陸した空手家たちが、空手を売り込むためにこれらの危険な技を封印し、また薩摩藩に侵略・支配されていた経験から本土武術家への不信感があり、「型を教えても手(意味)を教えるな」という合言葉で型の意味を隠蔽してしまった。そのため、これらの重要な実戦的要素が含まれるの具体的な運用方法や意味の多くが失伝されてしまった。この事は現在の空手の最大の問題点である[11]

「じゃあ型なんて知らなくていいや」と開き直り、ボディビルなどを使用し、強靭な筋肉で殴る蹴るという空手を作り上げたのが、大山らの極真会館系の団体である。それでも'’'昇級、昇段審査では大抵の団体、流派は型の審査がある'’'ので、空手の型は世界でも有数の摩訶不思議な存在である。そのため、「同じ名称の型でも各流派で動作が若干異なる事」も多い。

近年は現代科学も取り入れて型の分析、解析を行っている空手家も存在しているが、そもそも初期の船越らが型を変えてしまっている部分もある為に、しっかりとした結論は研究者間ではまったく出ていない[12] 。そのくせ、格闘漫画、ゲームによって様々な理論、大法螺、夢想などが氾濫しまくった現状はまさにとんでもない状況であり、指先一つで人体を破裂させる技や、掌から波動を出す技一秒間に何十発も敵を殴る奥義アッパーカット状に拳を出して飛び上がる秘術などが空手系の技として国民全般に知れ渡っている。

[編集] 一般的な空手での常識

以下に一般的な空手界での常識を上げる。

  • 拳で突くことを基本としている。これを正拳突きという。
  • 「空手に先手なし」という’専守防衛思想’と、防御するくらいならカウンターで反撃しろという「空手に防御なし」という’超攻撃的思想’が並存している。
    • つまりこちらから先に攻撃することはせず、相手が手を出してきたらカウンター(で一撃で倒す)、というのが空手の目指す理想的展開の1つと言える。
    • もちろん、呂布が先手で攻撃してくるまで(仮に先手で粉々になっても)、呂布に立ち向かってはならない
  • 脚の脛・甲を棒のように廻して蹴り込む、廻し(回し)蹴りムエタイからの影響が強い技で最近のもの。
  • 指で突く貫手(ぬきて)は打撃技でも破壊力が絶大であるが、厳しい部位鍛練が必要で、半端な者が繰り出すと自分も骨折する。現在の試合では大体が禁止され型(形)のみの動作となってしまっている。
  • 多くの伝統派空手は寸止めである。
  • 道着は白色で初段以上は黒帯を付ける。帯は1、2級前後である。(サントリーの烏龍茶とは関係ない)間違ってもオレンジ色やピンク色の道着は使わない。
  • 跳び蹴りをして相手の後ろ側に廻り込んでしゃがんで攻撃してから必殺技でまた跳びあがらない。
  • 目安としては五段あれば充分高段位。十段は多分自称か詐称。
  • 一回組手をする度に100円を払わない。10秒以内に決断するコンテニューカウントもない。
  • 投げ禁止の直接打撃試合だと膝蹴りは意外と使える。
  • 顔面攻撃無し組手でも顔面攻撃を想定して攻防すること。
  • あんまりTOUGHとかを信じない。
  • バキなんて論外だ。

[編集] 関連項目

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  1. ^ 当身(打撃)は確かに一撃で相手を殺すことがあるが、頭部眼球など急所中の急所を除外すると大体の場合は不意打ちや想定外の脱力した場所を打たれた時のみであり、喧嘩、試合のような興奮緊張状態ではまずない。だからこそ実戦を重視しているとも言えるが。
  2. ^ 寸止め形式には寸止め形式での良さはある。例えば、実際に当てると洒落にならない怪我をする顔面への肘打ち動作などが可能で、技を繰り出すタイミングを掴む切欠はフルコン形式試合よりも合理的である
  3. ^ ただし顔面への上段廻し蹴りを使用しなければ、一本になりづらいルールであり、上段でなくても片方が倒れるKOを狙うには手業より破壊力が高い蹴りを使用する必然がある。故に、中段、下段も含め蹴り技と連続技の技術体系は非常に高くなる
  4. ^ 多くの人間が指摘しているが、リングや舞台に上がりグローブ着用などで古来の手技を封印したルールでは、空手を含む拳法系武道よりもキックボクシングの方が優勢である。
  5. ^ 成獣になった乳牛の体重は600kgを越える。筆者はやってみたことは無いが、普通に考えて勝つのは無理だろう。全力で打ち込んでもダメージを与えることすら出来ないのではなかろうか?ちなみに豚でも100kg以上ある。こちらも無理と思われる。
  6. ^ 余談であるが格闘技専門企業のISAMIなどでは「通常の三分の一の力で折れるバット」などが商品としてありISAMIの製品では野球が出来ないと野球好きな空手家の間で多少問題化した。本末転倒である。
  7. ^ 学生の部活動で発行される級位、段位は全日本空手道連盟が出していることが多い
  8. ^ 漫画などで大山倍達をモデルとしたキャラが負けただけでも、「このキャラクターと大山は別人であると明記しろ」などという脅迫めいた手紙がくる始末である。
  9. ^ 本来空手の祖先であり同一のものと分類してもいいのだが現在は「空手とは別の武道」とされている
  10. ^ 逆説的な理論であるが古伝、伝統系の空手を熱心に稽古しているならば街中の喧嘩騒ぎではスポーツ系格闘技よりもかなり強いことになる
  11. ^ 否定する武術研究者もいるが、沖縄県が戦前に「三等県」として本土から差別されていた側面を鑑みれば察することはできる。そして明治政府の母体の1つが薩摩藩である。
  12. ^ もっとも基本とされる正拳突きひとつ取っても、拳をひねるのは何故か?という疑問には「威力が増すから」「もともとは相手の攻撃を弾きつつクロスカウンターする技だから」などの説があり、答えが出ていない。
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