経済学

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経済学(けいざいがく)とは、働くことで手に入れる収入をいかにして多くするかという基本から、世界全土を見渡す理論までを網羅した学問の分野である。

科学が発生する以前より存在し、より厳密に数を扱い、自然科学よりも方法も裏付けも実践応用も数段進歩している。

これを極めることによって判断力や優先順位の取り付けなどを行うことができるようになる。正しい判断と正しい優先順位で物事を行えばロスが少なく、利益を多く得られるのは森羅万象においての理である。

時間を少なく、収入は大きく[編集]

短い時間で出来るだけ多くの金額を稼ぐのは経済学の初歩である。これを実現するのがパチンコ、スロット、競馬競艇競輪などである。

パチンコは3時間で10万円を超える利益が上がる場合がある。そうでなくても5万円程度の稼ぎが平均的といえる。スロットにおいては10万円が平均であるがコストもやや大きい。しかしながらパチンコよりも確実に稼げると言う利点がある。

なお、パチンコ・スロットは国際的な営業活動である。また、現金収入獲得が商品の販売によって行われるため営業活動を仮想体験できることも大きな特徴である。ちなみに本事業に伴う第三国への資金移動は本来であれば移転収支に分類されるべきものであるが、税関のオメコぼしにより国際収支統計から漏れているものも多いので、注意を要する。


競輪、競馬、競艇[編集]

これは国を相手取った商売である。国の思惑をしっかりと考慮しなくては容赦なくコストの無駄遣いになってしまう。一見知能が低そうに見えるスポーツ新聞も国の思惑を推理して半分近くをこういう話で埋め尽くしているのはもはや日経新聞などの比ではない。

宝くじ、トトカルチョ[編集]

宝くじは国、トトカルチョは小規模ながら団体に対しての営業活動となる。それぞれの読みが働いて我々営業者を混乱させるがこれを乗り越えてこそ一流の経済学者といえよう。

コストをかければかけるほど契約が取りやすくなる。契約成立の際はみずほ銀行をはさんでの契約になる。期待値などの計算をしない馬鹿な人に対する税金である。

営業の心得[編集]

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  • 己を知り、相手を知れば100戦危うからず。
相手のことをよく知っていないと、こちらの戦略も立てようが無く、無駄にコストを消費するばかりである。
  • 24時間すべて勤務時間である。
時には相手側の現場を見学したり、現場で働くスタッフと親交を深めたりすることによって営業活動そのものに影響せずとも得をする場合がある。
  • 決して相手を侮る無かれ
相手は時にカマをかけてきて契約を取ったつもりにさせてくる場合がある。
騙されてはいけない。どこにどんでん返しが待っているかわからない。

科学としての経済学[編集]

 経済は太古の昔からありとあらゆる場所において実践されて理論が構築されてきたため、経済学においては殆ど管理された実験の必要は無いと言われ、過去に培った経験を基に現実世界の経済を眺めるのが現在では大きな仕事である。

 経済学は社会科学の分野に属しており自然科学からは離れているが、自然科学に分類される数学の方法による説明を要求される。

 そこで問題にされて計算されているのはもっぱら個数と価値の大きさや期待の強さ、金額であり、物理などの自然科学で用いられる物理法則に基づいたMSK単位系やcgs単位系などの単位組み立てに基づいておらず、物理的世界より高次の精神世界を含んだ次元においての現象を観測、記述しているため、相互に関連しあうことが難しい状態となっている。

 そのため、経済学の視点からは自然科学が妥当でないことを憂慮されていて、自然科学自体を将来的に再構築することになるだろうと考えられている。

 価値は市場では全体として均衡しているというワルラス均衡が厳然として存在・機能していることがその動きを後押ししている状況である。


 価値は心身二元論に基づいて物理的な身体と関わりのない異世界からやってくるものと過去の多くの説がみなしており、それが実際に通用している事によって価値は実在することを裏付けられているとみなされている。これは精神医学と大きなかかわりを持って研究されており、場合によっては精神医学は経済学の一分野である状態である。  

 人間は全員が詐欺の被害者であり、加害者であることやアザトースが実在する事を最近明らかにしたことも大きな功績となっている。

世界規模の経済[編集]

世界を見渡してできるのはである。株主になるのである。しかるべき時に買い、しかるべき時に売る。

株を持ったならば株主としてその会社がでかくなるように力をつくさなくてはならない。なぜならほっとくとその株はただの紙切れになってしまうからだ。上記のような理論系よりも体を動かしたい人は株を行なうのがいいだろう。

麻雀による経済学[編集]

麻雀営業マン同士の一騎打ちである。その人の営業力がそのまま反映する。相手を騙しこむ話術、いい手を得られるだけの運、そして諦めない精神力。

麻雀はこれら全てが必要である。トレーニングとして、あるいは決戦の部隊として麻雀ほど優れた決闘法は他に無い。 なお、エクストリーム・麻雀は別とする。

また、劇画では屡々重要なことを決定するにあたり突然「麻雀で決めよう」と提案がなされる。しかも、奇異なことに提案に異議を唱える者が現れない[1]。これは、ひとえに麻雀が最強の意思決定ツールであるから他にならない。

なお、これは私論であるが、麻雀のこの類い希なる特長を活かし、全ての企業の経営方針は麻雀で意思決定することを提案する。そうすれば、ワンマン経営者の一存で事が運ぶことなく、風通しの良い公正な意思決定がなされ、流行のコンプライアンス経営が実現するであろう[2]

ついでに国会の議事は悉く麻雀で決めることも提案しよう。そうすれば、国会議員は高々衆参4名ずつで充分であり、大幅な国家予算の削減になる……あ、余った議員はどうしよう?職業訓練券でも配ってごまかすか?


脚注[編集]

  1. ^ 仮に異議を唱えたとしても「じゃぁ、どうやって決めるか麻雀で決めようぜ」と逆提案されるのが関の山だろうな。
  2. ^ 賭博が成立するためには当事者双方が危険を負担することが要件であるが、別に経営者が自腹を切る訳でもないので問題はない。また、経営方針は明らかに一時の娯楽に供するものであり、刑法185条に定められた賭博行為には該当しない。

関連項目[編集]

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