自然

出典: へっぽこ実験ウィキ『八百科事典(アンサイクロペディア)』
移動: 案内検索
我らこそ「自然」だと言わんばかりに際限なく増え続ける植物。何とおぞましい姿であることか。
「植物が地球を自由にしようなんておこがましいとは思わんかね…」
植物に支配された地球 について、本間丈太郎

自然(しぜん)とは、我らが暮らす母なる地球の「あるがままの」状態である。順当に考えれば46億年に渡る地球の生涯のおよそ9割以上を占めていた先カンブリア時代の姿を指すべきでありながら、一般には植物が地表面全域を侵食したここ数億年程度の時代を指して使われてしまっており、植物に踊らされた愚かな動物達によって今現在も広げられ続けている最も大きな謬説の一つとして問題視されている。

地球の歴史[編集]

40億年以上に渡る地球の「自然」の大地。

今からおよそ46億年前、この宇宙に生まれ出でたばかりの我らが母なる地球の姿は、赤く美しい溶岩と全てを蕩かすの大気を湛えた神々しきものであった。後に隕石の数が減ったことにより気温が下がり、大気中の水蒸気となって降りたことでが形成されてしまったものの、それでもなお原初の大地はただ荘厳たる白き砂地と岩床のみに覆われ、余計なものなど一切存在しない神秘静謐なる身体を惜しげも無く顕わにしていた。

しかし、海の誕生から間を置かずして、その荘厳なる自然な世界を汚すものが現れた。生物の誕生である。

そのような存在が何故どのようにして出現したのかについては未だ解答が得られていない。最も有力なのが化学進化による自然発生説ではあるが、それもあくまで「筋は通っている」というだけのものであり、物的証拠の残っていない現代においては未だ確証なき謎のままであり続けている。しかし明らかだったこととして、初期に存在した彼らは総じて目にも見えないほどに小さく不安定であり、細々と周りの栄養素を吸って生きるだけの存在であった。彼らは世界の瘴気たる酸素を嫌う嫌気性生物であり、母なる地球に寄生する己を恥じるかの如く慎ましやかな生活を守り続けた。ましてや、陸に上がろうなどとは考えることもしない、己の分を弁えた者達であったのだ。

だが彼らの中に、その不文律を越えようとするものが現れたのが、世界の終わりの始まりであった。

虚構の自然[編集]

現代においてもなお生き残るシアノバクテリア。彼奴らを速やかに絶滅させることこそが母なる地球への最大の奉仕であろう。

「それ」は、およそ紀元前35~38億年前に登場した。太陽の光輝を闇へと堕とす暗黒の儀式「光合成」によって、それまで世界にほとんど存在しなかった異界の災厄「酸素」を召喚した存在。当時存在した生物の99%を絶滅させ、世界の全てを亜空の瘴気によって汚染し尽くした悪夢の怪物。

地球史上最悪の特A級戦犯、シアノバクテリアの誕生である。

シアノバクテリアは誕生すると間もなく、光合成によって周囲の二酸化炭素を吸い上げ、酸素へと変換するという悪魔の所行を行い始めた。当初こそ地球に寄生する生物どもを滅ぼす星の代行者としての役割を期待されていたものの、他生物のほとんどを壊滅させた後には己が種族のみを大増殖させ、あたかも自身が星の支配者であるが如き傲慢な振る舞いを始めたのである。最早シアノバクテリアを止められる存在はなく、10億年も経つ頃にはメタン二酸化炭素によって赤く染まっていた美しい大気は薄汚れた忌々しい青色へと変わってしまう。彼らの暴挙を止めるべく地球自らが起こした大事変「全球凍結」すらも彼らを絶滅させるには至らず、はじめ0.0001%にも満たなかった酸素は、紀元前10億年の頃には遂に1%の大台に乗るまでになってしまったのである。

最古の樹木・アーキオプテリス。これの出現をもって大地は終焉を迎える。

また酸素が多量に増えたことを皮切りにして、その瘴気をものともせず逆に栄養源とする異形の怪物、「真核生物」が誕生する。彼らは酸素を高効率な栄養源とし、それまでには考えられなかった巨大なる形態を取ることを可能とした、正に悪夢の化物と呼ぶべき存在であった。紀元前5億5000万年前のカンブリア爆発を経ると、最早地球の海は全てこの化物どもに支配され、自然なる海の姿は完全に失われてしまったのである。

そして紀元前4億5000万年前、遂に世界の完全なる終わりが訪れる。海がカンブリアの怪物達に支配されてなお、まだ陸上は奴らの侵食なき自然なる姿を保っていた。陸上は怪物どもの生命活動を阻害する神聖なる太陽の光輝、「紫外線」によって守られていたためである。しかしシアノバクテリアが生み出した瘴気たる酸素は、陸上を地球最後の自然の地として残すことすら許さなかった。魔物どもに陸上を侵食させようとするかの如く、瘴気は陸の地を守っていた紫外線を遮断する魔の障壁、「オゾン層」を作り上げたのであった。最早怪物どもの陸上進出を止めるものはなく、星の自然はたった数千万年の内に蹂躙され尽くしてしまうこととなる。

禍々しき地獄の化生――「植物」によって支配された、見るも無惨な現代の星の姿が、ここに完成してしまったのである。

真なる自然[編集]

今まで述べた通り、現代において「自然」などとされている光景・風景は、全て植物どもとシアノバクテリアによる虚構、偽りの姿に過ぎない。46億年にも渡る地球の生涯においては、生物などほぼ存在しないに等しい先カンブリア時代の姿こそが地球にとって最も長く「自然」な時期であり、ここ数億年程度の、生物が大型化し地上を我が物顔で歩き回る状態というのは地球の生涯のほんの10分の1程度でしかない。そう、植物どもに覆われた現代の地球とは、決して本来あるがままの自然な姿ではないのだ。

夜になったらでも見上げてみるといい。あの静謐で美しき星のどこに汚らわしい緑色のシミがあるというのか。遠大なる太陽のどこに植物など生えているのか。

仮に我々人間で例えてみれば、あなたの年齢が現在46歳だとして、40歳を過ぎた境に突然身体中の皮膚という皮膚が緑色のカビに覆われたようなものである。これを「自然」だなどと呼称することが果たして正当であろうか?明らかに病気だとして何らかの治療を受けようと考えるのが道理ではないだろうか?事実、カンブリア紀以降の地球上では幾度にも渡る大量絶滅があり、それもガンマ線バーストや海洋無酸素事変、果ては巨大隕石の衝突など、地球はあの手この手の手法で地表に巣くう生物たちを絶滅させようとしているではないか。そういった涙ぐましい努力にも関わらず、生物どもは一向に数を減らそうともせず、それどころか緑に覆われた毒々しく薄汚い光景を「自然」だなどと嘯いているのである。

何と惨たらしく、何と悲しき現実であることか。こんなものを「自然」と呼称するなど、地球にとってみれば最悪にも等しい言行ではあるまいか。他の惑星恒星に、こんなおぞましいモノどもが大手を振って歩いているような世界は一つたりとも存在しない。生物なんてものはいないのが自然なのであり、存在しているだけで母なる地球を苦しめ続けている寄生虫、単なる害悪でしかないということを自覚しなければならない。

傲慢なる植物[編集]

しかし、己の活動が地球を苦しめているという自覚に至っているのは、残念ながら地球上において我々人間のみであると断言せねばならない。他の生物、特に大地を蚕食する汚らわしき植物どもは、その程度のことを考える知能すら持ってはいない。を進化させ、科学を発展させてきた人間でさえ、この事実に気付くことができたのはここ百年程度のことでしかないのである。故に人間が始めねばならない。近年になってようやく「自然を保護せよ」「地球に優しくしようといったスローガンが人間社会にも出回り始めている。全くもってその通りである。まだ儚い萌芽に過ぎないかもしれないが、遂に人間が母なる大地のため、理想世界へ向けて大きな一歩を踏み出したと言えよう。この意識を大事に育て続け、世界のため、地球のため、母なる大地のため、全ての動植物を絶滅させなければならない

人類が生存可能かつ、地球を汚さず存在できる様式の一つ(理論)。空中に独立したコロニーを配置することで、地表の生物を絶滅させても人類が生存可能になるという理想社会の形態。

地球の真実を知る術を持たない他の動植物は、決してこの事実に気付くことはない。それどころか、偽りの自然たる植物どもに迎合し「人間の文明が植物に覆われた美しい自然を破壊する」などという寝言をほざく始末である。全く嘆かわしいことに、一致団結して無知なる動植物どもに対抗しなければならぬ我々人間の中にさえも、そのような妄言に惑わされた母なる地球への背信者が無数にいるのが現実である。世に多く存在する環境保護団体などと名乗るカルト連中は、前述した「地球に優しく」「自然を大事に」という素晴らしきスローガンを、ふざけたことに植物どもに覆われた穢らわしい現代の姿を指して「自然」であると定義し、植物どもを増やすことが地球の為であるなどという真実の真逆を行くとんでもない曲解の元に運用しているのだ。

無秩序に繁殖する植物。彼らの辞書に、恥を知るという言葉はないのであろうか。

信じがたいことだが、本来義務教育で教えるべきこの地球の真実は、高校地学を学んだ者でさえほとんど把握していない状況にある。地球への大逆者であるこういった団体の言い分をそっくり真実と受け取ってしまう無知なる罪人達は、本当にあり得ないほど無数に存在しているのである。

自然とは何か[編集]

この事実を述べると、自然とは「人間の手が入っていない状態」であり、動植物の繁栄はそうではないという反論がある。だが、そもそも現在の生物が跋扈する地球環境が、他者の手によるものでないという証明があるのであろうか。生物の誕生が何故起こったのかは未だ解明されておらず、地球外から飛来した――謂わば宇宙人によるものという説とて存在するのだ。そうであれば、生物の存在そのものが「自然ではない」もので、絶滅廃絶すべき腫瘍であると自ら宣言したに等しいものであろう。

更に言えば、その宇宙人がタイムマシンなどによって過去に行った現生人類であったとしたらどうか。人類が過去の地球に放逐した存在こそが生物の起源の可能性は決してゼロではない。そう仮定すると、極論、植物の存在する現行のこの世界そのものが人の手に依るもの、つまり自然ではない人工のものになってしまう。世界が人工のそれではないという証明は不可能であり、以て地球の現環境が自然であるなどいう反論にはならないのである。何にしても他の星々に生物なんてものが存在しない以上は、それが完全なる偶然によって発生したものであろうと、星にとっては明白なイレギュラーでしかなく歓迎されない存在なのは間違いないことである。

人間と自然[編集]

現代に僅かながら残された、自然豊かな静謐の世界。地上全ての本来あるべき姿である。

我々人間を含め、全ての動植物はシアノバクテリアの陰謀によって、生命活動の維持に瘴気たる酸素を必要とする身体になってしまっている。そして生物全ての生殺与奪権を握った植物どもは、今やその傲慢な本性を隠そうともせずただ放埒に世界を食い荒らし続けている。これら植物どもを滅ぼすべく森林伐採や土地開発といった作業がようやく始められた現代であるが、ここに至ってもなお「人間が自然を破壊する」「人間は傲慢である」などという詐欺紛いの思想宣伝が人類社会全体で大々的に行われ続けており、植物ども及びそれにすり寄る汚らわしい悪魔崇拝者どもは数を減らす様子を見せない。

人類社会全体が、自然について今一度確認し直さなければならない時期に来ている。スタジオジブリ等を始めとした愚かしき偽りの自然崇拝団体を駆逐し、そういった者達のまやかしに惑わされない、確固とした環境リテラシーを全ての人間が持つことが求められている。人間がこの星に生まれ出でたのは、ひとえにこれら植物どもを一欠片も残さず絶滅させ、母なる地球に本来のあるべき静謐なる砂の大地をもたらすために他ならない。己の役割を忘れ、母なる大地を蚕食するのみとなったシアノバクテリアとその眷属を駆逐することこそ、地球が人類に与えた使命なのである。

薄汚い緑と青に全身を侵食されてしまった母なる地球。痛ましく見るに堪えない。

人間の技術は発展したとはいえど、未だ地上の微生物すら絶滅に至らしめることは到底不可能であり、まして深海に巣くい全球凍結すら生き延びてきた生き汚い原始的バクテリアどもを絶滅させるなど夢のまた夢、どころか深海を自由に行き来することすら難しいのが現実である。

まずは科学の更なる発展と兵器開発を推し進め、植物どもによって支配されている地球環境を塗りつぶすほどの技術力を手にしなくてはならない。道は未だ険しく、動植物やそれらに踊らされた愚者どもによる必死の抵抗があるだろう。だがしかし、母を苦しめる者達を全て駆逐した上で我々人類も最後も消える。それこそは正にシアノバクテリアが行わなかった、地球の代行者としての誇り高き振る舞いであり、今度こそ間違いを起こすことなく世界を浄化するという人類に課された天命に他ならない。恐れる必要などない。真に最後の審判は、偽りの自然を騙る植物どもにこそ下るのだから。

関連項目[編集]