俊介

出典: へっぽこ実験ウィキ『八百科事典(アンサイクロペディア)』
藤川俊介から転送)
移動: 案内検索

俊介(しゅんすけ、1987年8月17日 - )とは、黄色い面白球団に就職を邪魔された一種のNEET野球選手である。旧名藤川 俊介(ふじかわ しゅんすけ)

Wikipedia
ユーモア欠落症患者のために、ウィキペディア専門家気取りたちが「俊介」の項目を執筆しています。

人物像[編集]

推定体重60kgという軽さを売りとし、たまに盗塁をする。また前述の軽さなのにフェンスに直撃してもへ大破はしない強さを持ち[1]、打撃でも打てる。ただ、2010年4月時点でデッドボールを受けていないので判らないが、受けた場合はへこみ、ギリギリ避けたとしてもバッターボックスから吹っ飛ばされるだろうと言われている。なお足が速いといわれるが、どれくらい速いと言うと50メートルを6秒で走るほどである。(この記録を計測した日は暴風警報が出ており、同級生の大和は5秒だったという)

藤川球児との関係[編集]

7年ほど先輩であり名字が同じ「藤川」である藤川球児とは不仲である。これは球児の行動を見ればわかる。まず名前が球児の方は契約更改の際の記者会見で話したことである。

記者A「同じ名字のやつが入団しましたが?」
球児「そんな奴、活躍するわけねぇやん。つか俺の方が先輩やし、登録名は変えないよ」
記者A「入場曲が被ったら?」
球児「俺の火の玉ストレートでギャフン言わしたる」

更には藤川がサヨナラに絡んでホームインした際もハイタッチもせず、知らんふりである。んでもって元球児の方はピッチャー藤川の際にファインプレーで試合を終わっても藤川にはハイタッチをしない。

2010年シーズンは新人のくせして大活躍したのと、藤川球児&フロントからの威圧で2011年から登録名の藤川をとって「俊介」となった。

あゆみ[編集]

プロ入り前[編集]

小学生のころから野球をしていたそう。この当時から教頭のかつらが吹っ飛ぶくらいの風がある日なら、とても俊足であったそう。やはりバッティングはお察し下さいだったそう。

その後、高校に入り便利屋として扱われた。(さすがに木村拓也のように捕手までやると、原形を留めバキューン!!のでやっていない)

大学に入りいよいよ卒業。本人は「ドラフト3位未満なら入団しないぜ、代わりにガス会社でテロを起こすぜ」と調子に乗った発言をしたが、案の定、こんな紙みたいなやつをドラフト3位以上で雇う球団などなかった。しかし面白球団は案の定、空気も読めずに5位指名してしまったのである。指名するなら3位以上とあれだけ言われていたのに…しかも入団しないとファンたちに殺されるため、かなり悩んだ当人。悩んだ末に入団してしまったのである。彼の人生が終わった瞬間かと思われた。

阪神時代[編集]

2010年 わりと高評価の1年目[編集]

一年目からいきなりもらえた背番号は7。まあ、危うくプロ野球界からリストラされるところだった選手の“お下がり”である。つまり後々、阪神からXXXXXされることとなる。

キャンプでは可哀想な思いをさせたため実戦向きのために一軍スタートとなった。阪神ファンが飢え続ける期待のルーキーの登場である。

しかし3月17日ヤクルトとのオープン戦の練習中に、金本と激突。金本は右肩を痛め、後の診断で右肩の棘上筋部分断裂という重傷であることが判明。金本も連続試合フルイニング出場記録を続けるため開幕後の試合にも出続けていたが、この怪我のせいで成績は低迷していた。それは置いといて開幕後の俊介、始めは「守備だけな。怪我しても知らんで。」と言われながら、地道に守備固めを務めた。その後、代走として使われるものの盗塁できぬ上に、送りバント小飛時の帰塁にも失敗して併殺を食らった日もあった。2軍行きだー!!と一人で勘違いしていたそうだが、デクノボー球団戦でスタメン起用され、さっそく三塁打を放つ(その後、点を取れなかったのは言わないお約束)。そして金本に戻る。4月18日の試合前に真弓明信監督に「これ以上出ても迷惑をかける」と自ら申し出てスタメンから外れた。これで金本の連続試合フルイニング出場記録が途絶えたのだ。

そう、実はこっちにも関わっていたのだった。

5月24日に打てずじまいな打線を組み替えるべく二番に起用された。案の定、三振ばかり…と思ったら2打数でどちらも点に絡んでいる。盗塁をしたがその際に里崎が運良くボールをこぼしていた。もしあの強肩から投げられたボールでタッチされたり、当たったりしていたら間違いなく大破していたと思われる。

しかし、8月17日の対横浜戦。代走として、出場していた当人だが、運悪く打席が回る。二死1・2塁。“ハマのドスコイ”こと山口(2イニング目)の投じた一球目を振り、二球目は見た。そして三球目。カツーンとレフトポール際に飛んだ打球はなんとビックリ、初ホームラン。真弓さん曰く、「あんな、細いのに、よく入ったな。ココは東京ドームか」とのこと。

その後は元の貧打症にあえぎ、代打を出されるわ、スタメンを坂に譲るわで、優勝争いを続けるチームの役に立てませんでした。大抵、守備固めで出てくるもの[2]の、これと言ったファインプレーも出ず、そのまま1年目のシーズンを終えた。

2011年 試練[編集]

すると2年目。『結構、やるやないか』との周囲の評価もあって、ダメ監督からもセンター起用を確約された。幸い、ライバルに当たる先輩選手と言えば林威助葛城育郎桜井広大といった打力で敵わなくても、からっきし守れない人達。不戦勝同然で起用され続けた。

開幕から当人にしてみれば、ハイペースで打ち続けた。でも上位を打たせるには打力不足は否めず、8番打者が定位置に成りつつあった。

そして4月18日。事件は起きた。ナゴヤでの8表2死から出塁した俊介。1点のリードで続く代打は金本。

『 ここで俺が2塁へ行ったら、金本さんが還してくれる 』喉から手の出るほど欲しい追加点。そのお膳立てに躍起になるも、結果は爆死でチェンジ。

ところが、肩の悪い大先輩は守備に就かないという事態。そこで初めて重大事に気がついた。そう、騙し騙し続けていたインチキな

連続出場記録をぶった切ってしまいました!!!

アンチ歓喜。阪神オタクは非難轟々。本人、顔面蒼白である[3]。 その後金本のブログで泣きながら謝りに来たと書かれている。まあブログの内容は明るかったので結果オーライ。

その後、相当応えたようで、成績は一段と下降線。やがて内野の平野さんに中堅スタメンを奪われる、というより途中からライバルとなった“落球”柴田とはドングリな現状。“本職の外野手が、片手間の内野手にすら劣っている事”を思い知らされた。

なにしろ、大敗の福岡では1塁走者の際、遊直で飛び出し併殺。他にも9月の味噌カツ戦では、好投の能見のところでバント代打要員として送られたのに、2度の犠打失敗で2ストに追い込まれると、仕方なく『エンドランかけるから何とか当てろ作戦』への変更でも役目を果たせず、まんまと三振併殺。おかげで能見に勝ち星すら付けてやれない大失態。もちろん翌日2軍行き。ドラフト上位でない事をゴネていながら、5位でも高すぎたような凡ミスの数々を披露。化けの皮でも剥がれたようなスケールダウンを示した。←ダイブ補球とか、大味なプレーよりも堅実さを磨けってーの!!!

2012年 影薄く[編集]

打撃は一向に向上せず、ライトマートン、レフトアレ、センターは大和と柴田が争い、柴田が怪我してもセンターに入れず、お笑い球団の中では上から数えたほうが早い守備と足で守備固めと代走出場するのが精一杯。一軍にいない期間も長かった。また、上述の金本知憲の引退試合では号泣。

オフには、ミソネタに転がっていた金塊に背番号7を奪われ、球団が提示した背番号40を拒否し、なぜか背番号68を志願。元40番塩谷容疑者が逮捕されたので間違いではなかったかもしれない。

2013年 舞い戻る一軍スタメン[編集]

課題のバッティングが劇的に向上――と思ったら、シーズン中盤、2011年2012年はやたらと飛ばないボールで、今年から若干飛ぶようになっていたことが現場では分かっていたが判明。どう見ても飛ばないボールの被害者です本当にありがとうございました。

聖域こそ撤廃されたが、外野手争いに出戻りの福留孝介もはや恒例の捕手から外野にコンバートされた今成亮太が参戦。柴田は何処。堅実さも増しなんのかんので両翼の守備では阪神で1、2を争うまでに成長した俊介は便利屋として一軍を堅守。中堅守備はお察し下さい

レフトマートン・センター大和・ライト福留で始まったシーズン、マートンの守備固めや代走で出場を続けていたところ、膝の故障を隠していた銭留が早々に離脱。出番が増え始める。代わりのライトにハヤタ隊員がスタメン出場しバースデーアーチを放つも拙守を見せつけ自爆(その直後俊介はファインプレーを見せた)。打撃を買われた急造外野手今成がライトに就くも守備はXXXXXのため、スタメン出場も増え始める。更に大和が死球を喰らって離脱、レフトマートン・センター福留・ライト今成のファイアーフォーメーション爆誕。しかし銭留今度は腰を痛めてあっさり離脱。柴田?怪我ですがなにか?

ライバル達が総崩れとなり消去法的な起用で戻ってまいりました、センタースタメン俊介。吹けば飛ぶようなだの怪我しても知らんだの言われていたが、いつの間にやら右肩の筋肉断裂でも連続出場腰骨にヒビがあってもフルイニング出場のような頑丈側の人間として扱われるようになっていた。無事是名馬也。最終的に、打率は規定には届かないものの.292を記録し、四球は少ないが三振も併殺も少なく、もはやドングリーズは脱した。

しかし、しかしである。大和銭留も戻ってきた極貧球団とのクライマックスシリーズ第一戦対前田健太、レフトマートン・センター福留・ライト今成の再来。チームで唯一マエケンを得意としていた今成のスタメンは予想できた。そして実際今成はマエケンを大変苦しめた。しかしクリンナップに打率.198HR6本で前年引退の金本に劣る打者が鎮座しているのである。契約ですねわかります。やっぱり打たなかった。こんな体たらくでは勝てるわけが無い。

CS第二戦、レフトマートン・センター大和・ライト5番置物。前日マエケン打った今成を下げてまで起用したのは怪我明けの大和で、置物はそのまま。シーズン通して離脱なく結果を残した俊介の立場とは。と思ったら一打席与えただけであっさり俊介に交代というスパイスのせめてもの抵抗が見えた。ただ、5番俊介である。やっぱりスパイスの無計画が露呈。試合は、現役最終打席で代打2ランが全部の話題を持って行った。

ちなみにではあるが、打席数は福留のほうが25打席多いにも関わらず安打は俊介のほうが14本多く(塁打だと若干福留のほうが上だが)、打撃成績では本塁打・打点・四球数以外で大体俊介のほうがいい成績を残しており、出塁率や長打率すらも俊介のほうが高いという。なんだったんだ本当に。

2014年 貧打再び[編集]

前年好調だった俊介、置物の立場をなくしては不味いと判断されたのか、キャンプから一軍には帯同されるものの、紅白戦練習試合オープン戦どれも出番を貰えず、出た試合では打つのに干される。

好調は維持しての開幕、ついでに田上も好調だったので一軍。今成が三塁にコンバート。開幕はマートン大和福留の布陣。しかし開幕二戦目、セカンド西岡とライト福留がフライを追って衝突(記録は適時三塁打)、西岡は骨数本を折る大怪我を負い、救急車がドーム内に入ってくる事態に。 さて困ったのがもうひとりの事故当事者のほうである。この一件で血を吐くような怪我を負ったのだが「剛が気にするから出続ける」と怪我を隠して強行出場。打てればそれでもいいのだが、藤浪が本塁打を放つなど打撃好調な投手陣に打率と安打数を争う始末。でも強行出場。好調な俊介と田上に出番は回ってこない。

交流戦に突入……マートンが冷えて(それでも.280ぐらいはある)引きずられるように打線が大人しくなり、連敗街道を突き進む。二軍で好調緒方が一軍でプチブレイクも、これまた守備が検閲により削除でリターン。福留があんまりにも酷いので好調期の終わった俊介ライトスタメンや今成・良太ライトなど荒療治も打線上向かず。

俊介は大体守備固めと代走で前半戦を過ごしまして、チームは不調、紛糾必至の阪神電鉄株主総会の時期がやってまいりました――直前、怪我人ようやく鳴尾浜送り。怪我してたことがここでようやく発表されるという御粗末さである。アレコレじゃないんですから怪我したら休んでください! 株式総会名指しで批判された不良債権は2週間ほどで戻ってきて、総会対策だと揶揄されるのだが、このチャンスをものにできない今年の打てない俊介。守備が独自のポジションを確立しているので一軍にはいるのだが、どうにも物足りず。

後半戦、打撃に成長を見せた伊藤隼太が一軍に合流。確かに結構打つ。マートンほどではないが十分と言えるレベルで打つ。のだが……守備の成長が…うんまぁ…アレに。ちょっとした動画ができるほどお察し下さい そうこうしていると今度は大和が疲労でダウン、センターに外野手ならちゃんとフライを捕りましょうとスポーツ新聞に名指しで批判された人が。でも打てない俊介は相変わらず守備固め。 遂に堪忍袋の緒が切れたスパイスから「今日打たなきゃ今年はもう出番やらん」とお叱りを受けてケツに火がつき、スタメンに抜擢され巨人杉内から久しぶりの本塁打を放つなどで一軍にしがみつく。でもたまたまであった。 一方で来季の契約がちらつきはじめた銭闘士が本気を出し、主に好調な鯉を血祭りにするなど、阪神在籍で一番良い状態までになり、大和も戻ってきて尚更出番が失われる。 ハヤタは使いたいでも福留は好調で大和は必須、ということで待っていたのは

和田「俊介お前鳴尾浜な。打てるようになるまで戻ってくるな。柴田も試したいし」

当然と言っては当然の二軍落ち宣告であった。でも、所詮対抗馬は相変わらず拙守打てなきゃ俊介の下位互換である。なんだかんだルーキーイヤーからずっと一軍で実績を重ねてきた俊介とは格が違う。正直言って相手にはなりません。

和田「やっぱ守備の良い俊介って使いやすいわ。柴田じゃやっぱり不安」

鳴尾浜でも特に目立って打てていたわけではないのだが、最短10日で一軍に回収される俊介であった。マートンに守備固め出さないと疲れで荒れるし、大和に代打出したらセンターをまともに守れる選手いなくなるし

脚注[編集]

  1. ^ 解説者からは「大丈夫かなぁ、あんな細かったら複雑骨折するよ」と言われた。
  2. ^ 普通なら試合終盤から出てくる訳だが、シーズン終盤では違った。スタメンで使われ、林に交替させられる“守備緩め”のケースが多かった。さすがダメ監督。
  3. ^ しかもベンチは『サインじゃない』と責任逃れに精一杯。俊介の"単独犯行"が確定した。

関連項目[編集]