藪惠壹
出典: へっぽこ実験ウィキ『八百科事典(アンサイクロペディア)』
藪惠壹(やぶ けいいち、1968年9月28日 - )とは、プロ野球炎上選手。炎上を芸術の域にまで高め、野球のまったく新しい楽しみ方を提供した功労者である。そのため、炎上愛好家からは尊敬を込めて御大と呼ばれている。むちゃくちゃ声が良く、声フェチの間でもあがめられている。織田裕二と同一人物であることは、あまり知られていない。
[編集] 来歴
三重県の方から出てきて、日本経済大学という野球では全然無名の大学と朝日生命野球部(既に廃部)を経て、ドラフト1位で阪神に入団する。プロ1年めの1994年、たまたまその年の阪神は暗黒の1990年代にあって比較的明るい年であり、藪も9勝をあげて新人王となる。しかしその後は、エースなのにいつも負け越しという暗い時代へ突入。ちなみに、防御率は平均すると3点台半ばで、それほど悪いわけではない。優勝した2003年には8勝をあげるも、日本シリーズでは出番なし。2004年には「好投しながらも援護のない投手」としてハクをつけ、翌2005年FAでメジャーリーグに挑戦するも、侘びさびを解さないアメリカ人にはその華麗なる炎上テクニックが評価されず、マイナー&独立リーグ暮らしを余儀なくされていた。2008年、サンフランシスコ・ジャイアンツで開幕メジャー入りを果たし、久々に華麗な炎上テクニックを披露している。
[編集] その他
- SYBS
- Suddenly Yabu Burning Syndromeの略。和訳すると突発性藪炎上症候群となる。藪のその華麗なる炎上ぶりによって名付けられた、投手が罹患する病気である。少なくとも3〜4イニング以上をピンチらしいピンチもなく抑えたあとで突然燃え上がるというのが典型的な症状であり、つまり最低限それだけのイニングを抑えられるだけの実力が要求される。ただのダメな投手は最初から炎が上がっているのでSYBSとはみなされない。
- 園様会
- 元オリオンズの園川一美投手にちなんで名付けられたある種の名誉ある会。 園川の通算76勝115敗2Sという成績にちなみ、 会員になる条件は、大きく負け越した上で100敗達成かつ優勝経験なしというものである。本当にダメな投手は入会できない(そもそも大きく負け越していたら普通は100も負ける前にクビになる)というところがミソ。藪の場合、100敗達成前年(2003年)に阪神が優勝しているためにその会員資格については問題視する声もあるが、現在のところ「2003年後半戦の登板がなく日本シリーズにも出ていない」ことから「かろうじて会員資格アリ」という声が多い。(84勝106敗)。
- 清原和博
- 藪に1シーズンで3回のデッドボールをぶつけられた。3回めのときに頭にきた清原が指を3本立てて威嚇した時、藪は「年俸3億ってことでしょ」と平然としていた。このように球界一の893ですら、藪にはおちょくられてしまうのである。ある意味球界最強の男である。
- 背番号4
- そんな藪であるが、唯一逆らえない相手が存在した。阪神OBの893、川藤幸三である。エースナンバーの18をつけていた藪に、こともあろうに自らのつけていた背番号4への変更を強要したのである。やむなく藪は栄光と涙のしみこんだ背番号18を捨て、泣く泣く背番号4をつけることとなる。ちなみに、ウィキペディアには「子供のころ内野手でレギュラーになれなかったので、そのころつけたかった背番号4を選んだ」的なことが書いて有るが、もちろんそんなことはこじつけである。ビーンボールなどでの殺人投球で清原抹殺を目論むあまり「死」を連想させる背番号4にしたという説もある。
[編集] 関連項目
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カテゴリ: スポーツ関連のスタブ | 野球選手 | 1968年生

