評論家
評論家(ひょうろんか、Commentator)とは、テレビや新聞・雑誌などマスコミ関係でよく見かける職業である。ただ自分の好き嫌いを言うだけでお金になる、日本有数のお気楽職業として有名である。
概要[編集]
「評論」とは辞書では「物事の価値・善悪・優劣などを批評し、論じるもの」とある。つまり評論家とは「ただ物事の良い悪いを言い張る人」ということになる。現在、日本の一般的な評論家はただ「自分にとっての良いこと悪いこと」つまり「自分が好きなもの、嫌いなもの」等を言うことを職業としている。また、マスコミやスポンサー受けが良いことを論じる能力も求められる。
評論家固有の呪文[編集]
そんなあまりに身勝手な評論に対し悪く言われた人が文句を言うことは当然ありうる。裁判所へ名誉毀損で訴える可能性もとうぜんありうる。しかし、評論家は「私はただ評論をしているだけだ。悪口など言っていない」という魔法の呪文(類似した呪文は多数)を習得している。これを唱えれば、評論家がどれだけひどい悪口を言っても誰も反論できない。この呪文が好きなだけ唱えられるというのが、この職業の魅力であり、人気の秘訣でもある。
主な仕事[編集]
テレビでの仕事[編集]
ワイドショーやニュースなどで好き勝手なことを言う。評論家が出る番組は生放送ばかりなので、言ったもん勝ちである。「そんなに言うならおまえ自分でやってみろ」と逆切れされても、涼しい顔で「私は評論家ですから(やりません)」と答えればよい。万が一、まずい発言をしても謝るのは局のアナウンサーである。あなたは謝る必要はない。
新聞、雑誌、週刊誌での仕事[編集]
コラムという名の評論を書く。もちろん、自分の好き嫌いを言いたい放題書くだけである。評論家にとって一番楽なのは夕刊紙の評論である。なんせ悪口だけを書けば十分だからである。それで主な購読層である窓際サラリーマンが喜ぶのだから楽な仕事である。
ネットでの仕事[編集]
はてなダイアリーなどのブログに記事を書く。内容は報酬を得て雑誌などに書く物と同じでよい。というよりそれ以上手を抜いたら文章にならないので、同等の力を入れなくてはならない。
評論家が無報酬でブログを書く目的には次のものがある。
- 自分や自分の著書を宣伝する。
- とりあえず思いついたことをぶち上げて、他の人に論として練り上げてもらう。
干された充電中の評論家が、仕事をしているポーズを取る。- 自分が時代の最先端(笑)にいることの証拠とする。
なお、継続的にブログを書く評論家は、自動的にアルファブロガーと呼称される。逆に言えば、アルファブロガーと呼ばれない場合、その人には評論家としての能力はない。
最近ではツイッターを利用する評論家も多い。システム上文字数が制限されているので、舌足らずな文章でも文句を言われないからである。
評論家になるためには[編集]
事務手続き[編集]
なにもいりません
「俺は○○評論家だ!」と宣言すれば、その日からあなたは評論家である。売れるためにはテレビ局や出版社、新聞社へ売り込みが必要だが、売れなくても評論家は評論家である。
資格[編集]
なにもいりません
評論家になるために資格はいらない。誰でも簡単になれる。ただし、大学教授の肩書(専攻は何でもよい)は、仕事を取ることや評論に説得力を持たせることにきわめて有効なので、持っていた方がよい。
専門知識[編集]
なにもいりません
さすがに一般的な基礎知識は必要だが、専門的な知識は不要である。一夜漬けの知識をもっともらしく言える技術があれば他はなにもいらない。もちろん文盲でないことは必須だが、この項目が読めているまたはテキスト読み上げソフトの音声を理解できていれば差し支えない。
テクニック[編集]
これはさすがに必要なテクニックがいくつかある。
- 「自分は世間で支持されている」という
横柄な態度 - 「自分の言うことはなんでも正しい」という
身の程も知らない口ぶり - 「反論受け付けません」という
自分勝手で毅然とした態度 - 「私は博識です」という
嘘バレバレの身振り - 「私はみなさんと同じ庶民の立場から見てます」という
庶民を見下した態度
悲観評論法[編集]
評論家の用いる基本手法であり、これをを踏襲すれば誰でも評論家になれるという非常に便利な万能論である。
具体的には、常に悲観論や批判論、不安のみを繰り返すと言うだけのシンプルな物で、それが当たったら「ほら見ろ自分は分かってた!」と威張り散らすことが出来、逆に外れてもそれは現実が良い方向に運んだことになるため「杞憂に終わったのだから良いじゃないか」と、糾弾されにくいという寸法である。後付け評論という突っ込みを回避するための保険として、事前に自分はちゃんと不安に思っていたというポーズとしても多用されている。
この手法を突き詰めた物が得る称号が「辛口評論家」であり、またこの用法は試合ごとに明確な結果が出るスポーツ分野とは特に相性が良く、都合良くストイックを気取ることも出来る。
この手の評論家は基本的に自分の名が売れる方向、すなわち物事が悪い方向に進むことを望んでいるのは言うまでも無い。逆に本当に真剣にその分野を高めたいと思ってる場合は、悲観と楽観のバランスを取ることがお薦めされるし、そもそも外野で評論家なんかやってないでちゃんと責任ある・役に立つ立場に参加した方が良いだろう。
評論家とほぼ同じ職業[編集]
以下の職業も評論家とほぼ同義である。なにが違うかというと職業名を聞いたときの素人がうけるイメージだけである。たいていの評論家は一番かっこいいと思う響きの職業名を選んで自称しているので、これらになんの差もない。
- 批評家
- エコノミスト
- 文化人
- 論客
- YouTuber - 代表者としてはKAZUYA、宮脇睦など。右派論を唱える人が多い
- オピニオンリーダー
- コメンテーター
- ○○アナリスト 役職や資格としてのアナリストはここには含まれない
- ○○ジャーナリスト
- ○○ソムリエ ワインのソムリエと野菜ソムリエはここに含まれない
解説者との違い[編集]
類似した職業に解説者と言うのがある。これは評論家とはまるで違う。文字通りちゃんと「解説」しなければならないからだ。ちゃんと解説をするためには、その分野での専門知識・経験が必要で、しかもそれをわかりやすく中立的に説明しなければならない。このようなことは、素人で好き嫌いしか言えない評論家では逆立ちしたって無理である。
野球解説者・サッカー解説者等を考えればこのことはよくわかるだろう。ただし、これらの中にはまったく解説らしい解説をしない人もいるがそれは誰も気にしない。
辛口評論家[編集]
評論家にとって最高の称号、それが「辛口評論家」である。この称号を得られればもう恐い物なし、辛口評論家はどんなに声を大にして自己中心的な悪口を言っても誰からも文句を言われないどころか賞賛される、という特権を持っているからだ。
類似語として「毒舌で有名」「過激な発言で知られる」「辛辣な評論が評判」等がある。
分野別の特徴[編集]
- 政治評論家
- 政治評論家の優劣は、政治家の友人の数で決まる。当然、自民党政権寄り、嫌韓を唱える発言をする方が重宝される。活動の場はマスメディアに留まらず、Twitterから発信される機会も増えている。
- 経済評論家
- 株価や相場の旧変動の後、さも自分はこの事態を予想していました。というようなコメントを残すが、それができるようなら、そもそも評論家なんかやるより先に他にやることがあるはず。20世紀までは自動車を主体とする製造業と石油だけ扱っていれば無難に済んでいたため評論家の中でもかなり楽な商売だったが、近年ネット経済の台頭に加え、アニメ、ゲームといったサブカルチャーが経済中に占めるシェアを拡大してきているため、その対応に苦慮している様があちこちで確認されかつ失笑を誘っている。それも小学生に。ここ数年は有名人の口車に載せられたFX初心者をターゲットとする傾向がみられている。
- 軍事評論家
- 本当に詳しい人間を連れてくると生放送にも関わらずシャレにならない発言をしてしまうため、テレビやラジオではむしろ評論家レベルの方が扱いやすい。実在しようと実在しまいと、特殊部隊や秘密兵器に絡む発言をしてしまうとかえって信憑性を失ってしまうため、自由に閲覧可能な公式発表をさも独自の情報のように話していれば済むなどかなり楽なことはいうまでもない。ただし、自分の予測と違う展開になった場合、戦略と戦術の解説を巧みにすり替えて視聴者を煙に巻くような技術が必要とされる。尚、戦争の結果がどっちに転ぼうとも評論家は敗軍の将ではないので何を語っても誰も気にしない。
- 文芸評論家
- 自分の評論が読書感想文に過ぎないことをいかに隠蔽するかという点に全力を注ぐ。通常、それは他作品との
パクリ関連性を数多く挙げて煙に巻く手法が取られる。書店に平積みされている本の帯や「店長のオススメ!!」と書かれた店頭ポップの代筆なども手がけている模様。
- 映画評論家
- 過去、映画はアートであると主張しておきながら、自分の気に食わない映画はたとえ芸術的に素晴らしかろうが、世間が絶賛し映画賞を多数受賞していようが、観客動員数が多かろうが関係なく酷評し、誰も評価してない映画をどぶさらいのように見つけて絶賛していれば立派な映画評論家として成り立つほど自由な世の中だった。現在映画評論家は好きな映画を酷評された官憲の手を逃れ地下組織レビューサイトで活動している。そのため評論家の椅子には代わりにタレントや宣伝マンが居座っている。オスカー・ワイルド氏に皮肉られていたため将来は安泰で無い。最近ではサクラによるあからさまなくらいやらせっぽい「○○サイコー!」「絶対観てください。」「コップ一杯分泣きました。」にすら活動の場を奪われている。
- 自動車評論家
- レーサー崩れの走り屋が担当し、一般人には関係のない速度域でのインプレッション(感想文)を書く。どっちにせよ評論家の推薦と実際のクルマの売れ行きは関係がない。
- オーディオ評論家
- 誌面では音を伝えられないのをいいことに、わかったようなわからないような形容詞を駆使するが、実際のところ彼らの書く文章はノイズ以上のものではない。デジタルケーブルの音質の違いを表現し、高い方を売りつけることができれば一人前である。最近ではピュアオーディオだけでなくAV機器やデジタルガジェットにも進出しており、将来も安泰である。
主な評論家[編集]
以下の場所にたくさんいるので省略。
関連項目[編集]
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