足利義政

出典: へっぽこ実験ウィキ『八百科事典(アンサイクロペディア)』

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「庭いじりとか、骨董集めとかするだけのモーロクじじいのくせに、私を「ゼニゲバ女」みたいに言っちゃって、なんなのよ、この宿六の甲斐性なしのボンクラ亭主!」
~ 足利義政 について、日野富子
「アホでもバカでも無能でもこの将軍だけがオスカー・ワイルドに匹敵するのです」
~ 足利義政 について、ドナルド・キーン

足利 義政(あしかが よしまさ)は室町幕府第8代将軍。常に倦怠感を帯びており、朝起床して最初の台詞が八割方「鬱だ」だったりと、極端な消極的思考で知られる。また、鬼妻日野富子、魔女と呼ばれた乳母今参局らの恐怖を身近で震撼したせいもあって、極度の女性不信でもあった。その世を偲ぶ屈折した心情は一種の幽玄さに富んでおり、彼の時代に興隆した枯山水などの東山文化は、まさに義政の虚脱精神が具現化したものである。

為政者としてはオスカー・ワイルドを以ってしても擁護のしようがない頗る付きの無能だったが、芸術家、文化人としては洗練され、卓越した感覚の持ち主であった。中国の徽宗帝にせよ、この手の君主が度々輩出されるのが歴史の面白いところだが、人民にとってみればたまったものではない。

[編集] 人物

まだ幼い頃父義教が嘉吉の乱で「犬死に」し、兄義勝も頓死するという相次ぐ身内の不幸によって将軍に就任する。気弱な義政は自分も義教や義勝のように頓死、変死するのではないかという危機感を抱き、(本人曰く)「死神の玉座」である将軍の座からさっさと降りようとしたが、彼を傀儡に政務を壟断せんと目論む「三魔」こと有馬持家烏丸資任今参局や妻の日野富子、家庭教師であり貞の字を持ちながら貞操にとてもだらしなかったスケベ親父伊勢貞親らに将軍の座に留まることを強要された。義政は渋々政務を執行するものの、父義教のような統率力がなかったため、財布の紐は妻の日野富子に牛耳られ、政務は管領を筆頭とする守護大名らに牛耳られており、将軍の責務に空虚を感じていた。土一揆、国人一揆などが頻繁に勃発し、国に波紋が広がることに目を背け、文化の道に没頭してゆく。晩年は現実逃避も末期症状になり、部屋で一人虚ろな目線でうわ言を呟いていることが多かった。日野富子との間に子が生まれなかったため、弟義視を還俗させ後継にしようとしていた所嫡子義尚が生まれてしまう。しかし、義政は恐妻富子を遠ざけて長く閨を共にしなかったため、義尚が本当に自らの子であるのか嫌疑を抱き、仮に自分の子であったとしても極妻富子の生んだ子を将軍に据えることの恐怖感から義政は富子に断固反対し、ある晩夫婦喧嘩の最中に累積した鬱憤が破裂したのか、逆上して富子に家庭内暴力を振るってしまい、応仁の乱を勃発させることになる。

自宅に銀箔を張っていると常々自慢しており、自ら「銀閣」と名づけていたが、後の潜入調査により銀箔など張っていなかったことが判明するなど、虚言癖で有名であった。ちなみに追及された義政は「銀閣の銀は燻し銀の銀だ」などと取り繕っている。晩年は妻の日野富子が経営する町金融の上がりでニート生活を送ったという。考えて行動しないため、騒動を引き起こしやすい体質だが、心中では常々安穏を望んでいた。嫁の尻に敷かれている全国のお父さん達からはその似通った境涯への同情、共感を伴う人気が高く、中年サラリーマン500人を対象とした尊敬する歴史上の人物のアンケートでは見事1位に輝いた。

[編集] 武勇伝

  • アンディ・フグを「ふぐ刺しのおっさん」と侮辱し、世界中のフグファンが大暴動を起こす。
  • ひよこ陛下を「縁日のひよこ釣りのひよこ」と侮辱し、ひよこ大王国と戦争に突入。
  • アドルフ・ヒトラー総統閣下のひげを見て「あのちょび髭超ダサい」と言ってドイツと戦争に突入。
  • ヨシフ・スターリンのひげを引っ張ってソ連の暗殺の脅威に晒される。
  • 甲子園のライトスタンドの阪神ファンが密集しているところに巨人の帽子をかぶって巨人の応援をしていたら袋叩きにされる。
  • 大阪でニセ関西弁を使って袋叩きにされる。
  • アメリカ人に向かって意味も分からず「Fuck!」と言って殺されかける。
  • アメリカ人に「Kiss me」と言おうとしたら、「kill me」と言って殺されかける。
  • アメリカ人に向かって「気流」と言ったら「kill you」と解釈され殺されかける。
  • 阪神淡路大震災を街の再開発と発言してバッシングを受ける。
  • クローン羊の「ドリー」をアリーとかメリーとかわざと間違えていたら本当の名前を忘れてしまい、記者会見のときに困る。
  • 泥酔した状態で天皇に謁見し、あろうことか天皇に向かって唾を吹きかけてしまい、貴族達の逆鱗に触れる。
  • 手懐けられた警察犬を見て、犬のように訓練すれば守護大名達も従順になると勘違いし、お手やお座りを要求。この侮辱に憤慨した一部の守護大名が謀反を起こす。
  • 応仁の乱が収束しかけた頃山名宗全に松葉杖を謹呈。これを「老害はとっとと引っ込んでろ」と言うメッセージだと解釈した宗全は激怒して郎党を率いて義政の屋敷に押しかけ、応仁の乱を長引かせる。
  • 長門争奪戦参加者に「本物の嫁探せ」と言って殺されかける。


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