過去 (フィクション)

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過去(かこ)とは、物理学的には存在しないものであるとされながら、ほとんどの人間が存在するものと認識している、現在より前の時間およびその空間における事象のことである。

しかし、観念的な存在であるとされていることから、しばしば「過去」は本来一つしか存在しないものであるにもかかわらず、人間の手で歪められて事実と異なる過去―「フィクション化された過去」になる事がある。本項目では、その事例について言及する。

郷愁・ドラマ系理想化[編集]

昭和30年代を舞台にした映画、『ALWAYS 三丁目の夕日』を例にして説明する。この映画では日本高度経済成長に沸いていた昭和30年代を描いているが、当時の日本を希望に満ちていた「古き良き時代」であったようにすべく、当時の良い側面だけを抜き取り、現在と対比させて「日本は経済・技術的に発展したが、あのときの精神が失われた」ように見せかけている。

しかし、これはあくまでも一面的な描写である。実際の昭和30年代には、現在の中国のように経済発展のため環境対策がおざなりにされ、熊本県水俣市における水俣病(昭和31年に初の症例が見つかる)のような公害が放置されていたこと、少年犯罪の人口当たりの発生率がピークに達していた(特に強姦が多かった)―すなわち少年少女の心が最もすさんでいた時代であったこと、同和問題、ハンセン病患者への処遇、当時まだ厳密に原因の特定されていなかったアトピー性皮膚炎への偏見など、現在と対比させるには不都合な事もいろいろ存在していた。

ドブ川が普通にあり、立ち小便どころか野糞すらあるなど衛生面も適当、権利関係も適当なので模倣品が堂々と出回る、ヤクザが当たり前に闊歩する、怪しい保存料の食品も当たり前にある、1つの街に1人程度公道で刃物を振り回すようなキ○ガイが居る、突然行方不明になる人が珍しくないし大して探しもしない…等々、一般的な生活レベルでも美化するため切り捨てられた事実は無数にある。

このようにドラマ映画などである時代を描く際には、一面的な見方をしていることが多いので、注意が必要である。

戦国時代江戸時代を描いた作品でも、「武士が活躍していた」といった支配者階級に注目したものは多く存在し、それを基に当時の時代に憧れを抱く者もたくさんいるが、当時の人口の大半を占める農民層は戦国時代には戦で田畑を荒らされていたこと、江戸時代でもしばしば飢饉が起こって餓死しなければならなかったことなど、被支配者階級の方に目が向くことは多くない。更にはサクラ大戦や、一部のライトノベルや映像作品に近年しばしば見られる明治大正時代を舞台にしたレトロ調を強調した作品についても当然同様である。

信条系理想化[編集]

信条系の理想化は、人間に「自己の考えに都合の良い情報しか受け入れず、不都合な情報は陰謀などとして退ける」―「確証バイアス」の傾向があるため、政治面や宗教面でしばしば発生している。歴史修正主義などと呼ばれるものでもある。

政治系[編集]

政治におけるフィクション化は、その人間の信条や愛国心、理想などに基づき発生する。

例えば「日本は汚れぬ神国」であったとしたいものは、南京事件を中国や列強による陰謀とみなし、大東亜戦争アメリカユダヤ人の陰謀に載せられたもの、日韓併合満州事変アジアの公益のために不可欠であった、などという解釈をするようになり、「戦後の日本はアメリカの手先にされた」と信じる者は、ニクソンショックプラザ合意を卑怯なアメリカの自己保守、サンフランシスコ平和条約を政治的な陰謀であったとみなすようになる。 これは所謂、保守のみならず、対極に位置する革新側からも同様であって、昭和40年台、50年台の学生運動吊し上げが若者の間で大ブームであった当時、それに便乗した、今日のB層の元祖とも言える人々が、年老いて、企業の役員だったり、のほほんと年金暮らししている中でそれを深く反省することはない。それどころか、今の若者にはデモを起こす気概もないなどと批判することすらある。また、未だに日本が戦後60年間、対外戦争に巻き込まれずに済んでいるのは「日本国憲法」のお陰だと信じている者すら実在する。

実際には、それらの考えに反する事象も存在しているのであるが、確証バイアスが働いているため彼らが納得するには至らないのである。

なおこれらの歴史フィクション化は個人レベルではなく、国家単位で行われる事がある。戦前の大日本帝国では天皇家はイザナギ以来のの血を告ぐ家系だというでっち上げが公然と横行したし、現在の北朝鮮でも朝鮮は5,000年前の檀君によって建国され、数千年彼の支配が続いていたとして、現政権を神格化する材料に用いられている。欧米諸国においても、帝国主義の時代から遠く隔たった今日において、南太平洋やインド洋になお未だに自国領を有してるのかの合理的説明がなされることはない。

宗教系[編集]

カルト系宗教の場合は、社会性を失うことも数多い。代表的なものとして1995年オウム真理教によるサリンテロ事件などやアメリカ南部におけるキリスト教に基づいた教育が挙げられる。

宗教の場合も政治のときと同じく、確証バイアスが働くため、信条に反するものは全て「間違ったこと」か「陰謀」であるとして、退ける傾向がある。

代表的なのは創造論で、この世はによって数千年前に創造されたものであり、人間はその中でも特別な存在であると考えている者は、進化論地質学、挙句は現代物理学の多くまでもを受け入れないようになって行ってしまう。合衆国政府に宗教教育を禁止されると、今度はそれを疑似科学的にID教育という一見科学的に見える衣をかぶせ、人々を洗脳させる有様である。

考古学系[編集]

考古学系ではしばしば、歴史的真実として信じられてきたことがフィクションになってしまうことがある。特に人類が文明を築く前については、少しの発見で教科書が書き換えられ、古い常識は忘れられてしまう。

たとえば恐竜であるが、少し前は約6500万年前に全て絶滅したことにされていた。しかし昨今の分析では、一部の種類は絶滅せず、鳥類の前身になったという見識が主流化している。

また人類による文明が築かれた後についても、見方の変化や少しの発見により歴史の実態が変化してしまうことがある。ピラミッドはそれまで奴隷によって築かれたものだと考えられていたのが、今では失業者対策のために築かれたという見解に変化しているし、聖徳太子鎖国政策は存在しなかったという見識まで現れている。

複数の超古代文明論[編集]

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ユーモア欠落症患者のために、ウィキペディア専門家気取りたちが「超古代文明」の項目を執筆しています。
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文献資料が残されていない時代、すなわち先史時代には「超古代文明」というアトランティスムーに代表される高度な文明が存在したという説が、オカルト研究家などから出されている。

これは西洋のみならず、日本においても「竹内文書」や「宮下文書」、「東日流外三郡誌」などといった「日本の古い姿を描いた伝説系の文章」なるものが戦前から発見されており、隣の韓国でも「桓檀古記」などといった書物が発見されたりしている。

しかし、そのように発見された書物の内容を比較すると、根本的に矛盾したことが記されている場合が多い。これからいえることは、一つの正しい文献があって他は全て間違い(すなわち、壮大なフィクション)であるということか、全て間違いだということである。

以下、その内容を紹介する。

竹内文書

上古一代天皇(天日豊本葦牙気皇身光天津日嗣天皇)が紀元前3175億954万6893年前に生まれ、次の天皇と共に計320億年もの治世を行った。第二代の造化気万男身光天津日嗣天皇は16人の弟妹を有しており、五色人(黄人、赤人、青人、黒人白人)へ変化して世界へ散らばって現地の王となり、今の各国家が生まれたとしている。その各王の名前は以下の通りである。

磐支那黄美王氏 - 中国を統治
インダウ天竺万山黒人民王 - インドを統治
インドチュウラニヤ黒人民尊 - 同上
ヨイロバアダムイブヒ赤人女祖氏 - ヨーロッパを統治し、アダムイヴを生んだ
ニンユイタム赤人民王
オストリオセアラント赤人民王 - オーストラリアを統治
アジアシャムバンコクムス白人祖民王 - タイを統治
アシアマンナムノパノイ青人民王
アフリエシフト赤人王
ヨハネスブルク青人民王 - アフリカを統治し、ヨハネスブルクの由来となった
ヒナタエビロスイエム赤祖民王
ヒナタエビロスアルヘナ黄人祖民王
ヒウケエビロスヒロコネ黄人祖民王
ヒウケエビロスボストン赤人民王 - アメリカを統治し、現在のボストンの名を生んだ
ヒウケエヒスカスケムコ赤人民王
アフリカビシアムス赤人民王 - アフリカを統治し、アフリカの語源になった

また、皇祖皇太神宮(茨城県)が全世界の中心となっていて、モーセイエス・キリストムハンマドといった人物も実は来日しており、日本の国旗(日の丸)も紀元前3000億年前には制定されていて、ミヨイ・タミアラ(ムーないしアトランティスのことか?)のような沈んだ大陸も、天皇家によって生まれたものであるとしている。

宮下文書
富士山の山麓に超古代王朝が存在しており、中国の秦王朝から渡来してきた徐福とその子孫がその繁栄を記したとされる文書である。
東日流外三郡誌
古代の津軽地方(現:青森県)には、大和王朝に迫害された民族による独自の王朝が存在していたとする文書。十三湊(五所川原市)にはヨーロッパ、中国、朝鮮や蝦夷地(北海道)と交易をしていた王朝が栄えていたが、1340年ごろに津波が連続して来襲し、壊滅したといわれている。

自然系理想化[編集]

人工物で被害説
「ダムの放流のせいで洪水被害が悪化した」などという理論を通すために美化された過去が持ち出される。根拠が妄想なので、元の理論も嘘である。
まず、ダムの放流によって洪水被害が悪化することは絶対にありえない。ダムを管理する者は、洪水時に自然のままで流れていたであろう水よりも量を少なく・増加を遅くすることが法律で義務付けられている。もししていなければ違法であり、訴訟すればまず勝てる。故に、田舎乞食が訴訟せず騒いでゴネ得を狙うのは、ダムの放流が適法であり問題ないことの何よりの証明といえる。
しかしそれでは騒げないため、自然を知らない自然派というバカを騙すためにも「昔の自然のままの頃なら洪水はなかった」などと吹聴する。だが歴史を調べれば、人間の手がほぼ全く入っていない川でどれだけ飢饉や洪水が頻発していたかがわかり、そしてダムなどのためにどれだけ飢饉や洪水が防がれているかが明らかになるので、事実は隠匿され、妄想が正当化される。第一、乞食達が言う昔もたかだか5、60年程度に過ぎない。
人口がケタ違いで生活に必要な水は更にケタ違い。工業や農業はよほどの渇水でなければ安定して生産できる…など、昔であればありえなかった日常の平穏が何によって守られているか、という事実を考えれば、それを損なうことがどういうことかもわかるが、乞食根性に脳を支配された者にとっては事実は邪魔なものでしかない。
結局のところ、事実と理論では完全敗北するので、妄想と感情で武装するのである。

関連項目[編集]