野原しんのすけ
| 生年月日 | 平成4年(1992年)5月5日 - |
|---|---|
| 出生地 | 埼玉県春日部市 |
| 出身校 | ハーバード大学大学院
法科大学院博士課程修了 |
| 学位・資格 | Juris Doctor(法務博士/ハーバード大) Legum Doctor(法学博士/スタンフォード大) 名誉法学博士(東京大、ハーバード大) |
| 前職・院外役職(現在) | 銀行員・大学教員 |
| 所属委員会 ・内閣役職(現在) |
衆・懲罰委員会 |
| 世襲の有無 | 無 |
| 選出選挙区 (立候補選挙区) |
埼玉13区 |
| 当選回数 | 衆12回 |
| 所属党派(現在) | たちあがれ日本(自由民主党から造反 ) |
| 党役職(現在) | 埼玉支部連合会最高顧問 |
| 会館部屋番号 | 衆・第1議員会館236号室 |
| ウェブサイト | [無し] |
〜 野原しんのすけ について、ソリッド・スネーク
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野原 信之介(のはら しんのすけ、1992年5月5日 - )は、日本の政治家、法学者、作家、財団法人理事長、対テロ特殊部隊長、ICPO名誉事務総長、金メダリスト(IOC公認・猛烈成人帝国殲滅ミッション特別授与)、剣術家、ノーベル賞授賞者、DJ、駅長。政治活動と学術活動(教授職、剣術家、DJ)を両立したことでも有名。その万能人さから平成のダヴィンチとも呼ばれる。第四次世界大戦に関する功績でノーベル平和賞を受賞した。位階は正一位。勲等は大勲位。
オラはにんきもの~
目次 |
[編集] 経歴
埼玉県春日部市に会社員・野原ひろしとその妻みさえの長男として出生。歴代総理大臣の中では非常に珍しく、非世襲。幼児期に何度も世界を救い、戦国時代に行った時に仲良くなった侍の死をきっかけに侍になった。陵桜学園高等部を卒業後、東京大学文科一類、慶応義塾大学経済学部、早稲田大学政経学部にすべて合格したもののあっさり辞退。ハーバード大学に合格していたためそのまま進学。同法科大学院博士課程に進学、首席で卒業。尚、この際、ハーバード大法学部首席、司法試験首席合格、TOEIC試験990点満点合格の所謂トリプルクラウンを達成している。これは、チンパン首相の親父以来の快挙である。もちろん博士論文も通り、博士号も取得済。博士論文は『公然猥褻と可罰的違法性の理論』。修士論文はお察し下さい。5歳のまま永久に年をとらない。
23歳の時、金有タミコと結婚。声が釘宮理恵に似ていると言われたが誰も気にしない。
25歳のとき、銀行に就職。銀行員時代も地道に論文発表を続け、六年間勤めた後銀行員を突如退職。4年間のスタンフォード大学への留学と法学博士号取得による準備期間を経て、35歳にして東京大学で経済学研究員(助手)となる。
その後、「オラがしたいのは、経済学じゃなくて法学の研究なんだゾ!」と突然言い出し、東京大学を退職。学会での論文発表等で評価を得ていた野原は、東京カスカビアン産業大学法学部に教授、千葉大学包茎法経学部に准教授として、慶応義塾大学に助教授として、早稲田大学に非常勤講師として招かれる。野原は悩んだ末、慶応義塾大学と早稲田大学の誘いを受けることにし、東京カスカビアン産業大学では名誉教授となった。
中央大学法科大学院の教授職にも招かれたが「オラの使命は法曹の育成ではなく、法学の発展だゾ」と言い断った。
そして2034年、後述の名アシスタント白石とともに若干42歳で衆議院議員初当選を果たす。
だが、彼は著作『市民統治ト法学ノ関係性ノ考察』の中で、「法学や経済学等の専門家が為政者になるべきである」という、"政学一致"の原理を主張し、大学の教員職を辞任せず国会議員との兼任と続けた。
彼は2035年の通常国会本会議にて、「オラ、プラトンの哲人政治からヒントを得た」と語っている。
首相在任中、IOC公認・猛烈成人帝国殲滅ミッションで金メダルを受賞した(詳しくはリンクを参照されたし)
なお現在アンジェラ青梅駅の駅長を務めている。
また彼の最も特筆すべき点は、平成のダ・ヴィンチとも言われるほどのその万能人さだろう。
- 法学者として、Juris Doctor(日本の法務博士に相当、ハーバード大学)であり、Legum Doctor(日本の法学博士に相当、スタンフォード大学)である。政治家となる以前は慶応義塾大学法学部助教授(現在は教授)、早稲田大学政治経済学部非常勤講師(現在は特任准教授)、東京カスカビアン産業大学名誉教授(現職)であった。また政治家引退後からは、名誉法学博士(東京大学、ハーバード大学)を授与され、名誉教授(東京大学)、客員教授(一橋大学大学院社会学研究科)、一橋大学経済研究所名誉所長などを務める。
- 政治家として、衆議院議員であり、たちあがれ日本政党代表、第156代総理大臣、156代埼玉県知事などを歴任した(現在は賽魂都知事)。かすかべ防衛隊隊長(創設者)、国際刑事警察機構(ICPO)名誉事務総長。
- ノーベル平和賞受賞者でもある。後述の通り、野原氏自身の資産管理団体・ノーハラ賞(後述)授与機構でもある財団法人ノーハラ財団の理事長である。
- 金メダリストでもある(前述)
- さらにさらにDJでもある
- おまけで駅長もである
[編集] 人物
幼い頃から、「おらはすごいぞ天才的だぞ、将来楽しみだ」と言っていたため予知能力があるとみた。
高校時代は生徒会長及び、陵桜祭実行委員長として活躍(この時の経験が縁で白石稔と出会う)。大学時代、現代視覚文化研究会を創設し、初代会長として君臨した。大学・大学院共に全ての試験でアメリカの白い鳩山さんにダントツの差をつけるトップの成績で卒業後、博士号取得。卒業後は三井住友三菱東京UFJ明治安田東京海上日動りそな日本興亜大同第一拓殖新生みずほフィナンシャルグループに入行し、銀行員として6年間勤務した後に、シャープ三洋サムスンソニー富士通フジフイルムフナイ京セラケンウッドコニカカシオキヤノン三菱ミノルタパナソニックパイオニアニコンNECオリンパス日立東芝ビクターエプソングループに就職していた前述の高校時代の友人・白石を秘書につけ埼玉13区より自由民主党の推薦を受けて衆議院議員に初当選。
陰で支えた白石のアシスタントぶりは高く評価された。長年、魔王の嫁だから当たり前である。
いわゆる世襲議員に比べて人脈がなく、人を動かす能力はあまり無いとされるが、保守系大物議員として若手議員への思想的影響力が高く、アイデアマンで行動派とされる。 しかし自民党保守系大物で総理大臣経験者であるローゼン麻生氏とアベ・ハートは恩師で、その息子ローゼン麻生二世氏、アベ・ハート二世氏とは盟友であり、ローゼンメイデンのドール達などその他の人脈を多少なりとも活用していたとも言われる。 とはいえ、彼一人の力で内閣総理大臣まで登り詰めたのは紛れもない事実であり、ローゼン氏がいなくても結果は同じだったのではないかとする意見もある。 また幼少の頃、サラリーマンの父ひろしの勤務していた会社社長の縁で生前の中川(酒)とも会っているそうだ。中川(酒)が亡くなった今でも、幽霊となった中川(酒)と共に酒を呑んでいるという。 そして天才政治家から、歴代最高とまで呼ばれる総理になる。
一人称は今や死語の部類に入っている『オラ』(これは秋田県出身の祖父の影響であるらしい)。父である野原ひろしの血を濃く受けており、趣味等に共通点がある。熱狂的な悪の大男ファンである。
また参議院議員の革新系の有力若手であり、将来の参院議長とも言われている野原ひまわり警察庁長官は実の妹。兄とは一線を画す思想の持ち主。ちなみに兄はインターポール名誉事務総長であるが、ひまわり女史は総裁であり、兄弟でインターポールの要職についた唯一の二人である。
ひよこ陛下とは古くから親交があり(後述)、内閣総理大臣に就任した際には何よりもまず最初にひよこ殿下の権威向上に努め、ひよこ庁を設置したほどである。
2050年、正三位の位階を天皇より授与され、翌2051年、ひよこ陛下より正一位の位階を授与された。正一位の位階がどれくらいすごいかというと、日本史史上生前授与された人間は6人しかいないというのだからこりゃすごい。あの織田信長だって徳川家康どころか豊臣秀吉も没後授与である。ちなみに佐藤B作や吉田茂はその一個下の従一位である。どれくらいすごいかおわかりいただけただろうか? そしてその次の日、今度は天皇も負けじと大勲位菊花章頸飾を授与。これにより、野原は伊藤博文に並んだ。
実際にはかなりのプレイボーイであると噂されているが、総理になるため風紀を重視し、風俗店に入り浸っているようなことはないらしい。あくまでも噂だが(週刊誌でたまに目撃情報が載ったりしているが、実際には身代わりそっくりさんのことも多いため)。桜田門組と仲が良いようである。
[編集] 性格
仁義に尊く、優しく、家族、仲間、犬思いである。 さらに度胸があり、強気をくじき弱気を助ける。さらに5歳児で父の上司や恩人にも礼儀を尽くす。 人の立つ上で必要な物全て持ってる男である
- その上自分と敵対していた奴まで仲がよくなるという圧倒的コミュ力
- 唯一ピンチの時もひろしが助けてくれる超幸運
→弱者を守りながら悪にすら同情することができる=史上最強レベル
→しかも恋人が死んだ時は自らの布団にいれて慰める
- ひまわりが嫌いでもしょうがないと助けてあげれる優しさ
→家族思い、妹思い、犬思いのいいお兄ちゃん
- はるか格上の相手にもひるまない勇気
→大人たちは保身に走る
- 風間がうんこもれても気にしない度量
→塾の友達はすぐ離れる
- 父の上司、恩人にちゃんと挨拶できる賢才
- 長男はリーダーにむいてる
→野原家の長子ですから
[編集] 剣術
500年くらい前に、出会った侍と仲良くなって剣術に興味を持つ。その侍は謎の銃弾により死んでしまうが、その時に形見に小刀をもらい受ける。「この刀を汚さないでくれ」との侍の遺言は固く守っている。
その後、剣術の才能を宮本武蔵に見抜かれ始めるが上記の理由もあってか興味がわかなかったが佐々木小次郎と出会い、彼との戦いのために鍛え名人級の腕を見せる。
[編集] 政治家しての実績、内閣
またその他、以下のような実績がある。
- 首都を旧東京都(現・闘狂県)から災の国、旧埼玉県(現賽魂都)へ、皇族の住居と宮内庁を西京都(さいきょうと)へ、霞ケ関の官庁を全て賽魂都川越市霞ヶ関区に移転させた。
- 東武伊勢崎線と東日本旅客鉄道の合併、後のJR闘舞伊勢崎線である。同時に東上鉄道の独立。
- 衆参両院において第一党であった友民党を衆議院議員選挙、続く参議院選挙で大敗北させた。
- アンサイクロペディア財団、ウィキペディア財団への莫大な補助金
- 児童ポルノの大幅な規制緩和
- 指定暴力団「音楽組」の解散
- 指定暴力団「教師組」の組織解体
- 指定宗教法人「池田組」のガサ入れ
- 民団・総連へのガサ入れ
- 外国人参政権の付与 - 新内閣組閣の数日後、どさくさにまぎれた禁則事項ですの圧力に屈し、可決させてしまった(後述)
- 国籍法の第二次改正 - 上記に同じ
- 大日本帝国憲法の改正
- 上記憲法改正に伴う、大日本帝国自衛軍の創設、日米安保条約の改定(一般的な軍事同盟国へと内容を大幅改訂)
- たばこ税の引き上げ(全て1箱千円に)
- 著作権法改定(ただしこれは改悪だと主張するプロ市民も多い)
- 中国民主化の完全実現 - 中華人民共和国との国交を断絶。中華民国との国交を回復し、米の国と共に中国共産党政府を友愛。劉暁波氏など民主化運動家を釈放。どさくさに紛れて尖閣諸島を取り戻す。のちの「新中華民国」の礎となった。→第三次世界大戦
- 竹島・北方領土完全返還実現 - アメ公・中華民国と共にロシア・韓国をけしかけた →第四次世界大戦
- 日本の国連安全保障理事会 常任理事国入り達成
- 村山談話・河野談話の否定、取り消し - 国連本会議で発言し、賛否両論であった。
- 内閣総理大臣の靖國神社への参拝義務付け
- マスゴミ規制法 - 愛国心がないと判断されたマスゴミを倒産させる法律。野原自らが、愛国心度数の認定に加わった。
- 母校、ハーバード大学で行われていた錬金術・タイムマシン研究への補助金
- MARCHをハブかれた法政大学を、慶應義塾大学とあわせて法慶(ほうけい)と称させた。
- 中二病・釘宮病治療への保険適用
- 宮内庁の跡地にひよこ庁を設立、ひよこ陛下に敬意を示した(のちにひよこ陛下より直々に、ひよこ勲章大勲位を授与された)
- ひよこ陛下派筆頭ひよこ業者である吉野堂を買収、事実上国営化した。これは吉野堂に対する敵対的買収を阻止する目的があったものと思われる。
- 政治主導改革の達成。
なお政治家引退後の実績として、その莫大な遺産を利用した、ノーベル賞(Novel Prize)をモデルとした国際的な賞、“ノーハラ賞”(Nohara Prize)の創設がある。財団法人ノーハラ財団は、野原の資産管理・ノーハラ賞に関する業務を行う機関である。
[編集] 野原信之介内閣
[編集] 野原と天皇
天皇とともに国家元首たるひよこ陛下の権威向上に努め、憲法改正時にひよこ陛下(と一応天皇)を“象徴”から国家元首とした。 前述の通り、ひよこ陛下と大変親交が熱く、ひよこ陛下の地位向上に努め、自らの権力を下げ国家元首にまでしてしまった。この功績はアンサイクロペディアにとっても大きい。
[編集] 野原内閣のあゆみ
[編集] 日本史上最も過酷な衆議院選と大躍進
2050年2月、当時政権を握っていた友民党が、副総理の女性スキャンダルとその一連の対応により、衆議院を解散。 これにより、後に日本史史上最も過酷な衆議院選と称される衆議院選挙が始まる。
なんだかんだあって、平沼赳夫III世の引退により代表を野原へと変えた新生・たちあがれ日本は、議席数を選挙前の20議席から380議席へと大躍進。 これにより長く続いた友民党政権は崩壊。ここに第156代総理大臣・野原 信之介が誕生した。
[編集] 第一次野原内閣
第156代総理大臣に指名された野原は、早速組閣にとりかかった。 2050年5月、ここに野原信之助内閣が発足した。 その後、経済産業大臣の交代による第二次野原内閣の組閣までを第一次野原内閣と呼ぶ。 第一次野原内閣では、戦後百年以上にわたり教育界にはびこってきた、日教組を強行な採決にて組織解体した。 また、当時深刻な社会問題となり、日本の経済発展を妨げていた音楽ヤクザの解散、児童ポルノ法・著作権法改定などを行った。
しかし、この間の功績は評価されることばかりではない。 日教組の残党は野原の気づかぬ間にたちあがれ日本内部に入り込んでおり、未熟であった内閣の意向を無視、 皮肉にも野原が日教組にした時と同様、外国人参政権の付与と国籍法の大幅改訂(国籍取得の緩和)を強行採決してしまった。(野原内閣退陣後、第157代総理大臣・風間徒織と、桜田禰値外務大臣、佐藤魔棹官房長官らの手により改定) 2051年、経済産業大臣酢乙女が更迭された。 酢乙女は庶民を見下したとも取れる度重なる失言、野原の所属する派閥の有力議員であり野原の親友でもある桜田との確執により、政権運営を妨害したため、野原は酢乙女を2月に更迭。 野原は急激に低下する支持率と世論の中で、経済産業大臣の交代ではなく、あえて第二次野原内閣の組閣へと踏み切る。
[編集] 第二次野原内閣
同年2月、野原は経済産業大臣に法務大臣・立花柚彦を、法務大臣にまたしても民間人の実業家・野比のび太氏を指名、第二次野原内閣を組閣し、発足。 官民融合政治として、早速世論の高い評価を得る。 第二次野原内閣ではまず、日教組の残党議員24名を除名処分。これには世論の反発も予想されたが、新経済産業大臣・立花と新法務大臣・野比らによる野原への強い説得が功を奏したと言われている。
あとはみなさんご存知のとおり、史上最強の内閣が牙をむくのである。
| この節を書こうとした人は途中で寝てしまいました。 あとは適当に頑張ってください。(Portal:スタブ) |
[編集] 双葉商事事件と辞任
絶大な世論の支持を集め次々と改革を成し遂げていった野原内閣であったが、総選挙を控えた2054年2月、21世紀のロッキード事件と称される「ふたば商事事件」が起こる。
これは、文部科学大臣・雲黒斎が、野原の父・野原ひろしが代表取締役社長を務める双葉商事を国営化する計画中、野原ひろしの秘書・川口から多額の献金を受け取ったという事件である。
野原はすぐさま雲黒斎と組長先生を罷免したが、マスゴミは一斉にネガキャン報道を開始。野原内閣の支持率は暴落した。野原内閣はマスゴミ規制法(前述)を成立させ、マスゴミを抑えたが、
今度は共産党が機関紙赤旗にて「報道管制」「政府によるプロパガンダ」と批判し、これによりいったん回復しつつあった支持率は二度と回復しなかった。
さらに第四次世界大戦に伴う世界的な金融危機による日本経済の不景気も重なり野原内閣に対する不満が噴出。辞任をけん制する声も多い中、野原内閣は総辞職した。
後任には野原内閣官房長官であり野原の腹心であった風間トオルが第157代内閣総理大臣に就任した。新内閣で挑んだ総選挙はたちあがれ日本の圧勝に終わり、マスゴミのネガキャンがもはや意味のないものだということを証明してみせた。
[編集] 埼玉県知事就任
野原は内閣総辞職後、衆議院議員選挙に立候補しなかった。この徹底した引責ぶりが世論の評価を受け、風間内閣が総辞職総選挙に勝利したとも言える。 その後、野原は埼玉県知事(都知事)の任期満了を待って埼玉県知事選挙に立候補。他の候補に圧倒的な差をつけ当選し、第156代埼玉県知事に就任した。
[編集] ひよこ陛下との運命的な出会い
アル晴れた日のこと、一衆議院議員でしかなかった無名の野原が一人居酒屋でジュースを飲みながらつまみのチョコビを食べていた。
そこへ突然、麻生太郎、安倍晋三、中川昭一(幽霊)のANA三名が大量のSPと共にやってきた。
国会の大物三人衆の突然の登場、というか幽霊の存在にビビる野原。
そこへ、突如三人の為に付いていたSPの倍のSPを従えたひよこ陛下のリムジンが近づいてきた。
本来なら店の中にいるため、出会うはずのない四人とひよこ陛下。
しかしひよこ陛下のリムジンが突然パンク。あせるSPと白バイ。
そこへ騒ぎを聞きつけ、野原が店を出て行く。
ひよこ陛下の姿を発見するとすぐに土下座し、紳士服のコナカで買った安物の背広のまま最寄のオートバックへとダッシュする野原。
5分後、野原は新しいタイヤを持ってひよこ陛下前にひれ伏していた・・・
またこの時幽霊の中川(酒)は、ジャッキアップなどの機材を持ってすでに準備を整え、麻生は地元から空輸させたひよ子の箱の中に隠し持っていたライフルでひよこ陛下を狙う怪しい奴らを撃っていた。
安倍さんはノーヘルで白バイを乗り回して関係各省へ通達していた。
元首相・閣僚経験者の三名はともかく、一衆議院議員でしかなかった野原の迅速な働きにひよこ陛下は大いに感服。
ひよ子本舗吉野堂の銘菓・ひよこをプレゼントした。
これが後に総理大臣となる男・野原と、その野原の手によって国家元首へと上り詰めるひよこ陛下の、運命的な出会いの一部始終である。
[編集] 発言
〜 新首都春日部移行計画 について、酢乙女あい
〜 酢乙女あい・森田健作の失言 について、野原しんのすけ
〜 酢乙女あい・森田健作の失言 について、桜田ネネ
〜 ひよこ陛下 について、野原しんのすけ
〜 野原内閣顧問就任 について、ぶりぶりざえもん
〜 野原内閣の運営方針 について、風間トオル内閣官房長官
〜 野原内閣への入閣 について、風間トオル内閣官房長官
〜 野原内閣への入閣 について、佐藤マサオ
〜 野原内閣への入閣 について、ぼーちゃん
[編集] ディスコグラフィー
- しんちゃんMIX
- DJ SHIN-CHAN初のMIX CD。
[編集] 著書・論文など
- 『公然猥褻と可罰的違法性の理論』 - 博士論文を体系的にまとめたもの
- 『市民統治ト法学ノ関係性ノ考察』 - 政学一致の原理を提唱
- 『野原談話』 - 村山談話・河野談話の否定と、アメリカ合衆国議会への従軍慰安婦関連の発言の撤回を求める談話
- 『さいたまー宣言』 - 新首都春日部移行計画に関する声明
- 『ノーハラ賞設立宣言』
[編集] 関連項目
| 有権者諸君!私が外山恒一である。この項目「野原しんのすけ」は未完成だ!! 編集したら、奴らはビビル! 私もビビル・・・・・ (Portal:スタブ) |
| うぉ~す!!みんな、アンサイクロペディアを満喫しているか~?なんや、この記事「 野原しんのすけ 」はまだまだ書きかけでユーモアが足りてないやないか。よっしゃ、ウチがこの記事に加筆して、もっとおもろいモンにしたる。見ててぇや。 (Portal:スタブ) |