金玉 (秘書)

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親愛なる指導者、金正恩同志は見ている。
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金玉[1](キム・オク、김옥、きん・ぎょく、きんたま、1964年8月28日 - )は北朝鮮金正日の個人秘書だった人物で、北朝鮮国防委員会課長の地位にあった。金正日がもっとも寵愛した女性と呼ばれ、金正日の詳細な病状について詳細を把握し、後継者選びに関して重大な影響を持っていると言われた。

来歴[編集]

  1. 喜び組養成学校と呼ばれる平壌金星高等中学校を卒業。その後、喜び組の一員として、金正日の愛人のひとりとして寵愛される。
  2. 1980年代より朝鮮労働党中央委員会総書記の個人秘書となる[要出典]
  3. 2001年ごろ国防委員会課長になったといわれている[要出典]
  4. 2006年金正日の重要な国内視察や中国大陸を不法占領している連中とのTOP会談にも同行している様子が観察された[2]
  5. 2006年7月、金正日と同棲が報じられた[3]
  6. 2008年、金正日の娘といわれる子供を出産する[4]
  7. 2011年、金正日死去。その後の動向は不明である。

逸話[編集]

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来歴にもあるとおり、1980年代から金正日の個人秘書を務めていたが、喜び組の構成員が持ち回りで秘書を勤める事は当時としては珍しい事でなはかった。

しかし、その美貌から金玉は金正日にかなり気に入られ、その事がさまざまな事件を生んだ。

その最たるものは、噂を聞いた金日成が、金正日に対して、自分に金玉を譲れと命令した事である。何と金正日は金玉を取られそうになったのである。金正日は、金玉を取られてしまっては、男としてやっていけないとして、父親に激しく抗議した。その直後、金日成は病気に倒れたため、この件はうやむやになり、ほどなくして金日成は亡くなっている。

また、金玉があまりに寵愛される事を妬んだ他の喜び組のメンバーが、金玉を激しく折檻するという事件が起きた事がある。そして偶然にも金正日がそれを目撃した時、金玉は激しく蹴りあげられている最中だったという。金玉が蹴り上げられている様子を見た金正日は、激しく悶絶したといわれる。

また逆に、金正日が金玉を寵愛している事から、逆に金玉に取り入って金正日のご機嫌を取ろうとする喜び組のメンバーもいた。あるメンバーは金玉を特に可愛がり、他のメンバーから金玉がいじめられないように身体を張ってかばい、金玉から絶大なる信頼を得る事となった。そして金玉はその女性の言う事を素直に聞くようになった。いわば金正日の金玉を完全に握る立場になったその女性に対し、金正日は頭があがらなくなったと言われる。

だが、2000年頃までは、金玉の存在は外部には知られていなかったため、米韓ともにさほど重要視していなかった。これは、金正日が大切にするあまり、金玉を公の場で公開する事を躊躇ったからだと言われる。例えば、とある北朝鮮政府高官のみが出席するパーティにおいて、金玉も同席していたのだが、その場に予定には無かった中国の政府要人が報道関係者を引き連れて訪れるという事件があった。予定には無かったハプニングに金正日も驚き、あわてて金玉を隠そうとした。金正日は自分の金玉を必死で手で覆い隠したのである。

やがて、金正日が自分の金玉をことの他大切にしているという事実は外部にも知られるようになり、着々と存在感を高めていった。上記の通り2006年には、国内視察や中国との会談の場においても、金玉は金正日と同行するようになる。金正日は思い切って、自分の金玉を広く公開したのである。

そしてそれ以降、米韓はじめ諸外国は、金玉を対北朝鮮政策の鍵を握る人物であるとして、特に注目していた。まさしく、金玉は金正日の最大の急所である、と言われた[要出典]

2008年以降は、持病の問題もあり、かつてほど多くの女性と関係を持つ事は無いとされた金正日であるが、金玉だけは特別であった。側近の間では、金玉のおかげで金正日は男でいられると、噂されていたという。

金正日は2011年12月17日に、地方を視察している途上に急病で死去したとされるが、心筋梗塞という病名が発表されただけで詳細は不明である。一説によると、金玉との性行為の最中の腹上死とも噂される。つまり金正日は、自分の金玉をいじっている最中に死去したのである。

脚注[編集]

  1. ^ なお、日本のマスゴミはあろう事か「金玉」という漢字表記を避け、「金オク」と表記しやがることが多い。
  2. ^ この状況は第三夫人の高英姫が2004年に死亡したことが関係するといわれている[要出典]
  3. ^ これを報道したのが北朝鮮のメディアであるか西側メディアかどうかはソースからは不明である。
  4. ^ 1941年生まれ、しかも8月に重大な病気にかかってしまった当時の金正日に生殖能力があるのかどうか疑問である[要出典]

関連事項[編集]