鈴木信行

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近影

鈴木信行(すずき のぶゆき、1965年8月5日生-)とは、国際的に有名[不要出典]な杭テロリスト兼マック赤坂の後継者である。

「次があるさ、俺たちも応援するぜ!……めんどくさいから投票には行かない。え?当選したの?[1]けど。」
鈴木信行 について、ネトウヨ
「僕は?」
鈴木信行 について、マック赤坂
「君は僕に似ている」
鈴木信行 について、安倍晋三

略歴[編集]

東京都葛飾区生まれの典型的な江戸っ子。生来の腕っ節で身を立てよう、と空手ボクシングなどの格闘技に打ち込んではみたものの、飽きっぽい性格と喧嘩っ早さが災いして、どれも身につかないまま投げ出している(実際は顧問の先生をブン殴って退部させられている)。 そんな中途半端な自分にケジメをつけたい、と手を染めてみた右翼活動がいたく気に入り、反米闘争に現を抜かしていたところ、京都の神主・魚谷哲央に誘われたのをキッカケに政治活動家へと転身。1995年の維新政党・新風結党に参加し、以来選挙マニアへの道をひた進むことになるのであった。

選挙[編集]

政治を志した以上、いくら立派な事を有言実行しようとも、議員バッジをつけないと誰も相手にしてくれない。そんな訳で、鈴木も2007年に行われた第21回参議院議員通常選挙に出馬、東京都選挙区において公明党山口那津男やフリーアナウンサーの丸川珠代を相手に善戦するも落選。せっかくの供託金も没収されてしまったのであった。次回に再起を誓うも、2010年の第22回参議院議員通常選挙においては資金難を理由に維新政党・新風自体が出馬を断念。独自候補(無所属[2])として出馬も考えていなくもなかったが、軍資金の殆どは魚谷哲央のポケットマネーでもあり、スポンサーの意向には逆らえず、泣く泣く引き下がったのであった。

雌伏[編集]

選挙への出馬を断念したとは言え、ただ鼻毛を抜いているだけでは支持など得られない。リベンジを期した鈴木信行と愉快な仲間たちによる地道な地道な三年間がここに始まったのであるが、あまりにも地道過ぎて特筆性の疑わしい活動(ボランティアなど)が99%以上を占めるため、ここでは主なものだけを紹介する。

代表就任
4度[3]の惨敗(全候補落選、供託金没収)に心が折れてしまったのか、すっかりボケてしまった魚谷哲央に引導を渡したまではいいのであるが、代表の座を巡って福岡県本部の馬場能久(ばば よしひさ)と激しく対立。あらゆる勝負を挑んでも決着がつかなかったため、結局選挙によって代表を決めることに。2010年11月の党大会において投開票が行われ、どうにか辛勝。2011年1月に新代表として維新政党・新風に君臨することとなったのであった。が、政策・主張的には先代とあまり変わるところがなく、党内外から「魚谷のソックパペット」という陰口が叩かれるも、まったくその通りであるため、まったく気にしなかった。
韓国旅行
隣国の偉大な文化を学ぶため、2011年8月に鬱陵島2012年6月にソウルへ渡航。いずれも大変な歓迎を受けたが、第一回目の旅行では手土産の持参を忘れてしまった事を深く後悔した結果、第二回目の旅行では日本大使館前に鎮座まします「慰安婦像」の隣に記念碑を建立。そこには「日韓友好」と書いたつもりが、ハングルに疎かったために「竹島は日本固有の領土」と書いてしまったため、全韓国人唐辛子色の涙を流して怒り狂うこととなったのであった。
杭テロ
楽しい楽しい韓国旅行から帰って来ると、何故だか韓国政府から入国禁止処分を受けてしまったばかりか、テロリストとして日本政府に身柄の引渡しを要求されたそうであるが、日本には忘れ物を処罰する法律がなかったため、鈴木の身柄が引き渡されることは(とりあえず)なかった。この一件は韓国人によって「杭テロ」と呼ばれ、大々的に喧伝され、北朝鮮には南朝鮮を下した英雄と評価されたそうなされなかったそうな。

落選と栄光[編集]

2013年から、繰り返し落選芸を披露していたお笑い枠であったがついに、4年の歳月を経てついに、2017年に当選を果たす。なお、NHK(日本引きこもり教会)から国民を守る党のオンリー立花孝志もオマケに付いたので、葛飾区は見世物としての議会コントを観光事業としてシフトする可能性する可能性もある。なおその後、調子に乗って、風俗嬢におちんぽをしゃぶってもらう会に就任すると、おちんぽしゃぶってもらいたさに、一転して、懇意だった、性病になろうが日本の中出し文化を守るためを旨とした市民団体、梅毒会を非難したので、あえなく相打ちとなってしまった。なお、梅毒会に所属するAV女優も不満を露わにしているので、職業に貴賎無しの鈴木の主張がブーメランとなってしまうのは明白になりそうな予感。

脚注[編集]

  1. ^ いつだったか、選挙の出口調査では維新政党・新風が得票トップだったにも関わらず、実際の得票はその一割にも満たなかったそうな。
  2. ^ 当時は、同一の政治団体から10名以上の候補者を立てないと、政治団体名を名乗ることが出来なかった。
  3. ^ 鈴木の出馬以前に、維新政党・新風は3度の参院選に挑戦していた。

関連項目[編集]