鈴木央

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鈴木 央(すずき なかば、1977年2月8日 - )は、福島県須賀川市出身の漫画家。通称・ばっちょ

週刊少年ジャンプ集英社)でデビューし、むしろ作品以外の分野で様々な名言を生み出して来たが、一旦週刊少年サンデー小学館)へ移籍。さらに週刊少年チャンピオンを経て現在は一ツ橋グループの天敵週刊少年マガジンに在籍。ここ最近のノリノリっぷりから、また新たな名言を生み出しそうな予感。

経歴[編集]

1994年
  • 週刊少年ジャンプでデビュー。
1998年
1999年
  • 『ライジングインパクト』が打ち切られたものの、読者の要望により3ヶ月で連載再開となる。この出来事は『ライパク現象』と名付けられ、その後も打ち切りを喰らった漫画の狂信者ファンによる署名活動や嘆願書運動の際に頻繁にその名をみることが出来るが、この異例の再開を果たしたのは後にも先にもこの作品だけなので、自分の好きな漫画が打ち切られても、決して変な希望は持たないように
2002年
  • 『ライジングインパクト』が再度打ち切りを喰らう。
  • 半年後、『Ultra Red』の連載を開始。
2003年
  • 『Ultra Red』が、あっという間に打ち切り。このとき、最終回のモブキャラの中に忍ばせた『バイバイジャンプ』という言葉は、週刊少年ジャンプとの奴隷専属契約を解除した漫画家のことを指す言葉として有名になった。
2004年
2005年
2006年
  • 『僕と君の間に』の連載が終了。打ち切りだとか円満だとか色々物議を醸してるけど、結局この作品以降集英社で作品を発表していないことからして、まぁ真相はお察し下さい
2007年
  • 『ブリザードアクセル』連載終了。
  • 半年後、『金剛番長』の連載を開始。色んな意味で物議を醸し開始から1年以内に3度の表紙を獲得する(だが、人気は長く続かず周年カラーはもらえてない)。
2010年
  • 『金剛番長』が巻末付近でひっそりと終了。
2011年
2012年
  • しかし、マガジン読者は真島ヒロ以外のファンタジー漫画に飢えていた。読み切りが好評だったことから設定をリブートして『七つの大罪』を連載。んでもってコレが5年以上も続くばっちょ作品初の大ヒットとなっている。結局、マガジンが一番お肌に合ってたみたいネ。因みに、ジャンプリミックスレーベルのコンビニコミックでライパクが再販された際にシッカリ「『七つの大罪』の~」というコピーがメリオダスのイラスト入りで掲載されたのはナイショだぞ!

人物[編集]

  • 人嫌いなうえに物凄い速筆なので、アシスタントがひとり(仮称・黒峰さん、幼馴染の女性)しかいない。っていうか出版社移籍のドサクサに紛れて、いつの間にか黒峰さんと結婚しやがった。けしからん。
  • デビュー以来ずっと「ファンタジー描きたい・・・」って言ってるのに、正統派ファンタジーが出て来た試しがほとんどない(『僕と君の間に』くらい)。でも『金剛番長』は、ある意味物凄いファンタジー。そんでもって、待望のファンタジー漫画『七つの大罪』が一番ヒットした。

作風[編集]

  • ショタコン設定が大好きだが、小学館では特にそんなことはなかった。むしろロリk(ry。かと思ったらねちょねちょした液体をくっつけたショタを出しやがった。そして、最近では再びショタ漫画を発表している。
  • とにかく設定がやたらとインフレしてしまう。最終的には人間規格を超えることも。
  • むしろ『金剛番長』は、その癖を逆手に取ったとしか思えない。
  • プニプニキャラと筋肉キャラがやたらと出てくる。それ、正反対ちゃうん?

作品[編集]

関連項目[編集]

Wikipedia
ユーモア欠落症患者のために、ウィキペディア専門家気取りたちが「鈴木央」の項目を執筆しています。


金剛番長.jpg この『鈴木央』は、漫画に関する項目にしちゃまだ情報が全然足りねぇ
これじゃスジが通らねぇな。
てめぇらの力と根性で、もっと充実した記事に仕上げるんだ。
何!?そこまでの文才が足りねぇだと!!?そんなこと
知ったことかーーー!!! (Portal:スタブ)