長門

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長門(ながと)とは、山口県西部の令制国名である。関門海峡を示す「穴門」の語が転じ、それに面する地域を示す語になったといわれている。

しかし後述の事情から、現代においてその用法で用いているものはほとんどいない。

目次

[編集] 長州の呼称

江戸時代、周防と共に長門を統治していた毛利氏は、長門の別称である長州(ちょうしゅう)をつけて「長州藩」と呼んでいた。こちらは「長」を「ちょう」と読むため、長門と同一視されない、というよりすることが出来ないものが増えた。長州といった場合、長門国だけでなく現在の山口県域、すなわち周防国も含む場合が多くなっていったからである。

[編集] 軍艦名

旧国名は「大和」や「武蔵」に代表されるように、軍艦の名称で使われることも多い。「長門」も例外ではなく、特にこれは「陸奥」と並んで戦前の大日本帝国が誇る戦艦であった。その結果、「長門」の名は軍艦名をさして用いられることが多くなった。

[編集] 人名

明治8年の平民苗字必称義務令により、それまで苗字を付けることを許されていなかった庶民が、逆に突然それを付けなければならない事態になった。そのため、庶民は必死に苗字を考案した。旧国名は地名の接頭詞などとして広く用いられていたため、それを付けるものが現われるのは当然の流れであった。

かつては、人名としての「長門」は妻がアイドルと混同されてきた俳優の事を指していたが、21世紀に入り「長門」が某作品の登場人物の名前に採用されたこともあって、若者を中心に「長門」はそれを指して用いられることが増えた。

[編集] その他

その他、平成4年まで4回列車名に採用されていることも上げておく必要がある。同じ山口県の旧国名である「周防」は昭和43年までの1回しか採用されていないから、山陰本線の列車名として認識しているものもいないとは言えない。また、市の名称にもなっている。「周防」との格差は結構見られるのかもしれない。

[編集] 関連項目

長門出身の政治家