高松琴平電気鉄道

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高松琴平電気鉄道(たかまつことひらでんきてつどう)とは、香川に生きる中小私鉄である。モータリゼーションの波にのまれ赤字続きの厳しい経済状況にあり、いつ廃止されてもおかしくない…と言うより一度倒産した。磐梯急行電鉄に次ぐ鉄道会社倒産となり、今現在は自浄努力により経営が上向いている。

なお、現在公式使われる会社名は「ことでん」である。

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会社概要[編集]

線路総延長は60.0km、香川県の真ん中で _K 状に線路網を張っている中小私鉄に分類される電鉄である。そのくせ車両総数は90両弱と多い。いつも2両編成の電車が15分間隔で走っており、朝のラッシュには4両7~8分ヘッドに膨れ上がるなど、他の中小私鉄とは一線を超えた存在である。でもなんで倒産したかだって?それはのちほど。

路線[編集]

ことでんは、ドル箱高規格の琴平線・乗客増えた長尾線・切り捨てたい志度線の3路線をもっている。 なお、3路線とも別々の鉄道会社だったが戦時統合で1つとなった。大東急とおんなじだね!

琴平線[編集]

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琴平線はことでんの前身、琴平電鉄が敷いた瓦町 - 琴電琴平間が原型…というかそのまま。琴平の方へ行くと開業当時の施設がそのまま残っていたりする。滝宮駅なんて開業当時の写真と今の写真、駅舎変わってないし。 琴平電鉄が線路を敷くにあたって参宮のためとはいえ、何を勘違いしたか当時の超高規格路線と超高級車両を作り開業した。例えて言えばローカル線じゃなくて新幹線作りました状態。金毘羅宮あるとはいえ、大正15年の香川は田舎で田んぼばっかりだったのに。

長尾線[編集]

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長尾線は東讃なんたらかんたらとかいう長ったらしい路面電車の路線がもとになっている。当時の電車は2軸のマッチ箱にパンタグラフが付いたような電車だったが、今では京急の18M級車両が走る路線に。 おかげで留置線のキャパシティを超えており、大型車両を入れたくても入れられない状態に。 イルカBOXに長尾線の車両が小さいと文句が書かれ、会社側の回答が大きいの入れたいけど留置線小さくて無理なんですごめんなさいのやり取りはもはや風物詩。 近く京急の700形が名古屋のちび600形の置き換え目的で、長過ぎる8両編成で入線する。 ・・・置き換えと言っても志度線にちび600を転属させ、志度線のボロを廃車(重機の餌)にするためなのだ

志度線[編集]

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こちらもまた路面電車が前身。ただしR90の房前前カーブが残っていたりするので15M級の中型車天国。 ちなみに、志度・長尾線を走っている600形の前身は名古屋市営地下鉄の黄電であるが、京王重機魔改造により冷房化とパンタ集電&車高上げに成功。白羽の矢が立った理由は、「使える短い車両が無いから」。路線が消えるまでこの車両であろう。 ついこの間まで京浜230系の生き残りが走っていたが、冷房化100%達成で他界されました。合掌。

瓦町で志度線だけ切り離されたのはいまだもって語られるネタ。長尾線の600が800とかいって貫通ぼろをとられて使われている。

1976年には今橋駅近くで正面衝突事故を起こしてエクストリーム・謝罪に初出場を果たし、負傷者点1120点を獲得した。

ICカード[編集]

昨今の流行りICカードに乗って、ことでんもICカードIruCaを作っている。 IruCaに現金をチャージして商店街で買い物するとポイントが付いたり、乗車すればするほど料金が割引されたりとお得。 ただし途中下車には対応してないので途中下車する時は注意。

なお、IruCaの名前の由来だが、ことでんが倒産した時の議論の時に「琴電は要るか、要らないのか」から 要るか→イルカ→IruCaとなった。 会社のキャラクターがイルカなのもこれが元である。