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(かなえ)とは、なかなか立たないことで有名な古代中国の宝器である。

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概要[編集]

元々は神に捧げる生贄を煮たり焼いたりするのに使う鍋だったらしいが、祭祀を仕切るのは権力者と決まっていたため、必然的に権力の象徴となった。器を3つの脚で支えているのが大きな特徴である。中でも王朝に伝わる鼎は、九鼎と呼ばれて特に知られている。

鼎が立つことを鼎立と言うが、この言葉の存在は裏を返せば立たない鼎、つまり何か入れただけで簡単に壊れてしまう粗悪品が世に数多く出回っていたことを物語っている。むしろ鼎がまともに立つのは珍しい方であり、中国4000年の歴史といえど鼎が綺麗に立ったという記録は数えるほどしかない。それだけに、歴史の中には、この鼎を何とか立たせようと頑張った人もいたようである。その中でも諸葛亮という人は余程の暇人だったのか、立たない鼎を無理やり立たせることに人生の大半を費やしていたことで有名である。ちなみに彼は頑張って鼎を立たせてみたものの、近所の人がその中に馬を入れて炎で煮炊きしたため、重量オーバーで脚が全部折れて早々に壊れてしまったと伝わっている。[1]

九鼎[編集]

周王朝に伝わる九鼎は、九つ集めるとどんな願いもかなえてくれる…のではなく、禹王日本九州から取り寄せた青銅を使ってこしらえたのでこの呼び名がある。その後から周に渡り、最終的に始皇帝が川に捨ててしまうまで、王権の象徴として代々受け継がれた。

春秋時代になり、荘王は、周の都である洛邑の目と鼻の先までやってきて「周の鼎は(粗悪品だから)さぞ軽いんでしょうなあ?」と周王を挑発した。この有名な「鼎の軽重を問う」の故事は、周の鼎に疑いがかけられるほど、大量の粗悪品が巷にあふれていたという事実を示している。また戦国時代の武王は、どうせ99パーセント偽物だから大して重くないだろう大丈夫だと鼎を持ち上げた結果、残念ながら本物だったようで、重さに耐え切れず骨が折れてそのまま死んでしまった。このように、鼎というのは、大半がまがい物だというのが当時の人々の共通認識だったのである。

関連項目[編集]

脚注[編集]

  1. ^ 彼は鼎を立たせると世の中が平和になるとかいう迷信を本気で信じていたため、家族を始め周囲の人間は皆呆れていたという。