鼻血んぼ

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鼻血んぼ(はなぢんぼ)とは、世間一般に名作と呼ばれた漫画の終わり方を間違えるとどうなるか、また大御所作家だからとその作家を甘やかしてやりたい放題を看過するとどうなるかを後世に伝える大変によい事例である。と同時に、作者の思うがままに作品を作り続けるとどうなるか、そして、例えある分野について門外漢、無知蒙昧極まりなくとも名の知れた作家がドヤ顔で描くと、虚構さえ事実となりえた時代があったことについてを明示する意味では、大変に恐ろしい作品である。

ついでに、漫画を根拠に事実を断定する人間が少なからずいるという世の中のしょうもない現実を顕現させた作品でもある。

チホウ進出

概要[編集]

なお、鼻血んぼとは、あくまでもインターネットにおける俗称であり、本来の名称は美味しんぼである。その内容についてかいつまんで説明すると、1983年にビッグコミックスピリッツで連載を開始したこの作品は、原作を雁屋哲氏、漫画を花咲アキラ氏が担当し、連載開始当初から、日本のについて鋭い意見や埋もれていた食材の発掘などで数々の功績を残し続け、1980年代後半、バブル期において一種の食に関するブームを起こした名作である。

しかし、美味いものを食い続けて30年、家族との不和や会社仲間とのふれあい、その他をごちゃ混ぜにし続けながらそれなりもそれなりに売れ続けた作品である美味しんぼの原作担当であった雁屋氏が、2013年ごろから突如発狂。その結果、この作品は、それまでに得た名声や実績を全て打ち壊すかのような、狂った作品となってしまい、その結果として、2014年4月末にとんでもない主張を雑誌に掲載。即座にインターネットにおいて鼻血んぼという蔑称が発生する。しかも、やらかしたことを考えれば、このような蔑称ですらまだ生ぬるいというとんでもない事態に陥ることになる。

実の所、これ以前から発狂の兆候はあったのだが、雁屋氏が自分自身に陶酔・酩酊しながらも巧妙に、竜の逆鱗や地雷を踏まずに渡ってきたため、大事にならずに済んでいた。実の所それだけだったりする。つまり、運が良くメッキが剥がれなかっただけだった。

2014年、雁屋氏はとんでもない地雷を踏み、見事、テレビニュースや各種情報誌によってその発狂ぶりが拡散された結果、日本中にああなってはいけないという姿を知らしめることになる。それと同時に、彼の本性を知っていた一部の人々は「ようやくあの男の狂態が周知のところとなったか」と溜息をついた。けれども、この記事では、作者および作品についてはさることながら、編集部及び出版社の功罪および、その危惧についてを明確にすることで、少しでも作品の打ち切りおよび雑誌の廃刊になった際の業界のダメージを減らすことを心がけるものである。

ストーリー[編集]

この問題の遠因は、2011年3月11日に発生した東日本大震災にある。

当初、美味しんぼおよびビッグコミックスピリッツ編集部は、震災で大きな被害を受けた東北地方、とりわけ福島県について、積極的に漫画の題材に取り上げ、被災者の立場にたった数々の作品を啓上すると同時に、震災後の情報発信について、様々な形で国民を啓蒙する。これは、当時、情報統制に近い形で現場の生の言葉が外に漏れ出さない環境の中、もしくは漏れだしたとしても決して大きく取り上げられることのなかった環境の中では、それなりでかつそれなりの反響をもたらしたことは確かである。と同時に、25年以上の連載の中、マンネリと言われ、どうしてもバブル期のにおいの残る古い感性に彩られなければならなかった作品に、新しい息吹を芽生えさせたことも事実である。けれども、食に関して読者に啓蒙を行うというスタイルから、震災という現在進行形の諸問題について読者に情報を発信するスタイルへ変化していった結果、今度は代わり映えしない震災漫画という一つの落とし穴にはまったことも事実である。

と、同時に作者及び編集部の狂気が徐々に深まっていく。

というのも、かくばかり偏向された大震災後の情報化社会にとって、独自の情報の出し手というものは、その情報に餓える人々とその情報を周知させたい人々にとってまさに神様に等しい存在にまで祭り上げられる傾向にあり、その結果として、カルト宗教みたいな形で自分の信じているものこそ正義という誤った認識を刷り込まされることが多い。かどうかは知らないが、そういうことでないと、この発狂について説明できない。

もっとも、被災直後に継続的に東北の被災地の現状や情報、特にこれから何をすべきかについて明確な答えが示されたなどという話が皆無であったため、民主党政権下においてはたとえ漫画であったとしてもその価値は大きかったことは確かである。

けれど、これが2012年12月より自民党のしかも安倍晋三政権における災害復興へと移行したことで、美味しんぼの作者および編集部の狂気が色濃くなっていく。実際、原作の雁屋氏は名うての自民党嫌いとして有名で、その言動から何から、常に権力批判を繰り返すことで悪名も高かった。そして、震災から2年を経過すると徐々に震災復興に関する話題についても、彼の情報を支持し続ける人も少なくなっていき、後はまさにカルトのような形で作品を愛する少数の支持者と、被災地の情報を発信しなければいけないという妄執に取り付かれた作者、そしてそんな彼をバックアップする編集部のみ、情報化社会の中で孤立していくことになる。その結果、さらに暴走していくのは致し方ない。

結局、2013年からは本格的に美味しんぼで震災復興に絡めた政権批判を始めた結果大衆がどんびきして、一気に支持者を減らすことになり、反比例する形でカルト色を強くしていく。

鼻血[編集]

最終的に、2014年4月28日、美味しんぼの作者である雁屋氏と編集部は、ビッグコミックスピリッツの紙面で福島へボランティアにいった作品の主人公たちに、鼻血が止まらなくなり、疲労が抜けなくなっていくという描写を掲載。その症状について福島県全域で、しかも福島県民の多くに現れており、さらにその話が隠蔽されているという、情報化社会を覆すようなトンデモ説を繰り出し、全て放射能による影響であるとのとてつもなく巨大な風評被害を撒き散らす。そしてなおかつ、その事実についてを日本政府(とマスコミ)が隠蔽しているという話に持っていこうとする。

この瞬間、日本の食に関して明らかに一時代を築いた名作が、原作者を含めて30年をかけた一大ギャグ漫画に変貌。一瞬にして、以下のメッセージを世の中にぶちまけたことについて、作者も編集部もまったく気づいていないところが恐ろしい。

つまるところ、美味いもんばっか食って自分の言いたいことだけ主張してなおかつ、新しい考え方を否定する人間はいずれこうなる

いずれこうなる。

鼻血?[編集]

これが雁屋氏の考える福島だ。

そもそも、twitterブログといった情報発信媒体が存在する中で、庶民の間に鼻血が蔓延して、しかもそれが福島第一原発による放射性物質汚染であると主張するには、あまりにも証拠がなさ過ぎると同時に、反証がありすぎる話である。

というのも、この作品におけるメッセージの胡散臭さおよび原作者の胡散臭さ自体が一番の反証であると同時に、何よりも作中における放射性物質に関する知識が第二次世界大戦後における広島長崎の悲劇のイメージで止まっているため、それ以降の新知識やそれ以外の事例についてまったく触れようともせず、単に鼻血だけを傍証に持論を繰り返すのだからひどい話である。

と同時に、福島県全域が放射性物質に汚染され、さらには除染についてもまったく意味がないなどという笑い話も掲載。そもそも同じ福島でも会津辺りだと宮城の仙台と殆ど距離が変わらない。

あれは、作者の胡散臭さを心から笑ってくださいというメッセージであれば、本当に素晴らしいギャグ描写である。実際問題として、福島県以上の濃度の放射性物質で汚染された広島市でも長崎市でも、その後、まったく人が住めない土地になったという話は皆無であり、もっとも放射性物質の濃度の高かった爆心地についても、2014年現在、普通に住み続けている人がいるという事実を考慮すると、人間がここまで愚かになれるかという驚愕をもたらすと同時に、過去の事例についてまっっっったく考慮していないことも明らかになる。

もちろん、広島でも長崎でも放射線障害で亡くなった方は大勢いる。けれども、それがいつまでも続くものであるかというと、まったくそんなことはない。結局は、福島原発の20km圏内における放射線障害の存在は否定できるものではないのだけれど、それ以上の濃度で汚染された両地域が、50年どころか20年程度で原爆が爆破した直下であっても、普通の生活空間が取り戻せた件を考えると、やはり、あの作品が高尚なギャグ漫画であることは間違いない。

しかし、そんな話をまったく考えずに、単に放射性物質が広がったというだけで、そこに住んでいる人に対して、住んではいけない土地に住んでいるなどという話をぶちまける、風評被害どころか差別助長に近い話を掲載する、掲載した、掲載し続ける編集部と出版社が存在した。まずいどころの騒ぎではない。無論、あれがギャグ漫画であれば大変に素晴らしい編集能力である。笑いどころは、自分とこの雑誌と自分の会社を傾けてでも1つのギャグを押し通す関係者一同。こんな壮大な規模のギャグ漫画は空前絶後であると同時に、せめて親会社は止めろよと思わなくはない。

また雁屋の信者の一部はウクライナの事例を援用し、キエフなどが放射性物質まみれであると指摘する。おそらくウクライナが2013年末辺りから内紛起こしてドエライことになっているのも放射性物質を皆が浴びて発狂しているからに違いないだろう。

鼻血![編集]

ちなみに、20km圏内の放射性物質にしたって、結局のところ、汚染されたにしろ空気にしろ、基本、が降れば放射性物質はに溶けて下流に流れ、に行きさえすれば、攪拌されて無害になる性質を持っている。

でなければ、2014年現在、広島も長崎も鼻血が出まくる場所でなければならない。もちろん、これは日本の場合である。事実、まったく雨の降らない砂漠で核実験をしまくった中国については、いつの日か雨が継続的に爆心地に降り続けないかぎりは、数万年単位の汚染を覚悟しなければならない。が、ここは日本である。高温多湿で毎年毎年雨が降りまくって地表の放射性物質を海に流し続ける日本である。

ちなみに、福島第一原発からの汚染水太平洋に流れ込むことについて、太平洋全域の水の総量と1日当たり漏れ出る汚染水の量を比較すると、およそ4200兆年ほど経過すれば、福島原発の放射性物質が太平洋全域を汚染することが分かっている。あわせて、1950年代の南太平洋における各国の核実験の弊害が太平洋全域に及んだとかいう話は未だ存在しておらず、ついでに言えば、23回もの核実験を行い、中には水爆実験も含まれたビキニ環礁について、1994年に放射性物質を調査したところ、年間15mSvの放射能しか残っていなかった件については、つまり、そういうことである。もちろん、この値は人が永住するには高いとされ、ビキニ環礁から他の島々へ強制的に住民が移住されたなんて話もあるけれど、だとしても、福島原発以上の放射性物質をぶちまけた場所で、40年を経て15mSvである。

あわせて、年間15mSv(15ミリシーベルト)という数字を説明すると、放射性物質に汚染されてない場所でも年間1mSVもの自然放射能が存在するとされ、自然界に普通に存在する放射能を有する物質(ラドンなど)に影響された地域を含めれば世界平均で2.4mSV、福島県の避難区域とされる地域が年間20mSv以上、避難解除された区域が年間20mSv以下となっており、原発周辺については数字が表されていないものの、それ以外の地域では年を経るごとに年間に受ける放射線の量は減少している。無論、各地で行われている除染活動もさることながら、雨が降れば降った分だけ減り、放射線を出す物質も、基本、時間がたてば出す放射線の量は減っていくわけで。そのため、続々と帰宅可能になる地域が出ているにも関わらず、なぜだか、福島県全体が放射性物質に汚染されてるてあーた。

ゆーとくけども、2014年現在、ビキニ環礁は格好のダイビングスポットとされ、原水爆実験で沈められた各種艦船は格好のダイビングポイントとなっている。ついでに、2010年に世界遺産にまで登録されているんですがね。

ああなってはいけない[編集]

もちろん、こういった現実の話を考慮すらできぬまでに狂気に囚われ、放射線被爆に関してSAN値チェックをする必要すらなくなった雁屋氏については、なぜそうなってしまったかをしっかりと検証しなければならない。実際、こんな形で発狂する前の美味しんぼと編集部については、確かに被災地の情報を定期的に知らしめるという使命感と、被災地の人々の生活を少しでも良くしたいという意識があったことは確かであるけれど、それがわずか3年で福島県全域が人が住める状況ではないとまで言いのけるレベルにまで追い詰められたのは、確実に何か別の原因が存在する。

実際、日本の放射線被爆に関する報道については、福島第一原発が爆発した直後から政府主導の下で情報の拡散が抑えられている実態が存在し、原発から20km圏外の住民の声も、基本的に全国に届けられない、継続的に報道されないシステムとなっている。そのため、そういった声をあげなければいけないという使命感に取り付かれるのもある意味、仕方ないのだけれども、いかんせんそれがなぜ、どうして、福島の内陸部まで人は住んではいけないなどという極論に達するのかがよく分からない。

まぁ、あそこまで行くとアホすぎて分かりたくもない。けれど、そんな原作者をまったく編集者も編集部も省みなかったことだけは確かである。

ついでに言うと、被災地の情報の拡散を阻害するシステムは聳え立つクソである菅直人元総理大臣と当時の民主党政権の失態を隠し通すために整備され、各種報道機関が粛々と従ったものである。それを、自民党政権になってから問題にするのがすでに問題であると同時に、自民党政権になってから、数々の情報の公開と矢継ぎ早の政策運営で、クソの中のクソ、民主党政権下であれほどまでにバラッバラだった被災地において、ようやく民心の安定が訪れようとした矢先のこの発狂である。

逆に言うと、こんな漫画みたいに発狂したくなかったら、ちゃんと自分達で情報を得て、自分達で考えるようにしなさい。そして、自分達にとって都合が悪くてもちゃんと検証しなさい、という話である。

なんにせよ、美味しんぼ作中における放射性物質の被害については、原発から20km圏内とかいう話ではなく、正々堂々福島県というくくりで語っているため、ただでさえ風評被害に苦しんできた放射線被爆被害とは無関係の会津地方や原発から30km以上はなれ、SPEEDI(緊急時迅速放射能影響予測ネットワークシステム)による放射性物質の拡散状況から外れていた各自治体にとっては、いらん世話どころの騒ぎではない。かの地域であれば、美味しんぼ及びビッグコミックスピリッツの焚書は正当化できるレベルである。これは、作者はもとより、この作品を雑誌に掲載した編集部、そしてなおかつ、かくばかりろくでもない話を掲載した雑誌を出版した会社にまで影響を及ぼすぐらいろくでもない。実際、連載30年に及ぶ名作が、まったく放射性物質とは関係のない自治体に対して、正々堂々人が住めないなどとぶちまけたなどという話は、出版の歴史に存在しない。

あえて言うなら、アドルフ・ヒットラーの著作であるわが闘争において、ユダヤ人への差別を大衆にぶちまけたレベルのひどい話である。その結果、この本がドイツ国内でどう扱われるようになったかは、気にしない。けれど、この作品はそれぐらいのレベルで出版社である小学館にすら大きな影響を及ぼしかねないとんでもないデマゴーグであることは間違いない。

なんて楽しいギャグ[編集]

特に、放射性物質の被害を受けた自治体とそれ以外の福島県の自治体との間で、作品掲載に関する折衝をまったく行わなかったことが明らかになっている段階で、原作者と編集部についてはもはや笑うしかない。原発20km圏内の自治体と、100km以上も離れている新潟県との境の自治体までひっくるめて、人が住めないなどと書いた時点でどうかという話のほか、なんと作中において、福島県とはまったく関係のない、岩手県から出た廃材を大阪府で処理した際に、周辺の住民数百人に鼻血や喉の疾患が出たなどという、根拠不明の話をあたかも真実のごとく掲載。その結果、福島県はもとより、大阪府からも抗議の声が上がるなど、すでにこの話題は、30年続いた作品の危機以上に、雑誌どころか出版社にとっての危機であり、何よりも日本の漫画文化に対する大いなる挑戦、そして表現の自由についての大いなる問いかけである。

とりあえず、長年培った信頼の喪失はとてつもなく恐ろしいって話は、どこぞの東京電力が知らしめたとおりである。

後、編集部にはこの件について意見できるようなマシな人材はいなかったのだろうかいなかったんだろうな。

一応の可能性として[編集]

今回の美味しんぼにおける鼻血騒動について、各種マスコミはもとより、福島・大阪・岩手の各自治体が小学館及び原作者である雁屋氏に抗議。インターネットでも盛んに議論が行われ、販売元である小学館では、次週に発売される号で関係者と専門家を交えた検証を行うとの声明を発表している。

ある意味、順調すぎて何かおかしい。というのも、自民党政権誕生後にマスコミと行政が同じ方向を向くような事態はついぞ起こらず、さらには自民党をバッシングするような言動についても過度の擁護が繰り返されるのが常態化していたにも関わらず、全てのマスコミがいっせいに雁屋氏と作品を掲載したビッグコミックスピリッツを批判。こういう、いつもとは違う状況において、何が考えられるか。

まず、隠された問題が進行しており、それを世間に広めないためのスケープゴートとして美味しんぼと小学館がいけにえにささげられたという可能性が1つ。次に、反自民で染まっていたマスコミに亀裂が入り、どうやっても擁護できない対象を見捨てることを選択したという可能性も1つ。最後に、国とマスコミと出版関係者が結託して、表現の自由について悪さをたくらんでいる可能性が1つ。

一応、それぞれについて検証すると、2014年5月現在、日本における左翼知識人が最も公表したくない事実の1つに韓国の経済が完璧に終わったという話があり、それまで公然と行っていた為替操作をアメリカが名指しでストップさせ、さらにはIMFのストレステストの結果を公表しないよう圧力をかけていたことを批判。直後に韓国の輸出産業全体が壊滅的なダメージを受けるレベルにまでドルウォンレートが上昇した結果、韓国経済を支える財閥の多くでシャレにならない事態が起こっているという話がある。ちなみに、韓国の経済における輸出の割合は90%。そして、美味しんぼで鼻血を話題にしたのとほぼ同じ時期に、ほとんどの産業で黒字が見込めなくなるまでにウォン高が進行する。

けれど、こんなクソどーでもいい話を隠す必要など特になく、為替操作を隠さなくなっていた時点で韓国経済が勝手に倒れることはすでに分かっていた。よって、この話は特に問題ではない。だとすると、朝日新聞を筆頭に反自民で結託した各種情報産業の結束に亀裂が及んだ結果、反自民党の急先鋒である雁屋氏を見捨てて、再度戦線を構築しなおすことを余儀なくされたと仮定すると、あまりにも遅すぎて笑えてしまう。特に、震災直後の混乱期における民主党擁護が生み出したマスコミへの不信については筆舌に尽くしがたく、小学館とか美味しんぼといった小物をどうにかしたところで、本丸が腐ってりゃ何もならない。ついでに、韓流とかいうどうでもいい話についても、韓国から金が流れてきていた分、韓国上げ&韓国に都合のいい民主党上げをしていただけにすぎないため、金がこなくなったらんな話は消えて当然、金の切れ目が縁の切れ目。そのため、もっとも恩恵を受けていた雁屋氏について、アホな韓国上げで信頼を失った連中が内ゲバに走った可能性も否定できないけれど、この可能性についても捨て去ることは簡単である。なぜなら、キチガイをたたいたところで金が出てくるわけじゃなし。そんなことをする暇があったら、さっさとセウォル号を上回るスピードで沈没している韓国との縁を切るほうが先である。

だとすると、最後。日本の表現の自由について楔を打ち込むことを目的に、雁屋氏以下、小学館関係者が悪魔に魂を売り渡した可能性について、せっかくなのでTPPを絡めて考えると、ようはケタはずれの日本のソフトパワーに脅威を感じたアメリカが、その力の根源に何があるかを見回したところ、かくばかり幅を利かせた表現の自由とそれに伴う巨大な漫画アニメゲームなどの産業群が跳梁跋扈している現実があり、しかも、日本人らしくしっかりと差別を嫌う意識がそれらの産業を支えていた。そういった産業群に手を入れるべく、在日韓国人差別、中国人差別といった、世界ではごく当たり前かつ常識的な差別をネット上に放り込んでも、なぜだか、表現の場ではほとんどそういった差別が根を張らなかった。まぁ、なぜだかもクソもなく、そんな表現を面白く感じるよりももっと面白い表現がたくさんあったわけだ。

しかし、それではTPP締結後にうまい汁をすえない連中が大勢いるわけで、だったら、徹底的に差別的な表現を自分達の手ごまに行わせることで、巨大な産業になった日本の表現の自由に足かせをはめようと考えたのならば、こりゃまたまったく意味がない。というのも、どこぞの金田一耕助獄門島であったように、日本の社会には、キチガイじゃから仕方ないという大変に素晴らしい寛容の精神が広まっており、アホなことをやる可能性がある人間がアホなことをしたところで、それを受け入れる広さを持つと同時に、ぶちまけたクソの始末を関係者に行わせるモラルもまた存在。それが作品の打ち切りか雑誌の廃刊かは分からないものの、結局は、キチガイのやったことはキチガイを飼ってる連中に帰ってくるのが常識となっている。よって、表現の自由に関して議論にする必要すら存在しない。

そのため、今回の美味しんぼにおける雁屋氏とその関係者による一連の暴走については、どんな意図が隠されているかは不明なものの、取り立てて騒ぐような話ではない。無論、雁屋氏の存在を日本の漫画界を代表する左派知識人とするならばとてつもない大問題であるけれども、単なるキチガイである限りは、取り立てて語るほどのことでもない。あわせて、どのようなメディアが彼を日本の漫画史に残る名作を書いた原作者と形容し続けるかで、騒ぎを大きくしたいメディアが分かる仕組みとなっている。まぁ、分かったところで騒ぎが大きくなるような話でもないけれど。

よき編集者なき作品の顛末[編集]

売れればいい。

これは、資本主義における正義の源にして、普通の編集者を堕落させていく魔法の言葉である。今回の雁屋氏の発狂及び編集部の暴走を招いたのは、ひとえに美味しんぼを担当した編集者の力量不足に他ならないのだけれども、その根本になるのが、この言葉である。実際、売れるためならなんでもするというのが、出版業界の中では1つの正義であることは間違いないのだけれども、それは、例えるなら、カーレースの創世記においてブレーキを考えずにスピードだけを重視していた時代のようなものである。

編集者も編集部も一緒になってより作者を発狂させ、暴走させたほうが作品がよりセンセーショナルになり、大衆は雑誌や単行本を買ってくれるという話は決して間違いではないけれども、その結果、どうなるかについてをまったく編集部が考慮していなかったことも丸分かりになった時点で、彼らの能力の底が見えてしまう。結局、安全面を考えないままスピードとテクニックだけが優先された時代、トップスピードでカークラッシュして車体とタイヤと火のついた燃料が観客席に飛び込んで、死者が続出。なおかつ、そんな事例が多発した結果、レース業界全体に冬の時代がやってくる。それとまったく同じである。

自分達のやった表現がどういう波紋を呼ぶかを考えずに、自分のやりたい表現ばかり追及した結果、表現の自由を地に落とすことになっても、それはそれ、表現する側からすれば大したことではないのかもしれない。けれども、冬の時代がやってくる業界にとってはたまったもんではない。もう1回。日本の雑誌や出版業界にとって、今回の美味しんぼのケースは、日本全体の雑誌と単行本の売り上げを地に落としかねないスキャンダルである。信頼というものを地に落とす行為である。

いや、まさか、編集部が擁護に回るのは想定内として、出版社まで擁護に回るとは思わなかった。

なお、大変に困った話として、今後、漫画やら雑誌などでこういったデマゴーグをばら撒くことについて、編集部が動かずに出版社がソラ見している限り、どんなに作品が間違っていたとしても、それが表現の自由だとして擁護される危険性が高い。福島県に人は住むなだの原発の20km圏内どころか福島県全体が放射性物質に汚染されているだの、フォアグラよりもアン肝のほうが美味いだのといった極論がまかり通ることで、一体世の中がどうなっていくか。少なくとも、世の編集者と呼ばれる人々は、キチガイに大きな声を与えてはいけないことを自覚しなければならない。

アンサイクロペディアはデマを肯定する[編集]

なお、ここで語っている話は、どこぞの放射能と同じデマゴーグである。何の根拠もない、単に人々を煽るだけのデマである。そのため、決して、惑わされてはいけません。もちろん、アンサイクロペディアで語られているような大嘘を信じるなんてのはバカげた話であり、なおかつ、それを現実世界に当てはめるなどというのは、タチの悪いジョークに他ならない。

けれど、アンサイクロペディアですらこんなメッセージを添付できるってのに、それをしなかった連中がいるんだよなあ、困ったことに。

結局、こういった話を通じて考えられることは1つしかない。出版社が表現の自由でクビをくくる姿をそっと物陰から明子姉ちゃんのように見守るだけである。いくらでも表現してくれ。あなた方にはその自由がある。いくらでも、漫画業界への信頼を地に落としてくれ。あなた方にはその選択肢も存在する。後、こんなことをするから、紙の媒体からKindleへ移行するんだろうなあ。うん、気にしないでそのまま続けてくれ

新雑誌の準備[編集]

美味しんぼにおける様々なトンデモ描写の結果、当たり前のことながら、しごく当然な話として、福島の放射性物質についての話題が国内はもとより海外メディアに取り上げられ、やらんでいい、考えんでいいはずの風評被害を福島県全体どころか日本の漫画業界全体に撒き散らすという笑うしかない状況の中、さっさと始めなければいけない作業がある。

それは、小学館の雑誌に寄稿している漫画家の方々がなぜだか今回の事態に目を背けることによって読者の信頼を失うという、世間一般の編集者が恐れる事態を避けるべく、ブログでもTwitterでもいいので、まともな漫画家および編集者の意見の受け皿を用意することと、雁屋氏を狂わせた狂気が他の関係者に伝播しないよう、厳重に他のスピリッツ連載陣およびそれらの担当編集を、今回のバカ話から遠ざけなければならないということである。でなければ、1人のキチガイの電波発信の結果として、日本の漫画業界に関わる多くの人生を狂わせかねない。そのため、ビッグコミックスピリッツの廃刊とそれに伴う大幅な作家陣の移籍について、小学館の関係者、もしくは小学館以外の出版社は下準備を始めなければいけない。

それとも何か。海外にまで知れ渡ったキチガイのお仲間だと世間一般に認知されたいか。

無論、表現の場であるため、一概にキチガイであったとしても才能さえあれば特に問題はないものの、いかんせん、その才能ですら枯渇している状況ではさすがにとっとと手を引いて身の安全を図ったほうがいい。ちなみに、ここで言う才能は、雁屋氏本人のアジテーターとして世間一般を騒がせる才能ではなく、かくばかり危険な劇物を取り扱う際に誰もバケツの水を用意していなかったという、編集部のほうの才能の枯渇である。そのため、ビッグコミックスピリッツの連載している漫画が、これから先、世の中にブームを起こせるかどうかがものすごく微妙な状況と化している。それは、作家の才能云々ではなく、編集者が世の中の趨勢を読む能力が著しく低下した結果である。具体的に言うと、小学生に嫌われることをした漫画雑誌に未来はない。彼らは何時の時代であっても、背伸びして大人の知識を知ろうとし、成長する過程で数々の表現を糧として考える力を獲得し、なおかつ、様々なバカな考えもまた漫画と一緒に培っていく。

そういった判断をまるで抜きにして、福島県を放射性物質の汚染うんぬんと言ったが最後、そこに住む子供達まで一緒くたに地域差別を喚起させると思わなかった思うことができなかった編集部についてどうこう言う前に、とりあえず、美味しんぼ以外のビッグコミックスピリッツの連載陣のかたがたは、全力で逃げ出すことをオススメするほかない。彼らに罪はない。ただ、放射性物質よりも、1人のキチガイの狂気のほうが、よっぽど人々を汚染する。

せっかくなので太字で書いておこう。放射性物質で汚染されるよりも狂気に汚染されたほうがよっぽどタチが悪い

心から、心から、周囲の人々は逃げ出してください。そして、彼らを受け入れる自治体ではなく、彼らを受け入れる媒体を用意してあげてください。それとも、あんな狂気を業界に蔓延させたいのでしょうか。まぁ、小学館の一部は蔓延させたいようですが。あわせて、この文章は決して、放射性物質汚染を差別するような意図はなく、キチガイの思考に徐々に汚染されていく健常者についても、差別するような考えはまったくありません。ただただ、放射線被爆からの避難状況が、なぜだかキチガイの思想から逃げる際の参考になるなあと思っただけで。

そして休載へ[編集]

5月17日、ビッグコミックスピリッツは美味しんぼの休載を発表すると同時に、10ページに及ぶ特集と編集部の見解を掲載。ここまでは特に問題はない。休載も見解の発表も事前に言われていたとおりの話である。結局、作中に堂々と「真実を伝えなければいけない」などと語ろうが、編集部の見解の中で問題提起のためにやったなどとほざこうが、小学生でも分かるデマをぶっこいた上で真実やら問題提起やら語ろうとする時点で、鼻で笑えるギャグでしかない。むしろ、一番の問題は自分達でとんでもないデマを撒き散らしてもなお、それを問題視していないところである。

なお、同じ小学館から発行されているビッグコミックでは、美味しんぼとまったく同じ時期に福島県の食に関する問題を取り扱ったそばもんという漫画があり、こちらについては取り扱ったデータや編集部のチェック、何よりも関係機関との連携が上手くいった、かどうか、は不明であるもののなんら問題になっていない。むしろ、欠陥だらけの美味しんぼと違い、しっかりとした福島の情報を理性的に読者に伝えており、あまりの表現のレベルの違いに愕然となる。あまりの編集者の質の差に笑えてくる。そして、自らアホらしい見解を語るところにまで追い込まれる編集部とたとえ難しい問題であってもしっかりと作品を支える編集部の実力の差に心を痛める。

ちなみに、もう1つ楽しい話があり、同日に行われた小学館に対する抗議デモについて、なぜだか、デモが行われる時間に覚せい剤所持容疑でのCHAGE and ASKAのASKAこと宮崎重明容疑者逮捕のニュースが全国に流れ、デモのデの字もニュースから消えてしまう。

ナイスタイミング。

なんにせよ、1つの漫画によって1出版社がデモを起こされるという話はなかなかでなかなかな話である。結局、今回のデモの主催が在日特権を許さない市民の会という段階でこの問題がどこに行ってしまったかが分かる。そして、行ったきり帰ってこれるかどうか大変に微妙な話であることも分かる。なんせ、同日の同じ時間帯に、安倍晋三首相による福島県の訪問が行われ、そこで、根拠のない風評被害について国が積極的に対応すると宣言。見事、1出版社の1雑誌における1漫画が1国の総理大臣からほぼ名指しで注意を受けるという、ある意味、出版の歴史に残る所業を達成。今後、小学館もビックコミックスピリッツも美味しんぼも雁屋哲氏も日本中から色眼鏡で見られるようになる。まぁ、自業自得であると同時に、本当に、急いで、ビッグコミックスピリッツ関係者という風評被害にあわないよう、掲載漫画やその編集担当を別の入れ物に移動させるべきである。

せっかくなので、福島県の放射線量を計ってみる[編集]

Wikipedia
ユーモア欠落症患者のために、ウィキペディア専門家気取りたちが「シーベルト」の項目を執筆しています。

4月末に美味しんぼの鼻血描写が問題となってよりこの方、どこぞの小学館もビッグコミックスピリッツ編集部も雁屋哲氏も、そして彼らを非難するメディアも新聞もテレビもなーもかもがやらないことがある。それは、福島県の放射線量を調べた上でその方法を記載するという、実に分かりやすくなおかつ、説得力のある話をなぜだか、やろうとしないメディアがそこにある。実際に、いくら美味しんぼを名指しで批判してもなぜだかデータとして提供されている福島の放射線のデータをどこのマスコミも手をつけずに放置。秘匿。民主党政権以来の常識はここでも発揮される。けれど、それを見なかったことにしたんでは、妄想に妄想をぶっこんでケツをまくるだけのどこぞのキチガイと同じである。

人間、ああなってはいけないという人間が目の前にいる以上、しっかりとデータをもとにして数字を出さなければいけない。というわけで、2014年5月18日現在の福島県の放射線量について、計測およびその手順について記載する。

別名、心からの嫌がらせという。

とりあえず、日本における放射線の量を毎日計測しているSPEEDIによると、原発から100km以上はなれた新潟県境の自治体やいわゆる避難区域に指定されない地域についてはまったく計算する必要はない状態であることが分かる。実際、数字が低すぎてデータを観測する機器すら設置されていないし設置する必要もない。逆に、福島第一原発のすぐ側の自治体のデータについては、ごっついデータが記載されているものの、それですら鼻血うんぬんというレベルには程遠いものである。

一応、5月18日の段階でSPEEDIで計測された中で最も放射線量の高いデータは、大熊町の夫沢の空間線量率(nGy/h・・・ナノグレイ/時)で18,000という数値が計測されている。ここに、放射線の種類ごとに修正をかけるのだけれども、ここでは原子力安全委員会が定めた1ナノグレイ=0.8ナノシーベルト(nSv)という数式を用いて計算する。なお、美味しんぼの作中では、この数式を用いずにナノグレイをそのままナノシーベルトに変換、あまりの数値の高さに愕然とかいうギャグが存在する。あわせて、数式がウィキペディアとはちょと違う気がするけれども気にしない。後、細かい数値の変遷として、ナノシーベルトの1000倍がマイクロシーベルト(μSv)、マイクロシーベルトの1000倍がミリシーベルト(mSv)となっており、放射能による住民の避難区域の指定については、年間当たりどれぐらい、ミリシーベルトの放射線を計測したかで判断している(数式のデータ・・・日本原燃ホームページより)。

そういうわけで、1時間あたり18000ナノグレイと言う数字を年に換算してミリシーベルトにすると、まず最初に1日24時間をかけてさらに365日をかける。そうすると、およそ157,680,000ナノグレイという数字が出てくる。この数字に0.8をかけてナノシーベルトに変換すると、126,144,000ナノシーベルトという数字が出てくるわけで、それをさらにミリシーベルトにする前に、1000分の1のマイクロシーベルトに換算すると、126,144マイクロシーベルトとなり、そしてようやくミリシーベルトにするために1000分の1にすると、大熊町の夫沢の年間あたりの放射線量は126.144mSvという数字が出てくる。そらあ、原発のすぐ側であるからしてあったりめえの数字である。けれど、人体に有害とされ、血小板が破壊されて鼻血が出るような数字はだいたい1000mSv=1Sv(1シーベルト)ぐらいとされるため、鼻血が出るとされる1000mSvまでは8年ほど必要になると同時に、実際に健康に被害が及ぶには1000mSvの放射線をごく短時間に浴びなければならないため、とてもじゃないけれど鼻血と放射能を関連付けるには無理がありすぎる。

さらに、この数字を元にして、各地の放射線量をそのまま年間のmSvに換算すると、福島市が200ナノグレイということで、ちょうど大熊町の夫沢の90分の1。ということで、世界平均よりも下回る年間1.4mSvの放射線量だという話になる。そして、原発から20km圏内に含まれるものの2014年夏に避難区域が解除される南相馬市の横川ダムが664ナノグレイということで、だいたい27分の1、ということはつまり4.6mSv。そして、美味しんぼの取材の中で原作者である雁屋氏が福島第一原発の側で活動した際のナノグレイが1200少々ということで15分の1、およそ8.4mSvとなる。後は計算がめんどくさいんでやらない。

なんにせよ、なしてこんなことをアンサイクロペディアでせにゃならんのだかと思うと、キチガイの後始末というものはそういうものだと諦めるほかない。あわせて、なんでこんな小学生でもできる計算を小学館にしろビッグコミックスピリッツ編集部がやらないのかやらなかったのかは、知りたくもない。心から知りたくもない。

反論[編集]

なお、今回の美味しんぼの騒動に関する有識者の提言の中には「もう少し冷静に論議しよう。たとえ内容が間違っていたとしても、それは客観的データで反論すべきであって、国家権力が直接介入してくるのを許していたら、結果的には言論統制につながるのでは?」と自制を求める意見も寄せられた。しかし、鼻血んぼの主張はどうみてもデマそのものであり、原作者である雁屋氏の伝える内容こそ正しいという、ある意味狂気の声は幸いにも特筆性を持つほど大きくはならなかった。

しかし、一部有識者にはとんでもないデマを掲げてなおかつそれまで雁屋氏自身が憂慮していた福島の放射線被害を受けなかった地域すらも巻き込む風評被害について目を瞑り、国やマスコミが福島や放射性物質に関する情報発信をしていない以上、仕方なかったというような極論まで飛び出ている。これについては、キチガイがキチガイを呼び寄せたのか、それとも編集部の見えざる手が働いたかが微妙であるためなんともいえないものの、情報が出てこないことを憂慮した上で、のっけから大嘘ぶっこく行為について、許すもクソもありゃしない。むしろ、多くの国民が福島県よりも美味しんぼの作者や編集部のほうを心配するというのは、福島県にとって大迷惑である。

とりあえず、美味しんぼがこれまで、「俺たちが出す美味しい料理を一緒に食べたら、主人公でもなんでもない一般人どもの対立は一瞬にして雲散霧消する」ということを前提にして、決して中立公平とは言い難い一方通行の主張を押し付け展開してきたパターンを福島県の放射性物質問題でも当てはめようとしても無理無駄不可能である。

そして、偶然にも鼻血んぼの掲載時期は、海原雄山と山岡士郎の真の和解が成立した直後だったため、なんと敵役である海原雄山ですら国の対応を批判。ツッコミ役のいないまま、単に国に対する非難だけを繰り返すこととなり、30年培った上記のパターンも崩壊。結局、30年以上美味しんぼが展開してきた主張は、しょせん非実在の親子の対立をもとに、食に関する分かりやすい説明を繰り返していたにすぎず、そのお約束が崩壊した結果、作者の主張と読者の考えの間に深い深い溝があることが露になる。むしろ、雁屋氏が発言すればするほど、より深くなっていく。

ぶっちゃければ、一方向だけの主張を繰り返すだけでは分かりにくいことこの上ない。ただそれだけの話である。けれど、そんな作中で最も重要な真理すら放棄して、雁屋氏の主張のみを掲載、編集部もまた反論について考慮せずに作品を公表した結果、大嘘をぶちまけるどころの騒ぎではなくなった。もうこの段階でギャグであるし、ギャグであると思ってあげることが、作者およびビッグコミックスピリッツの積み重ねてきた30年に対する、それなりの読者としてのそれなりの優しさである。

最終的に、これまで捕鯨問題や環境問題、歴史認識問題などで美味しい料理の名の下、作者の主張を押し付けられるだけだった読者の疑問や反発が、鼻血んぼ原発の爆発によって小学館のもとへ一斉に噴き出したという話である。それは、フクシマ問題において本来であれば風前の灯のはずだった原発存続派を生きながらえさせるどころか、むしろ、原発反対派について頷くべきところなど一つもないという確信をもたらすほどの影響を全国にぶちまける。これは、日本における表現の自由が危ぶまれるほどの臨界力を鼻血んぼが持っていた結果でもある。

で、この一連のゴタゴタの中で分かったこと。それは、原発反対派にとって雁屋哲氏は菅直人と同じレベルの無能な味方であることが証明されたと同時に、全国民から非難されていた東京電力にすら大きなアドバンテージを与え、彼らに対する世論が一気に減少。そして、何よりも、原発反対派に所属するとキチガイが感染するという恐怖が国民の中に静かに広がっていく。

祭りの後[編集]

物議を醸した雁屋と美味しんぼだが、社会は来る日も来る日も新たな問題や事件を提起するので、皆忘れる。そして忘れたころに再び美味しんぼは再開され、山岡や海原が鼻血を出す。当然、「またやらかしたのか」と非難を浴びせられるが、そうなったら、再び、ほとぼりが冷めるまで雲隠れしていればよい。その繰り返しを行うだけである。雁屋は特権階級(ノーメンクラツーラ)であり、少し位名誉や信頼に亀裂が生じたところで痛くも痒くもなく、美味しんぼの連載を続けられる。さらに日本には表現の自由という素晴らしいものがある。本格的に糾弾が深刻化してきた場合、これを盾に取ればよい。雁屋の築いた地位も併せて、美味しんぼは安泰である。富樫がどれだけ救済しても首を切られないように、美味しんぼもどれだけデマを飛ばしても切り捨てられることはない。実際、反捕鯨団体が絵に書いたような差別主義者の白人として描かれ、絵に描いたようにパーティーをしている激闘鯨合戦などは、なんとなく正しい気がするというだけで、ろくに検証もされず、多くの人が正しいと信じている。その流れで行けば美味しんぼがどれだけ適当なことを描いても安泰なのである。

2014年12月10日、原発再稼動反対という話を衆議院選挙で行うがため、かどうかは不明なものの、今回の顛末を記した美味しんぼ111巻が発売される。けれども、大方の予想通り雁屋氏の謝罪等はなく、ビッグコミックスピリッツで行った検証などもコミックには掲載せず、単にキャラクターのセリフを変えることで様々な矛盾及び明確な間違いを訂正しただけの表現に終始。さらに、雁屋氏は2015年1月に今回の騒動に関する書籍を啓上するとのメッセージを発するものの、すでに日本中の原発反対運動が風前の灯となっており、その力をそぐ大きなきっかけとなった氏の暴走の最終地点において、原発の再稼動が待っているような状況にある。その結果、コミックスの発売自体まったくといっていいほど話題に上らなかったほか、雁屋氏があれほど嫌う自民党が再度衆院選挙で大勝。もはや、日本において原発問題が選挙の話題に上るような状況ではないことを改めて証明することとなる。

まぁ、当然の話である。

逆に、福島において放射能に汚染された地域では除染作業や自然の降雨などによって放射能の数値が月を追うごとに減少していくという話とすでに多くの地域で住民の避難指示が解除され、多くの住民が戻っているという話がある中で、なぜだかアホのマスコミが報道しない状況である。これもまぁ、予想通りである。

で、その渦中の雁屋氏について、氏の言うところの1月中に今回の問題に関する反証本は出版されず、2月2日にようやく書店に並ぶことになったものの、まず、出版社が小学館でなかった時点でだいたい分かる。そして、雁屋氏の運営する出版社、遊幻舎で出さざるをえなかった時点で内容が把握できるってのが実に悲しい。そらそうだ。新情報や新しい事実があったなら、小学館で1月中に出版できてるわな。最終的に、この反証本においても「福島の人たちよ、逃げる勇気を」などとのたまう時点で、雁屋氏から逃げる勇気のほうが重要になる。そして2月4日現在、前述の大熊町の夫沢における空間放射線量は1時間あたり13500ナノグレイとなっており、2014年の際に比べて5000ナノグレイも減少している。そらあ、広島でも長崎でも、似たようなことが起こっていた以上、福島でも同じように元に戻っていくだけの話である。

戻らないのは、人間の思想のほうだけれども。

関連項目[編集]

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