F1

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F1(正式名称 FIA Formula One World Championship)とは、土屋圭一により創始された、1950年より毎年開催している大掛かりなエクストリームスポーツの祭典である。

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目次

[編集] 概要

木端微塵となったF1

F1は、1945年までのグランプリレースをさらに発展させドリフト競技としたものである。 本来の名称はフォーミュラ・ドリフト1(D1)だったのだが、後日バーニー・エクレストンが立ち上げた新カテゴリーF1から、興行上の問題点(エースナンバーなど)や名称変更の誘いが来たため、1981年にコンコルド協定によって相手側の名前を取ってフォーミュラー・1となった。フェラーリのエースナンバー27番はD1との協定で入手したものである。


レースは年間を通して19戦開催され、レースの上位10機にポイントが与えられる。19戦終了時で一番ポイントを獲得したチームとドリフトマシン(ドライバー)が年間王者となる。優勝賞金は全参加チームの参戦費用の0.1%と定められており、シーズン開催前に各国家がFIAに支払う。単なる競技ではなく、審査競技としての公平性や、参加チームを指揮する元走り屋の采配がそのままチームの実力に反映されることから、全世界の峠を攻める若年層を中心に絶大な支持を得ている。

しかし、年間優勝すると多大な金と名誉(ドリキンの称号)が手に入ること、及びいきあたりばったりなルール制定により、ルールの抜け穴をついた反則が絶えない(例:空中にライン取りをする、コース上にオイルをばら撒く…)。このため、1982年に運営母体であるFIAで内紛が発生し、脱退した主要人物が新団体NASCARCARTインディ500を立ち上げるに至った。この分裂状態は現在まで解消されていない。

F1のレースの音はこちら。

[編集] レギュレーション及び問題点

[編集] 公式レギュレーション

競技は、各チームが1から作ったボディ(一般に、この機械を「マシン」と呼称する)にエンジンを搭載し、コースをドリフトで156周し(ドリフト走行を行わなかった周は周回数にカウントされない)、1位~10位に順位ポイントが与えられるほか、審査委員長である圭一閣下の走りの評価とその日のゴキゲンによって特別点が与えられる。年間で獲得したポイントの合計で順位が決まる。 マシン、及びエンジンに厳格なレギュレーションがある。重に禁止事項で構成され、主要なものには以下のようなものがある。

以下のレギュレーションは2010年現在の規範である。

[編集] エンジン、燃料

  • 燃料はガソリンのみ、カルピスは使用禁止
    • 2010年より、詰め替え用燃料の使用が禁止され、スタート時に積んだ燃料のみで走りきらなければならなくなった。
  • 化学兵器として使用される薬物の燃料への混入禁止
  • 電気式ブースト「KERS」以外の過給器・燃料直噴・ニトロなどの使用は禁止
  • 大人の玩具ピストンの使用禁止
  • エンジンの気筒数、排気量は頭文字D内に出てくる車に準じるものとする。回転数や馬力は特に制限はないが、ターボの使用は禁止
  • 上記規定及び、新規に開発したエンジンのみ使用が許可され、チューンアップなどのエンジン開発は一切禁止
  • マツダの開発専売特許である倫理的にアブナイ音がするエンジンの使用および開発の禁止
  • GN粒子・ミノフスキードライブ・核エネルギー・イーオン粒子など本来クルマに使用されない動力源の使用禁止

[編集] マシン

  • 2009年より、マシンの形状を「ちりとり」に近いデザインにする。
  • ドリフト走行できないものを基調とすることの禁止
  • ドリフトしてもタイヤで走行しないものは禁止
  • ゲームでよく出てくる「ニトロ」の使用は禁止
  • F-ZEROカセット抜き差しチートの禁止
  • ドリフトしやすいように予め磨耗したタイヤを使用することの禁止
  • 見た目が明らかにフォーミュラカーでないことの禁止(但し、競技長が許可した場合はこの限りではない
  • タクシーや重機などはもちろん禁止
  • 公道走行OK!!

[編集] 問題点

ドリフトというミリ単位の離れ業を使うものであるだけに、

  • 動力源である燃料と小麦粉を間違えて装てんし、スタートと同時にレース会場全体に小麦粉が飛散。観戦していた観客にマシンが直線ドリフト状態で突っ込み2,568名が揚げる前の天麩羅状態に
  • 動力源と燃料タンクを結ぶバルブが緩んでいたため、着火した燃料がマシン後方に向けて噴射され、ドライバーが数時間に渡り強制ドーナツスピンを喫する

などの被害が多数発生している。現在、FIAでは対処のためルール策定を進めている、といわれているが、禁則事項ですの圧力により一切その進捗状況が公表されたことはなく、すでに圭一競技長も容認しているのでは、という意見もある。

2009年より大幅にルールが変更され、失敗し事故が多発していたにもかかわらず挑む者が後を絶たなかった複線ドリフトは全面禁止となった。

レース開始2時間前にマシンの検査が行われるが、殿下への心遣いを忘れなければ、たとえ違反であっても車検に通ってしまう。なお、この隠蔽行為はレース開催後に世界各国のテレビ局で『F1・今日のチートすべて見せます!』という番組で放映されていることから、『そもそも隠蔽行為でもなんでもないではないか』との批判もくすぶっている。しかし彼の裁量こそが全てであるため、チームもFIAも彼に抗うことはできない。

しかしこの検査の程度やルールに問題があるとの指摘があり、欧州のチーム(特にフェラーリ)に対しての査定が甘いという指摘がある。そのためFIAは一部のチームと結びついているとの見方が多く、ルールに関する格差が広がれば、F1の品格価値が下がり、存続の問題に絡む危険性もある。

[編集] 参加しているチーム

2009年現在、F1に参加しているチームは以下のとおりである。

F1チーム表(2009年シーズン)
コンストラクター ドライバー
高級ベビーカーメーカー ツンデレーサー / 飛ばないほうのフィンランド人
尺八 世界最速のピザ配達屋 / フィンランドの酔っぱらい / シューじゃないの? / 不運男
速いけど勝てない 馘首されないさ / 『   』
スペイン製眉毛 / ピケ(子) / 浪漫ティック
世界のTOYOTA(笑 鶴さんドライビングスクール校長 / グロ注意/ スシ王子
エロドリンク弐号 セバスチャン弐號 / セバスチャン参號 / 「ぐぇっ!!」
エロドリンク壱号 低沸点 / セバスチャン壱號
JFKのJ(?) ニコ厨 / まぁカジキマグロ
印度之力 スー様 / 不運男 / りうっちー
4枚刃電気シェーバー 道端馬豚 / 鉄人弐号ケロ~

[編集] 日本におけるテレビ中継

[編集] 1986年以前

1976年のF1世界選手権・イン・ジャパンと1977年の日本GPをTBSが中継し、その後1986年までは、TBSがダイジェスト形式で放送を行っていた。また、CAR GRAPHIC TVテレビ朝日)でもダイジェスト形式で放送を行っていたこともある。

[編集] 1987年以降

1987年から日本GPが復活することや中嶋悟のフルタイム参戦に伴い、フジテレビは日本GPのみを中継できる権利を購入しようとFIAにかけあった。しかし、FIAの放映権販売の方針として、一つのグランプリだけを売ることをせず、すべてのグランプリの放映権を一括で購入させる方式をとっていた。そのため、フジテレビはある意味においてはやむなく独占中継権を取得した。現在、地上波とCS放送(フジテレビNEXT)で放送している。また、同局は日本GPの冠スポンサー(名称は「フジテレビジョン日本グランプリ」)にもなっている。

なお、1991年の日本GPは日曜日の20時からというゴールデンタイムにテレビ放送された。バブル景気下における未曾有のF1ブームの上に、日本人初のレギュラードライバーの中嶋悟の最後の日本GP、セナとマンセルのタイトル争いといった要素が影響し、すでにレース終了から5時間以上が経ってからの録画中継という形にもかかわらず、裏でNHK総合によって放送されていた日本シリーズを上回る20.8%(中部地域では27.4%)の高視聴率をマークした。

[編集] 生中継

F1日本グランプリは日本国内で開催されるにも関わらず、F1と同じくフジテレビ系列が放送する日本中央競馬会の日曜日のメインレースと時間帯が重なるため生中継ができず、日本国外では生中継が行われながら開催国では同日夜のゴールデンタイム・プライムタイムでの録画放送しか見られないと言うねじれ現象が長年続いていた。1994年のパシフィックGPが日本国内開催のF1グランプリレースとして初めてフジテレビ系列で生中継されたが、この時はレーススタート時間が12時30分であったことで、中央競馬中継とのバッティングが避けられている。しかしその後も長く、日本国内開催のF1グランプリレースが地上波で生中継される事はなかった。

2005年に、フジテレビが放送を開始して初めて日本GPの地上波生中継が実現した。ファイナルラップでマクラーレンのキミ・ライコネン(現フェラーリ)がルノーのジャンカルロ・フィジケラ(現フォース・インディア)を追い抜くという、1位と2位の逆転劇があったことなどにより平均視聴率10.3%(関東地区)とまずまずの結果を残したことから、2006年以降も継続されている。2007年9月30日の日本GPは日本中央競馬会のGI競走スプリンターズステークスと重なることからどうなるか注目された。フジテレビが発表したところによると、日本GPの生中継は13時10分 - 15時15分(最大延長15時35分まで)となり、レギュラーの競馬中継時間と一部重なることになるが、F1・競馬両レースを生中継するにはほぼ問題ないスケジュールとなった。しかし日本GPが雨の影響でレース時間が延長になり、15時35分までF1が中継され、トップ3記者会見の非中継、また競馬もパドックや本馬場入場の非中継などの影響があった。2009年もGIスプリンターズステークスと重なるが、スプリンターズステークスの発走時刻を15時45分と、通常のGI発走時刻より5分遅くするすることが決まっている。

海外グランプリではカナダGPブラジルGPなど南北アメリカ大陸で開催されるレースが時差の関係から生中継となる(一時期は月曜朝(生中継)・月曜夜(再放送)と2回放送していた)。また、1999年と2006年オーストラリアGPが生中継で放送されている(2006年は残り3周あたりから生中継)。ヨーロッパにおいて開催されるレースは、レース時間が日本におけるゴールデンタイム、プライムタイムと重なり、その時間帯に相応しい高い視聴率が望めないために地上波での生中継は行われていない。

[編集] CS放送

CS放送は全戦生中継(金曜フリー走行、土曜日フリー走行、予選、決勝。)で、地上波とは別の実況・解説者にて放送している。今宮純川井一仁が現地のスタジオで、フジテレビのスタジオにいる実況アナウンサーともう一人の解説者(森脇基恭熊倉重春小倉茂徳など)と共に中継を行っている。なお音声切り替えにより、解説、実況のない現地の音声のみで楽しむことができる。

なお、テレビ放送の詳細については「F1 GRAND PRIX」の項を参照。


[編集] 来歴

  • 1950年 5月13日 イギリスにて第1回が開催された。主催国のイギリスが下馬評で圧倒的な支持を集めていたが、完全にノーマーク扱いされていた尺八が7戦中6勝をマークし優勝した。

このころ、ランチアの名車D50が登場。現在のF1を今に伝える。

  • 1967年 この年から大幅な変革が起こるようになる。エンジンではコスワースがDFVエンジンを24年にわたり多くのチームに供給。またウイングといった空力開発が始まり、現在の開発の焦点につながっている。この頃から広告活動が始まり、タバコメーカーなどが参入し、マシンはスポンサーカラーへと変わっていった。
  • 1976年 当時FIAに加入していた日本の富士スピードウェイにて初めてグランプリが開催された。死亡事故が起こる(観客が死亡しドライバーは軽傷)もののFIAの脇の甘さが露呈し、日本では「まるで甘党の政治姿勢のようだ」と非難を浴びる。
  • 1988年 バブル経済の影響で日本でF1ブームが巻き起こる。セナやプロスト、シューマッハやマンセルといった強豪ドライバーがひしめきF1に続々とプライベータが参戦。パドックにはチームが溢れかえり、TV局にも活気が大いに沸いた。いわばF1の全盛期である。ブームはバブル崩壊の1993年まで続いた。
  • 1994年 5月1日、F1の象徴そのものでもあった音速の貴公子が第3戦サンマリノGPにて事故死する。セナ以外にも死傷者が多数出たためにここから大幅な規定改定が行き当たりばったりで次々と行われるようになる。これがきっかけでFIAはF1のあり方をかえたとされ、F1の人気は徐々に衰退していくことになる。
  • 2006年 スーパーアグリから期待のIDEが登場。開幕戦からマンセルさながらの豪快なドリフトをかまし、特別展を獲得。チームに貢献したがサンマリノGPにおいて某タイヤ会社の看板の前でタイヤを破裂させてしまう。このことがきっかけでスーパーライセンス剥奪という前代未聞の出来事が起こる。
  • 2007年 日本のフジテレビの中継番組「F1グランプリ」のオープニングがそれまでとは違う斬新なものに変わるが、あまりにもダサくあまりにも不謹慎すぎたことからファン離れや新規のファンの取り込みがgdgdになり、さらには実況のあまりの下手口ぶりも追い討ちをかけ、人気の低迷が深刻化する。
また、富士スピードウェイで日本GPが開催された。結果は雨の中華麗なドリフトを決めたセーフティーカーが優勝するという珍事が起こる。全国のFDファンやGT-Rファンを巻き込んだ議論を起こした。
  • 2009年 開幕直前に、各グランプリ優勝者にバニーガール姿のバーニー・エクレストン像を与え、像の年間獲得数が最も多いものをドライバーズチャンピオンとし、同数の場合はポイントの多いほうを上位とする新ルールが発表された。しかし、「悪趣味極まりない像なんぞいらない」と発言するドライバーが相次いだことから、新ルールの導入は来年に延期され、優勝者に与えられる像のモデルも圭一閣下に変更されることとなった。
  • 2010年 上記の新ルールは結局なかったことにされたが、その代わりとして圭一閣下の配慮により順位ポイントが大盤振る舞いされることになった。
Nemurineko.jpg この節を書こうとした人は途中で寝てしまいました。
あとは適当に頑張ってください。(Portal:スタブ)

[編集] 関連項目


Hitlerefficiency ハイル・ヒットラー! このF1は、偉大なる我らがアーリア民族の築き上げた最高の文化的作品である!
この記事を書き上げてこそ、ユダヤ人を殲滅できるのだ!
この記事をつまらなくする者に宣戦布告を! ジーク・ハイル! (Portal:スタブ)