Forum:『秀逸な記事の選定制度』の見直しについて
出典: へっぽこ実験ウィキ『八百科事典(アンサイクロペディア)』
こんにちは。(それともこんばんは?)キッコーマソです。Forum空間に新規ページを作るのは初めてなのでいささか不安でもあります。
今日はなんだか真面目は話をさせていただきます。
まず単刀直入に言います。既存の『秀逸な記事』の選定制度について、見直しをしませんか?
目次 |
[編集] プロローグ
このお話をする上で、最低限目を通した方がよいと思われるものです。
[編集] 概要
皆さんもご存じの通り、現在の秀逸な記事の選定制度は各利用者の判断によって記事の認定・取り消しが自由に行なわれています。
しかし、よく考えてみて下さい。各利用者1人の判断で秀逸に選定・取り消しできるということは極めて危険な制度ではありませんか?
たとえば、ある記事の初版投稿者(利用者A)がその記事に自分で{{秀逸}}を張り付けたとします。しかし、その記事は決してどうしようも無いというわけでは無いものの、アンサイクロペディアを初めて訪れる多くのユーザー達に『秀逸な記事』として紹介するにはほど遠い(十中八九がつまらないと感じる)内容です。
そこで、別の利用者Bがその記事から{{秀逸}}を取り除きます。しかし、その記事の初版投稿者Aは「この記事は分量も多いし、絶対に秀逸な記事なはずだ。これが秀逸でなければ、他の秀逸に指定されてる記事も秀逸には該当しなくなる。」と主張、再び{{秀逸}}を張り直します。こうすることによって、『秀逸な記事』として紹介するにはほど遠い(十中八九がつまらないと感じる)はずの記事が、堂々とアンサイクロペディアのメインページや秀逸な記事で『秀逸な記事』として紹介されることになります。(実際にこのようなことは起きています)
十中八九がつまらないと感じる記事が『秀逸な記事』として紹介されるということは、その記事を読んだアンサイクロペディアの初回訪問者に「こんなつまらない記事がこのサイトでは『秀逸』なのか。ということは、このサイトはよほどつまらないに違いない」という悪い印象を与えることです。
(アンサイクロペディアのメインページのアクセス数のうち大半を占めるであろう)アンサイクロペディアの初回訪問者にとっては、まず初めに読んだその記事こそがアンサイクロペディアの全てなのですから、その訪問者は「アンサイクロペディアはつまらない」と"誤解"したまま、もう二度とアンサイクロペディアを訪問しなくなるかもしれません。
ふだんからアンサイクロペディアに携わっている利用者にとって普段意識しないことかもしれませんが、『秀逸な記事』として紹介するにはほど遠い記事を『秀逸』としてするということはこれ程の危険性を孕んでいるのです。
他にも、『秀逸な記事』としてふさわしい(大多数がこれは面白い!と感じる)はずの記事が、その記事をつまらない・秀逸にはふさわしくないと感じた一部の利用者によって{{秀逸}}を剥されたり、『秀逸な記事』として紹介するにはほど遠い(十中八九がつまらないと感じる)記事が、その記事をとても面白い・秀逸にふさわしいと思ってしまった一部の利用者によって{{秀逸}}を張られてしまったりすることも実際によく起きています。(自分にも覚えがあります。)
特に「分量はかなり短いけど内容は秀逸にふさわしい」というタイプの記事の場合、こういった傾向は強い。
この「『秀逸な記事』としてふさわしい」「ふさわしくない」という判断でさえ、1人の利用者の思い込みで、正確な判断ではないことがあります。
人の価値観というのは様々なものがあります。世間から面白いと高く評価されているモノでも中にはそれをつまらないと感じる人がいたり、逆に世間ではつまらないとされてるモノでも一部にはそれを面白いと感じる人がいるものです(この性質は全ての人に当てはまるといっても過言では無い)。
このように、今の選定制度では極めて問題なのです。
(※ほぼ唯一、1人の利用者が秀逸か秀逸でないかを正確に判断できる方法として、インターネット(特にブログ)上の反応を見る方法があります。本当に面白くて秀逸にふさわしい記事なのならば、通常、記事の完成から数日から数十日経ったのちにブログや掲示板上で大きく話題になります。(何十、何百のサイトからリンクされ、流布されるようになる。)逆に、ブログや掲示板上で一切話題にならない、レビューが一件か二件ついたとしても懐疑的な評価だった場合などは、秀逸な記事に指定されてても、本当は全く秀逸でない内容かもしれません。しかしこれはここでは置いておきます。)
よって、従来の制度に代わるより良い制度として、ウィキペディアやアンサイクロペディア英語版で行われているような投票制への変更を提案します。長文失礼しました。
[編集] コメント欄
- 肥大化したコミュニティの宿命でしょうかねえ・・・。なにせこの『秀逸な記事』自体WPのパロディとして生まれたものですから、私は今のままでも問題は無いし、そういう自由さがあってもいいと(個人的には)思うけれども、投票方式でも反対ではないです。--ランダマイズ 2008年1月23日 (水) 22:41 (JST)
- Template:秀逸候補を個人的に気に入った記事に貼りまくりたいのですが…よろしいでしょうか?--ライオン好き 2008年1月23日 (水) 22:47 (JST)
- お初にお目にかかります。私のような新人からしますと、上の概要に書かれていることはどれも身に覚えがあります。初心者の中には本気で「自分の好き勝手に秀逸な記事にしていい」と思っている人がいるのではないでしょうか(行動に現れるかどうかは別として)。記事のクオリティに対する意識を喚起する意味でも投票制は有効かと思います。本当に個人好みの記事なら利用者ページ上で紹介すれば良いでしょうし。--加筆屋 2008年1月24日 (木) 00:40 (JST)
- アンサイクロペディアに初めて来た時の「秀逸な記事」の印象としては、「勲章を欲しがる馬鹿のために用意されたもの」というものでした。その後も期待と予測を裏切らずに増加の一途を辿っていき、もう少ししたら自薦秀逸を多く作ってる利用者に対して「○○さんって、秀逸な記事をいっぱい書いてるんですね! 尊敬します!」とか言ってニンジャスターでも送りつけようかなとか考えてました……でも、もうそれも適わぬ夢。好きにしたらいいと思います。 --by(あ) 2008年1月24日 (木) 01:26 (JST)
- えっと…、ぼくも(あ)さんとだいたい同じ意見です。あれはWP:秀逸のパロディだという認識だったので、貼り付けるのも剥がすのも好きにしんしゃい! って感じでした。ま、ここまでおおきくなっちゃったらもうしゃあないでしょうね。見直しについて現時点で特に意見はありません。--ブースカ。 2008年1月24日 (木) 14:58 (JST)
- 皆さん大体同じご意見だと思いますが、ここでの「秀逸な記事」というのは、ウィキペディアのそれをおちょくるのが趣旨だと思いますので、議論自体不要だと思います。ちゃんとここにも「大切なのは人の意見を気にしないこと」って書いてあるでしょ?-- by
Muttley /Talk/ Mail2008年1月24日 (木) 15:01 (JST)
- そうなんすよねえ。やっぱり秀逸はWPのパロディとして今のままで行きたいなあ…。でもなあ、キッコーマソさんの仰ることもわからないわけではないしなあ…。どうしたものか。--ブースカ。 2008年1月24日 (木) 15:18 (JST)
- 個人的には、「秀逸な記事」を編集できるのは1人につき3ヵ月に1回だけとかそういう機能があれば、自由な推薦と粘着君の排除がある程度両立できるんじゃないかと思うんですけど、システム的にムリですよね。--Impromptu 2008年1月24日 (木) 16:54 (JST)
- 秀逸な記事テンプレートの文面を見れば、秀逸な記事のあり方は一つしかないように見える。つまり、本人がそう言っているということ…「真面目に選んだ秀逸な記事」のようなものとして流行記事大賞があるから、秀逸な記事のほうは今のままでもいいんじゃないかな。--Spi 2008年1月24日 (木) 17:52 (JST)
- 英語版は既に投票システムに移行してるんですよね。くぎりさんのところに翻訳がおいてあります。秀逸は管理者が選んだほうがいいって書いてあったから積極的に選考に関わった事はないんですが、名うての管理人が集まってやれこれは秀逸、やれこれは非秀逸と相手のセンスを独断で否定しているさまは悲しいものがあります。ここの秀逸な選考がウィキへの皮肉だと言ってはいますが、実際のところはその瑣末なことで管理人が言い争うというかえって笑えない状況に陥ってるのが実情だと思います。このまま今のシステムで続けても今以上の管理人の間での諍いの種にしかならないと断言してもいい、それが半年間選考を覗いていた自分の意見です。--三焦全欠損症 2008年1月24日 (木) 18:41 (JST)
- 僕も投票による選抜制の秀逸な記事に賛成です。
そもそも秀逸テンプレがこんな事になったのは、ウィキペディアのパロディというよりは、秀逸テンプレを自ら作って自ら貼るという行為に対する皮肉のつもりでした。
多少はっちゃけても、そのうちちゃんとしたテンプレに置き換えられて、ちゃんとした投票制の「秀逸な記事」がスタートすると思ってたのに、今までずっとそのままなんだもん。(ちなみに英語版は、その当時から投票制です)
「本当に秀逸な記事」に対してこのテンプレが貼ってあると、それだけで記事のレベルがガクンと下がる感じがして、その記事に対して本当に申し訳ない気持ちでいっぱいです……。--話切徒(詰めない方) 2008年1月24日 (木) 20:22 (JST) - 現行制度の"秀逸な記事"ってのは一個人が勝手に決めることができる、いわば私撰ですよね。確かに皮肉的な意味で現行制度は存続してもいいとは思うのですが、それでは本当に"秀逸な記事"ってのは分からないと思います。そこで現行制度を存続しつつも、投票によって決定される公撰制の"秀逸な記事"を導入すればよいのではないでしょうか。思いつきで言ったので穴がある点が結構あるかもしれませんが。--Amatias 2008年1月24日 (木) 20:55 (JST)
- じゃあ両論併記で良いのでは?具体的には、ひよこ陛下のものは「勝手に貼ってよい用」として残し、本当に秀逸なものは英語版のテンプレートを和訳してこじんまりと新設(英語版の秀逸は本当にこじんまりしている。ウィキペディアの☆ひとつっても良いかも)する…ってことで。そうすれば「本当に秀逸」なのか「勝手に貼ったのか」一目瞭然でしょう。
仮にひよこ陛下版を投票制にすると、すでに勝手に貼られたものと混乱するのは眼に見えてますよ。-- by
Muttley /Talk/ Mail2008年1月24日 (木) 21:15 (JST)
- 両制度の併存には賛成。ただ新規の制度の方に埋もれて今よりは目立ちにくくなるでしょうし、どうやってその皮肉的な意味を存続させるのかが問題だと思います。そもそも面白い方の秀逸記事を目立たせなければ新規導入する意味が無いですし。--Road(Talk/Contributions) 2008年1月24日 (木) 21:48 (JST)
- 投票制度に全面的に賛成。--ike(Talk / Cntrbtns) 2008年1月24日 (木) 22:23 (JST)
- 秀逸な記事の選定については、編集合戦が生じたこともありますので、公選制に移行することも考えなければならない状況になってきたともいえます。その場合、既存の記事を全ていったん秀逸から外し、一から決めなおすのが筋かとは思いますが。--Asakaze 2008年1月24日 (木) 23:33 (JST)
- 発想を転換して秀逸な記事の名称をそのままにしておいて、新しく投票システムで決める方の名称を珍項目なりウィキペディアでは削除される悪ふざけとユーモアなりの名称で決めてしまって、一日交代等で変更したりするシステムならいいかも。--三焦全欠損症 2008年1月24日 (木) 23:46 (JST)
- 秀逸な記事ははずそうがつけようが勝手でいいんじゃないかなあ…異議申し立てや復活まで弁舌が立てばできるんだし。--ムツケ 2008年1月25日 (金) 00:16 (JST)
- ええと、現状の流れとしては、秀逸がこのまま「超面白い僕が書いたスーパーウルトラ面白い記事」の展示場として利用されるべきか否か、といった感じなのでしょうか。なんとなく考えている代案として、現状の秀逸な記事はそのまま馬鹿の見本市として残し、本当に秀逸な記事はみんなが各々の利用者ページからリンクさせ、こっそり選べばいいんじゃないかな、と思うのです。「リンク元」を調べてみると、その記事を面白いと評価する人の利用者ページ・サブページがずらっと出てくる、といった具合で。わかる人にしかわかんなくなってしまいますけど。 --by(あ) 2008年1月25日 (金) 02:12 (JST)
- 現在の英語版のメインページには、「本日の秀逸な記事」と「昨日の秀逸な記事」があります。これと同じ感じで『秀逸な記事』と「自称秀逸な記事」』ていう項目を並べて置く、ってのはどうでしょうか。--話切徒(詰めない方) 2008年1月25日 (金) 19:05 (JST)
- 私は異議なし。今までの「秀逸な記事」は一旦全て「自称」扱いし、本当にユーモアがあって「コミュニティ内で秀逸」なものは、改めてテンプレートを作って貼り替えて対処すれば移行期の問題も避けられると思います。-- by
Muttley /Talk/ Mail2008年1月25日 (金) 19:16 (JST)
- って事で早速ウィキペディアから輸入してきました{{Featured article}}。英語版アンサイクロペディアでは「秀逸な記事=メインページで紹介」という路線になっていますので、そちらのシステムの導入が今後検討されるのであれば、関連テンプレートを翻訳の上輸入します。-- by
Muttley /Talk/ Mail2008年1月25日 (金) 19:28 (JST)
- 「本当に秀逸な記事」の方は、メインページとかであんまり派手に宣伝しない方がいい。そうでないと自称「秀逸な記事」の方の存在意義が薄れるというか、そういう恥ずかしい記事のほうをむしろメインページに晒してやりたい。「本当に秀逸な記事」の方はひっそりと、しかし確かに存在する感じがいい。執筆した記事が「本当に秀逸な記事」に選ばれた人も、あちこちにリンクを貼り付けたりとか、「すばらしい自分の記事を見てくれ」みたいな、自称「秀逸な記事」に通じるような行動はしないほうがいい。--Spi 2008年1月25日 (金) 21:03 (JST)
- 私は異議なし。今までの「秀逸な記事」は一旦全て「自称」扱いし、本当にユーモアがあって「コミュニティ内で秀逸」なものは、改めてテンプレートを作って貼り替えて対処すれば移行期の問題も避けられると思います。-- by
- 「本当に秀逸な記事」を「秀逸な記事」とし、現行の「秀逸な記事」は「自称秀逸な記事」とする様テンプレートを翻訳して作ってみました。-- by
Muttley /Talk/ Mail2008年1月25日 (金) 21:07 (JST)

